第6話

 日本最大、いや世界最高のロボットメーカーである八洲やしま電子制御が「開発中」の内藤二式自動戦闘装置を素手で、しかも中の人間には直接危害を加えずアンナが倒した。

 この快挙と真奈の適切な行動により、総てのことは不問に付され、南部孝四郎にも一切お咎めがなかった。

 あのあと警察に保護された内藤雷太は、軽い脳震盪と打撲で入院しているものの、とくに異常はないらしい。

 また、やはり八洲のスパイが、彼を手引きしていたと言う。

「無謀運転と自然破壊で警察が手ぐすねひいているようだけど、八洲さんは大物議員なんかを動かして、なんとか内藤に司直の手が及ばないよう工作に必死ですね」

「はは、お手並み拝見だな。親会社の八洲総業は、上田首相と関係が深いからな。

 警察沙汰にならないほうが、こっちにとってもありがたい」

 社長への報告を隣で聞いていた真奈は、菅野に最敬礼した。

「お礼が遅れ申し訳ございません。自分の監督不行き届きのせいで御迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます」

「そう畏まらなくていい。総ては策略だ。南部がいとも簡単に乗ってしまったんだ。しかしいくら頭を下げられても手加減しないからな。

 八洲は今回の件とはかかわらず、高速ローラーと強化装甲服を予定通り納入してくるから、その時はいよいよだ」

 幾分女性的な顔立ちの菅野は、あいかわらず不愛想な表情で淡々と話す。

 しかしその眼光から険しさが失せ、かつて自分を育ててくれた「鬼校長」大田部一佐の眼差しに似たものを、真奈は確かに感じ取っていた。

 二人は社長室を出た。そのまま立ち去ろうとする菅野に、真奈は思いきって聞いてみた。

「あの、アンナはもし敗れれば、分解して売り飛ばされるのでしょうか」

 あの夜、純真で不気味な技師が打ち明けたことを、あけすけにぶつけたのである。立ち止まっていた菅野は振り向き、少し表情を険しくして周囲を見まわした。

「………少し歩こうか」

 長い廊下に二つの足音が響く。ゆっくりと半歩先を進む菅野は、生徒に世を統べる「仕組み」を説いて聞かせるごとく、語った。

「南部の言う通りだ。政府はもう十年も前から、セクシャル・オートマトン。平たくいえばロボット化ダッチワイフの技術開発を、支援している。

 今はセクシャル・ロボ、アーティフィシャル・レディーとも言うそうだがね」

「性欲解消のためだけの、単純なロボットですね」

「いやそれだれじゃない。介護、家事、簡単な育児まで、プログラム次第ではこなせる。

 君も知っての通り、二本足で歩くと言う機械にとっての難事さえはぶけば、ロボットはなんでも出来る。介護ロボが二本足である必要はない。下半身を取り替え、プログラムをかえるだけで、人間にとって必要なことは、人間型ロボットがなんでもやってくれる。アンナたち戦闘ロボ技術の、民需転用だな」

「アンナがあれほどまでに美しいのは、そのためかい」

「いや……ありゃ南部の個人的趣味だ。アンナの母体となったロボ・ナースは、もっと庶民的な顔立ちだ。なんと大先生ご自身のデザインだよ。

 一方、南部が元いた会社では、依頼主の好みに応じて様々な顔を作っていた。

 南部は結構器用でね。絵もうまいので、顔の造形も自分でやってたんだ」

「やはり我が社は、ロボ・ナースと共にロボ・ダッチを」

「主力商品と言っていい。あとはロボットメイドも売れ筋だ。開発に手間がかかるわりに、販売が日本政府に限定されている全自動兵器は利幅が薄い。

 ナースとセクシャルは一般自動車なみの値段で、世界各国へ輸入出来る。日本製は人気でね。実はオオワダや八洲も、密かにその手の研究を進めているよ」

「日本政府肝いりで、でしょうか。一体政府はどう言うつもりでそんなことを」

「女性はますます自立し社会進出を果たし、おかげで結婚したくても出来ない男性が増えている。

 社会の階層化は決定的で、収入が低いと家庭ももてないのが現状さ。一方で正体不明、死亡率の高い性病がどんどん広まっている。そんな現代日本に現れた天使こそ、セクシャル・ロボさ。南部の言うように、機械の天使かも知れない。

 ただ政府がそんなものを後押しするのは、もっと別の意味がある。恐ろしい意味がね」

「なんです」

「育児の特権化とでも言うべきかね。なんと言うか、ある程度の知性と社会的地位のある家庭以外に、子供を造らせないようにしようとでもしているのかな」

「………確か博士も、そんなことを言ってたな」

「少子高齢化対策なんていわれたのは、今世紀はじめまでだ。

 今や国策は大きく転換した。少子高齢化結構。増え過ぎた富裕ではない未婚者にはロボ・ダッチを、増え過ぎた老人にはロボ・ナースを与える。

 そして、お国に尽くせる家庭にのみ、子育てを奨励している。

 そして我が国の行きつく先は………」

 真奈の足が止まった。その先は聞きたくなかった。菅野は振り向かず、エレベーターにのりこんだ。

 エレベーターが静かにしまっても、真奈はその場に立ち尽くしていた。


 その日の午後、精密検査と修理を終えたアンナの教練が再開された。諏訪湖を見下ろす山の斜面、森の中の下草や薮に身を潜める真奈とアンナの姿があった。

「いいか。ゲリラ戦ってのはね、ひたすら気配を殺し、時を待つんだ。敵を待ち伏せする時も、探す時も、敵から逃げる時も……。

 いらついて飛び出したらそれで終わりさ。

 草原、沼地、荒地、高山、密林。その場その場の環境を最大に利用して待ちそして戦う。様々なかたちの自然の中に同化する。人間も自然の一部だってことを思い出してね。

 アンナだってそうだ。自然から作り出した素材で出来ている」

 夕方から俄に雲がわき、日没前には小雨になった。大木の上、太い枝に腹ばいになってしがみついていたアンナに、下から真奈が声をかけた。

「ちょっと無理だったかな、貴様には。大き過ぎるし重すぎる。枝がしなっちゃって、外から見るととても不自然だな。いいよ、降りてきな」

 アンナがぎこちなく腹ばいになったまま後退りすると、辛うじて重みに耐えていた一番太い枝が真ん中あたりで音とともに折れた。

 そのままの格好で落ち、濡れた地面に浅い凹みを作ったアンナを見て、真奈はひさしぶりに声を出して笑った。アンナは無表情のまま、泥を払おうともせず徐に立ち上がる。

「あなたも笑うのか」

「ごめん。気にさわったか?」

「私に感情はない。あなたと会ってから、はじめてあなたが笑うのを観察した」

「……自分も久しぶりに笑った。なんでかな」

 雨がしだいに強くなり、諏訪盆地に宵闇が迫っていた。真奈は珍しく上機嫌で、雨中行軍を楽しもうとアンナを歩かせる。

「走り方は堂にいったものだけど、徒歩行軍はなってない。足を高くあげて毅然と歩く」

「前進効率が悪い。消費エネルギー量の割に前進距離が短い」

「ごちゃごちゃ言わない。もっとリズミカルに歩調とって。それから歌だよ」

「歌曲はプログラムされていない」

「覚えなさい。一小節ずつ唄うからあとに続いて。

 ♪道は~ろっぴゃく八十~里~」

「どこからどこまでが六百八十里なのか」

「……ったく。いいから、深く考えないで続ける!

 ♪道は~ろっぴゃく八十~里~!」

「……道は~ろっぴゃく八十~里~」

「うまいじゃない。さすがアンドロイド」

「うまいじゃない。さすがアンドロイド」

「融通のきかない。歌だけくりかえしな。♪長門の浦を~船出ぇして~。」

「長門の浦を~船出ぇして~」

 真奈は歌いながら、孤立していたがそれなりに楽しかった幼年学校時代を思い出していた。

 雨の強くなるなか、諏訪湖に近いなだらかな山の中腹に、明治時代の古い軍歌が響く。黒い雲のなかで雷鳴がとどろいた。突如真奈は立ち止まる。

「どうした」

「かみなり様だ。今日はもう帰ろう」

「わたしへの落雷、または電磁波の影響を恐れているのか。了解した」

「そんなんじゃない。神鳴りは、山の神様がおこってんだよ、恐ろしい」

「……理解不能」

「と、ともかく今日はいそいで引き上げよう。ヘリを呼んで」。

 視界を光が覆い、雷鳴がとどろいた。真奈は泥の中にうずくまり、頭を抱えてしまった。


 今は研究施設となっている役員保養所の豪壮かつ華麗な建物地下が、諏訪での研究所、即ちアンナの「寝所」となっている。

 旅客VTOL機や大型貨物ヘリなどまで格納、整備出来る巨大な空間に各種機械が整備され、ちょっとした地下秘密基地の様相を呈していた。

 真奈が本社から戻った頃、アンナは朝の点検を終えていた。「弟子」を役員保養所裏の荷物専用エレベーターから出たところで、真奈は焦った南部につかまった。

 やっと黒ずんだ白衣を薄紫の実験着に着替え、むさ苦しい髭も多少は手入れされているとは言え、雨上りの爽やかな午前にはあまりお目にかかりたくない顔だ。

「博士。お珍しいね、こんな時間に」

「ライデンとの対決の日が、正式に決まったそうだな……」

「来週の木曜に。もちろん博士も観戦しますよね」

「殺されても見にいく! それで君はどうなんだ。アンナを勝たせてくれると約束したな」

「ええ。博士にも社長にも、自分自信にも約束したからね。敵を壓倒あっとう撃滅させるわ。

 自分もバトル・フィールドに入ってアンナを直接指導します」

「修羅場になるぞ。相手は歩く武器庫だ」

「知ってますよ。戦いは、バトル・ステーションやアジア予選と同じ形式と決まりました。以前ロボ・タンクたちを相手にした、自分には馴染みである富士山麓の荒地で、各々携帯できる武器を持って入り、勝負がつくまで戦いぬく。

 オブザーバーまたは監督として、一名に限って人間が戦闘予定地に入ることが出来るが、命の保障は全くない。そうでしたね」

「敵ロボットの攻撃を受けても、バトル・フィールドに救援隊が入ることは許されないぞ。

 誰も助けに来てくれないし、戦闘にまきこまれても誰にも責任はないんだ!

 それを知っていて、アンナとともに戦うと言うのかね、生身のお嬢さんが」

「機械とは言え、自分が育てあげた新兵さ。アンナだけを死地においやり、自分だけ高みの見物、なんて出来ない。

 ともに戦うよっ! 必勝の信念堅く攻撃精神充溢さ!

 アンナのことは自分にまかせて、博士は水曜日に遅れて納品されるパワード・アーマーを突貫作業で調整して下さい。特に高速走行装置を馴らしている暇のないのが、不安でね。

 博士………あなたしかアンナを救えない」

 青ざめ、不健康そうな南部の顔がみるみる紅潮してきた。真奈は少したじろぐ。

 病的に痩せた開発主任は、その場に跪くと同時に、逞しい教官の右手を両手で握り締めた。両目が、こともあろうに潤んでいる。

「た、たのむっ五百瀬いおせ様っ! 私の女神をなんとしても守ってやってくれ! 頼む!」

 真奈は薄気味悪くなってやや焦った。

「アンナの命ばかりは、なんとしても! たとえ君が命を落とそうともっ!」

なんと言ういいざまか。はじめは真奈も頭にきた。しかし冷静になってみると、なんとなく南部が哀れになってきた。

「……そうか、アンナは彼の子供なんだ」

 早くに亡くなった真奈の父も、ずいぶん彼女のことを可愛がっていた。母がいなくなってからは特に。彼女の母が山を捨てたのも、山の風儀になれなかったばかりではない。

 あの過酷な環境が、母の肉体と精神を蝕んだのだ。都会育ちに、一年の三分の一が雪で閉ざされる生活は無理だった。出で行ったのではなく、本当は里に返していた。

 追い出すことになってしまった祖父や、出て行った母を恨むつもりはなかった。しかし今どうしているのだろう、それだけが気がかりだった。

「……あんな南部先生にも、親っているんだろうねえ」

 と当然のことを考えた。どんな親か、想像もつかなかったが。


 主力「製品」ライデンの開発責任者である菅野や社長のもとに、社の大株主や政治家からの様々な「圧力」がかかっていた。

 二つの貴重な開発試作品を戦わせるとはどう言う料簡だ。元通り「ライデン」主、「アンナ」従で並行して事業をすすめろ、などと。

 しかしどの企業グループにも属さず、珍しく借入金もほとんどない新日本機工は圧力に屈さない「難物」だった。

 そして社長もまた、いざと言う時は頑固だった。

 真奈は様々な噂を聞き流しながら、数日間の特訓に専念していた。

 そして火曜の深夜、アンナを格納して保養所に上がってきた真奈を、生真面目な菅野が待ち受けていたのである。彼女を見るや、呆れたように言う。

「少しやせたようだな。そのペースじゃ木曜まで体がもたないぞ」

「五日間不眠不休で、大演習に参加したこともありますので、お気遣いなく」

「明日は丸一日ゆっくり休め。これは社長の命令でもあるし、明日は君の出番がない。朝八時、お待ちかねの物が到着するんだ」

「! アーマーとローラー?」

「取り付けと微調整、簡単な走行テストに足慣らしは、木曜朝五時までに終わらせる。南部を中心にスタッフ総出で体制を組む。奴も珍しく協力的で聞き分けがいいな。

 君は五時にアンナをむかえにくればいい。それまでゆっくり休みたまえ」

 真奈はロビーの椅子に腰をおろしたまま、目の前に立つ菅野の、険しい表情とやさしげな瞳を見つめた。都会の風に汚されていない真奈の視線にとらえられると、菅野の冷静さもゆらぎそうになる。

 野性的だが愛らしい童顔だった。化粧は全くしない。

「有難うございます。部長がそうおっしゃるなら、一日休暇をいただくかも知れません。自分が焦っていても、あとはどうなるものでもありませんね」

「………五百瀬くん、君は戦闘区域に入ると聞いたが本気かね。

 アンナとライデンに総てをまかせよう。君自身が仮設バトル・フィールドに入るのは、あまりにも危険だ。判っているだろう」

「せっかくですがそれだけは。一度戦場に出てしまえば、自分たち戦士の世界だよ。自分たちの掟に従ってやらせて下さい。

 上下相信倚しんいし毅然として戦います」

「まったくの想像にすぎないが。何かただ事でないことが起きる。そんな気がしてならない。

 戦闘にまきこまれるとかそう言ったこととは別の次元で、なんと言うか。

 社長も言っていたろう。ロボットタンクや内藤二戦を破ったアンナの存在は、国内国外の産業界にとって大番狂わせの脅威なんだ」

「ありがとうございます。でも、アンナは自分が育てたんだ。もしもの時でもそばにいてやりたいと思います。二人ならどんな困難ものりこえられるさ」

「二人だと? 君まであの自動人形を人間扱いするのかね! 南部みたいに」

「人形じゃありませんよ。自分の戦友です。人の手が造りあげた、れっきとした兵士です」

「南部の病気が感染したな。…………私も危ないかも知れないがね」

 菅野は諦めてエレベーターへと歩き出した。

「今夜は食事係を徹夜で待機させてある。

 腹がへったらいつでも好きなものを頼め」

 真奈は、ロビーの闇へ消えていく菅野の華奢な背中を、嬉しそうに見つめ続けていた。


 朝霧漂う聖なる湖、諏訪湖。

 縄文の昔から人々が崇め、その恵みを受けてきた淡海アワウミを取り囲む山々が、ようやく青みを帯びだした空に黒いシルエットを浮かび上がらせている。

 日本国統合自衛部隊後備役三等曹長の五百瀬真奈は、約束の時間に新日本機工株式会社諏訪役員保養所の豪壮華麗な建物の搬入口に、立っていた。

 午前五時少し前、格納扉のむこうでリフトがせり上がって来る音が聞こえだすと、建物のあちこちや、道路わきに設置してあるポール状の警戒装置が警告灯を光らせはじめた。

 やがて厚い格納扉がゆっくりとスライドし、朝の冷気の中にまず菅野が姿を現わした。続いてゴツいローラースケート状の高速走行装置をつけ、首から下にはメタリックな甲冑のごときパワード・アーマーをつけたアンナが、すべりながら出て来た。

「お早よう五百瀬くん」

 菅野の目は充血していた。しかし声は弾んでいる。

「お早ようございます」

 と真奈は頭を下げ、無帽屋内の敬礼をする。そして頭を上げて、言った。

「お早ようアンナ。調子はどうだい?」

「外部冷却装置を組み込むのに時間がかかったが、現在機能は総て正常だ。

電気系統も人工神経系も確実に接続している」

「よかった。南部博士は?」

「下でのびてるよ。興奮して緊張しすぎた。私もヘリの中で一眠りするよ。

 簡単な走行テストはクリアした。バランスもうまくとれるし、安定器のコントロールもアンナの極超並列コンピューターで完全だ」

「改めてお礼は申しません。部長はライデンを人にまかせてまで、アンナに尽くして下さいました。お礼の言葉は、みつけることすらできませんので……」

「礼なんかいらん。半時間で輸送用VTOLが来る。それまで少しでも走らせておきたまえ。

 私はいそいで本社へ行って、ライデンの運搬に立ち合う。全くクタクタだよ」

 大きなタメ息を吐くと、菅野は再びリフトにのって搬入口の扉をしめかけた。

「本当に、なんで私はここまでやるんだ。

 ロボットのためじゃない。…………案外、君のためかもしれんな」

 厚い金属性の扉が閉まったあとも、暫らく真奈は怪訝な表情で搬入口を見つめ続けているのだった。


 夜はすっかりあけていた。富士が朝日に輝いている。

 ダクテッドファンを三基持つ輸機「あまこまⅡ型改」から降りた真奈は、いそいで「ステージ衣装」を身につけるべく、用意してあった大型トレーラーに乗り込む。

 予定地点に降りたアンナに、待機していた整備班がかけよった。

 ロボット・リフト車が運んできた長い対戦車ロケット速射砲や小型ガトリング砲を、パワーローダーに乗った技師がアンナに取り付けていく。

 ただでさえ大層な甲冑を身にまとっている上に大型ドラム弾倉を背負わせ、トーチカ爆破用の爆薬筒を腰にぶらさげ、左肩にはロケット砲を乗せ右手にはバルカン砲を握らせる。

 さらにアンナの各部の状態が丹念に精査され、最終チェックが行なわれた。

 前回ここでロボ・セントリー達を相手にした時より、遥かに警備と整備がおおげさになっている。真奈にはその事がやや不愉快だ。

 富士の裾野に広がる原生林を背景に、広大な演習場を見渡せる監視タワー最上部では、社長、専務や各常務をはじめとする新日本機工幹部や技術者、ロボット産業関係の役人や産業団体役員などがモーニング・ビュッフェでそれぞれの朝食を取りながら挨拶をかわしている。

 そんなタワーの頭上を、南からやって来た輸送VTOL機が飛んで行く。

 仮設飛行場に降り立った「あまこまⅡ型改」は、ただちに起動予定地点へとやって来た。

 剣道の防具を思わせる防弾ベストに防弾ヘルメットと言う完全武装の真奈は、腰ベルトに取り付けた通信装置などの具合をチェックしつつトレーラーから降りてきた。

 ちょうど特殊輸送機の後部格納庫から、巨大な影がっくりと降りてくるところだった。機体の陰から、その巨体が朝日に身をさらしたのである。

 さすがの真奈も息を飲んだ。

 いっしょに降りてきた菅野が声をかけるまで、呼吸を忘れていたのだ。

「立派な武者ぶり、と言ったところだがね」

 真奈は一つ大きく深呼吸してから、言った。

「ライデン……ですね」

「ああ。人間らしいアンナを見慣れていると、やけにバカだかく醜く見えるだろう。体高二メートル五十、自重は三千九百キロ。ライデンは雷に電気の電だ。

 世界大会出場規格限度いっぱいに、なんとか治めることが出来た」

 メタリックに輝く鋼鉄の体に、様々なグロテスクな突起物がついている。太く重そうな二本の足と丸太のような二本の腕が、かろうじて「人間的」と言う修飾語を使用する権利を与えていた。

 真奈は何故か、その鋼鉄の戦士の恐ろしげな姿に不思議な頼もしさを感じた。

「ライデンに最終チェックを行い、武装させる。

 ……今からでも遅くはない。君も監視所から指示しないか。演習地のすみずみまで見通すことが出来るがね。かえってアンナに指示がしやすいよ」

「せっかくですが、戦場の匂いを嗅がなければ的確な指導は出来ません。

 でも、いつもありがとうございます」

「そうだろうな。しかし無茶はするな。いいね、どんなに人間臭くてもアンナは機械だ。

 機械のために命を粗末にするな。君のたった一つしかない大切な命を」

 ライデンは高さ四メートルほどある仮設の小屋の中に、ゆっくりと重そうに入って行く。この中で様々な携帯火器を取り付けられる。

 菅野はライデンにつきそいながら何度も真奈の方を振り向き、小屋へと消えて行った。

「アンナ! 準備はどうだい? こっち来な!」

 教官はハンディ・コムに威勢良く叫んだ。いつもの冷静な美声が答える。

「七百十五のチェック項目総てがグリーン。バッテリー出力四十パーセント以下。胸郭内温度マイナス十一度。制御統制率完全。全回路正常、全システム起動開始」

「足慣らしに発動地点まで歩いて行こう。肩借りるよ」

 真奈は一度振り返り、森のむかう遥かに見える監視タワーを眺めてから、やって来て跪いたアンナの右肩に腰かけた。肩に乗って、広がる森の中に入って行く真奈の視界いっぱいに、朝日を浴びた霊峰富士が広がっている。

「……露よりもろき、人の身は、か」

 真奈は、いつになくすがすがしい気分だった。


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