第13話

 一方、頑丈きわまりない内藤二式装甲車ごと雪崩に飲み込まれた内藤頼太は、中で転げ回りあちこちにぶつかり、わめき叫んた。

 ようやく事態が治まった時は深い雪の中で逆さまになっており、ただでさえ昇りやすい血が、煮えたぎりつつ頭に集まっていた。

 早く救出しろ。そのようなことをスサノオに叫んだはずだった。しかし興奮し動転したその絶叫を聞き取る能力までは、スサノオには備わっていない。

 いくら高性能とは言え、全くの自動人形であるスサノオには、トレーナー頼太を庇ったり咄嗟に助けたりすることは出来ない。身にふりかかった突発事項から逃れる機能は備わっている。それ以外は命令されなければ、動かないのだ。

 しばらくして漸く、鋼鉄の戦士は頼太の絶叫命令を「解読」することに成功し、積もった雪を掘りはじめた。

 しかし崩れたばかりの密度の低い雪に、重たい体がどんどん沈んでしまう。

「で…デク人形め! は、は、早くなんとかしろっ! でないとあれが、あの高級ダッチ!

 あいつだ。山女、乳でかチビ! 奴らっ! おのれぇぇぇぇっ!」

 頼太は毒づくが、興奮しすぎて日本語にならない。焦るほど舌が縺れ口が泡に塗れる。

 こうして討っ手が愚かしく手間取っている間に、真奈はアンナに助けられ、雪を掻き分けつつ沢を下っていた。

 スサノオは小型パワーショベルなみの大きな手で雪を掘る、と言うよりは投げ飛ばし、埋もれていた内藤二戦のキャタピラを両手で力まかせに引っ張った。

 重みでまた雪に沈みながらも、なんとか軽量装甲車を引き上げることに成功したのである。

 内藤頼太はほぼ無傷だったが、十五分以上も逆立ちしていたせいで鼻血が額と前髪を染めていた。それでも気力は衰えていない。

「くっっっそぅっ! 総てはいまいましいあの木偶と、山猿のせいだっ!」

「雪崩の原因となった炸裂弾丸は、遠方から発射されました。モルティフェルのものと……」

「うるさい! 目的はあのくそ女どもだ!」

 頼太はまだ視点が定まらないにも関わらず、内藤二戦に沢へと降りることを命じた。沢には凍った小川が流れていて、その先は完全に凍てついた湖に通じている。 その頃すでにアンナはこの巨大な天然スケートリンクに達していたのである。体の節々が痛む真奈を肩車すると、今こそアンナは最新式高速走行装置の威力を発揮し氷上を対岸まで逃げきろうとしていた。

 内藤二戦装甲車はともかく、歩く要塞であるスサノオは走ることが出来ない。

「真奈。対岸に射撃点を定め、反撃に移るのか。指示を乞う」

「いや、あの化物に攻撃は通用しないよ。それに馬鹿を巻きこんでしまう。

 出来るだけスサノオから遠ざかって、モルティフェルが追い付くまを待つんだ。はじめからの作戦通りにね」

「いわゆる、漁夫の利を狙うのか」

「ちょっと卑怯だけどね。モルティフェルも同じこと考えて罠をしかけただろう」

 少なくともあの大神の考えたことではない。元三等曹長はそのことだけは確信していた。

「……ねぇアンナ。人間がどうして万物の霊長になれたか知ってるかい?」

「他の生物よりも大脳が発達したからだ」

「人間が凡ての生物の中で一番ずるかったからだよ。じいさんからそう教わった。

 益虫とか害獣とか勝手に分類してるけど、人間ほど自然にとって害のある存在はないんだ。

 そしてずるくって、自分勝手で神をも恐れない罰当たり。だから時々山神さまは怒って、雷を落としたり嵐を呼んだりするんだ。恐ろしい雷を」

 湖の全面に、厚いところでは数メートルの氷がはっていた。その上を時速百数十キロで疾走すると、体感温度はマイナス三十度近くになる。パンツァーヘムトを着ているとは言え、生身の真奈は寒さで手足が軽く痺れている。

 しかしそんなことは、おくびにも出さない。

「真奈。上陸目標湖岸まで千九百メートル。風速は十メートルに低下」

「ちょうど湖の真ん中だ。氷が一番薄くなっているからじゅうぶん気をつけて……」

 凍てついた冷気を切り裂き、一際甲高い音が湖上を駆け抜けて来た。

 真奈を肩車したまま走りながら平然と振り返ったアンナは、目前に迫った超小型クルーズ・ミサイルを確認、すぐさま銃撃した。

 凍り付いた湖面すれすれを飛んでいたミサイルは、迎撃破壊されオレンジ色の火の玉になり砕け散る。薄くなっていた氷に、たちまちいく筋もの皹が走る。火の玉を突き抜けて飛んできた第二弾は、爆風にあおられコースをはずれ、アンナを過って氷上に弾着した。さらに鋭い裂け目が走り、過冷却湖水が飛沫をあげる。

 アンナは皹を軽く飛び越え、着地と同時に半ターンして後向きに高速走行しだした。見ると、スサノオが飛翔ロケットを使い氷上約二メートルの高度を飛来して来る。すぐあとには内藤二戦装甲車が続く。

「な、なんて奴! あの図体でっ!」

「緊急用ブースターだ。長距離は飛べない。数分で燃料が尽きると推測される」

「ここでは不利だ! 早く逃げて。」

「スサノオは毎時約二百二十キロで超低空飛行している。

 私の走行装置では、摩擦係数の少ない氷上では毎時百七十キロ程度が限界だ。とても逃げ切れない。反撃に移る」

「反撃ぃ? あの怪物にどうやって?

 それにあんな馬鹿でも、人間は攻撃出来ないよ」

「発射装置の弾倉の形態から推測して小型ミサイルの残量はそれほどない。さらにこの状態ではスサノオは直接攻撃が不可能だ。内藤二戦への攻撃は避け得る」

 アンナは器用に後向きに走りつつ、ロケット速射砲と対戦車機銃を構える。


 キャタピラが氷の上で滑るのも構わず、内藤二戦は全速力でスサノオを追っていた。めざすは、恨み重なる機械美女である。

 小生意気な筋肉女はついでにとっちめればいい。

「行け! スサノオっ!

 かまわんから無茶苦茶、グチャグチャに潰してしまえ!」

 頼太は口から泡を飛ばしつつ罵り続けている。自分の言葉に興奮する性質らしい。上空を後に傾いた直立姿勢で飛んでいるスサノオは、バランスを取るのに苦労をしているようだ。

「百三十秒後に目標に接触の予定。現状での攻撃は一切不可能です」

「! なんだと! ここでやれば確実だっ! 早くぶっぱなせ! ブチのめせっ!」

 コクピット内で真っ赤になってのたうちながら、内藤頼太は口角でモニターを濡らす。

「目標ロボットの肩に人間が乗っています。新日本機工の教官と確認しました。人間に被害を及ぼすいかなる攻撃も、大会規定により厳重に禁止されております」

「なにをっ! 構わん! あの生意気な山女もろとも吹き飛ばせ、チャンスだっ!!」

「命令受諾拒否。良心回路基本プログラム十五系列八項から二十項に反します」

「き、き、拒否……だと? クソッタレ!

 やれっ、と言ったらやれっ! 殺せ!」

「ブースター燃料残量僅かです。氷上着陸し、徒歩で追跡する許可を」

 しかし目の血走った頼太は湖上をアンナの「血(?)」で染めることに執念を燃やし、スサノオにそのままの追撃を命じる。

「飛んでいって上から押しつぶせ! 絶対に逃がすな。南部のガラクタを完全破壊しろ!

 氷を血とはらわたで染めろっ! 何が天才だっ! あの不能めっ変態めっ!」

 スサノオがしだいに距離を詰めて来る。後向きにローラーで高速走行していたアンナは、急に速度を落としながら両手で真奈を抱え上げた。

「真奈。決着をつけるが、いいか?」

「オーケー。貴様の好きなようにやって」

 引き締まった肉体が、アンナの両肩を力いっぱい蹴り氷の上へと飛び降りた。強化装甲服を着込んでいれば、ビルの三階程度から地表に叩きつけられてもアザぐらいですむ。

 真奈は固く凍った湖上に転がり、そのまま横の方へすべって行く。直ぐさまアンナは対戦車ライフルを構え、滞空しているスサノオに連続発砲した。

 弾丸を浴び体中に火花を散らしながらもなんとかバランスを保った重戦士は小型クルーズ・ミサイルを発射した。

 しかし距離が近すぎてミサイルの追跡システムが目標を捕捉する暇さえない。  飛翔弾三基は発射された角度のまま直進しアンナの周囲に弾着、氷に多数の深いひびを走らせた。

 ついにスサノオの緊急短距離飛翔用ロケットブースターの高精度合成燃料が尽き、氷上にふきつけていた青白い炎が瞬時に消えた。

 と同時にスサノオは凍りついた湖上に着地しようと両足を構えた。その機を逃さず、アンナは戦車の前面重甲板をも射抜く完全被甲高速弾を多数発射する。

 ちょうどスサノオの太く頑丈な両足が接しようとするあたりを、弾丸が深く穿つ。湖のほぼ中央、一番氷の薄いあたりは両者の攻撃で皹だらけだった。

 追い打ちをかけたアンナの銃撃で、氷に無数の亀裂がたちまち広がって行く。吹き出した飛沫が瞬時に凍り、湖上にきらめく無数の光となって風に舞う。

 そんな場所へ巨漢スサノオが降り立ったのである。当然のように氷は割れ、たちまちスサノオはひっくりかえって水しぶきとともに湖水に呑まれてしまった。

 驚き狼狽えた内藤頼太とその「愛車」内藤二戦も、次々と割れ出す氷に行く手をはばまれる。

 スサノオが姿を消した地点を中心に皹が走り氷が裂け、割れ目が出来る。

 なんとか立ち上がった真奈の足の下にも稲妻状の皹が及び、氷盤が沈みだした。大層な装甲服の重みでバランスを失い、氷盤の上を滑って過冷却湖水に片足をつっこんでしまう。

 装甲服の一部であるブーツを履いていても、鋭い痛みが足から昇って来る。なんとかはい上がろうとするが、つかまっている畳六枚大の氷塊自体が、真奈の重さに耐えかねて沈みだしていた。

 肩にひっかけていた肩掛け雑嚢のベルトが切れ、死の湖水に呑まれて行く。

 その時、ローラースケート状高速走行装置で突進して来たアンナは、しゃがみつつ左手を延ばし、氷の割れ目を過ると同時に真奈の腕を掴み上げた。次の瞬間、氷盤はひっくりかえり周囲の氷も砕けて割れだした。しかし真奈を助けあげたアンナはとっくに走り去っていた。

「あ、ありがとうアンナ。足がまだ痺れてる」

「凍傷になる可能性がある。ブーツを脱いでマッサージをすることを提案する」

「ここは戦場だよ。暇はない。大丈夫だ。雑嚢を落としただけだ……。

ともかくこれで、一匹片付けたわけだね」

「まだだ。スサノオは比重が重すぎて浮くことができない。

 しかしあの程度の事態ではほとんど無傷だと推測される。この辺りの水深は約十三メートル。堆積泥の中をもがく金属音が響いて来る。

 スサノオが前進していると推測される」

「全くしつこい奴だね、作った外道に似て」

「さきほどの小雪崩の前に銃弾発射音がしたが、少なくとも三千メートル遠方からの銃撃だった。現在記録を再解析しつつある」

「聞いたよ。モルティフェルだな。ロケット推進じゃない、すごく延びのいい特別銃弾だよ。

 対戦車用か対空機銃……。死の天使の武器にしては、ありきたりだな」

「モルティフェルの主力兵器とは断定できない。

 他の決戦兵器があると推測される」

「ともかく湖岸へ急ごう。ここでは不利だ。戦いは地面に限るよ」

 アンナは再び真奈を肩に乗せ、氷上を軽やかに滑って行った。


 東の湖岸、林に身を隠していたスマートなモルティフェルは、頭部超望遠カメラでこの一部始終を監視センターへ送信していた。

 オオワダ精機のブースでワイン片手にモニター画面を楽しんでいるのは、例によって度の強い眼鏡の奥で細い目をいっそう細くしている、下腹の突き出た現役将校である。

「予想外の事態が起こったとは言え、これでめでたくスサノオの行動力を奪ってもうたな。

 吹雪もおさまってきたようやし、次はいよいよ本命のアンナに取り掛かかろか」

 洒落たカップで濃い紅茶を飲んでいた夢見は、腐れ縁の続く忌々しい情報参謀と視線をあわさないように、冷ややかに答える。

「日本最大の兵器メーカーが誇る戦闘兵器が、これくらいでヘタばるわけはありませんわ。

 モルティフェルは、すでに湖底での機械音をキャッチしています」

「! ………ふむ。さすがやな。でもスサノオが復活するまでに、まだ時間はあるやろ? アンナをたっぷりとあたためたるには、じゅうふんやね。

 命令、アンナを追跡させぇ。モルティフェルの巧みな走行力で、追い詰めたれ」

 夢見は答えず、モルティフェルに命令した。


 ようやく湖岸にあがったアンナは、教官を肩から降ろし、周囲の森をゆっくりと見回した。

 カメラ・アイと額のレーダーで念入りに周囲の状況を探るのである。真奈は装甲ブーツを脱ぎ、感覚のなくなった両足を強くマッサージしはじめた。

 放置すると凍傷になってしまう。

「真奈。いそいでブーツを履くことを推奨する」

「! スサノオ?」

「別の敵が湖面を走って来る。

 方位九十二、距離約三千百。敵速力毎時三十キロ程度」

 濡れたソックスを脱ぎ、ブーツを履いた真奈は、アンナとともに森の中へかけこんだ。

「ともかく敵の出方を見てみよう。どんな武器を隠しているか判らないよ」

 「二人」は、一際太い針葉樹の幹に隠れた。

「音紋一致、モルティフェルの作動音と確認。高速接近中。距離二千四百。

 警告。発射音ならびに飛翔音複数。初弾弾着まで数秒」

「ふ、伏せっ!」

 止みかけた吹雪の中を光輝くものがを飛んできて、二人の周囲あちこちに落下した。次の瞬間、閃光とともに猛烈な炎があたりの木々を包んだのである。

「真奈、熱源多数。焼夷弾よりも高温だ」

「発熱弾かっ!」

 叫んだ時にはすでに周囲は火の海だった。二人は炎に囲まれ全く脱出できなくなっている。

「こ、これは………焼き殺すつもりかよ!」

 真奈とアンナ炎の中で孤立していると、軽やかに湖上を駈けて来た長身のモルティフェルが湖岸に上がってきて立ち止まった。背中に巨大なタンクを背負い、左手には強力な火炎放射装置を握っている。モルティフェルは火炎を「撃ち」だした。炎は長細い火玉となって飛び出し、たちまち木々を火だるまにする。二百メートルは炎のとどく強力な凶器だった。

 炎に追い詰められ進退極まる二人。熱気が真奈の肌を襲う。

「オ、オオワダ側はアンナの弱点を………ニューラルチップや人工神経繊維が熱に弱いことを、知っていたんだ。

 発熱弾も強力火炎放射器も、ただアンナを倒すために!」

「ロケット弾の爆風で火を吹き飛ばし退路を作る。私の陰にかくれていてくれ」

 夢見の警告は本当だった。脱出しなければアンナよりも真奈が黒焦げになる。アンナは西から迫る炎にむかい、速射ロケット弾を連続発射した。凍えた風を切る音が鋭く響く。


 オオワダのコントロール・ブースでは情報統監部高級情報参謀と、社長室付き特別戦闘技術教指導員の対立が、最終段階にあった。

 夢見が元上官の命令を、ほとんどいいかげんに実行していたからである。

「強発熱弾を直接ぶつけろ、言うたはずやが、いったいどう言うこっちゃ!」

「戦闘の現場に関しては、総て私にまかせていただけますね。より効果的な戦術としては…」

「もうええっ! モルティフェルを前進させて、火炎射出砲でアンナを直撃してまえ!」

「あの一帯にはトレーナーもおります。人間に対する攻撃はそれだけで失格、犯罪ですわ」

「意図的にトレーナーを攻撃すれば、や。けど、戦闘行為に偶然巻き込まれてしもた場合は仕方ない。

 レース中の事故と同じや。不幸な出来事……一切お咎めなしやな」

「モルティフェルの論理回路にいわゆる『アジモフ~キャンベルのロボット工学三原則』がプログラムされていないのも、その偶発的事故を期待してのことですの?」

「滅多なこと言いなやっ! 君は、勝つことだけ考えとったらええ」

「私は戦闘技術指導員として、現場指揮の総てを社長からまかされています。あくまで技術観察武官たる二佐に、もう除隊した私に命令を下す権利はありませんよ」

「…僕の背景は、よぉ知ってはるやろ。逆ろうたら、ロクな目ぇにあわへんえ!」

 怒りに声が上擦っている。夢見は微笑んで見せた。この男の腹黒い策動は、ジャスト時代からよく知っていた。彼は今、上田首相の後ろ盾とも言える八洲グループに「いい顔」を見せつつ、なんとか防衛産業でのシェア獲得を目指す大輪田グループにも取入っているのだ。

 裏では相当なリベートなども、噂されていた。

「現役幹部が一企業に肩入れして現場指揮。しかも不正。マスコミが知ったら喜びますわね」

「………左様か、そう言うつもりかいな。せやけどそれやったら、こっちにも覚悟あるわ。

 かつての部下と元上官の関係も、これまでちゅうことやな」

 と言って不気味にほほ笑みながら、ブースから出て行ってしまった。

 あまりにもあっさりと退散したことに、生まれつきカンの鋭い夢見は、なにか不吉なものを感じていた。


 白く凍てついた森は、強力な火炎でますます盛んに燃えている。かばうように真奈を抱き締めたアンナは、ロケット弾の爆風で瞬間的に炎を吹き消し少しづつ退路を開くが、すさまじい勢いの炎が次々と押し寄せる。

 周囲は完全に火に包囲されているのだ。

 その時、燃え盛る森のむこうに、一本の凍りついた小川がかいま見えた。炎はまだそこまでは迫っていない。

 アンナはかすかに流れる水音を、周囲の轟音の中からかろうじて聞き分けることが出来た。川底のほうには僅かにまだ水が流れているらしい。

「真奈。呼吸が早くなっている」

「ま…まだだよ。熱くて息が苦しいけど」

「パンツァーヘムトの温度調節機能に、限界が来ている。危険だが全速で炎を駆け抜けるしか他に脱出方法はない。

 数秒間、背面とヘルメットが炎にさらされるかも知れない」

「……こ、このまま黒焦げになるぐらいなら、どんなことだってオーケーだ。

 自分のことは気にせずにいつでも好きなようにやっていいよ。じ、自分…など……」

 呼吸がほとんど出来なくなっている。明らかに限界だった。汗が額をしとど流れ落ちる。


「モルティフェルの攻撃を一時中止しなさいっ! どうしたの?」

 オオワダのブースで、夢見がめずらしく語気を荒げながらスタッフに命令した。 死の天使はあいかわらず火炎と熱爆薬で森を焼き滅ぼしつつ、アンナに迫っている。青白い、やや病的に痩せた技師が答えた。

「完全攻撃モードでオートコントロールが入ってます。こちらからの命令は拒否してます」

「!オートコントロール?いったい誰がそんなものを? いつ切り替えたのっ!」

「ぼ、僕らに言われても、そのぅ…。僕らもそんなシステム全然知らなかったし。

 文句は統自ジャストの責任者に言って下さいよ」


 アンナは炎にむかってロケット弾を乱射しつつ、小川へと走った。華奢だが強力な右手でしっかりと真奈を抱き締め、炎の「はざま」を全速で駆け抜ける。

 それでも火炎は美しき獲物を逃すまいと迫り続ける。最後に放った一弾は、立ちはだかる炎の壁をつきやぶり小川の凍りついた川面に落ち、水柱とともに氷塊を吹き飛ばした。

 その爆風と水で炎がひるんだすきに、アンナは大きく飛び、氷にあいた穴の中へ足から飛び込んでしまった。厚い氷の下、川底から七十センチ程度のあたりまでは、しっかりとまだ冷たい水が流れている。

 氷を通して、しきりにオレンジ色の輝きが踊るのが見える。

 しかし熱は全く感じない。アンナに抱き締められたままの真奈は、強化装甲服の緊急用小型酸素ボンベのおかげでかろうじて息が出来る。

 しかし水圧のかかる川底で細い管を吸い続けるのはかなり困難なうえ、零度に近い水中でしだいに体力を失われていく。二分ほどで心臓マヒを起こす水温である。温度調整装置が故障した装甲服パンツァーヘムトの中で、真奈の意識は薄らいで行った。

 アンナは足で川底を蹴りながら、急いで川下へと泳いで行く。

 かくて炎の壁を脱したアンナは、厚い氷の割れ目に氷塊爆破用の爆薬筒をつっこみ、水中で真奈を抱き締め庇いながら時限発火ボタンを押した。

 こうして氷を吹き飛ばし、なんとか凍りついた川面へと出たのである。すぐさま安全な川岸に上がり、ぐったりした真奈から超軽量強化装甲服を脱がせた。幸い内側に着ていたスーツのおかげで下着などは濡れていない。

 ただブーツには冷たい水が入っていて、膝から下が凍えている。 川の上流は真っ赤に燃えさかっていて、熱気がここまで流れて来る。

 人造機械兵士は意識朦朧としている生身の女を、太い木の幹にもたれさせた。素足は横たえたブーツの上に置き、迫る熱気に炙らせる。

「今、私の通信システムで、大会管理チームに救難信号をおくった。

 ここならば、川を越えて炎が迫る確立は少ないだろう。また熱気が周囲の温度を上げてくれる。やがてあなたは救助される」

「ア……アン………ナ」

「教官真奈の指導は総て分析し記憶した。このあとは私だけで戦う。私の勝負だ。

 応用と発展が私の武器だ」

 炎の彼方にモルティフェルらしき影が動くのを、アンナは認めた。

「真奈、今までありがとう。私は行く」

 真奈は微かに目をあけ、何か言おうとしたが声にならない。なんとか左腕を持ち上げた。

 南部からもらった、コントローラーがはまっている。銀色に光るそれは、「最後の手段」だった。

 ボタンを押し込むとアンナも、そして自分自身も助かるのは確かだ。

 力なく微笑んだ真奈は、その腕を下ろした。

「行って……きな、戦友」

 アンナは整美なその顔に全く表情を見せず、立ち上がった。そして再び凍った小川を渡って、修羅の巷へと戻って行くのだった。


 凍った湖の岸では内藤頼太が歓声をあげていた。ついに海底の泥を脱したスサノオ・マークⅢが湖岸にあがってきたのである。

 一部損傷し、主武装である八洲製超小型巡航ミサイルの弾倉を三つまでも失ったが、機能的には異状もない。頼太は内藤二戦のセンサーであちこちをチェックしながらも逆恨みの復讐を誓い、血をいっそう煮えたぎらせていた。

「巡航ミサイルなんざ無くても構うもんか。

 こうなりゃスサノオっ! お得意の格闘戦に持ち込んでケリをつけてやれっ!」


 超長距離狙撃ライフルと至遠距離火炎放射器、強発熱手榴弾で道央の凍てついた原生林を焼き払いつつ、「死の天使」モルティフェルはアンナに執拗に迫る。

 この火炎地獄から脱する為、なんとか湖に逃げ込もうとした人造美女は、その行く手にスサノオが現われていることを頭部レーダーと両耳の高感度集音マイクで確認した。前後を塞がれているのである。

 その頃、ようやく到着したダクテッドファン機「あまこま」の中で応急手当てを受けていた真奈は、必死で祈っていた。

「両面作戦はダメ……絶対に。アンナ……」

 「あまこま」は再び強くなりはじめた吹雪に、しばらく離陸を見合わせていた。すでに超望遠カメラのいくつかは、吹き荒ぶ風雪のために役にたたなくなり、強風にあおられて山火事が広がっている。

 消防班のロボットも吹雪に巻き込まれ遭難する可能性すら出てきた。

 そんな中、特別観覧席のボックスに軟禁されていた南部が、監視のすきを見て飛び出すと言う事件までおきていた。

「ア、アンナ~、アンナァァァァァ、わたしの女神よおぉぉぉぉぉぉ~」

 アンナの名を叫びながら猛吹雪の中を駆出し、百メートルも行かずに凍りついて立往生してしまったのである。

 取り押さえようとした常務も、雪溜りに太った体を沈めてしまった。


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