第26話 自転車レース
「ご存じでしょうが、今週末、特別自転車競技大会が開催されます」
「いや、しらないし」
昼休みの教室にて。お弁当を食べ終わってくつろいでいた時だった。
晴れて生徒会長となった漏斗君が、あたしを訪てきて第一声がこれだった。
漏斗君は片方の眉を上げる芸を見せつけた。
「我が校の自転車競技部が21世紀枠抽選県代表として選ばれたのですよ」
なんだその中途半端な枠は?
どうやら、自転車競技熱の盛り上がりよる特別競技大会との事らしい。
最初の3日間でトラック種目を行い、最終日となる4日目に、一般道を使用したロードレースが実施される。
「そのレースに助っ人として出場しろと?」
「いえ、男子の大会ですので、お姉さんは出られません」
漏斗君の後ろから顔を出してきたのは……ブルーだ。
こいつが学校行事に絡むと碌な事にならない。
嫌な顔をしていると、心配しなくて良いと言われた。
「撮影記録要員として手伝って頂きたいの」
悪意のある笑顔だ。こいつ、生徒会長から降りる代わりに、生徒会を牛耳る黒幕として活躍しているじゃないだろうね? やばい予感しかしないんですけど。
「撮影記録って、あれかな? 車や大型スクタに乗って、走ってる選手を撮影する係?」
自転車競技はよく知らないが、マラソンでよく見る併走してるヤツの事だろうか?
「大会規定で、プレスとして持ち込めるのは自転車だけなの」
エンジン付きは駄目なのか? バイクならお手の物なんだけどなぁ。
「山あり谷ありの100㎞クラスコースだから、体力ゲージが無駄に長いお姉ちゃんへ白羽の矢が刺さったというわけ。もちろん、自転車はこちらで用意します」
「そんな疲れる事、断る!」
「お姉ちゃん!」
ブルーの後ろから妹が飛び出した。
「あたしが移動撮影委員長だよ!」
デジャブが――、
ああ、そういえば、妹は将来映像関係の仕事に就きたいといってたな。
ブルーめ、そこを突いてきたな!
しかし、それとこれとは話が別だ。
「お姉ちゃんは、撮影機材を持った妹さんを後ろに乗せて自転車を走らせる係なの。二人乗り専用自転車だけど、たぶん狭いからくっついて――」
「よし引き受けた、週末が楽しみだな!」
生徒会から回ってきた自転車は、ロードタイプではなかった。
「ハンドルとかサドルなんかは変えて良いけど、フレームはいじっちゃ駄目よ。プレスだから特別に2人のり用の許可の下りた自転車ですからね。レギュレーション変更は認められないわ」
との事。
とりあえず、整備するか。妹を乗せるのだから、万が一の事があってはいけない。
フロントサスペションがガタガタだ。分解整備だな。
ハンドルも入れ替えて角度調整。後部座席にクッション装備。あ、ベアリングも整備必要と。ブレーキはスカスカなんでディスクに換装。ペダルもグリスアップして、チェーンは死んでますな。チェーン交換とついでにスプロケも変更。おっと、スポークが緩んで……。
ガタガタじゃないかよ!
うぉー! バイク整備で鳴らした腕が光る時は今ッ!
大会最終日。
テレビ局は出張ってない。かわりに、大会記録用の公式撮影スタッフが来ていた。
スタッフの中に、フリーの実況アナウンサーと解説者も混じっていた。
上手く編集してネットに流す予定である。
「今大会は特別ルールを採用されています。2日にわたって繰り広げられましたトラック競技の順位がスタート順位となります。F1と同じルールですね。そこの所いかがですか金田さん」
「はい、予想どおり、強豪校が先頭に終結していますね」
「各校の記録関係者も大勢集まってますね」
「そうですね、二人乗りしてる、オレンジのジャージを着た、髪の長い女の子が可愛いですね」
「ああ、あの子達は可愛かったですね。あ! いよいよスタートです!」
選手達は整然とスタートした。
「全長約100キロ、模糊根山ロードレース、今スタートしました。最初はほぼ平坦なコース。後半、模糊根山のヒルクライムといったコース展開。いかがでしょう、金田さん」
「後半の模糊根山ヒルクライムが、勝敗を分けると言っても過言ではないでしょう」
ぬふふふ、妹の胸が背中に当たって気持ちいい!
ジャージ越しなのだけど、それがまた何とも!
我が校指定の体操服であるオレンジ色のジャージも、妹に似合っている。
腕にはプレスの腕章。お揃いである。この腕章があると何をしても良いらしい。
ゴール地点は別の撮影隊が陣取っているから、あたし達、移動撮影隊は途中だけでいいらしい。
「さて、こっちも出発するか」
ペダルに足を掛けたところ――、
「まだスタートしちゃ駄目! 我が校のスタートを撮ってからよ!」
妹からの指示は絶対!
先頭集団に遅れる事10数秒。やっと我が校の自転車競技部がスタートした。
全員が颯爽とスピードに乗っていく。
「お姉ちゃん、スタートして。後ろにくっついて走って」
「らじゃー!」
邪魔にならないよう、競技車の斜め後ろを走る。プレスの自転車は右側車線のさらに右側だけを使用するというのが、今大会のレギュレーションだ。
一団で走る我が校。やがて市街地を抜け平坦スピードコースへに出た。
全車、最高速度まで加速! 後半が山道なので、順位を稼ぐ所はここしかない!
「頑張ってー!」
妹の声援が飛ぶ。一気に加速する我が校自転車競技部。
……なんて調子の良い連中だ。
「お姉ちゃん! 真横から舐めて先頭へ出るまでの絵を撮りたい!」
スピードコースでロードバイクを二人乗り自転車で追い越せってか?
「まかせなさい! うぉー!」
加速! どんどん追い抜いていく。
部員達が目をひん剥いてこっちを見ている。なんでだろう?
「あ、プロデューサーから連絡よ」
ブルーだ。あいつ、今回プロデューサー役を買って出ている。なにか? 生徒会を影から支配する方針に変えたのか?
「先頭集団の絵も撮りたいって」
「お姉ちゃんに任せなさい! そいやー!」
ペダルを漕ぐ足に力が入る。
中間集団をササっと抜き去り、先頭集団の後方へ飛び出す。そこからさらに加速。
先頭集団と併走。撮影開始。
何故かみんなこっち見てる。それだけ妹が可愛いからか?
「お姉ちゃん大変よ! うちの学校が落車に巻き込まれたって!」
「Uターン!」
そーい!
後輪だけブレーキ、ロック。白煙を上げ、後輪がスライド。180度ターンをカマして加速。前輪が浮く。体重を移動して力ずくで前輪を接地!
落車事故現場は惨憺たる状況になっていた。
我が校の連中も何人か転がっていた。ここが最後尾である。
「3人だけ巻き込まれなかったみたいね」
団体戦とはいえ、自転車レースは実質個人競技。3人も残っていたら御の字だ。
「お姉ちゃん、大変! ゴールの撮影機材が壊れて撮影出来ないって! 応援要請よ!」
「なんだと!」
バカヤロウ! 最後尾からどうやって――
「頑張ってお姉ちゃん!」
「がんばる!」
知恵捨(ちぇすとー)て!
ペダルに力を込め、フロントアップ。後輪を軸にして定点回頭。目指すは模糊根山!
おおおお!
交通法規無視の速度。フロント接地感の無さが半端ない。
後部集団をごぼう抜き。
だから、おまえらこっち見んなって!
中間集団へ襲いかかった地点は、上り坂。ヒルクライムだ。
ますますフロントの接地感がなくなっていく。
ここが模糊根山外輪山。平均傾斜10%。たった10kmで1000mも上昇する計算だ。
これは少しペースを落とさないと、体力が――。
「お姉ちゃん、速いー! すごいー!」
「まだまだこんなモンじゃないぞー!」
加速!
ヲヲヲヲヲオオオオオォォォォォォ!
先頭集団を抜いていく!
だからお前ら、こっち見んなって! レースに集中しないと抜かれるぞ!
チンタラ入ってる連中を抜きに抜きまくってると、前に道がなくなった。
「峠だ!」
残りはダウンヒルのみ。
一気に先頭集団に追いつき、最終コーナーを後輪ドリフトで追い越していく。
またもや、選手全員がこっちをガン見している!
先にゴールに入った。間に合った!
妹は、カメラを操作し、一位の選手を正面から撮影している。
ベストアングルだ。
いける! ネット動画でスポンサーが付くぞ!
その後、何故か大会委員会の偉いさんと、ブルーに怒られた。
何故だ?
解せぬ!
魔法少女のお姉ちゃんは変質者-とりあえず殺しておくか。 もこ田もこ助 @azumada
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