第7話

「十時五分前。ライデンも発動予定位置に到着しました」

 監視タワー最上階で対決テストを見守る技師の一人が、お歴々に告げた。十時になればあらかじめ定められた発動地点から出発し、お互いが接近して攻撃するのである。その様子は、例によって各箇所の監視カメラや静止衛星でとらえられている。タワー最上部の大型モニターには、テレビのショウよろしく最もエキサイティングな映像が選択され、映し出される。

「いよいよ雌雄を決する時か。出来れば、両雄ならびたって欲しかったが」

 室田は他の人々とはことなり、「ショウ」を楽しむ気にはなれなかった。

 特に穏健派の長田専務が、妙に落ち着かない。その時エレベーターが開いて、幽鬼のごとく青ざめ、餓死者のように貧相にやつれた南部が肩で息をしながらよろめき入って来た。

 エレベーター前にいた屈強な二人の警備員もその鬼気迫る様子にたじろいでしまった。振り向いた拍子に不幸にも目のあった社長にむかって、南部はよろめきつつ迫った。

「ア、ア、ア……アンナは?」

「南部君。まあすわって、コーヒーでもどうかね。あと一分たらずで戦闘開始だ」

 南部は倒れそうになりながらも大型モニターに近付き、映し出されているアンナをうっとりと眺めだした。居合わせた人々は一斉に南部の周囲から遠ざかりはじめていた。


 午前十時。戦闘開始を告げるサイレンが、日本国統合自衛部隊ジャストの広大な東富士機甲陸戦兵団演習地に鳴り響いた。

 発動地点で佇み、抜けるような青空を飽きもせずにながめていた真奈のインカムに、社長から「最後の」メッセージが届く。

「ともかく君の命が第一だ。戦闘がはじまればバトル・フィールドから脱出してもいい。現場での総ての判断は君に……な、何をするっ! み、南部くんっ!」

 社長の受話器を奪った南部が叫んだ。

「アンナ! アンナぁ! 相手はバケモンだっ! 逃げろ! 負けてもいいからっ!」

 真奈はインカムを頭から外して命じた。

「よし、攻撃精神充溢、士気旺盛! 行こうぜ。戦友っ!」

 二人は森へむかって、ごく普通に歩きだす。

 一方ライデンには菅野部長が半地下式の戦闘観測所から攻撃開始命令を発した。

「戦闘を開始せよ。目標は敵ロボットの戦闘能力を奪うことで破壊は必要ない。

 またトレーナーである人間への攻撃は絶対厳禁する」

 巨人ライデンは、一歩一歩下草を踏みしめながら、ゆっくりと進撃を開始した。


「音波センサー最大レベル。九十七度の方向に重量物の歩行音。距離推定約三千メートル」

 アンナは森の中を歩きながら、ライデンの歩く音を聞いていた。教官が命じる。

「敵の動向を探る。隊止まれ。気配をたてっ!」

 アンナと真奈は大きく繁った木の幹に身を潜め、辺りを伺った。

 静かな森の中に鳥の泣き声だけが響く。

「ライデンの動きは? 小さな声で答えて」

「距離二千七百メートル付近で音源を失探。停止してこちらの動きを探っている。

 しきりにレーダー波を送っている」

「敵も慎重だね。でもこの木の陰なら………」

「ロケット弾発射音確認。高速推進音多数」

 驚く暇もなく周囲にロケット弾が炸裂し、欝蒼たる森を震撼させた。真奈は反射的に湿った腐土の上に身を委ねたが、アンナは木陰に直立したままである。

 ロケット弾第二波が風を切って空から襲って来る。

「! アンナっ! 伏せてっ!」

 アンナも重い体を大地の上に投げ出した。そしてまた火柱があがり、土砂が巻き上げられ硝煙と土煙が森のなかに漂った。そのわずかに前、ライデンの強力な音波探知機は、真奈の叫びをとらえていたのである。作戦通り敵の位置を探り当てた巨体は、ゆっくりと歩きながらより正確にロケット弾を発射しだした。

「……弾着が正確になっている。このまま敵にむかって匍匐前進急げ」

 ロケット弾が、今まで二人が隠れていた大木に命中した。真奈とアンナの間に、青々と繁った巨木がすさまじい音をたてて倒れてきた。全身から血の気がひくのを感じつつも、真奈はレーダーにキャッチされないよう匍匐前進を続ける。

「敵は時速約五キロで接近中。至近戦になる。真奈は後方へ転じてはどうか」

「意見具申は当然却下。重そうな図体だからな。まず敵を肉眼で確認、戦闘能力を探る」

「現在の速度で接近すれば、十七分後に視認距離に達する」

 重々しいライデンは低い木々を薙ぎ倒し、下草や落葉に鋼鉄の足をめりこませながら、「敵」の音を観測した地点へとむかう。

 左肩から突き出した連射ロケット砲には、背中に背負った巨大な弾倉からいくらでも砲弾が供給される。そして右手には、強力なレーザーキャノンがとりつけられているのだ。

 鋼鉄の怪物は頭部の小さなレーダードームを回転させ、アンナの所在をキャッチしようとしていた。十数分後、新日本機工のこの「主力製品」プロトタイプは、森を横切りやや開けた荒地を西へむかいだした。

「敵接近。九百二十メートル」

 草叢の中に身を伏せ、小枝や枯草を背中に乗せていたアンナはインカムに囁いた。百メートルばかり後の岩陰にかくれていた真奈は、デジタル双眼鏡を覗きながら囁き返した。

「気をつけな。奴の右手、八洲製の対空レーザー『白炎三型』だよ。

当然公算躱避こうさんだひはバツグン、大陸間弾道弾の弾頭すら射抜く威力よ」

「分析確認した。ライト・アンプリフィケーション砲身を露出させ重量を軽くしている。しかしバッテリーパックが小さ過ぎる」

「あのタイプは電力を相当使う。パックなんかじゃ、あまりもたないはずだね。

ここぞと言うときの切札、決戦兵器かもしれないな」

「敵の攻撃能力を確かめる必要がある。挑発行動に出ようか」

「十分気をつけろ! 速力が武器だよ」

 アンナは草叢から立ち上がると、ローラースケート状の走行装置で駆け出した。右に左に走りながら、大きく敵の背後に回りこもうと機動する。

 案の定ライデンの動きは鈍く、アンナを追って走るような真似はしない。こまめに方向をかえて走り回る敵に対し、左右の砲口が照準を合わせられるよう上半身を回転させるだけである。しかしその単純な動作すら、すばしこいアンドロイドの動きにはついていけない。

 それでもレーザー照準がアンナを捕捉すると、ロケット砲が何度か火を吹いた。アンナは巧みに砲弾をかわし、ライデンを撹乱しようとする。それたロケット弾が、真奈の隠れる岩の近くにも落ちた。アンナは「驚いて」立ち止まり振り返る。 その機をのがさずライデンはロケット弾を発射した。アンナは冷静に右手に握ったミニ・ガトリング機関砲のトリガーを引き絞り、高速接近する直撃弾を破壊してしまった。

 空中で炸裂した火の玉が消える頃には、すでに長身の女戦士の姿はなかった。

「敵の主力火器の性能は記録、分析した」

「オッケー、アンナ。ひとまず引き上げて。戦術転進よ」

 真奈の隠れる岩へ直接向かうことを避け、アンナはやや離れた方向から西側の森へ逃げ込もうと走った。砲弾よりも遅いロケット推進弾ではかわされてしまう。

 高性能の超ノイマン式電子頭脳でも、それくらいは考えることが出来る。

 ライデンは右手と一体化した対空リチウムレーザーを構え、まだ慣れ切ってはいないローラースケートでジグザグに走るアンナの後頭部に照準をつけた。

 背後があまりにも静か過ぎることに気付いたアンナは、走りながら振り向いた拍子に少し前のめりになた。

 その刹那、発射されたレーザー光がアンナの重装甲強化服左肩をかすめ、その向こうの木々を数本射抜いてしまった。一番手前の細い木は、レーザー光が撃ちぬくと同時に内部の水分が気化し、幹の中程が見事にふきとんだ。

「? ア、アンナ! 伏せろっ!」

 気付いた真奈がインカムに叫ぶ。

「いや、一度発射すると、次の充電まで相当時間がかかる。次の攻撃はロケットだ。このまま高速で撤退する」

 ライデンはまたロケット砲を構えた。

 アンナは森の中に走りこむと、木陰で双眼鏡を覗いていた真奈の小柄で筋肉質な体を右手で軽々と抱き上げ、小脇にかかえるようにして木々の間をすり抜けて行った。あとを追ってロケット弾が数発飛来したが、虚しく木と土を吹き飛ばしただけだった。

「そのまま後退。速度を少し落として。鈍いけど恐るべき敵だね」


 深い森の木漏れ日の中で、真奈はアンナの左肩に応急修理をしていた。装甲服の一部と下の人工皮膚がとけ、中から配線や様々な精密なユニットがのぞき銀色のオイルが見えている。

「電気系統の一部に損害警備。左肩部の上部支持シリンダーが機能不良。

 予備回路にきりかえているので、当面の行動に支障はない」

 真奈は装甲服の穴に、修理用の絶縁樹脂をスプレーで吹きつけながら言った。

「こうして見ると、やっぱりあんたは機械なんだね。時々信じられなくなるけど」

「私は完全人間型概念思考式ロボット、ANTHOROPOMORPHOUS NOTIONAL-THINKING NEURO-COMPUTERIZED ANDROID、ANNAだ」

「そんなこと判ってるよ。でもきれいにやられたな。あくまで固い金属に穴をあけるレーザーであって、殺傷力は弱いからたすかった。けどやっかいな武器だよ」

「レーザーは誘導も曲射も出来ない直進兵器だ。

 敵に姿を見せない限り危険はない」

「でも位置を悟られると、森の向こう側からでも射ってくるぞ」

 陽が傾きかけていた。さきほどの攻撃で火災がおき、離れたところに黒い煙が見える。

「まだ自動消化ヘリは出動していないな。ライデンの動きは?」

「五分前には、東北東約四千三百メートル地点を時速五キロで、こちらにむかっていた」

「もう少ししたら移動だ。奴の対地ロケット砲は有効射程十キロほどだよ」

「攻撃に転じないのか」

「作戦を考えてるんだ。やっかいな奴だけど、動きの鈍いのが大弱点だな。

 攻撃力を増しただけ、速力を犠牲にしている。その分、防御力を大きくしてさらに移動能力を低下させてるのか………。そこにきっと勝つきっかけがあるな」


 一方、バトルフィールドから離れた監視タワー展望室では、一騒動がおきていた。アンナの「負傷」を知った南部が狼狽え、技師達や室田に食ってかかっていたのだ。

「彼女が傷ついた! ただちに中止だっ! もうやめてくれ!

 アンナは降伏する! 降参だっ! これ以上傷つけないでやってくれ!」

 しかし、社長は呆れ返って言った。

「確かに負けてもアンナの研究は続けると約束した。徹底的に戦ってそれでも負けたなら。

 しかし途中で戦うことを放棄させるなら、話は別だな。約束はなし、だ」

「? なっ……なにっ!」

「プロジェクトはお取りつぶしッ! アンナはバラバラにして売ってしまうが。

 それでもいいかね」

「ア…アンナを、ばらばら?」

 南部はヘナヘナと崩れ落ちてしまう。

「誰か南部大先生を下の静養室へ! アンナよりも五百瀬くんの方が心配だな。

 攻撃に巻き込まれる可能性もあるし、体力的にも問題だ」

 いくら特殊部隊の教官候補でも、「実戦」は全くはじめてなのだ。その様子をみなは不気味そうに眺めている。しかし専務の長田だけは、どこか嬉しそうだった。


 西の森に赤い陽が沈みはじめていた。

 あいかわらず重いライデンは、ゆっくりと執拗にアンナたちを追い回し、時折思い出したようにロケット弾を撃ち込んで来る。

 アンナと真奈は休みながらライデンから一定と距離を置いて森の中を歩くだけである。

「敵はあきらかに、有利な平坦地へ追い出そうとして動いている。

 その手にのらずに今はゆっくりと逃げるしかないな。別に、時間切れの判定負けなんてないんだから」

「しかしわたしは高速移動装置に、かなり電力を使う。外部冷却装置の燃料電池を使っても、作戦可能はあと七十時間ばかりだ」

「だから今作戦を………!」

 突然二人の背後で太い幹の弾ける悲鳴が聞こえた。真奈は反射的に伏せたがアンナはまたつっ立ったままである。森の中に木の倒れる音が聞こえた。

「二時方向距離二千百。ライデン作動音。レーザー光線は木々にあたり、エネルギーが吸収されてしまった。今のは威嚇、または当方の動向を探るためだろう」

「敵も相当しつこいな。嫌な性格だね」

「ライデンに性格特性はない。追跡をプログラムされているだけだ」

「はいはい、ご教示感謝しますです。

 何か音がしたり危険を察したら、ともかく伏せること。教えたよこれは」

「記憶している。次回は実行する」

「さ、もう少し距離を置こう」

「真奈。わずかだが心搏数が上昇している。休息を必要とはしないのか」

「まだ平気だよ。このまま奴を……」

「高速飛翔体接近。二時方向」

 またしても嫌味なロケット弾が、二人を飛び越して炸裂した。

「どうやら心理戦だな。アンナよりも自分をまいらせて、貴様のお荷物にするつもりかもね。

 夜になってもこれじゃあ、確かにかなわないな」

「敵は平坦地で正面からの戦闘を求めているのだな」

「ああ。あのエレファント重戦車の手に乗ったらたまったもんじゃないよ」

「夜になる前に、ライデンの戦闘能力にダメージを与えておいてはどうか。

 戦闘開始以来、ライデンは三十七発のロケット砲弾を使用している。さきほど確認した弾倉の大きさから推測してすでに半数近くを消耗していよう」

「なるほど、レーザーだってそうそう撃てない。かなり電力食うはずだから。 

 超小型原子炉でも持っていないかぎり、相手も燃料電池で動いているはずだね。

 弾とエネルギーを浪費させるってのは、いい手かも知れない」

「一定距離をおいてこちらからも攻撃し、ライデンを挑発してみる。

 真奈はその間、暫らく休息をとっていろ」

「……教官の私に命令?」

 アンナは突然、真奈の首を右手で軽く掴んだ。真奈はアンナの無表情な顔を見つめ、特に抵抗もしなかった。アンナが力を入れれば、人間の首ぐらい潰せる。

「脈拍が十五パーセント。呼吸が二十パーセント、体温が十分の三度上昇している。真奈にはただちに休息が必要だ」

 測定を終えたアンナは何事もなかったかのように手を離した。真奈は少しばかり微笑んだ。

「判った、はじめて貴様に従うよ。

 南部孝四郎。気持ちが悪いけどやっばり天才だね。まもなく陽も落ちる。しばらく休憩しているから、危なくなったらすぐに連絡して」

「了解した」

「たのむぜ。戦友!」

 アンナは無表情なまま頷き、すでに暗くなっていた森の奥へと消えて行った。

 真奈はその後ろ姿を無言で見送りながら、不思議と懐かしいものを感じていた。 まだ幼い頃、朝早く猟の案内に出ていく父をふとんの中から見送った時のような暖かさを。


 藍色の空の下、すっかり黒くなった森の中を長身の戦士が走り抜ける。

「ノクトビジョンモード」

 囁くと、眼が暗視スコープにきりかわった。

「左目、赤外線探知併用。右耳感度四十倍」

 アンナは低く冷静に自らに命令し、記録する。

「速力毎時百四十キロ。胸部対物レーダー、高速走行部に連動。敵目標探知。前方正面距離千六百熱源感知。作動音あり」

 アンナは高速ローラーを使い、時々躓きかけながらもなんとか木立をさけ、確実にライデンに近付いて行く。

「敵レーダー波感知。照準レーザー波感知。回避行動開始」

 右へ大きくカーブしたとたん、上からロケット弾二発が来襲した。

 爆風にあおられ地に転がったアンナはすぐさま起き上がり、左右に方向をかえつつライデンの周囲を大きく周りはじめた。

 迫り来る闇の中でライデンは木々に囲まれて立ち止まり、頭部のレーダーと音波探知機、赤外線センサーと暗視測距装置を最高感度にして敵の姿を追った。

 木々は黒いシルエットとなって林立している。無数の卒塔婆のようだ。その彼方、時折走る敵の姿が見えると、鋼鉄の巨体はロケット砲を発射した。

 アンナは走り回りながら、千メートル以上は決して近付かない。ライデンは上半身を目標の動きに合わせてゆっくり回転させつつ、右手を敵の走っている方角へむけた。

 夜の帳が降りはじめた富士山麓の広大な森林を、一条の眩く輝く光が走る。レーザー光は数本の木を射抜き、さらに直径一メートルばかりの木を薙ぎ倒した。

 アンナはレーザーの閃光めがけ、左肩上の対戦車ロケットを発射した。直進したロケット弾は、ライデンの手前数百メートルの木にあたって炸裂し、その木を倒してしまった。

 その間、すぐさま第二弾が発射されていた。

 ライデンはレーダーで吹き飛ばされた樹木のあたりをさぐり、高感度カメラ・アイの倍率を最大にまであげて精査している。

 突如まだおさまらぬ硝煙の中から、第二のロケット弾が飛び出して来た。

まっすぐこちらへむかっている。回避しようと重い右足から前へとすすめたが、重戦車の前面装甲鋼板を撃ちぬくと言う高速ロケット弾は迫った。

 右脇腹に直撃弾を受けたライデンは、そのまま左側へたおれた。しかしほとんどダメージは受けていない。

 ややあって立ち上がろうとするが、重い体が森の中の腐葉土にしずみこんでちょっとやそっとでは起きられない。アンナはこのすきに遠ざかって行った。


 砲声のとどろく森の中で、幹によりかかってアンナからの連絡をユニ・コムで聞いていた真奈の前に、ローラースケートをはいた大層な鎧武者がやって来た。

「どう。お客さんの好みは判った?」

「基本戦闘動作は凡そ分析した。パターン解析は三十七秒後に終了。

 真奈は休息したのか」

「あれだけ派手にドンパチやってる中で休むほど、神経太くないよ。

徹夜なら三四日平気さ。こう見えても山猟師、最後の狩人の孫娘でね」

「移動しよう。私が真奈を運搬する」

「運搬ね。お願いしようかな」

 アンナは跪き、首を前へ倒した。真奈は何故か可笑しくなり、アンナの肩にまたがった。

「……アンナ。眠るかも知れないよ。昔こうやったまま眠ったことが何度かあったから」

「なるべくライデンから離れ低速走行する。真奈には休息が必要だ」

「おやすみ。アンナ、山神さまのお守りを。かみなり様が落ちませんように」

「どうして空中の放電現象が恐ろしいのか」

「ちょっとした幼児期のトラウマさ。爺さんからあれは山神様のお怒りだって教わったし」

 陽の落ちた漆黒の森の中を、アンナは真奈を肩車したままゆっくりと歩きはじめた。


 監視タワーでは夕食がはじまっていた。

 産業関係の「おエラ方」の何人かは早々と宿舎のホテルへと戻っていたが、技術関係者と社長など数人がビュッフェスタイルで各々の皿を楽しんでいる。

「ホテルの部屋でも中継が見られますが」

 そろそろ戻って役人や議員のお相手をしよう、と言う専務を先に帰し、室田は大型モニター前から動かない。超高感度カメラに、アンナの肩の上にいる真奈の姿が映っている。

「…………恋も化粧もしたい年ごろなのに。なにを好き好んで」

 少し離れた半地下式の司令センターでは、菅野が何もいれない濃いコーヒーを飲みながら、モニタースクリーンにかじりついていた。

「長期戦になりそうですね」

 傍らの眠そうな若い技師が言った。

「深夜まで仮眠をとってもいいぞ」

「いえまだ。部長こそ、昨日もまた徹夜だったでしょう」

「興奮すると眠れないたちでね。………おかしなモンだが、やっぱりライデンのことが気になる。我が子の晴れ舞台、って感じだな」

「それが技術屋魂ですよ。

 自動車でもコンピューターでも風呂釜でも苦心して作り出した技術は、製品じゃない。

 自分の命の一部を受け継いだ分身なんだそうですね。地位や金にはかえがたい」

 菅野はここ数日、さほど眠っていない。しかしほとんど疲れを見せない。

「確かにそうだ。分身、子供かな。私の作った戦争のキカイとはわけが違う、か。

 ……君はあのアンナをどう思う?」

「技術屋として、あそこまで贅沢に遊べれば幸せだろうな。皆もそう言ってます」

 ならんだモニター画面には、ライデンから見た映像が映し出されている。菅野は高感度カメラを通した白っぽくどこか現実離れした森を見つめ、つぶやいた。

「私もうらやましいよ、正直言って。

 よし。相手は逃げ回るばかりだ。ひとまずライデンを停止させよう。

 探索攻撃モードから警戒モードへ。集音センサーとレーダーを自動索敵プログラムにきりかえる。少し電力をたくわえよう」

「このまま追い回さないのですか?」

「高感度カメラは電気を食う。ライデンも夜の戦闘は不利だ。相手が近付いてきたら攻撃モードに切り替える。それまで、我々も少し休んでおこう」

「判りました。一人当直をつけておきます。部長もごゆっくりと」

 菅野はモニターに映った漆黒の闇を見つめ微かに微笑んで囁いた。

「………君もすこしは休んでくれよ」

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