第12話 湯煙温泉騒動記-3

「げふーっ!」


 勢い、離れつつあるサタノダークの鳩尾に、寸分違えずボディアッパーを叩き込んでやった!


 連続攻撃はまだ終わらない。


 サタノダークが悲鳴を上げる前に腰が十分入ったアッパーカット。

 アッパーを打った勢いでジャンプ。膝を反対側の顎にぶち込んだ。


 時間差で揺れるノウミソ。


 これ食らって立ってられる人間は居ない。ましてや変身後のフルパワー。

 案の定、サタノダークは真後ろへ倒れた。


「そこでじっとしてろ」

 片足を掴んで横の瓦礫へ投擲。派手な音がしてサタノダークは埋まった。


「妹たちの戦いも終わった……あれ?」


 どどどど、がががががが、どがどがどが、ががががが、どどどどど


「えーっと、揺れが納まらないんだけど」

 地下から感じる妙なエネルギーが気になって気になって仕方ない。


「これは……」

 ブルーの顔には、幅広のゴーグルがかけられている。ブルー固有のアイテム、ブルースキャナーだ。


「地下5キロの地点から、マグマ圧が不自然に上昇中。これは、模糊根山が噴火する?」


 マジカルキューティの中で一番戦闘力の低いブルー。削られた戦闘力は優れた分析能力に当てられている。


「不自然に上昇ってなんやねん? これは自然の噴火とちゃうのは分かってるけど、不気味なキーワードやな」


「カルデラは巨大な火山である証拠。そして、マグマから大きな闇の力を観測できる。それを加味して推測される結果は……」


 おいおい、間を開けるなよ。


「破局噴火になるでしょう」

「なんですって!」

「あら、お姉ちゃん、破局噴火を知ってるのね」

「いや、雰囲気で……」


 うつむいたブルーはゴーグルを外し、目と目の間を揉みしだいた。 


 おもむろに顔を上げ、息を吸い込んでから――


「ウルトラプルニー式噴火と呼ばれるもので、地下のマグマが一気に地上に噴出する壊滅的な噴火。地球規模の環境変化や生物の大量絶滅の原因となる

古代人類の半数以上を死滅させたインドネシア・トバ湖のカルデラ噴火が有名ね。

トバ事変と呼ばれるこの件を境に、地球はヴュルム氷期へと突入したの。この時期に生息していたホモ・エルガステルやホモ・エレクトゥスは絶滅したわ。トバ事変の後、生き残った人間はネアンデルタール人とヒトだけだったの」


 長ぇー……、えーと、それって凄いのかな?


「ちなみに、人間が衣服を発明したのもこの頃よ」


 では、トバ湖で噴火がなかったら、人類は今でも全裸。妹も全裸。……いや、パンツの収集が出来なくてはつまらない。

 こいつはすげーぜトバ事変!


「そうか、早めに避難した方が良いな。ここの温泉宿の人だけでも避難誘導するか?」


 今度はこめかみを揉み揉みし出すブルー。


「模糊根山、いえ、模糊根カルデラが大噴火すると、連鎖して富士山が噴火する可能性が高いの。いえ、マーゾックの事、富士山噴火も視野に入れてると考える方がいいわ」


 えーと……、

 するってぇーと? 日本壊滅?


 パパさんの会社倒産? ママさんと離婚? 一家離散?

 妹とあの家に住んでられない?


 こっ! これはっ! 全人類の大ピンチではないか! 

 今まで遊びで参加していたけど真剣に働かなきゃならない!

 おお揺れる揺れる!

 ファイトだピュー太!


「なんてこと!」

 ゴーグルを付け直したブルーは、火山を透過し、マグマを見ているのだろうか?


「マグマがネクライマー化している? どんだけ巨大なエネルギーだってのよ!」

 常に冷静なキャラを演じているブルーが、珍しく慌てているぞ。


「噴火するまで、あと5分も無い!」

「対処方法は無いんか?」

「残された時間で出来る事は少ないわ! どうにかしてマグマの圧力を下げるしか!」


「それなら――」

 妹が発言します! 傾注しましょう!


「ハイパー・プリンセス・デビュー・パーティで、マグマを浄化するのよ!」


 マグマでも、闇の力に染まった物ならプリンセス・デビュー・パーティ系の魔法で浄化できるはず。

 すごい! 賢い!


 空気を読まないブルーがカットしてはいってきた。

「だめよ! 外郭山の岩盤厚は、推定5キロ。そこからマグマ溜まりまで約2キロ。合計7キロもあるわ!」


 7キロの岩盤か……。


「ハイパー・プリンセス・デビュー・パーティを使っても、マグマまで届かない」


 結論が出た。


 ゆっくりと合わせつつある両手が、黒と白の光を発し始める。

 時は来たれり。


「アブソリュート・ゼロ・マイナスは禁呪だニュ!」


 この危機に冷静な突っ込み……。


「ち、違う必殺技よ!」

「違う技なのかニュ?」

「名付けて――マイナス・ケルビン!」

「一緒だニュー!」


 ギャン!


 金属的な発射音。

 白と黒の光が捻れ、一直線に伸びていく。


「あ!」


 延長線上に――

 サタノダークが、ふらりと侵入した。


「サタノダークっ!」


 サタノダークの口が動く。それはこう読み取れた。


『これでいいんだ』


 アブソリュートゼロの黒い弾丸は、サタノダークを飲み込んだ。何かを吹っ切った様な、儚い笑顔ごと。


 外輪山の根元に着弾。

 暗い穴を穿ち、見えなくなった。


 地震は続く。


「マーゾック化したマグマに着弾」

 ゴーグルを通してブルーが見ていた。


 7キロの岩盤を貫いてマグマに届いたか。自信はあった。地震だけに。


「消滅を確認。圧力が下がった。平常値になったわ」


 揺れが納まった。


「あ、危ないところだったニュ。複数の意味で危ないところだったニュ」

 UMAが汗を拭いている。だから、こいつ汗腺あるのか?


「うむ。エネルギー制御がむつかしくて。勘が外れたら模糊根山ごと消し飛んでいた」


「勘で撃ったんかいな!」

 レッドの突っ込みは、だんだんきつくなってくるのな。


「逆に噴火のエネルギーを高めていた可能性もあった。いや、よかったよかった」


 ゴーグルを外したブルーの顔が青かった。


「ねぇお姉ちゃん……」

 妹か? 何か悩み事でも?


「サタノダークは、なんであんな事したのかな?」


 うん。うん、そうだね。

 あたしは妹の目から逃れるように横を向き、ある一つの事を考えだした。


「ピンク!」

 ブルーが妹の肩に手を置いた。


「いまは、お姉ちゃんに話しかけちゃ駄目」

「そやな。せやけど、辛い事も4人で分けたら4分の1になんねで」

「そっか、お姉ちゃん……」


 3人は変身を解いた。

 あたしも解いた。


 UMAは証拠隠滅に忙しく飛び回っている。

 世界はいつもを取り戻した。


 座敷童がペコリとお辞儀をして、消えていった。


 まだ日は高い。今日は良いお天気だ。


 出るのは溜息ばかり。






 ……サタノダーク。

 

 人間は、神経が集中した鳩尾に衝撃が入ると強いダメージを食らう。

 頭蓋骨の中に脳があるから、脳震盪脳しんとうを起こす。

 ということは……





 なんだ、あいつ人間だったんだ。


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