第21話 さようならカゲール君。あなたの事はなるべく忘れない。

 最近、ピョン太が話しかけてこない。


 今日も妹の部屋に入り浸りだ。

 てっきりセクハラ的な行為に目覚めたのかと思ってたのだけど、妹の足下でお昼寝するばかり。


 スカートの中を見上げようともしないし、足をペロペロする事も無い。

 可愛さと犬という立場を利用しようとしない。


 誰だって利用するだろう。あたしだって利用する。

 解せぬ。


 あ、いや、これは妹の身を守る為の監視であって、邪な情念によるものではない!

 部屋に仕掛けた監視カメラだって防犯目的だ!

 ましてや姉妹、女子同士。なんらセクハラ要素は無い!



 おかしいおかしいと、気になって仕方ない日々が過ぎたある日のことである。

 ピョン太があたしの部屋にやってきた。

 妹がいつものコンビニへ出かけた時間を使って。


「やあ、元気でしたか?」

「元気でしたかはないでしょう? マーゾックの情報を聞き出そうとしてたのに」


 ピョン太こと元3幹部の一人、カゲールは、机の上に飛び上がった。

 腰を下ろし、後ろ足で顎の下をボリボリとひっかく。


「ずいぶん犬の動作が様になってきたわね」

「……だろうね。そこが悩みでもあるし、……まあいいでしょう。そんな事は」


 おやおや、ずいぶんとシリアスな犬ですこと。


「ピョン太の表面に出てこられる時間が短くなってきました」


 え? どういうこと?


「あなた、カゲールの意識を持って転生したんじゃなかったの?」


 カゲールは首を振った。

「どうやら、そこまで都合の良い話じゃ無かったようです」


「まさか、お前……」

「そう。一説によると、全ての赤子は、前世の記憶を持って生まれ出るよも事です」


「それを証明したのでしょう?」


 また首を振った。


「その説では、転生しても、前世の記憶を保持できるのは7日間だけだとされています」

「7日どころじゃないでしょ? 今日で何週間よ?」


「前世が前世だっただけに特別だったのでしょう」


 あれか? マーゾックだった事や、妹たちに魂を浄化された事が起因して、長い間意識を保てていた、ということかな?


 カゲールは、長めの溜息をついている。犬のくせに。


「初めはずっと意識を保てていましたが、そのうち半日だけになり、数時間に減り、一日おきになり、いまでは2、3日おきになってしまいました」


「それって、もしかして?」

「そうでしょうね」


 今日、初めて首を縦に振った。


「カゲールとしての意識が本来の犬であるピョン太に統合される日が近い。残された時間が少ない、ということでしょう」


「おいおい、そうならないうちに――」

「話す事は全て話しましたよ。残された時間は、私の好きに使わせてください。そのお願いに来たのです」


 うーん、そう言われると強制し辛いな。


「普通の生物に生まれ変わって、この世界が、生物がをやってる事の楽しさを感じる事ができた気がします」


 生きてればこその、パンツを頭から被ったり、食器を洗うフリして嘗め回したりできるというもの。妹のね。


「特に、妹さんには幸せになってもらいたい。生き抜いてもらいたい。だから、お姉ちゃんに託したいのです」 


「なかなか良い事を言うじゃないか。前から見所のある犬だと思っていたのだ。どうやら、あたしの目に狂いは無かったようだ!」


 だが、妹はあたしの物だ!


「先代のマジカルキューティの異物。イエローのバトンを持っているでしょう? あれを出してください」


 マーゾック空間に落ちていた、あの折れたバトンか? 


「お姉ちゃん、バトン持ってないでしょう?」

「欲しい! バトン欲しい!」


 妹たちが持っていて、あたしが持ってない物。それはマジカルバトン!

 欲しい! あれ絶対欲しい!


「私の、残された力を使ってお姉ちゃん用に作り替えてあげましょう」

「これに!」


 あなたが神ですか?


 机の引き出しの隅から、ゴミ……イエロー・バトンを取り出した。


「闇の力と聖なる力の両方を持つ、今の私なら、自称マジカルブラック用に改造可能です」


 おいおいおい! 神降臨かよ!


「お姉ちゃんらしく、黒を基調とした――」

「ピンクで!」


「え?」

「妹と、お揃いのピンクでお願いします」


 これが命のジャンピング土下座だー!


「いや、そこまでして頂かなくとも、……違和感溢れまくりますが……え? 大丈夫? あなたがそれでかまわないなら、それでいいのでしょうけど……いきますよ! 気が変わったら言ってくださいよ」


 ピョン太の毛が逆立ち、目が光った。

 黄色かったバトンが、ピンク色に変化。

 折れていた部分からニョキニョキと再生していく。

 先端に黄色いお星様が形成される。クリスマスツリーの天辺に取り付けられるアレそっくりでファンシー!


「はぁはぁはぁ! 色の変化で余計な力を使ってしまいました」

 小さい舌を出してハッハッハッしてる。


「これ、どうやって使うの? ビーム出るの?」

「つ、使い方は、……意識が……自分で探してください」


 小さい体を震わせ、目を閉じる。


「おい! 大丈夫か?」


 両手で持ち上げて左右に振った。炭酸水もこうやれば泡が立つんだ!


「いや、あの……申し訳ない」


 カゲールは力尽きた。

 息は――ある。心臓も動いている。

 眠っただけのようだな。


 もうすぐ妹が帰ってくる。


 それまで、あたしのベッドで……死んだら責任問題なので。妹のベッドに忍ばせておいた。




 ピョン太はすぐに目を覚ました。

 知性の感じられないクリクリ目で妹を認識したら、千切れそうな勢いで尻尾を振り回した。


 カゲールの意識はどこへ行ったやら。


 クリクリした目で妹を追いかけている。




 翌日の夜。

 あたしの横で、妹の腕にピョン太が抱かれていたときだ。


 ピョン太の目が知的な光を帯び、あたしを見上げた。

 そして、すぐにいつものクリクリ目に戻る。


 以後、カゲールの意識が表に出る事は無かった






 さようなら、カゲール。

 

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