大ゴリラ:アレックス
とにかく王様に会っていただきますのでとゴリラが言うのでなるほどと思って普通についていく気満々だったんだけど何故か俺は硬めの布でぐるぐる巻きにされて複数のゴリラの手によって運ばれることになった。わかんない、ゴリラ文化わかんない。これはどちらかと言えば不審者の扱いなんじゃないかと思うんだけどそういえば世界史で古代ローマだかどこかには贈り物を絨毯で包む文化があってクレオパトラが絨毯に包まって自らをユリウス・カエサルへの贈り物としたとかそんな話があったようななかったようなと薄らぼんやり考えていたら王宮に着いたらしくごろりと転がり出たところは王様らしきゴリラの目の前でこれ却って不敬じゃない?
王様らしきゴリラは他に比べてきらびやかな装飾をまとっていて良い。見分けやすい。広間の端にずらりと並んでいる、おそらく騎士みたいなポジションの連中は装備品が同じなので誰も見分けられる気がしない。
「あなたが異世界から召喚された勇者様ですかな」
「ええと、はい」自信無いけど。
「名は」
「和樹といいます」RPGの名前設定は下の名前が基本だよね?
「勇者カズキ。現在我が国には魔王の脅威が迫っている。そなたにはこれの討伐を行ってもらいたい」
はあ。
「見事討伐をなした際には勲章を授ける」
いらねえー。異世界の勲章をもらって俺に何のメリットがあると思ってるんだ王様。考え直してくれ。いやお金とか姫様とかもらってもそれはそれで困るんだけど。
「旅の伴として、我が国から三名の精鋭を付けることとした」
っていうかさっきから全編日本語で聞こえるのは何故なんだろうか。それこそ魔法的不可思議パワー?
「三人をこちらへ」
単位は
呼ばれて部屋に入ってきたのは、三人(?)のゴリラだった。先頭から順に大中小という感じで、多少なりとも差別化されているのは助かる。
「向かって右端から、アレックス、メリア。北方軍の中隊長とその部下だ。戦力として十分だろう」
異世界から勇者を呼ばなきゃいけないような状態なのに二人で「戦力として十分」って、そんなわけはないだろうに。どう考えても見積もりが甘い。
「それから、向かって左端が我が国一の魔道士、ユリウスだ。きっと助けになるだろう」
魔道士。僧侶、賢者、魔法使いは感覚として覚えがあるけど、魔道士か。どういうことができるのかは後で訊いてみよう、元の世界に戻るためにも協力してもらう必要がありそうだ。っていうか「我が国一」って、俺を召喚したあの黒魔術系の団体じゃないのか。召喚魔法とか交霊はまた別とかそういう話だろうか?
「それから、アレを」
王様ゴリラの一声に騎士ゴリラが「はっ」と返事をして、目配せの後にデカ目の剣がうやうやしく運ばれてくる。
「汝に我が国の宝刀、聖剣エクスカリバーを授ける」
まさかの聖剣エクスカリバーである。いやしかしちょっと待て、それはおかしいだろ。
「なぜエクスカリバーがここに?」
「なぜ、とは?」
「エクスカリバーはこちらの――ええと、俺が元いた世界の、歴史上の伝説の剣で。アーサー王伝説っていうんですけど、本物は確か、湖に捨てられたと」
「その剣とは別のものであろう。これは先代の勇者様、つまりそなたの
なるほどつまりじいちゃんの中二病の名残か? まあ伝説になぞらえたくなるのはわからなくもないが、当人もまさか百年も受け継がれているとは思うまい。さすがに会ったことないけど。
「勇者様のご家庭には多くの伝説が受け継がれておられると見える。素晴らしいことだ」
いや実際はただのゲーム知識なんだなこれが。ごめん。なんかほんとごめん。
かくして俺はゴリラとゴリラとゴリラを引き連れて魔王討伐の旅に出ることになったのだが、もうなんか、最初から険悪。特に中ゴリラが小ゴリラをやたら嫌ってるっぽい。小ゴリラは気にしてる風もないけどその分俺の肩身が何だか狭い。何、この空気。いや百パーセント俺のせいではないんだけど、いや一パーセントくらいは俺のせいかもしれない。何しろ急に異世界から来たひ弱そうなベージュ色の生き物がパーティーのトップだなんて言われて腑に落ちるわけもない。誰だお前って感じだろう、向こうからしたら。正直俺も今アイデンティティーが揺らいでて誰だお前って感じにはなってるんだけど。
んでもってエクスカリバーが重い。そこそこ重い。剣術なんかもちろんやってないし体育でちょっと剣道やった程度なんだけど剣で戦えってちょっと無理くさいんだけどどうすんのかなこれ。単に振り回すだけならできなくもなさそうだけど、竹刀みたいにぶんぶん振るのはちょっと無理っぽい。っていうか剣の握り方なんて知らないんだけど俺。日本刀と同じでいいんだろうか。
唐突に放り出された城下町は割と賑やかで、平和っぽい。市場的なものも普通にやってる。建物も道も全体的に広く、屋根は低い。各々買い物が必要だろうということになって解散したはいいものの、何を買うべきなのかが一切わからない。軍資金はいくらかもらっているものの、お金の単位もよくわからないし。そもそもなんか生物的に浮いてるしとてもとても肩身が狭い。
「勇者様」
背後から話しかけられてびっくりして振り向いたらそこには大ゴリラがいる。大ゴリラって語感がなんだか大バッハ。
「様は勘弁してください」
「しかし」
「慣れていないんです。敬語もできればやめてほしい。そんなに大層な人間ではない」
「しかし、勇者さんの隊だ」
答えた大ゴリラは呆れ、すこし笑っているているふうだ。表情はわからないが、声色にはなんとなくその気配がある。「様」をやめて口調も崩してくれたあたり、たぶんかなりいいやつなんだろうと思う。
「できれば、仲間ってことにしてほしいんだけど。人を率いたことなんてないし」ましてやゴリラを率いたことなどあるはずがない。「急にやれと言われてできる自信も無い」
俺が言い訳すると、大ゴリラことアレックスは左右の眉を交互に上げて俺を見た。困惑しているように見えるが、表情は人間と同じなのだろうか。
「伝説の勇者って話だったろう?」
「それも、さっき急に喚ばれて聞かされて――俺にとっては知らない話なんだ」
「なんだそうなのか。じゃあ大変だな、急に喚び出されて魔王退治か」
まあ大体合ってるんだけど、ノリがむちゃくちゃに軽い。コンビニパシリか。
「聞きたいんだけど、魔王って、何?」
とりあえずそこが疑問だった。RPGとかならああはい魔王ね〜で済ませるところだが、実際にいると言われると理解できない。だってそれって「人王」みたいな話じゃない?
「ん、んー? 何って言われると、ちょっと困るな。悪いやつだ」
雑。
「ええと、なんか、世界を支配してやるー、てきな? それとも全人類滅ぼしてやるてきな?」
「うん、たぶん全人類滅ぼしてやる的な方だと思う。今まで、国家が十数、滅ぼされてる」
「十数?」俺はびっくりして聞き返す。かなりやばそうな状態だ。「十数ヶ国も、なんで」
「なんでってまあ、どうにもならなかったからだろうなあ。自分たちでどうにもならなくて異世界から勇者呼んじゃうくらいの状態だしな」
「それで対抗勢力が四人っておかしいのでは?」
「まあな」
アレックスが笑う。どう考えても笑っていられる状況ではない。
「だが、陛下がそう言うのなら従うしか無い。たぶん、相手の規模も正確な位置もわからないうちから兵は動かせないってことだろう。通常の規則から離れた偵察が必要だった」
「……なるほど」あんまり勇者っぽくはないけど、つまり、魔王討伐の一切合財がこの四人に委ねられたわけではなく、その先陣を任されたということか。どっちにしろ責任重大ではあるっぽいけど、ちょっとは気が楽だ。
「それに、滅ぼされたって言ってもアレだ、皆死んだとかいうわけじゃない。その国の政府がもう動けない状態になったってだけで、逃げ出して他国に匿われた生き残りはそう少なくないはずだ」
「なるほど?」よくわからん。東京が壊滅したところを想像してみても、やはりよくわからなかった。あるいは島国出身だから余計に想像しにくいのかもしれない。そして別に楽観できる状態ではないような気がする。
「
「単なる部下だ。部下っていうか、元部下なんだろうが」
「何かあったってこと?」
「いやまあ、何かあったわけじゃなくてな。今は俺の隊じゃなくて勇者さんの隊だから」
ああ、そういう。
「メリアな、あれも血の気が多くてな。落ち着いてさえいれば話して分からんやつじゃないんだが、何せ気が短い。あいつに気を使ってたら押し負ける。困ったら俺を呼んでくれ、なんとかするから」
「わかった、頼りにする。で、早速なんだけど、メリアさんが魔道士さんのことをずいぶん嫌っているように見えるんだけど」
アレックスは「ああ」と言って口を少しもごもごさせたあと、困ったようにがりがりと頭を掻いた。
「血の気が多いって言ったろ。だからなんだ、ああいう堅苦しいというか、頭が良いというか、じっくり考えてから動くようなのは鈍くさく見えるらしくてな」
なるほどつまりあれだ、体育会系が文化系を疎んじるアレに似たものだ。そりゃ多少険悪にもなるわ。
「あいつはあいつで考えなしに突っ走り過ぎるもんで、うまいこと協力できれば、お互いがお互いの足りないものを補い合えるんじゃないかと思うんだがなあ」
うーん、所変わっても人間関係の問題の根幹はさして変わらず。人間というか、うん、まあもういいや人間で。いちいち
「あと、もうひとつ。アレックスって呼ぶのちょっとしっくり来なくて、隊長って呼んでもいい?」
訊くと、アレックスは笑って「今は隊長じゃない」とだけ答えた。
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