第14話
内藤頼太は、快適なエアコンの「内藤二式戦闘装甲車・改」の中で、接近するアンナを手ぐすね引いて待っている。
「いいなスサノオ!
お前の怪力で奴の五体をばらしばらにして、顔を踏み潰せっ!」
アンナはすでに湖岸で待ち構えている鋼鉄の巨漢を目視し、立ち止まっていた。 背後からは吹雪をついて、死の天使が邪悪な炎をあやつりつつ迫っている。
「はやく来いっ! ケリをつけてやる!」
アンナは何を思ったのか、手近にあった低い潅木を引抜き、やり投げよろしく内藤二戦めがけてなげつけた。こんなことでロボット装甲車は掠り傷一つつかなかったが、中の操縦者の理性を吹き飛すには充分だった。
「クソッ! トレーナー攻撃しやがって! 良心回路壊れたのかよ!
スサノオ! 残りの超小型ミサイルをぶちこんでやれっ! 今すぐだっ!」
反論もせず即座に数発を発射するスサノオ。鋭い発射音が冷たい吹雪を切る。
だがロボット・ミサイルが敵を確認し、軌道を修正するにはまたしても距離が短かすぎる。
その上、小型ゆえもともと安定が悪いことに加えこの突風である。
コントロールを失った超小型クルーズ・ミサイル数基は、咄嗟に身を伏せたアンナの両側をかすめ、背後に弾着した。白い嵐を吹き飛ばして火柱があがる。
爆音に反応したのは、アンナを追って後方から迫っていたモルティフェルだった。自動コントロールシステムがミサイル攻撃に直ちに反応し、対空炸薬弾機銃が火を吹いた。
凍土に伏せていたアンナを飛び越え、強力な弾丸はスサノオとそのすぐ後に停まっていた「内藤二戦」を襲って火花を散らす。度重なる掟やぶりのトレーナー攻撃に、ますますカッとなった直情経行の血性男子は、ついにスサノオにこう命じるのだった。
「な……なんて真似しやがる! 殺す気かっ! 大会規定違反だぞ。
やれっ! ありったけのミサイルを、奴にぶちこんでやれっ!!」
「発砲して来たのはモルティフェルです。アンナへの攻撃は中断しますか」
「やられたらやり返せっ! まずはあの鉄のクズを片付けてからだっ!」
モルティフェルをミサイルが襲うと、対空機銃は当然スサノオを狙う。
森と湖岸とで猛烈な砲撃合戦が開始された。凄まじい爆発音が冷たい空気を震わせ、白い山々を脅かす。この機をを逃さず湖上へと逃れようと走りだしたアンナを、そうはさせじと背後からモルティフェルの火炎が襲った。
その上、内藤頼太も決して頭に血が昇りやすいだけの愚鈍な人物ではなかった。 雪に足をとられ、走行装置の仕えないアンナめがけて内藤二戦が突進して来たのだ。よける間もなく跳ねとばされ、太い木にたたきつけられたアンナに、今度は鈍重なスサノオが襲いかかる。機能異常をおこしていた装甲服が足手纏いとなり、スサノオに羽交い締めにされ、そのすさまじい力で締めあげられだしたのである。
鎧をまとったしなやかな人工肢体が軋む。いくら無表情にもがいても、彼女の力ではどうしようもない。そこへモルティフェルが接近、強発熱手榴弾を投げ、機銃を乱射する。強力な大型銃弾が絡まった二体に容赦なく火花を散らす。
それでもスサノオは手を放さない。アンナもろとも餌食になるつもりか。
やや離れたところで見守っていた頼太は、またも理性を失い目を血走らせていた。
「クソゥっ! 漁夫の利を得ようたって、そうはいんかんぞっ!
スサノオっ! アンナなんかあとまわしだ! あのクズを片付けろっ!」
片付けろと言っても、残った唯一の武器であるミサイルも完全に弾切れだった。スサノオは、アンナの首を左手で締めあげながら、もう片方の手で左肩上に設置されたミサイルランチャーをもぎ外し、槍のように力いっぱい投げ付けた。
重い発射筒はちょうど頭部に命中し、鈍く不快な轟音ととも折れて転がる。
この衝撃で、足が長いだけに安定の悪いモルティフェルは、バランスを失いもんどりうって倒れてしまう。
そのすきになんとか腰の工具入れに手を回したアンナは、氷塊爆破用の強力炸薬をとりだした。それを自分の背負った大型円形弾倉とスサノオの腹の間にさしこみ、ためらわず点火スイッチを押したのである。
数秒後すさまじい爆発音が周囲のこごえた空気を震わせ、湖一帯に響きわたった。閃光と火の玉が消えたあとには、濛々たる硝煙と腹の一部を破壊されたスサノオだけが残っていた。
重いドラムマガジンと外部冷却装置を背負い、強化装甲服を着込んだアンナは、爆風に吹き飛ばされ湖岸に転がって行く。
ショックは受けたものの体はほとんど無傷だった。
スサノオは、腹から火花を吹き出しつつ仰向けに雪の上に倒れてしまった。熱をもった巨体が深い雪に沈み、激しく水蒸気が吹きあがる。
その光景を目撃し、内藤頼太はコックピットで狂乱して叫び続けた。
一方、破壊され原型をとどめていない冷却装置や弾倉を降ろし、ぼろぼろな強化装甲服と高速走行ローラーを脱ぎ捨てると、アンナはほとんど裸に近かった。
漸く起き上がったモルティフェルは、自ら起こした紅蓮の炎を背に負って、傲然と厚く氷のはった湖に近付いて来た。
陰険な策士たる田巻己士郎が仕組んだ邪悪なプログムによって、すでに大神以下技師たちの手を離れひたすら破壊を求めて進む。
アンナは形成不利とみるや撤退をはじめたが、走行装置なしでは旨く走れない。こけつまろびつつなんとか氷上を逃げるアンナに、遠距離火炎放射の攻撃が襲う。
最後に残った氷塊破壊弾を投げると、凍りついた湖上を鋭い音と衝撃波が走る。
かろうじて出来た氷の皹にアンナが頭から飛び込んだその刹那、火炎と炸裂弾がそこに殺到して白い破片を四方に飛ばした。
炎と硝煙と水蒸気が小さなキノコ雲を作る。暫くしてやっと湖面に静寂が戻りはじめた頃、アンナの気配はどこにもなかった。
モルティフェルが湖岸でセンサーを稼動させて水中の様子を探っていると、突如うしろからスサノオが襲って来た。雪の中からもがき脱した巨漢は、焼けこげているものの戦闘能力はほとんど落ちていない。
すでに「忌ま忌ましいダッチワイフ」が湖底深く沈んでしまったとみた頼太が、いよいよ最大の強敵を倒しにかかったのである。
スサノオ・マークⅢは直進して来た炎の槍を辛うじて避け、スマートな「死の天使」を正面から抱き留めた。鋼鉄の巨漢どうしがぶつかる凄まじい音が周囲の白い光景を震撼させる。
自慢の怪力で締めあげるスサノオ。万力のように数ミリづつ確実に締めつけ、相手の機能を破壊する得意技である。モルティフェルに為すすべはない。
そのあいだ湖底に沈んだアンナは、壊れた外部冷却装置を失い、内部のそれも機能異常おこしたため零度に近い水中で体をひやしていた。
比重は重いが、他の二体に比べれば水中での活動に支障は少ない。完全人間型であることの、数少ない利点だった。湖底のドロに足を取られながらも、湖岸へむかってしっかりと歩いて行く。
暗い水中は度重なる攻撃でかき回され、泥流が渦巻いて視界が極端に悪い。
アンナは人工視覚の感度を最大にあげ、湖底を注意深く見回していた。
ふとその聴覚器官に、南部の声が響いた気がした。アンドロイドに幻聴はありえない。記憶回路の瞬間的な異常かも知れない。
ともかくアンナは、湖の底のある一点を見つめた。そして小さな見覚えのある物体が、泥流に揉まれて沈んでいるのを見つけたのである。
それは何時間か前、真奈が湖に落とした雑嚢だった。中には氷塊爆破用の爆薬筒が二つ、それと戦場には相応しからぬ「宝物」が大事そうに入っていた。
湖岸ではスサノオに抱きつかれたモルティフェルが、なんとかはなそうと必死でもがいている。ハイパーガード鋼板の摩擦音がヒステリックな悲鳴をあげる。
火花が雪の上に散って水蒸気をあげる。情況は膠着していた。
突如二体のすぐ前の氷がふきとんだ。無数の氷飛礫と水しぶきが飛散し、吹きすさぶ冷たい風に凍りつく。白い水煙が湖上に散る。
もつれ合いせめぎあう高性能破壊兵器の全センサーが鋭い爆音に緊張した時、氷の裂け目から水しぶきに包まれた半裸の「女神」が飛び出した。
水をはじくはずの特殊繊維の髪も濡れ、美し過ぎる人工的な顔を半ば覆っている。咄嗟に、組み付かれたままのモルティフェルは、なんとか火炎放射器の放出口をアンナにむけようと、全身の電力を動員した。
「! 生きていたかっ!?」
オオワダのブースでモニター画面の乱れた画像を調整していた技術者たちは、蘇った死者を見つめるような目つきで驚愕した。
何人かの若い技師は、あからさまに目を輝かせた。
その画像を「おエラ方用特別席」のモニターで目撃した情報統監部付き高級情報参謀二等佐官は、口からワインを吹き出してしまった。
「ば、化けて出はった?」
一方夢見は、誰はばかることなく喜んでいた。
「火炎射出携帯砲、残燃料四十パーセント」
技師の一人が、淡々と義務的に数値を読み上げた。
モルティフェルはスサノオの怪力になんとか耐えながら、数十メートル先に上半身を曝している「第一破壊目標」に、まさに火炎を発射しようとしている。
アンナは極めて冷静かつ迅速に、教官の雑嚢から南部のお守り、水晶玉を取り出した。
「真奈、これは本当に幸運を呼ぶのかもしれないな」
長い右手を大きく振った。今まさに炎を吹き出そうとしている放射口に、水晶の球体を投げつけたのだ。直進した「魔法の玉」は、すっぽりと見事に百五口径の炎放射口にはまりこんだ。同時にモルティフェルはそのトリガーをひいた。
行き場を失った炎はたちまち逆流し、高圧燃料タンクへと戻る。
強圧縮されたすさまじい燃焼力を持つ化合ガスは、瞬時にして数千度の炎の固まりと化し、数百気圧の力に耐えるはずのボンベを微塵に砕いて閃光に変えた。
四つに組み縺れていた二体の鋼鉄戦士は一刹那にその姿を火の玉の中に消した。輝く炎はためらいがちに上昇しながら茸状に広がり、音響と爆風で吹雪すら吹き飛ばしていく。
この大爆発で数十メートル飛ばされたスサノオ・マークⅢは右手を肩から失い、火だるまとなって転がった。かろうじて健気に立ち尽くしていたモルティフェルには、持っていた強発熱手榴弾の誘爆が待ち受けていた。
鼓膜を破る爆発音が続けざまに起き、火の粉と灼熱した無数の破片を四方八方へ飛ばす。
こうして自らの凶器によって胴体の諸システムを溶かされた破壊され、さしもの「死の天使」も機能を完全に停止させた。まさに「立往生」だった。
爆風を避けるため氷温の湖水に身を沈めていたアンナは、ようやく湖面に顔を出した。
湖岸一帯に炎が広がり、風にあおられて火勢を増している。氷の上にはい上がると、岸にむかって歩きながら監視センターに緊急消火を依頼した。
吹雪もかなりおさまって来ている。ロボットヘリによる消火もやりやすくなっていた。「監視センターよりアンナへっ! 菅野だ。通信状態はどうか」
「アンナより菅野室長へ。情報伝達率八十程度に回復。
諸機能については検査解析中」
「よろしい。君の視点からの映像をキャッチした。燃えているのはモルティフェルだな」
「確認。全機能完全停止。作動音なし」
「やったな。これで総て終わりだ!」
「いや。スサノオを確認していない。微かに機械作動音を感知した」
湖岸に立ち燃え盛る森を見回していると、突如燃える木立の一角がはじけ、その中から炎のかたまりが飛び出して来た。
アンナはそれが火だるまとなった鈍重なスサノオであることを見てとるや、踵を返して湖上へ逃げようとする。装甲板もなく人工皮膚だけとなった彼女には、炎をさける術もない。あの怪力で抱きつかれたら、ひとたまりもあるまい。
しかし、凍った湖面に辿り着いたとたん、横手から迫る新たな轟音に気づいた。
炎に焼かれ煤だらけとなった内藤二戦装甲車が百数十キロの速度で突進し、アンナの体を跳ねとばしてしまった。ルール違反もなんのその、ひたすら復讐に燃える内藤頼太は、勝ち負けや会社や自分自身のことすら最早どうでもよかった。
「道連れだっ! 覚悟しろ木偶っ!」
額から流れる血を拭おうともせず、頼太は「愛車」に百八十度反転を命じた。
「やれっ! ひき殺せっ!!」
非武装とは言え強力なロボ装甲車の内藤二戦と、火だるまになり右手を失ってもその攻撃プログラムにいささかの変更もないスサノオは、アンナを湖上で追い詰める。慣れない氷に足をすべらせるアンナを、スサノオはゆっくりとしかし確実に追う。速力が武器である万能装甲車は氷上を縦横に走り回り、アンナの行く手を阻もうと突撃を繰り返す。
高速走行装置も一切の兵器も失ったアンナに、反撃の手段はない。さきほど爆薬であけた穴に向かって、こけつまろびつひたすら走るしかなかった。
内藤二戦が何度目かにつっこんで来たとき、足を滑らせたアンナは正面から跳ねとばされ氷上を転がった。しかし衝突のショックでコントロールを失った自動装甲車も、穴から走る氷の割れ目にひっかかってしまう。脆くなっていた氷はたちまち割れはじめ、内藤二戦は冷たい湖水に沈みはじめた。
「どうした! 緊急脱出! 出力最大っ!」
右のキャタピラはすでに水中にあった。さらにアンナとの衝突によって制御システムに機能異常が生じている。
装甲車周囲の氷はつぎつぎと割れ、車体がしだいに湖水に飲まれて行く。内藤頼太の悲痛な叫びにかけつけたのは、身を包む火勢のやや衰えスサノオだった。
スサノオは慎重に足場を確保し、残った左手で内藤二戦の後部エグゾーストパイプあたりをしっかりとつかんだ。鋼鉄の重戦士にとって、装甲車を引き上げることなどわけもない。
だが焼けただれたスサノオの重みで、氷はますます割れる。
さらにスサノオをつつむ炎が内藤二戦にも燃え移り、燃料タンクから漏れたオイルに引火してしまった。
内藤頼太はあわてて緊急脱出装置を作動させ、操縦シートごと脱出口から車外へ射出された。
その直後、ロボ装甲車の燃料タンクが爆発し、巨大な火の玉を作った。
アンナがなんとか氷上に立ち上がり炎の柱を見上げた時、その下では両手と頭部の一部を失った鋼鉄の戦士が、戦友である装甲車の上に折り重なるようにして氷の割れ目に飲み込まれていくところだった。
すでにほとんどの機能は停止している。索敵レーダー波と救助要請信号を、むなしく発しているのみである。シートごと射出された頼太は、肝腎の安全ベルトをしていなかったため、氷の上に投げ出されてしまった。
そのまま滑り転がり、氷の割れ目の一つにひっかかり、必死で脱出しようとしていた。
すでに腰から下は氷点温度の湖水の中に浸っており、感覚が麻痺しかけている。
落ちれば、たちどころに心臓が凍りつく。なんとかはい上がろうとするが、元々体力の弱いこの男は、防寒具すら身につけていないのだ。
素手で割れ目に捕まっていると、手の感覚が容赦無く消えて行く。八洲グループきっての奇人にして難物、そして戦闘ロボット開発の第一人者内藤頼太は、力つきようとしていた。
「ひひひ……これまでか。しょせん……機械相手の一生、悲しむ奴はいないさ。
俺は世界一の、ロボット技師になりたかった……。親父の町工場をつぶした奴らを、大企業の守銭奴どもを、見返してやりたかった。
そして復讐を……ごめんな、親父……」
その時、おさまりかけた吹雪のなかを近づく、細長い影をみとめた。
ゆっくりと一歩一歩確かめるようにやって来たアンナは、下半身を凍りつかせている頼太の目の前で立ち止まった。しばらく、その美しくも無表情な顔を見上げていた頼太は、消え入りそうな意識の中で微かに笑って見せた。
「おまえさん、本当に女神だったな。死の女神……」
やがてあきらめたように目をとじ、すでに感覚の全くなくなっていた両手の力を抜いたのである。
次の瞬間、アンナの右手が延び、頼太の襟首をしっかりと掴んでいた。
なんのためらいもなく引き上げると、そのまま小脇にかかえるようにして、皹が広がりつつある氷の割れ目から遠ざかりだした。荷物かなにかのように抱えられたまま、頼太は一言も発せずに目を見開いていた。
ようやく吹雪がおさまって来た。監視センターのブースから、周囲の山々や原生林がなんとか見渡せるようになった。
元統合自衛部隊特殊コマンド隊員の大神夢見は、そんな白い風景を満足そうに眺めている。
少し離れた特別観覧席では、格闘教官を罵倒しようとして取り上げた受話器を握り締めたまま、現役二等佐官田巻己士郎が茫然としていた。
大神夢見は嬉しそうに、わざと声高にスタッフに言った。
「さあ。一仕事終わったし、ゆっくりと温泉にでもつかろうかしら」
すさまじい火災も、ロボットヘリからの消火弾の連続投下と遠距離消火弾砲撃によって鎮火しつつあった。
くすぶる森のはずれから飛び立った医療班のヘリコプターのベッドには、全身に加温シートをまかれた小柄で青白い男が横たわっている。
目を虚ろに開いて天井を見据えている内藤頼太のにごった瞳から、やがて大粒の涙がこぼれ出した。頼太はそれを拭おうとも隠そうともせず、無人ヘリの爆音にも負けじと、大声をあげて泣きじゃくりはじめた。
凍てついた湖面を渡り、沢をのぼって雪深い荒野に踏み込んだアンナは、前方から救護班のダクテッドファン機「あまこまⅡ型改」が近付いて来るのを視認した。
「あまこま」はアンナの手前数十メートルで急に降下し、その場でホバリングしはじめた。二メートル以上積もった深い雪のために着陸出来ないようだ。
アンナが歩速をかえず接近してみると、機の中でなにやら争う声がする。
「そ、そんな! 危険ですっ! ま……ま、待ってっ!」
副操縦士が止めるのをふりほどき、ハッチを手動で開いた真奈は、そのまま数メートル下の雪原に飛び降りてしまった。
雪をかきわけなんとか駆け寄ったアンナが、雪の中でもがいている教官を掘り出したのである。応急手当を受けただけだが、元気そうだった。
見届けた救護用「あまこま」が呆れて飛び去ってしまったあと、アンナは真奈を肩車し、首のあたりまで新雪に埋もれながらゆっくりと前進しだした。
「大丈夫なのか」
「平気だよ。山育ちは頑丈に出来てんだよ」
ようやく監視センターに近付いた頃、真奈はアンナの頭につかまったまま言った。
「一難去ってまた一難だね。エラいさんがたと野次馬とマスコミが、手ぐすねひいているよ」
「モルティフェルより手強そうだ」
「勝ったものの宿命だね。明日からはいやでも注目され、さらなる強敵の挑戦を受ける。
貴様が王者の椅子から転げ落ちるまでね」
「その為に私が生まれて来たのだろう」
「………モルティフェルもスサノオも、考えれば可哀相だな。
ただ戦うためだけに生み出され、死んでいったんだよ」
何かを守っての戦いではない。純然たる見世物として。国家の「稼ぎ」の為に。 そしてその国家は、世界の趨勢に流され、自国民に対する一種の愚民化政策を推し進めている。
「あなたも機械に人格をみとめるのか。私は死なない。いつでも再生可能だ」
「いいこと。これだけは覚えておきなさ。貴様は機械でもロボットでもないよ」
「理解不能。では私はなんだ」
「………ふふ。やっばり南部病がうつったな。
もどったら一番に会いに行こうぜ。あんなのでも、アンナの生みの親だから。
親がいるってのはいいものさ。………自分も、母さん探そうかな」
「そしてわれわれの、恩人だ」
南部のことを考えていると、左の腕が気になった。手首に、銀色のブレスレットを巻いたままだった。これを使うことがなくて、本当によかった。
しかし真奈は、あのマッド・サイエンティストが語ったことが忘れられない。
確かにこのアンナこそ、今までのロボットの概念を破る、危険な人造生命体かも知れない。いつか人間にとってかわるべき種族の「イヴ」なのだろうか。
たとえそうだとしても、真奈に後悔はなかった。
滅ぶべき人類なら、滅べばいい。人類とて、数々の種族を滅ぼし、自然を犠牲にしてここまで繁栄してきたのだ。
真奈は教え子の肩の上で、雲間から顔をだした青空を見上げた。冷えきった北の果ての虚空は、かつて中部山岳地帯で眺めていた澄み切った天界にも似て、爽やかで神々しい。
なんど父の逞しい肩の上から、こうして遥かな世界に思いをはせたことだろう。冷却装置の壊れた人造戦士の体から、暖かみが伝わって来る。
真奈は込み上げる涙に堪え続けた。
「ひとつ質問がある。なにものも恐れないあなたは、なぜ落雷を恐れる」
「……子供の頃、爺ちゃん愛用の九九式小銃にいたずらしたことあってね。暴発して屋根に穴があいちまった。
爺ちゃんおこって、雷鳴の中で自分を食料小屋に一晩閉じ込めたんだ。小さいときから、山神様の怒りと信じてた、かみなり様がとどろく中。
それ以来、なんかトラウマになっちゃった」
やがてアンナは、ゆっくりと確かな音程で自ら歌いはじめたのである。
「♫負えどもつけぬ赤十字、たけき味方の勢いに……」
驚いた真奈だったが、ふっと微笑むといっしょになって歌いはじめた。 北海道中央の銀色の雪原に、二人の戦士の歌声が高らかに響く。
♪敵の運勢きわまりて、脱ぎし兜のほこの先、
さしてぞ帰る、勝ち戦。空の曇りも今日晴れて…………
了
主要登場人物
五百瀬真奈 いおせまな 十七歳 元・統合自衛部隊の特殊戦士。マタギの孫娘。
南部孝四郎 みなべこうしろう 三十二歳 工学技師。天才的ロボット技師。
室田秀和 むろたひでかず 六十歳 新日本機工株式会社社長。技術屋出身。
菅野康志 すがのやすし 二十七歳 新日本機工企画開発部長
不破久美 ふわくみ 三十歳 妖艶で優秀な長秘
立川文也 たちかわふみや 六十一歳 新日本機工常務兼総合企画室
内藤頼太 ないとうらいた 二十六歳 アンナを執拗に狙うロボット技師。
田巻己士郎 たまきこしろう 四十四歳 統合自衛部隊二佐。情報統監部参謀。
大神夢見 おおみわゆめみ 二十四歳 元JUSTの将校。田巻の「部下」。
大田部三成 おおたべみつなり 四十七歳 一佐。幼年術科学校横須賀分校長。
栗山裕之 くりやまひろゆき 五十歳。アンナの『脳』の開発責任者。
上田哲哉 うえだてつや 六十六歳 首相兼国防大臣 改進党総裁。
人造機兵アンナ 小松多聞 @gefreiter
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます