第12話
特設観覧席では内外の要人、各国のロボットメーカー、そして国内各社が招待した世界中の「お得意」がグラス片手に固唾を飲んで開始を待ち受けている。
しだいに風の強まる夜明け前、三体はすでにそれぞれの起動地点に運ばれている。その地点はお互いに一切知らされず、接触するまで相手の武装もわからない。
菅野は監視センターのブースで、各種観測機器の最終チェックをしている。そして起動地点で寒風に絶えている真奈に、最後の忠告を送信した。
「言うまでもないが、吹雪になればアンナのセンサー機能と無線だけが、頼りだ。
我々監視センターの連中は何の手助けにもならないから、危険を感じたら独自の判断で救出を要請しろ。これだけは聞いてくれ。若い君が命をかけることではない。
所詮大企業の高価で壮大なデモンストレーションにすぎないんだ」
「……ありがとう。でも南部博士はなんて言うかな」
「君にアンナの盾になれとよ。敵ロボは人間を攻撃は出来ないはずだからって、あのバカ!
今は我が社のブースの中に閉じこめてあるから、ちょっかいはかけないだろう」
「ハハハ。気の毒だけど仕方ないね。………そろそろ夜明けですね」
真奈は左腕を見た。ユニ・コムの上に細い銀色の輪がはまっている。
「ああ。気をつけて。君のかわいい笑顔を是非また見たいからな。無理は絶対にするな」
聞きなれぬ言葉に、その意味すら理解しかねた。
「アンナ、君の調子はどうだ」
「外気温マイナス七度。冷却装置の出力を極度に押さえられる。体内各部、四百二十のチェックポイント総てにおいて異常なし。燃料電池出力、六十に上昇」
「よろしい。東の山端が光ってるぞ」
真奈は真っ赤な空を見上げた。
「吹雪くかもね。じゃ、行こうか、戦友」
同じ迷彩色の超軽量強化装甲服「パンツァーヘムト」に身を包んだ教官とその弟子は、お互いの顔を見つめてから、パウダースノーを踏みしめて前進を始めた。
真奈はオリーブ色の粗末なザックを左肩にひっかけ、大切なものでも入っているかのように右手で軽くなでた。
「こんなものでも、本当にお守りになるといいな」
監視センターの専用コントロール室では大神おおみわと田巻、そして優秀をもって知られるオオワダの技術者達が、重戦士モルティフェルの起動する様をモニター画面で見つめていた。
「モルティフェル進行開始。速度毎時五キロで真西に向かいます。
各機能正常。効果率七八。効率第一水準。ベストコンディションです」
若い技師が報告すると、格闘インストラクターは小さくため息をはぎだした。
「了解。以後の指令はこちらから行なう。
主モニターの映像を、モルティフェルの通常視覚にきりかえて」
「いよいよ三年ごしのプロジェクトの総仕上げや。
君の高給と僕の昇進がかかってるえ」
二佐は濃いコーヒーをすすりながら、細い目を鈍く輝かせてモニターを見つめている。上田哲哉首相を後見人に持つこの高級情報参謀は、ジャスト内でもちょっとした「有名人」だった。その策謀好きと陰険な性格によって。
しかし大神夢見をオオワダに推薦したのも、この男なのだ。人を見る目はあった。そして他人を効果的に利用するすべを心得ている。遥か離れた北の小さな谷では、ちょうど八洲の「スサノオ・マークⅢ」とエキセントリックな開発主任内藤頼太が行動を開始していた。
アンナと真奈に復讐を誓う頼太は、さらに小型軽量化しかつ性能を上げた「内藤二戦改」全自動高速装甲車を駆って、技術陣の作り上げた傑作を指揮するのである。無論トレーナーは一切武器を携帯できないことになっている。
寒冷地用に改造した内藤二戦改は全く非武装の偵察車両と言うたてまえだった。
「あの大女の動きは凡て判っている。今度こそ目にもの見せてやる!!」
頼太は操縦席で脂汗を流し、肩で息をしながら大笑いする。こうして日本全国、いや世界が注目する中、アジア最大のギャンブルは開始された。
真奈はSサイズの強化装甲服のヒーターを最高レベルにした。それでもまだ寒い。そもそも寒冷地対応ではないタイプなのだ。
「真奈。平均体温三十五度八分。通常よりコンマ六度低い。体調に異常はないか」
「氷点下三十度で歩哨に立ったこともあるよ。
ただ、寒さで各部のグリースが凍りはじめているみたい。行動に支障はないさ」
雪原に聳える岩山をめざしつつ、アンナは悠然と歩く。おそらく敵もこちらを求めて接近しているだろう。今度の敵は今までの比ではない。
真奈は小雪まじりの風に吹かれながら、まだ幼かった頃を思い出していた。
ある冬の暗い朝、一日がかりの厳しい猟に出掛ける祖父は、無事の帰還を祈って灯明を燈し、山を統べる何者かに真剣に祈っていた。
それは「観光名物」「無形文化」としての猟ではなく、山の神様に供える贄を探す尊い狩猟だった。自ずから祈りも真剣となった。
父は猟師と言うより登山家だった。山の信仰に熱心ではなかった。そして遭難した。
真奈は、肩にかけた迷彩バッグを後ろ手にまさぐり、南部唯一の「宝物」であり、その亡き母の形見である水晶玉を取り出した。
自分の運命に無知だった占い師の玉を。歩きながら朝日を浴びて輝く玉を見つめ、やがてそれを軽く額に押しあてて見た。
「それも礼儀作法、または儀式の一種か?」
「……判らない。山の者と海の男は信心深く、迷信が好きなんだ。洋の東西を問わずね。自分は最後の山猟師、伝説的なマタギの孫娘だから」
「透明な二酸化ケイ素、つまり水晶の玉にしか見えないが」
「そうさ。貴様の創造主がお守りにくれたんだ。勝利のためにね」
「お守り。その効果を信じるのか」
「母さん、南部先生にとって多分唯一の肉親だったんだろう。その人の大切な形見。財産に無頓着な先生が、貴様と自分を守るようにって、くれたんだ。
妙で気持ちの悪い先生だけど、その思いだけは伝わる。先生はあんたの、親なんだ。親が子を思う気持ちってのは、なによりも強いもんだよ」
「ダーウィン適応の結果だ。あなたの解釈は正しい」
凍てついた沢のわきを、スマートで精悍なメタリックの巨人スサノオが、強靭な特殊プロテクターに巨大武器を搭載して軽快に歩いている。
その後方、雪を激しく吹き飛ばして内藤頼太のロボ装甲車が追う。そして東の凍った森の中では、黒い死の武者「モルティフェル」が地響きをあげて前進しているのだ。
監視センター内の各コントロール・ブースでは、各種センサーから送られてくる映像を各社の幹部技師が見つめている。情報放送がスピーカーから流れた。
「三陸沖の低気圧が北上中。吹雪になる公算大。現在風速南南東七メートル」
吹雪の到来とともに衛星や観測機からの映像が不鮮明になる。
新日本機工のブースで、アンナから送られて来る画像を緊張して見つめていた菅野に、幹部用特別観覧ボックス席にとじこめてある南部からの「緊急電話」がかかって来た。
戦闘開始後は「外野の身勝手な意見」を封じるために、よほどのことがないかぎり連絡は禁止されている。
禁を犯しての南部の急用に、ブース内には張り詰めた冷気が漂った。
「こちら菅野だ。アンナに何か異常が?」
「そうだっ! 吹雪になるとアンナの居場所が判らなくなるぞ!
追跡レーダーは準備しているのかっ?」
「……君は寝る前に歯をみがけと、わざわざ電報で報せるのか。くだらんことで一々指図するなら、君からの連絡は完全に封止するぞ。
一応私は君の直属の上司だからな」
「吹雪が酷くなったらどうするんだ!
機械の化物ならいざしらず、可憐で繊細なアンナが遭難したらどうするんだっ!」
「誰が不必要に人間臭くしたんだ。たとえ史上最大のブリザードでもアンナの行動に支障はない。君が一番よく知っているだろうが。
それどころかかえって有利だ。他の二体がプログラムと命令によって動くのに対し、自分で判断するアンナの方が、不足の事態に遥かに強い」
菅野は受話器を叩きつけるように置いた。
「問題は………………五百瀬くんだよ」
監視センター最上階の管制フロアーは大きく三つに区切られている。
各ブースは厳重な警備されており、他社の人間はおろか自社の役員でもおいそれとは入れない。盗聴防止装置や各種自動警備機器が各社の「不正行為」に睨みをきかせている。
中央の八洲用ブースをはさんで、オオワダと新日本機工が並ぶ。文字通り一つ屋根の下で、呉越同舟ならぬ三社倶戴天状態である。
そのオオワダの豪華な管制ブースでふんぞりかえっている、統合軍令本部情報統監付き高級参謀は、幹部用テレヴァイザー電話でしきりに特別観覧席のVIPに自慢している。
この壮大な格闘ショーは、統合自衛部隊ジャストがオオワダと進めて来た無人兵士開発計画の総仕上げとなるイベントであり、ご老体の上田首相ら政府首脳、そして我が国産業界の面子をかけたパフォーマンスたった。
それを統合自衛部隊ジャスト側でコントロールしていたのが、田巻なのである。
「スサノオが負ける可能性はほとんどおへん。我が国今後十年の防衛の主役です」
冷静に環境情報モニター画面を見つめていた大神おおみわ夢見は、冷ややかな眼差しを小太りの男に送った。
今時視力矯正もせず、度の強そうな眼鏡をかけている。
「重要なお話中おそれいります。吹雪が強くなりそうです。
索敵機動を中止すべきです」
「敵の赤外線センサーも役にたたなくなった時がチャンスや。当初の作戦通り雪の中に隠してまえ。まずスサノオにアンナを叩かせる。そう言う手筈やったろ?」
「ええ。先任二佐殿らしい合理的な作戦ですわね」
「スサノオにアンナを発見させえ。方法は一切まかせる。
何度も同じことを言わせな!」
と再び「重要な打ち合せ」に専念する。夢見は冷ややかに見据えてから、コントロール・コミュニケーターで指令を出した。
「オオミワよりモルティフェル。第一次段階をすみやかに開始せよ、送れ」
モルティフェルはある「罠」をしかけるべく行動に移った。
「衛星からの直接映像は、雲があつくて全く役に立たない。各箇所の監視カメラも超望遠カメラも、間もなく用をなさなくなる。聞こえているか? 五百瀬くん!」
「風の音が強いのでボリュームを上げたんです。あまり怒鳴らないで」
強まる吹雪の中を進みつつ、真奈は菅野の通信に答えた。
「レーダーでは、三体とも約二キロの距離でゆっくり接近しつつある」
「こっちのレーダーにも映ってる。赤外線センサーと集音マイクは、もう死にかけています」
「よし。いいな、内藤頼太は快適なフル・エアコン装甲車でぬくぬくとしている。 君だけが苛酷な環境にいるんだ。そんな耐寒スーツだけじゃ、身がもたない。いざとなればいつでも救難信号を送れ。妙な意地をはっていると、かえってアンナの足手纏いになってしまうぞ」
「充分承知していますよ。こちらには気象観測システムがないので、指示をお願いします」
「充分承知しているよ。それと、恐らくスサノオもモルティフェルも、アンナを第一目標にしているはずだ。一度に二体相手にして、とても勝ち目はない」
「もちろん二正面作戦の愚は、学校でたたきこまれたから。あの二体が共同戦線を張らないかぎり、なんとか逃げのびられるよ」
「出来ればあの二体を先に戦わせ、生き残った方を片付けろ。兵法の初歩、釈迦に説法だな」
「大神元一尉も頼太も、同じことを考えているだろうね」
黙々と歩いていたアンナが突如言った。
「東南東、およそ千八百メートルの地点に、正体不明の電磁波を観測している」
「! 何っ? モルティフェル?」
「確認は不可能だ。吹雪で機械作動音をキャッチ出来ない。風速十六、気温マイナス九度。波形、強度から電磁波は索敵センサーのものと推測される」
「方角から言って、恐らくモルティフェルだよ。ついにしびれをきらして、自分の位置を晒すのを覚悟でセンサーを使ってるのかな」
「電波発信源は停止している。微かだが北東方向に振動音あり」
「スサノオがモルティフェルを電探捕捉して、向かっている可能性は?」
「データ不足だが、可能性は高い」
菅野に確かめたところ、確かにスサノオが急速に南下しているらしい。
電波発信源の正体はやはり不明、モルティフェルと考えるしかないものの、確認は出来ていないと言う。
「チャンスだよ。両者の戦いをモニター出来る。奴らの武器が判れば有利だ」
「電波発信源に接近するのか」
「スサノオを刺激しないように。スサノオとモルティフェルの一騎打ちを高みの見物だ」
スサノオ・マークⅢは軽快な足取りで雪を踏みしめ、南下していた。しかしそれを追う内藤頼太も、この無目的な電波に強い疑いを持っていた。
「なるほど、こっちを誘ってやがるんだ。小癪な奴め! 馬鹿にしやがってっ!」
劣等コンプレックスの裏返しである「負けん気」を持つ人間特有の、血気にはやった単純さで、頼太は南下を続ける。
「いいかスサノオ。もしあのクソ女が近くにいたら、手をだすな。
しかしモルティフェルが攻撃をしかけて来たら構わん。たっぷりお返ししてやれ。内藤二戦は、このままスサノオ後方約二百の距離を保って前進。雪の吹き溜まりに気をつけろ!」
あたたかいコックピットの外には、白く凍てついた地獄が広がっていた。 そろそろ本格的に吹雪きだしたようだった。
三月初め、北海道はまだ真冬のただなかにある。
アンナは、モルティフェルとスサノオの位置をレーダーや各種センサーで確認しつつ、間違ってもスサノオが踵を返してこちらにむかってこないように、慎重に近付いて行く。真っ白な森の中は、吹雪でほとんど前が見えない。
「真奈、あなたを運搬しようか。歩行は困難だと推測される」
腰まで雪に埋もれながら、真奈は前へ、ただ前へとすすむ。
「エネルギーの無駄だ。自分のことだけを考えな。発信源は?」
「あいかわらず動かない。距離千三百。参加個体は三体だけだと認識しているが」
「何? 他にも誰かいるのかい?」
「分析不能。回答不能。
およそ三千メートル東北東。微弱電波源を発見。どこかと通信していると推測される」
「? …………大会の監視システムかもね」
「推定不可能、回答不能」
すぐにアンナは、吹雪の彼方一キロ弱先に機械音をキャッチした。
「磁気反応あり。レーダーで確認。
スサノオだ。速度を落としつつある」
「慎重に接近。約五百まで近付くよ」
吹き荒ぶ雪嵐のむこうに、微かに黒い影が見えるとアンナは言う。
「赤外線センサーの画像を重ね、輪郭強調し補正処理した静止画を電子双眼鏡に送信する」
「今受けた。なるほどこのシルエットは確かにスサノオだね。モルティフェルは?」
「確認出来ない。探査電波発信源とスサノオの位置はほぼ重なっている。
距離四百六十。スサノオもこちらを確認していると推測される」
スサノオは慎重に雪を掻き分け、やがて長さ三十センチ直径十センチほどの金属円筒を掘り出した。離れた巨木の陰で作業を見守っていた内藤頼太の問いに、スサノオは低く澄んだ男性的な声でしずかに回答した。
「さきほどから観測していた電波の発信源がこの円筒です。
指向性のない規則的な電波の発信目的は不明です」
「罠だ! 我々をおびき出すデコイ、囮をモルティフェルがしかけやがったんだっ!」
「二百六十度方向、距離四百六十メートル地点に移動体二つ。一体は形状からアンナ、片方は赤外線モニターにより人間と確認」
「! ア、アンナと……あの乳デカちび女かっ!」
「攻撃を避け、回避行動をとります」
「待てっ! ……オオワダの連中にまんまとしてやられたわけだが、どっちみちアンナを血祭りに上げることが目的だったからな。
この際計画変更だ。このチャンスを逃す必要はない。かまわねえから、やっちまえっ!」
スサノオは囮の円筒を片手で握り潰し、砕いて捨てた。そしてゆっくりとアンナの方を見据えたのである。
「電波発信停止。スサノオから強力なレーダー波と測距微弱レーザーの照射を受けている」
観察していたアンナはそう報告した。
「! いっぱいくったよっ! 自分らとスサノオをおびき寄せるつもりだったんだっ!」
「スサノオ接近開始。速力毎時七キロ。
後方百五十に走行車両。雪上走行無限軌道を持つ内藤二戦改だ」
「………このままハメられるのも癪だな。ここは逃げるしかないか」
「この雪では高速走行装置が使用出来ない。最高速力は毎時五キロ程度だ」
「! じゃあ、やるしかないね」
「敵距離三百七十。高感度望遠モードで確認。攻撃体制をとりつつ速力低下」
「電子双眼鏡でも見える。こっちの出方を探ってるようだよ。八洲が誇る超小型クルーズ・ミサイル連射装置がはっきりと……? なにあれ?
ねぇ、背負ってるでっかいの見える? なにあれ? 冷却装置かな」
突然、スサノオの左肩上に取り付けられたガトリング砲が火を吹いた。
アンナは咄嗟に真奈の体を雪上へ突き飛ばす。次の瞬間、アンナの強化装甲服に火花が散り、木々の太い幹に幾つもの穴があいた。
長身の女戦士はすぐさまお得意のロケット砲で反撃、頭部に命中弾を受けてスサノオは仰向けにひっくりかえり、重く寸詰まりの肢体を雪に埋めてしまう。無論ほとんどダメージは受けていない。ともかくこの隙に、アンナは真奈を助けおこして退却しだした。
凍てついた針葉樹が白い魔物のごとく聳え並ぶ森の中を、「二人」の戦士は巧みに敵の直接射線を避けて逃げる。ようやく雪の中からはいだしたスサノオは、木立の彼方に時折見える敵の姿をメモリーにインプットすると、超小型クルーズ・ミサイルを発射した。
長さ三十センチたらずの高性能「ロボット・ミサイル」は木々の間をすりぬけ、アンナの背後に迫る。咄嗟にふりむいたアンナは、右手に構えた大口径対戦車ライフルを即座に発射、敵ミサイルをみごと打ち抜ぬいた。
しかし弾着まであと三十メートル余りと言う至近距離での爆風にあおられ、アンナも真奈も森の中の傾斜雪面を転げ落ちてしまう。
その発射音、攻撃音を三キロ近く離れた雪の中に埋もれていたモルティフェルの「耳」が、しっかりととらえていた。
「爆発音? アンナに命中したんかいな」
快適な管制センターでくつろぎながら、出向事業推進責任者の田巻が大神夢見に尋ねた。
「可能性はあります。世界最高水準の兵器メーカーが極秘裡に開発したクルーズ・ミサイル………いえ、電脳自律制御ミサイルです。あるいは、決定的打撃を与えたかも知れません」
「一発でしとめられるアンナとも思えへんが、どうやらかなり不利なようやな」
「スサノオの攻撃、防御力には多分、モルティフェルでもたちうち出来ませんわ」
「このまま奴が無傷で生き残るとオモロない。…しゃあないが、ここはアンナを助けたるか」
「? アンナに味方するのですか?」
「ああ。二体とも傾斜地のあたりにいてるはずやから、おあつらえ向きやし」
深い森は、沢にむかって傾斜していた。すぐ北側には急な斜面が迫っている。
なだらかな斜面を転がり落ちたアンナと真奈がなんとか雪の中からはいだしてきた頃、スサノオは雪に足をとられて立往生しかけていた。内藤頼太はご自慢の自動装甲車に命じ、なんとか鋼鉄の戦士をひっぱりあげようとして焦る。
スサノオは頑丈そうな両腕で、内藤二式装甲車の後部フックに捕まっている。
「よし。内藤二戦! ゆっくり前進。雪に沈み込まないように慎重に……………」
その時やや穏やかになった吹雪をついて、鋭く乾いた銃声が森に響きわたった。
厚い雪の上に這い出たモルティフェルが、百口径の対空炸裂機関砲を発射したのだった。
小型機程度なら一弾で粉々になる大型弾丸は、白い森を飛び越えてその背後の山肌に食い込み、次々と小爆発を起こした。崩れた雪塊はさらに多くの雪をまきこみ、たちまち雪崩となって沢めがけて駆け降り、白い森を震わせる。
雪崩の接近を感知したスサノオは、背中に取り付けた巨大な瞬間飛翔用ロケットブースターを点火した。重々しい図体の割には、燃料タンクが小さいが、雪崩から脱出するには充分だった。
しかし重いスサノオをなんとか引き上げたばかりの内藤二戦装甲車には、雪崩を避ける術などない。たちまちまきこまれてしまう。
雪津波は傾斜地の下にいたアンナと真奈をもまきこんで走り抜けた。アンナはその直前、教官をしっかりと右手で抱き締めると、迫る白い塊に逆らおうとはせず、残った手と足を溺れているかのように動かした。
浮力をつけて雪崩に乗ろうと言うのだ。
こうして沢にむかってなだらかに下る辺りは、白い静寂につつまれてしまった。
「五百瀬君! 聞こえるか? どうした! 応答してくれっ! アンナッ!」
異変を知った菅野はマイクに叫ぶ。管制センター・ブース内の極度に張り詰めた空気をたちまち溶かす、清んで冷ややかな美声がスピーカーから響く。
「アンナより菅野室長へ」
「! ア、アンナッ!? 無事かっ!?」
「浮力を得て雪崩の表層に乗った。私に機能異常はない。
真奈はやや疲労している。脈拍と体温の低下が観測される」
「菅野…室長。無事です………ご心配なく。パンツァーヘムトが、壊れてら」
「もういい、無理するな、あとはアンナにまかせて君だけは脱出したまえ」
「時間がないので、必要なことだけ話すよ。
スサノオや内藤頼太はどうなりました。状況はそちらで判るかい?」
「吹雪もかなりおさまって来た。スサノオの姿は監視カメラがとらえているが、指揮装甲車はレーダーにも映っていない。あるいは雪崩にやられたかも知れない」
ともかくアンナたちには危険な状態だった。
丈夫な真奈の体力も、限界に近かった。
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