第13話 ピョン太君の日常

「ちょっとコンビニ行ってくるね」

 妹が元気に家を飛び出した。


 スマホの充電ケーブルが断線したしまったとかで、近くのコンビニまで買いに行ったのだ。


 妹の動きは手に取るように解る。盗聴器を仕掛けているからな!

 当然の事として、妹の後を付けようと部屋を飛び出した。


「おっと!」

 反射的にジャンプ。チワワのピョン太君が廊下でうずくまっていたのだ。


「ピョン太君、帰ってきたら妹と一緒に散歩行こう。じゃぁな!」

「つれないじゃないですか」


 三歩進んで、四秒止まり、二歩下がった。


 今喋ったの誰だ?


「私ですよ私。ようやく喋れるようになれました」

 声は下から聞こえた。


 視線を下げると、くりっとした愛らしい目があたしを見上げていた。


「お姉ちゃんと一度ゆっくり話をしてみたいと思っていたのですよ」


 ピョン太、おまえか?


「廊下で立ち話も何です。部屋へ入りましょうか」


 すたすたとドアをくぐっていくピョン太。


「それ、あたしの部屋でしょうが」



 

 椅子に腰掛けるあたし。ベッドでお座りしているピョン太。


「犬が喋ったのですから、もう少し驚いてもらわないと、努力した甲斐が無いじゃないですか」


 ピョン太から、邪悪な存在は感じられないが……。


「おまえゴーランダーだろう?」


 あたしと死闘を演じ、力を使い切って死んだ男。

 熱っくるしい男だったが、チワワになってしまうとは。

 せめて土佐犬――。


「むさいゴーランダーなんかと間違えないでください。私はカゲールです」

「え?」


 衝撃的な回答だった。


「そこで驚きますか? まあ、あなたを驚かせた事で良しとしましょう」

「普通、ここは拳をぶつけ合ったゴーランダーでしょ? ごついゴーランダーと可愛いチワワの違和感を全面に持ち出す演出でしょ?」


「そんな演出など知りませんし、狙ってなどいません!」

 チワワに怒られた。


「良いですか。ゴーランダーの魂は砕け散り、エネルギーとなってマーゾン空間に散ったのです。一方、私とサソリンダは、光の浄化エネルギーで浄化され、その魂は本来の輪廻へと戻りました。そして私はセレブな犬に転生したのです」


 チワワにしては長い前髪をフワサっと掻き上げる。

 でもそれって、畜生道に墜ちたって事じゃ……。


「サソリンダもどこかで転生している事でしょう」

 あいつは、は虫類だな。オーストラリア辺りで転生してることでしょう。。


「いやちょっと待て! おまえ妹と一緒にお風呂入ってたろ? 裸見たろ!」

「見ましたが、どかしましたか? お姉ちゃんも一緒に風呂入ってましたよね?」

「あたしはいいんだ!」


 この世の定めとは辛いものよ。

「妹が悲しむが、聖なる裸体を見た者は、雨に日に山に埋めなきゃならないという規則があるの」


「聞いた事がありませんね」

「まだ生まれて数ヶ月だからね」

「前世の数十年でもそんな不条理など、聞いた事がありません」


 こいつとは、どうあってもここで決着を付けねばならぬようだな! 


「言っておきますが、犬となった今、人間の女に興味はありませんよ。元は女好きだったのですが、今は全く欲が沸きません。……好みは大型犬の雌ですから、将来の参考にしてください」


 そ、そういうものなのか?

 妹の素晴らしい裸体に、性欲が沸いてこないって――なんてかわいそうな人生!


「なにやら哀れみの目で私を見ているようですが、犬に生まれ変わっても何とも思ってませんから。ご心配は無用に」


 安心しろ。心配は全くしていない。

 むしろ、妹がペットロスで悲しむ顔を見なくてほっとしている。


「話を戻しますが、お姉ちゃん、あなたの引きの強さは異常です。人間業じゃ無い」

「それ褒めてるんでしょうね?」


 チワワのカゲールは、それを無視した。マイペースな犬だな!

「転生した私をここで飼ってる。この確率って、どれくらいだと考えられます? おそらくコンマ下5桁でしょう。それはゼロと同じ意味を持つのですよ」


 あたしを睨み付けても、くりくりとした可愛い目だ。何ともないぞ。


「お姉ちゃん。あなた、何者なのです?」

「どこにでも居る美少女だけど、なにか?」


 チワワは、歯がみしながら激しく頭を振った。

 何かを吹っ切るような仕草に見える。


「ただの人間が――たとえ闇に魂を染め抜いた者でも、黒水晶に選ばれる事はありません」


 それには心当たりがある。

「ふふふ、妹を思う一念、岩をも姦通!」

「よもや邪な当て字を使ってませにんよね? それ」


 な、何を言うかなこの犬!


「ほうとうに黒水晶『が』選んだのですか?」

「あたしが選んだつもりは無いけど?」




「これは噂話です」

 目が探るようなそれに変わった。


「光の住人が滅ぼされた世界がある。こことは別の世界です」


 マーゾックが勝った別世界か?

 あれ? だとすると闇のマーゾックも光の園の連中も、この世界の住人じゃないって事になるぞ。


「ところが、その世界はマーゾックの手に落ちていない。抵抗する勢力が存在したからです。それは元々その世界に住む、強い力を持った者達のようですよ」


 これはあれだよ、赤とか青とかのヒーローか、マジン的な巨大ロボットだよ。

 男の子って、こういうの大好きなんでしょ?


「力ある者。それは光の戦士ではありません。彼らは心に正義を持った悪者であり、邪に染まった聖なる者でもあるといわれています」


 カゲールは上目使いで睨んでいる。チワワの子犬で無ければ迫力が出たであろう。


「ただいまー」

 妹が帰ってきた。


 あたしは、ポケットから妹の充電ケーブルを取り出した。


「スマホのケーブルに歯形があるのは何故?」


 噛まれたと言えば噛まれたような跡がある。

 ピョン太を睨むと、視線をそらした。


「黙っててやるから、妹の前では犬のふりをしろ。とびきり可愛い犬のふりだ」

「了解しました」


 こくこくと激しく首を上下させ、チワワのピョン太に戻るカゲールであった。


「最後に1つだけ聞かせてください。なぜ、あなたほどの者が、『光の園など』に肩入れするのです?」


 意味ありげな質問に、あたしは即答した。






「変身すると、ミニスカートになるのよね。スコート付きの」

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