大根のつま(けん)について

岡智 みみか

第1話

私は大根のつまが好きだ。正確には大根の『けん』というらしいが、『つま』という方が多数派で、私自身もそう呼んできたから、ここでは『つま』ということにする。私は大根のつまが好きだ。

 大根のつまとは、刺身などの下に敷かれている大根の細切りのことである。幼いころからつまが好きで、今でも刺身に添えられているつまを、ほぼ毎回残さず全部食べる。細く切り刻まれた大根に染み渡る芳醇な醤油、口に含むとシャキシャキとした心地いい歯ごたえ。新鮮な大根のつまだと、飲み込んだ後にもほんのりとした大根特有の香りが残る。私は大根のつまが好きだ。

 どうしても忘れられない記憶がある。いくつの頃だったか、年齢もはっきり覚えていないが、田舎の法事で大皿に盛られた刺身を食べていた。祖母の隣で、祖母が次々と取り皿に入れてくれる刺身をパクパクと食べていた。私は別の小皿を用意して、その皿一杯に大根のつまを取り分けた。その様子をみた別の高齢の女性が、自分の食べ終わったエビフライの尻尾だとか、丸めた銀紙とか、折れた楊枝などを置いた自分の取り皿に、私が取り分けたつまを横取りし始めたのだ。

「え、ちょっと待って!」

 私はそう叫んだ。女性は不思議そうな顔で私を見た。なにが悪い、なにがいけないといった表情。

「この子は、大根のつまが好きで食べるんですよ」

 祖母がそう言うと、その女性は

「そんな子は見たことがない」

 と言って笑った。祖母も一緒になって笑った。その時、私は傷ついたのだ。

 その女性は、勢いよく刺身を食べる私を見て、刺身が好きなんだと思った。もちろん刺身も好きだ。その刺身を食べるのに、邪魔になるだろうという心遣いから、その人は大根のつまをよけてくれたのだ。しかし、私にとって刺身と大根のつまはセットであり、一心同体、切っても切り離せない、最高の組み合わせなのであって、ポタージュスープのクルトンであり、ウナギの山椒であり、ショートケーキの苺なのだ。

 そもそも、添え物としてこの大根のつまほど不当な扱いを受けているものも、そうはあるまい。ゴマなんて、あんな小さなモノを数粒パラパラと散らしただけなのに、誰も邪険にするものはいないだろう。さらにはゴマ団子や飴などメイン食材ともなる存在感だ。実にうらやましい。キュウリにしても、同じ刺身の添え物として定番だが、キュウリは食べてもつまは残される。

 添え物として、『食べる・食べない』で話題となる代表格といえばパセリだろう。これもほとんどの人が残すが、執拗に添えられ続ける。食べる人は食べる。食べる人はパセリが好きなのだ。しかし、パセリと大根のつまとは、食材そのものの本質が大きく異なる。パセリやショウガ、わさび、大葉、かいわれ、はたまたネギにいたるまで、これらの添え物として扱われる食材は『薬味』といわれるクセの強い食材だ。食べられる人、食べられない人、好みが分かれて当然といえる。しかし、つまは大根だ。大根おろしのような薬味的辛みが強調されることもない。食べて辛いつまなどないのだ。

 大根が好きだと言って笑う人はいないだろう。煮物、みそ汁、漬け物、生のままサラダにだってなる。もちろん大根にだって個人の好き嫌いはある。しかし、同じ大根を素材とする他の料理は喜んで食べられるのに、生のまま細切りにされ、脇役に徹したとたん、どうして笑いものとなってしまうのか。

 つまは大根だ。大根は立派な食材だ。その形状と役割が異なるだけで、見向きもされないなんて、あってはならない。刺身における大根のつまの役割は、刺身がずれるのを防ぐ、魚から出た汁を吸う、口直し、食欲増進等、刺身の盛りつけにおいて、なくてはならない存在だ。これから全員、大根のつまを必ず食べろと言っているのではない。私だって、生魚の汁を吸った血なまぐさいつまは食べたくない。ただ、人が好きなものを、楽しくおいしく食べている時に、笑わないで欲しい。イヤな顔をして、食べている人を見ないでほしい。人に貴賤がないように、食べ物にも貴賤はない。タコを食べる文化もあれば、虫を食べる文化もある。たとえどんなものを食べていようと、その人自身が食べている時に、その食べ物を笑ってはいけない。

 私は大根のつまが好きだ。これからも、私は堂々とそう宣言し、大根のつまを誰に恥じることなく食べ続けるだろう。

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