第10話 湯煙温泉騒動記-1

 闇の空間にて。


 ――さすがに、お姉ちゃんでも今ここの状況を覗み見る事は出来ない。


 サタノダークが佇んでいる後ろで、ゲスダムが落ち着き無く控えている。

 彼らは、誰を待っているのか?

 

「待たせたな」

 

 闇の奥から大男が歩いてくる。顔の真ん中、真横一文字に傷がある男だ。

 髪を後ろへ撫でつけている。良い体格の持ち主。20代半ばに見える。 


「第一世界はすでに陥落済み。第二世界の光の園は壊滅した。第三世界はもう間もなく闇の世界となる。サタノダークが担当の第四世界攻略は、我等マーゾックの世界戦略戦の要となる。分かっていような?」


 サタノダークは唇をかみしめ、顔を伏せた。


「そう落ち込むな」

 厳つい顔だが、掛ける言葉は温かい。


「三幹部は残念だったが、お前はまだ負けてはいない。そこで、これを……」


 男の手にゴルフボール大の黒い水晶が出現した。


「これはオルタナティブ黒水晶。人工的に作り出された黒水晶だ。受け取れ」

「どうしてこれを?」


 オルタナティブ黒水晶は、サタノダークの手に移った。


「サタノダークに今、必要な物だと思ってな」

 口の端をゆがめる大男。


「ナグール兄上!」

 サタノダークの顔が明るくなった。


「これさえあれば、サタノダーク様は無敵です!」

 媚び媚びな笑顔でお追従をするゲスダム。プロ級の揉み手業だ。


「それとこれも」

 どこからともなく取り出したのは、小冊子と紙切れ一枚。


「マーゾック会報誌の今月分と温泉旅行の招待券だ。……今月の担当は俺なんだ」 

「そういう所がマメですね。……それはともかく――」


 温泉旅行招待券を目にしたサタノダークは、心なしか明るい顔していた。


「有効に使わせて頂きます」






 さてと、お姉ちゃんだよー。


 レッドとブルー、そしてUMAを我が家へお招きした。

 あたしの部屋で思い思いの場所に座っている。

 妹はチワワのピョン太君を抱っこして座っている。可愛い。


「何の用かしら? わたし達、忙しいんだけど」

 ブルーの眼鏡が物騒な輝きを放つ。


 まだ生徒会長選挙の一件を根に持っているのか?


「わんちゃん可愛い! わたしも抱っこさせてーな!」

 威圧的に眼鏡を光らせるブルーとは対照的に、レッドはピョン太君に食いついていた。


「可愛いでしょ? ピョン太君ていうの! お姉ちゃんに買ってもらったんだ!」

 レッドも可愛い物好き少女だ。こやつこう見えて、縫いぐるみマニアだったな。


「どんなに可愛いくても、ウンチやオシッコをするのが動物ニュ。蚤だとか予防接種だとか、大変だニュ」

 ああ、こいつはこいつで、自分の立ち位置を心配してるのか!


 色々と辛いな! 


「みんなを呼んだのは他でもありません。これを見て」


 取り出したのは温泉旅館招待券。


「え? 温泉? 無料招待券やんか!」

 温泉と聞いて、素早く手に取ったのはレッド。


「あれ、でもこれ、マーゾック出版発行って書いたるで!」

「何ですって!?」

「何だとニュ!?」


 ブルーがレッドより奪い、UMAが身を乗り出す。


「こんな物、どうやって?」

「やっぱ、お姉ちゃんは連中と――いた、痛いニュ!」

「これと一緒に郵便受けに入っていただけだ」


 不穏な言葉を口走るUMの柔らかい腹を握りつぶしながら、小冊子を放り出す。

 マーゾックの会報誌だ。


「なるほど。単純すぎるわね」

 ブルーが詰まらなさそうな顔で、会報を捲っている。


「ほとんどのページがよく分からない広告で埋められている上に、見た事もない言語で書かれているわね。ニュゥちゃん、この文字読める?」

「マーゾックの文字なんか見るだけで目が腐るニュ!」

「ここから情報を探り出すのは無理のようね」


 ブルーは溜息をついた。UMAに向けた溜息だけは見所のある女なんだがね。


「会報をお姉ちゃんに送って、わたし達の中に疑心暗鬼の心を生み出させる。無料招待券を送って、マジカルキューティをおびき寄せる作戦。とか?」

「そんな所だろうね」


 どうする? と、目だけでブルーに問いかけた。


「当然! 行かなあかん!」

「おぅ!」

 びくりした。レッドが立ち上がった。拳を握りしめ瞳を燃やしている。


「ピョン太君の可愛さを守る為、わたしも頑張るわ!」

 妹よ、お前の方が可愛いぞ!


「可愛いでしょ? 何故かお姉ちゃんに絶対服従なの。そんなところも可愛いでしょ?」


 そうなんだよね。何故か初対面でお腹見せてたんだよね。

 なんでだろうね?

 獣は本能的に人の本性を見抜くと言われている。あたしの背後の光を観たのかもね!


「これはきっと罠だニュ!」

 

 正解でしょう。罠だと知って出向く必要はない。


「確かに罠よ。のこのこ――」

「罠だとしてもだよ、ニュゥちゃん!」

 珍しく、妹が割り込んできた。


「この温泉地域で、マーゾックが悪い事をしてるのは現実の事よ。となれば、マジカルキューティの出番。わたし達は悪を挫かなければならないの!」


 さすが妹。良い事を言う! なんて優しくて慈愛の心に満ちた美少女なんでしょう!

 加えて温泉である! 調査の為に、温泉に入る必要も生まれよう。妹と温泉に入る必要も生まれよう!

 互いの体を洗い洗われ。そんな! 先っぽ洗っちゃ駄目!


 ――げへへへへへへへへへへへへへへへへ!


「さすが光の使徒、正義のマジカルキューティニュ! 感動したニュ!」

 決まりだな!


「学校はどうするの? 今日は月曜で週の始まり。週末まで待てないんじゃない?」

 眼鏡の位置を直すブルー。


 温泉だよ温泉! どうして君は空気が読めないんですか?


「そのへんは任せておいて欲しいニュ!」

 UMAが胸をトンと叩いた。

 



 そういう事で……、


 課外部活(レッドは無所属。ブルーは風紀委員。あたしと妹は飼育部だが)等という意味不明の(催眠と暗示魔法に優れた光の園の精霊総出による)許可を得て、2日間の出席扱いとなった。




 電車を乗り継ぎ、田舎の駅に降り立った4人の美少女。

 目の前には山脈。ここは平野部。後ろは太平洋。


「温泉宿って、山の中じゃなかったんだ」


 そう、目の前、遠くに壁のような連峰というか、でっかい山というか、アレが日本有数のカルデラ山。そして休火山。


「ここが日本有数の温泉地、模糊根原。そしてあそこに見えるのが、模糊根山温泉地帯にて日本屈指のカルデラ、模糊根山よ」

 マジカルキューティの中で、豆知識を出させると、ブルーの右に出る者は居ない。


「模糊根山?」

「そう模糊根山」

「箱根じゃなくて?」

「箱根じゃなくて!」


 ブルーは、ため込んだ知識を吐き出すときに、その戦闘力は最大となる。


「……模糊根山? なんて日本にあったっけ?」

「知らないの? 模糊根山は、箱根山を超える規模の巨大カルデラよ。いい? 一から説明するわ」

「いや、いいって!」


「約40万年前に活動を開始した第四紀火山。カルデラと中央火口丘、二重の外輪山で構成され、内側には堰止湖の模糊ノ湖を形成している。現在でも火山活動が見られ、場所によっては致死性の火山ガスを吹き出している。ハァハァハァ……」


 息継ぎなしで説明しきりやがった。

 つーか、あたし達は、外輪山にすら入れなかったのかよ、おい!


「聞けば聞くほど模糊根山って、いかがわしいなぁ」

 眉をひそめていたところ、妹があたしの肩をチョンチョンしてきた。


「あたし、模糊根山って好きよ」

「お姉ちゃんもだよ! いいなぁ模糊根山! 実在するところが良いんだよねー!」


 そう。模糊根山は実在するのだ!




 温泉宿、「模糊根湯本温泉本舗」の送迎バスに乗り込み、揺られる事30分。ようやく到着。


 運転手さんの話によると、温泉宿はこの春、改築したばかりだとのこと。

 客の入りもそこそこ多い。宿のスタッフの対応も良い。

 愛フォンXで調べたところ、ニャランの口コミで上位の宿。


 見た目、普通の宿だった。マーゾックが手配したのに関わらず。


「普通、このパターンだと、宿がひなびてたり、従業員が辛気くさかったり、冒頭伏線埋め込みの一つや二つあったりするんだけど」


 ……期待はずれだった。


「調べたところ、怪しいところは一つも無いわね」

 ブルーが周囲に気を配りながら帰ってきた。


 部屋へ案内された後、それぞれ散らばって捜査を開始したのだった。

 あたしはロビーで待機。


 勝手に動き回るな! と、上から目線でUMAに言われたのでそれに従った。

 妹の飲み残しのジュースを狙っていたわけではない。あのストローを口に含めば間接キスだとか思ってない。嘗め回す気などさらさら無い。

 結果として、ジュースを飲み残していただけだから。底の方に2ミリほど残ってたから、ほら、もったいないから!


「温泉でっかかった! 露天風呂も規格外やった! これは驚きやね!」

 でかしたレッド! あたしとした事が露天温泉の存在をうっかり忘れていた!


「お姉ちゃーん!」

 妹が帰ってきた。ご苦労!


「迷子見つけた」


 え?


 妹が連れてきたのは……一言で表現するなら座敷童? 赤い着物を着たおかっぱ頭の三歳児。毛皮のチャンチャンコを羽織っている。

 妹と手を繋ぐ幼女。あたしを見上げている。

 バカっぽく口を開けて見つめるだけだったが、何かを確信したのだろう、口を利いた。


「やっと見つけたのじゃ!」

 え? 何この子? ロリババ?


「山が荒らされておるのじゃ」

 模糊根山のことか?


「異界の強き力を持つ者が山を占拠しようとしている。地の底、岩之神土之神水之神火之神に強い力を与え狂わせておる」


 こいつ……。


「もう一つの異界の力ある者が調和を狂わせておるのじゃ」


 座敷童が、ちっこい指であたしを指す。

「頼れる者はそなただけじゃ。助けてほしい!」


 マジカルキューティや、UMAなど眼中に無いといった目。あたしだけを見ている。


「あたしじゃなくて――うわっ!」


 でかいのが来た!

 旅館が大きく揺れた。



 地震だ!

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