第9話

 株式会社新日本機械工業は、きたる国内バトルに最新鋭の完全人間型ロボットを出す。しかも「自学自習」能力を兼ね備え、「概念思考」も「推論」も出来る戦士らしい。

 この話は国内外の産業界はもとより、一般民衆に衝撃を与えた。

 日本の「新世代ニューラル・コンピューター」の研究が再注目されるとともに、学会では全く無名、ロボット業界ではさげすまれていた「南部孝四郎」の名前が関係者に一種の驚異とともにしっかりと記憶されたのである。

 また、最大の公営ギャンブルである国内戦の「ロボ券~商務省全国共通機械格闘戦優勝投票券」業界にも異変がおきていた。

 前評判の高かったのは例によって八洲電子制御の「スサノオ・シリーズ」だったが、ここでにわかに「ダークホース」アンナが浮上してきたのだ。

 来る国内大会、日本最強の戦闘ロボ格闘戦は大波乱が予想され、いつになく民衆のあいだに熱気が広まっている。

 世間はさらに別の面でアンナに注目した。その愛らしく端正すぎる「女神」の如き顔立ちと、立派な体格のちぐはぐさが、少し妖しいアイドル的人気を生んだのだ。

 今までライデンに肩入れしていた重役、部長連中も、「アンナは絶好の宣伝材料だ」などと持ち上げ、さも始めから南部孝四郎を応援していたかのように言う。

 アンナと、今まで「余所者の傭兵」扱いだった真奈に対する社内の扱いは、確実にそしてあからさまにかわった。

 そんなことにはおかまいなく、対ライデン戦でかなりダメージを受けたアンナの修理と改良、そして「リハビリテーション」に専念している真奈。

 夜遅く戻ると、どこで番号を調べたのかメールボックスは通信の山、留守番テレヴァイザーにはメッセージの山だった。個人万能通信装置ユニ・コムはさすがに無事だったが。

 インタビュー申し込み、ヘッドハンティング、脅迫、激励……。

 録音も電子メールもファックスもそのままごみ箱行きにして、次の朝電話番号を変えてもらう。すると次の夜にはまた番号を調べだして電話攻勢がかかってくる有様なのだ。

 それでも、アンナは順調に「回復」して行った。高速走行装置も強化装甲アーマーも新調され、人工関節人工筋肉も新しい製品に取り替えられた。

 豊富な開発費用はおりたが、南部が一つ一つ部品を吟味して自ら取り付ける為に、かなり時間がかかっている。

 一方、菅野企画開発部長はあれ以来、社内での孤立を深めていた。

 元々、入社以来女性に騒がれ続けたエリートだった。男性社員にはまずそれが面白くない。

 また、いくらアプローチしても見向きもされない女性たちも、しだいに菅野を憎みだしたのである。社内の行事にも付き合いにも参加せず、ひたすら数字や機械と格闘している彼の姿は、一部の見識ある人々からは大変な評価を受け、その他の大多数の人々からは嫌われ呪われていた。

 そこへ今回の惨敗である。エリートコースをすすむ社長のお気にいりもこれまでだ。多くの人々がそう言って密かに嘲笑した。

 しかし真面目と努力の権化である菅野は文句一つ言わず、むしろなぜか楽しそうにライデンの改良にとりかかっていた。

 休む間もなく、真奈はいよいよ内国自動戦闘機械格闘大会にむけて、アンナを鍛えなおさなくてはならない。また諏訪に篭る日々が続く。対ライデン戦から十日目に、社長はやっと真奈を夕食に誘うことが出来た。堅苦しいフランス料理など、真奈には迷惑な話だったが。

「労働協約や労組合意もあってね。一日ぐらいやすみたまえ」

 室田秀和社長は、自らシャトー・マルゴーの赤を注いでやった。

「ありがとうございます。夜はおかげさまで、よく眠ってますよ」

「ぜんぜん休暇をとってないだろう?」

「自分はレジャーを楽しむような人間ではありません。かえって窮屈です」

 不破秘書がクッと笑った。菅野によると、こう見えてもインゴルシュタット大学院を優秀な成績で卒業した才媛とか。英語とドイツ語を流暢にこなし、数字にも明るい。

「このたびの快挙については、さんざん祝福されたろうからもう何も言わない。

 君は今まで研究開発本部開発二部の契約社員だったが、このたび正式に途中入社専門職と言うことで契約しなおしたいが」

「社の組織についてはわかりません。出来れば今の任務を続けられさえすれば、自分は満足であります。特に他の要望はありません」

「…明日正式に辞令を出す。社長直轄の、総合計画室企画開発部づけの技術員だ。

 待遇は主任と言うことでどうかな」

 主任なら南部と同じ地位だ。しかし企画開発部長は、先日まで開発一部を指揮していた菅野なのである。

「ふふふ、スゴい出世よ。普通大学院出でも十年でなれるかどうか」

 久美はやや怨嗟に満ちたほほ笑みで、そう言う。あいかわらず露出狂の娼婦じみたドレスに、熟れ過ぎた肉体を無理に包みこんでいる。

「ありがとうございます。身に余る厚遇ですよ。それで、アンナは?」

「今までよりいっそう金がかけられる。

 南部くんにも相応のことをしよう。君の権限もかなり大きくなる。いろんなしがらみにわずらわされることもなくなるよ」

「そして、アンナをさらに強靭な戦士に育てるのが自分の任務ですね」

「そうだ。社の浮沈、いや、この国の将来は君にかかっている」

「社長、その別格官幣大社……総合計画室のマネージメントはいかがいたします?

 事業部出身の立川常務が兼務のままでは、新部長の南部さんなんかをコントロール出来ないかも知れませんわよ。

 専務が自分で仕切りたい、なんて無茶言ってますし」

「判っている。立川君はいろんな意味で普通の常識人だからな、彼にも気の毒だ。

 五百瀬くんはどうかね。この会社に暫らくいて、だいたいどこにどんな人間がいるか判ったろう。どんな人間の下でなら大きな絵が描けるかね」

「総合計画室長は役員待遇、そして登竜門。社内の各勢力がポストを巡って蠢いていますわ。専務派など特に涎垂らしてますし」

「新参者の自分に、そのような重要なポストに関し意見具申させて頂けるのでしょうか」

「うむ、まあ考えて見てもいい。言わば御褒美代わりだ。君は何も欲しくないそうだから」

「では菅野さんをお願いします」

「す、菅野くんを? 本気かね、彼はその…………。

 いやなるほど、君らしいな。いや確かにそうだ。彼しかいないかもしれんな」

 室田はワイングラスを軽く捧げてから、飲み干した。わずかに微笑んでいる。

「判った。なんとか役員会で了承させよう。任せてくれたまえ。

 役員待遇の新総合計画室長は菅野くん。新企画開発部長は南部で君は部長付き主任だ」

「ありがとうございます」

 真奈もグラスを捧げ、社長の目を見つめながらワインをのどに流しこんだ。


「君のことはニュースで知った。

 君が出ていってからそれほどたってはいないのに、立派になったもんだ」

 統合防衛大学校付属術科学校校長室で、大田部おおたべ三成みつなり一佐は訪ねてくれた教え子の「出世」を感慨深げに祝っていた。

「自分は生まれた時から、山猟師である祖父に山で戦う術だけを学んで育ちました。他にはなんの取り柄もありません。戦う技術で、文明社会の趨勢に逆らわずになんとか存在理由と社会参加が出来たことを、正直によろこんでいます」

「うむ。君は、まぁ今だから言うが、一番優秀な問題児だったからな。

 例の炊事班とのレンカは、まいったよ。一般社会に出すとき実に不安だったよ」

 と大笑いした。つられて真奈も口を開けて笑った。

「…………成長したな。君がそんな風に笑うのを、はじめて見たよ」

「わずかな期間に、様々なことを学びましたから」

「嫌いなロボットを仕込んでかね。いや、悪いことを聞いたかな」

「いいえ。自分は、アンナがどうしても機械とは思えなくなってしまいました。

 今では可愛い弟子であり、戦友です」

「そうか。人間嫌い、機械嫌いの君が機械兵士にそこまでね。

 おかしなもんだが、何か運命的なものを感じるよ。君のような………その」

 言い難そうにしているのを見て、真奈は微笑んだ。

「しかしなんだね。我が隊の中でもロボット戦を巡ってのトラブルが、最近目立ちはじめた。

 君は知らんだろうが、前回スサノオがジェノイドに破れた時、情報統監部が本気でチェン・レンチェン研究所への電子的侵入を考えたようだ」

「チェン博士の? 何故情報部が」

「政府にとっては収入と国家プレザンス、そして国防上の重大時だからね」

「ジャストは、政治不介入が鉄則では」

「鉄則ではあっても、黄金律ではない。そして軍事組織は、政治の一部だからね。

 軍令本部長が計画を知り、慌てて中止命令を出した。

 それにも関わらずあの男は……。

 君は知ってるかな、統監部長付の高級情報参謀、田巻と言う人物を」

「タマキ? いえ、お聞きしたことはありません」

「それは幸いだな。先任二等佐官田巻己士郎こしろう。別名謀略参謀、腹黒い策士だ。

その男が戦闘ロボ工業関連の利権獲得に、相当動いているらしい。政治的な背後も暗いし、全く厄介な奴が出て来たものだ」

「………ヒューマノイド開発にも、いろいろと裏の事情があるようです。

 なんと言うか、自分には理解しがたい、吐き気のするような」

「純粋な君には辛いだろう。しかし現実は常に残酷で、理想は太刀打ちできない。現実を理想で押えようとすると、必ずより残虐な事態に陥る。理想が実現したことはない。

 君は今、世界の人口が減りつつあるのは知っているね。

ここ十年ほどの世界的異常気象、天災続発、致死性の高い新伝染病の蔓延、そして内乱、紛争、宗教対立。これらは主として、所謂非先進国で起こっている。

 一方で日本をはじめとする先進国は、経済的覇権をめぐって争っている。そしてロボ券の売り上げは七割が低開発国のものだ。参加して賞金を得られるのは、先進国だけ……」

大神おおみわです。お邪魔いたします」

 可憐な女性の声が響き、ドアがゆっくりと開いた。そして長身で身の引き締まった、驚くほど足の長い精悍な美女が背筋をのばして入ってきて、きびきびした動作で敬礼した。

 しゃれたクリーム色のスーツが凛々しく、陽に焼けた肌が輝いている。

「お久しぶりです。校長」

「やあ、よく来てくれたね。今日はうれしいことづくめだよ。紹介しよう、こちらは…」

「五百瀬真奈、元三等曹長ですね。今は後備在郷旅団所属。特例職業成人扱い。

 そして今日からは、新日本機工総合計画室企画開発部長付き主任」

「!…………あの」

 社内でも、午後の幹部定例会で社長が提案することになっている人事秘密だった。ショートカットの長身美女の不敵な微笑みに、真奈は覚えがあった。

「大神、大神夢見おおみわゆめみ一等尉官殿? 隊広報誌に出てらした」

「そうよ、知っていてくれたとは光栄だわ。もっとも君同様、元、がつく」

 統合自衛部隊が密かに設置した、特殊情報部隊にいた人物である。

 その実態は秘密のベールに包まれていた。知ることすら許されない組織だ、とも囁かれていた。

「現役時代にはいろいろと相談にのっていただき、ありがとうございました。

 就職先も決まりましたので、あらためてご挨拶とお詫びにまいりました」

「まあかけなさい。君はもう地方人になったんだからそう畏まらなくても。

 いや、君のような特別な人間が辞めると聞いた時は、本当に残念だったよ」

「………今はもう普通の人間です。わたしの『力』は、失われました」

「そうだったな。随分つらかったろう」

 機密扱いの事故によって「特殊な能力」を失った彼女は、将来を思い悩んだ。上官はジャストに残ることを進め、特別速習幹部教育を受けさせた。大田部はその時の出張講師だった。

 しかし三等尉官昇進後、夢見は統合自衛部隊を去ることにした。

 それまでの勲功を称え、軍令本部総長の発案で二階級特進し、一等尉官として名誉除隊扱いになった。辞める前、大田部にも何かと相談していたのだ。

 同志、友人に相談すると、どうしても引きとめようとばかりする。

「どこに落ちついた? 君は情報工学なんかを勉強していたろう」

「はい。ロボットの戦闘プログラム開発技師として、オオワダ自動精機に雇われました」

 真奈は大神の横顔を見つめた。

「五百瀬曹長、今は地方人どうしだから五百瀬さん。私はあなたと同じ立場にあるのよ」

 と目でほほ笑みかける。

 敵愾心は微塵もなく、何故か哀れみの色が浮かんでいる。

「それは驚いたな。私の教え子がふたりともロボットの教官になるとは」

「来る内国大会では、それぞれの育てた人間型戦闘ロボがあいまみえることになるわね。

 お互い自らを知り認めてくれるものと、誇りと信念のために頑張りましょう」

「ええ。よろしくお願いします」

 その少しあと、二人はそろって校長室をあとにした。衛門まで並んで歩きながら、大神夢見元一尉は教えさとすように語った。

「あなたはちょっと、用心が足りないようね、護衛もつけずにこんな所へ来て」

「自分は単なるメーカーの雇いトレーナーですから、護衛なんて要りませんや」

「違うわっ! 何も判ってないのね。……………御免なさい。初対面のあなたに。でもこれだけは覚えておいて。兵器部門を持つ八洲のスサノオは攻撃力で勝負をかける。

 オオワダ自動精機のロボットは、精密さと動きに定評がある。両者は互角かもしれない。

 でもアンナは未知数なの、全くね。そしてどんどん優秀になっているのは確かよ。ひょっとすると、もう他の二体を凌駕しているかも知れない。

 だとしたらその最大の理由は、狂気の天才南部博士が開発を指導した、概念思考式ニューロ・コンピューターと、卓越した戦術戦技教官であるあなたなのよ」

「自分は任務を果たしているだけです」

「たとえ八洲電子制御には負けても、アンナには決して負けられないのよ。八洲も同じことを考えているわ。これだけは言いたくなかったけど、いいわ。

 私は再就職にあたって、雇い主から密かにこう言われたわ。たとえルールを破ってでも、負けてもいいからアンナ抹殺しろってね」

「!………」

「もちろん非公式な依頼だし、断固として断ったわ。私には自分の能力をフルに使うことだけが目的で、勝ち負けすらどうでもいい。

 でも、産業人には文字通り死活問題よ。特にオオワダの株の三割は、外国人投資家が握っている。この先どんな手をつかってくるか。

 オオワダとヤシマが密かに手を結んで、国内大会でアンナを集中攻撃する。そんな可能性も否定できない。十分に気をつけることね。

 アンナの存在はね、多分我が国産業界の問題を超えて、なんと言うか人類社会の存亡に大きな影響を与え出しているかも知れない」

「アンナが? それって一体」

「詳しくはわたしにも判らない。あなた自身がゆっくりと考えることね。

 それと………」

 衛門の若い兵士が、奉げ筒をした。二人の女性は、思わず答礼してしまう。夢見は手動式の赤いスポーツクーペを停めてあった。ドアに手をかけたまま、振りかえらずに言った。

「敵は外だけにいる、とは限らないわ」

 真奈が何か言おうとしていると、夢見は乗り込んだ。

「じゃあいずれ戦場で。お互いに自愛しましょう」

 車は懐かしいエンジン音とともに、発進して行く。

 真奈は最敬礼して見送った。


 室田が出した臨時ボーナスは、特別職国家公務員だった真奈がはじめてみる大金だった。社長室で手渡された明細を見て、真奈は久しぶりに少し狼狽した。

「こ、こんな金、はじめて見たわ」

「家具や服など、相応しいものをそろえたまえ。

 君ももう立派な社会人なのだから」

 とは言われても、およそ買物と言うものをしたことがない。幼年学術科校へ入ってはじめて「現金」と言うものを持った。山の生活ではほとんど自給自足、小学校の分校では、月々のわずかな給食費を渡すぐらいだった。

 幼年術科学校では三度の食事つき、生活用品は俗にGIと呼ばれる官給品でことたりた。たまに酒保で買い食いをするぐらいだった。

 隊をやめる時に、貯まっていた給金の入った通帳とカードを渡されたが、使い方がわからずにずっと持ったままだである。

 呆れて見兼ねた菅野総合計画室長が、上諏訪ではじめて金融機関の利用の仕方を教えてくれ、こうして「目出度く」現金を手にすることが出来たのである。

「一人でちょっと町を回ってみたいんです」

 心配する菅野をなんとか追い返して、真奈は静かで鄙びた温泉街をそぞろ歩いた。実は、何回か町をぶらついた時に目をつけていた店があったのだ。

 諏訪湖の「地鰻」を食わせる店である。昔、祖父がよく川鰻をとって来て食べさせてくれた。真奈の知っている唯一のご馳走だった。養殖ものではない天然の鰻は、身のしまり方が違うし腹も黄色い。

 真奈はようやく数ヶ月ぶりに「本物の」鰻を堪能したのだった。

 鰻屋の主人は小柄で童顔の女性が特上うな重の大と、大きな蒲焼きを平らげるのを見て唖然としてしまった。


 翌日夕方、真奈とアンナは社長から「慰労会」への出席を求められた。真奈のではない。

 呼びに来た不破久美社長秘書が説明した。

「島根県松江市にある山陰電子って知ってるでしょ。独立系の中堅企業よ。

 一般にはそれほど知られていないけど、ロボット業界ではマイクロチップ開発の先端として知れ渡っているの。大輪田も八洲も、ここのチップにかなり依存しているわ。

 そこの中央研究所所長で副社長の栗山さんって人が、ここ一週間、南部につきっきりでアンナのコンピューター部いじってたの」

 栗山には真奈も一度会っていた。あの「ゲッベルス博士」だ。

 このたびアンナの「心臓部」であるフルクタル・ソリトン論理回路の検査改良が無事終わり、諏訪湖畔の料亭で栗山を労うことになったのだった。

 大恩ある社長と尊敬する菅野のたっての誘いを断るほど、真奈も石頭ではなかった。


 当日の日暮、諏訪湖畔の料亭「神乃屋」では急病とかで欠席した専務以外の主たる面々、即ち室田秀和社長、副社長、立川常務、研究開発本部長取締役、菅野総合計画室長そして南部企画開発部長と真奈が待ちくたびれていた。

 すでに予定時刻をかなりすぎ、ビール壜も数本あいている。

 相変わらず青白く不愉快そうな顔の南部だが、珍しく散髪に行ったらしい。すっきりとして、おまけに着なれないスーツまで身につけている。

 真奈は意外だった。鼻の下にみすぼらしい八の字髭を別として、なかなか立派な顔立ちなのだ。しかし隅で胡座を組み、不機嫌そうに中空を見つめているばかりである。

 役員達も苛立ってきて、暇つぶしのおしゃべりも、ついつい悲観的な方へと流れている。

「次のバトル・ステーションで」

 立川常務だった。

「ヨーロッパ連合はどうでて来ますかな。スピード重視か、例によって武器か」

「スイスのクライネキーファー社が資金を出す、とも聞いてるがね」

 社長の言葉に、常務はことさら驚いて見せた。

「ほう、ドイツ連邦とは和解したのですかな。あの世界的財閥、国際連邦支配にしくじってから、ドイツに接近しているとは聞いていたが」

 死の商人どころか「戦争プロデューサー」と言われる多国籍財閥である。

 それが国際連邦インターナショナル・コモンウエルスを支配しようとしていたなど、真奈には初耳だった。

真奈は社長の横顔を見据えて、聞いた。

「バトル・ステーションも、国際連邦がとりしきっているんでしょうか」

「ああ、国連協賛世界行事だ。それが何か」

「コモンウエルスは独立常備軍を作ったり、国連決議に反する国への攻撃を宣言するなど、強権的な組織だろ。それが何故、バトル・ステーションを」

「最近はすっかり下火になったけど、昔は競輪や競馬なんてのがあった。

それぐらいは、君でも知っとるだろう。何故我が国では、賭博を禁止しておいて、公営ギャンブルを開催していたか判るか」

「……国が胴元になる?」

「前にも言ったと思うが、税金を払っていない人々から、税を搾りとるためだ。

まあそれだけでもないが」

「では新国連インクも?」

「国際連邦は理事国以外からは金をとらない。バトル・ステーションと言う独自の資金源を持っているからね」

 新国連、インクなどと略称される国際連邦は、友愛と相互理解による世界平和などと生ぬるいお題目は唱えない。

 ただ強権によってのみ秩序を保てる、と信じている。

 国際連盟、国際連合の失敗を受けて出来た組織だけに、過酷な現実への対応に、理想や希望は持たないと言われている。

 不破秘書が戻って来て言った。少し青ざめている。

「……あ、あの社長、ちょっと」

社長が廊下へ出ると、すかさず真奈が隣で正座しているアンナの耳元でささやいた。

「聴覚感度最大値。廊下の話を聞いて」

 こっそりと自分にだけ言え、と言う命令を忘れていた。アンナは淡々と一座の人々に語りだした。隣の教官がとめる暇もなかった。

「栗山氏は一時間以上前に、会社手配のロボハイヤーで宿を出発している。

 しかしタクシー会社に連絡すると、二時間以上も前に予約キャンセルの連絡を受けていて配車していないらしい」

 その場に緊張と沈黙が走った。社長と秘書が悲壮な表情で座敷に戻って来るのと同時に、真奈はアンナを連れて飛び出した。

 人々が、止めようと考える間もなかった。

「ま、待て! 我が女神よっ!」

 南部孝四郎は突如立ち上がった。お膳に膝をぶつけ、徳利を倒してしまう。

お酒がこぼれて、向いに座る役員が小さな悲鳴をあげた。さらに南部はあとを追おうとして、鴨居に足をひっかけて転び、軽い脳震盪をおこしてしまった。



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