第9話 生徒会という名の花園

 マジカルキューティとなっても、学校教育からは逃げられない。

 世間では生徒会会長の代替わり時期。いい子達が我こそと立候補し、それなりに盛り上がってる。


 ウチの学生運営システムは一風変わっている。それは生徒会長が、各委員長を指名できる事。立候補者の派閥に関わらず、優秀かつ適性を持つ人材を公平にかつ恨みっこなしで登用するという考えが根底にあると、学校運営側の書簡に書いてある。


 公平、良きかな!


 立候補できるのは2年生。理由は知らない。

 いみじくも我が愛するマジカルキューティーの頭脳たるブルーも、次期生徒会長立候補予定者だったりする。

 ……マジカルキューティとしての時間配分は大丈夫だよね?


「お姉さん、お話があります」


 同学年生よりお声が掛かった。望田君だ。隣には仲好しさんの伊東君が並んでいる。


 同学年生に関わらず、何故故にあたしをお姉さんと呼ぶか?

 答えは簡単である。

 あたしがダブったのだ。


 おっと、妹と同学年同級生になる為にダブったんじゃないぞ! よい子のみんなは真似しちゃ危険だぞ!


「僕は、今度生徒会長に立候補するつもりです。そこでぜひ、お姉さんに風紀委員長を引き受けていただきたい。僕たちと一緒にこの学園を美しくしよう!」

「風紀委員長ね?」


 声が掛かったのには心当たりがある。

 各方面への票の取りまとめを依頼するのであろう。

 それなりに事件を起こして解決し、もとい……顔が広い。運動部などは臨時部員として、貯金をたくさん積み立てている。


 くわえて、さらに、あたしを風紀委員長に推す理由は明白だ。

 この学園の全ての乱暴ごとを愛するファンキーモンキーな連中の弱みを……もとい、シメて、もとい……頭を押さえているのがあたし。是非とも風紀委員長にと、誘いの手を伸ばしてきたのが、彼で3人目となる。


 生徒会という名の自主活動が盛んな学園である。


「だが、断る! 断固として断る」


 望田君は食い下がった。


「風紀委員長の職は、なにかと便利だと思うのだけれどね? 特にお姉さんお立場としては」


 裏の仕事をそこはかとなく持ちかけて来たか。表裏のある生徒会長は嫌いじゃないよ。

 でも、あたしは賄賂で動くと思われているのが嫌だな。

 前の二人も賄賂を匂わせてきていた。金と妹だ。だめだよ、そういうの。


「風紀委員長など危険な職に就くつもりはありません」

「妹さんを副委員長にして、お二人で、という提案もありますが?」

「妹を危険な組織に入れるつもりはありません。あたしの一票は望田に入れるから、どうかお引き取りを」


 風紀委員長はこの学園の狂猿共を相手に、身体を張る仕事だ。

 裏目に出たな望田君。ちょっと考えれば分かるはず。あたしが妹に危険な仕事をさせるはずなかろう?


「他の候補者二人にも、お引き取り願いました。望田君だけじゃないのよ」


 他に付くつもりはない。要注意人物は中立です。それだけでも安心できるだろう。 

 失敗を悟った望田君一派。引き下がり方も潔かった。



「お姉さん、こんどはわたしの誘いを受けてくださいよ」


 この声はブルーさん?

 横にレッドが並んでいる。


「お姉さんには、是非とも風紀委員――」

「そのお話はお断りする事に決めている。死んだ婆ちゃんの遺言が、風紀委員長だけにはなれないんだ」


 ため息をつくブルー。しかし、あまり残念そうではない? レッドも余裕ぶっこいてる?


「お姉さんにお願いする役職は、風紀委員『長』じゃなくて、風紀『副』委員長なのです」


 ほほう、「副」とね。こいつは嘗められ――


「お姉ちゃん! わたしが風紀委員長だよ!」

「え?」


 ブルーの後ろから飛び出したのは、我が愛する妹。

 にこにこ顔だ。


「なん、なんだと!? 妹を危険な風紀委員長にだと!?」

「本人の意思確認は取れているし、立候補の届けにも明記し受理されました。今からの変更は不可能です」


 は、計ったな!

 妹を持ってくるとは! マッドサイエンティストか、こいつ!


 妹が危険な東部戦線の前線に出る。だめだ! 守護者としてそれは認められん!


「ブルー! このアマぁ!」

「さあどうするの?」


 腕を組んで仁王立ちするブルー。悪どいドヤ顔を浮かべている。


「この学園の為に、一緒に働こうよお姉ちゃん!」


 何という健気な妹! 利用されているとも知らず、ピュアな笑顔!


 ギギギギ! おのれ! おのれぇー!


「では、お姉ちゃんはやんちゃな連中と、運動部の票を取りまとめてくださいね」


 仕方ない。従おう。だが覚えておれよ!





 一度決めたら行動は速い。それがあたしの数多い長所の一つ。

 各授業の合間を縫って、狂猿どもを各個鎮圧。投票の約束を血と鉄の絆により約束させる。 


 昼休みと放課後は、運動部の票を取りまとめた。

 格闘技系は全員を這い蹲らせ、野球部は投球勝負に持ち込んで圧勝。たかが170㎞の直球とチェンジアップだけで心を折ってるんじゃないよ!

 バレーとかテニス、その他もこの学園の運動部は、所詮運動バカ。勝負事が大好きでノリがいい。


 そうそう、水泳部はなぜか対戦相手が溺れてしまって、途中不戦勝だったことを付け加えておこう。


 翌日には、全生徒の三分の一を固定票とした。残るは浮動票のみ。この辺はブルー達に任せよう。



 さて、そうこうするうちに立候補者演説もすみ、来週の投票日を待つばかりとなったある日。


 生徒会長候補の望田君の配下、伊東君から声が掛かった。


 内緒の会合と言う事で、一駅離れた町の喫茶店で落ち合うことにした。

 向かい合って座っていれば、誰が見ても好き合った男女。

 互いが頼んだのはホットコーヒー。


 運ばれてきた時を吉祥に伊東君が口を開く。


「これを黙って納めていただきたい」


 テーブルの上に出されたのは茶封筒。


 中身は何かと覗いてみれば……甘味処グランティエの商品券1万円分。


「妹さんはグランティエのカボチャプリンが大の好物とか。姉妹仲良くご一緒にいかがかと」

「……何が言いたいのかしら?」


 普段はまじめな伊東君。こんな悪い笑顔も持ってるんだ。


「いろいろと経緯がありまして。おおざっぱに言えば人間関係ですかね」


 ただの学園物だと思ってたのだが、なにやら闇の形相を呈してきたぞ。

 ……こういう展開は大好物だニヤリ。


「もう一人のライバル、菅原君ところの上条さんを是非、紀野さん一派に加えてもらいたい」

 ……紀野さん……ってだれ?


 あ、思い出した! ブルーの本名だ。

 いや、忘れてなんかいませんよ! 志を同じくする光の戦士だし! 忘れるるわけないでしょ?


 もといして――、そうか内部に種を仕込もうとしているのだな。なかなかにえげつない事をする。


 だが、この取引は危ない。裏切り行為に値する。

 あたしは、茶封筒を手に取り胸ポケットに押し込んだ。


「ほう、商談は成立見ていいのですかな?」

「おや? あたしは何も回答していませんが? ただ、頂いてばかりでは後が怖い。ということを知る者でもあります」


 ニヤリと笑う。


「では、そういう事で」

 伊東君もニヤリと笑った。



 コーヒー代は割り勘となった。



 翌日。生徒会長候補のもう一人、志村に呼び出された。隣の隣町のファミレスだった。


 他の学校の制服が目立つ。キャラキャラと世間話に花を咲かせていて大変騒がしい。ここなら、どんな話をしても我が学園に漏れる事は無い。

 おごりというので、ドリンクバーを付けさせてもらった。 


 料理を持ってきた頃合いを見計らってだろうか、別の席に座っていた他校の女生徒が、あたしの隣に座った。

 志村の隣にもだ。


 気がつけば前後左右の席も、同じ制服の少年少女で占められていた。先ほどとうって変わって押し黙っている。


 ほほう。面白くなってきた。


 頷きを合図として、志村が語り始めた。


「お話というのは、彼ら二階堂生徒会に関わる事です」


 話が大きくなってきたな!


「わたしが生徒会を手に収めた暁には、二階堂と共闘し、安倍川に対抗する勢力を作る予定です」


 マンモス校にして我が県の上位進学校、安倍川に対抗かよ!


「お姉さんは、二階堂の暴走……失礼。バイク愛好家達に顔が利く。そこで相談です」


 おいおい、なんだか楽しくなってきたな!


「妹さんと食べてください。とても甘い甘いお菓子です」


 差し出された饅頭の詰め合わせは見た目より重い。二重底になっているせいだろう。


「話を聞きましょうか」




 安倍川の生徒会長から接触があった。

 偶然を装って招かれたのは、生徒会副会長・上条の屋敷。父親は某一部上場企業の経営者。御殿だね。


「それを」

 最近馴染んできた茶封筒。ごっつい厚みを持っている。


 上条は後ろ手に組んだまま、中庭を眺めている。


「希望ヶ丘で騒ぎがほしい」

「江田野の援護かい?」


 回答は無し。


 ホワイトブルの連中を希望ヶ丘に向かわせればいいか。


「引き受けたとは言わないが、期待はしてくれていい」


 茶封筒をポケットにねじ込んで屋敷を出た。






「お姉さん、お話があります」

 おいおい、今度はブルーかよ!


「あなたには関係の無いところで、動きがあったの」


 ほー、そうですか。


「今回の生徒会長選から、身を引きます。つきましては漏斗君にわたしの票が流れるよう細工をしてほしいのです」


「それは残念だな。やる気を出していた妹になんと言えばいいのか」

 肩をすくめ、さも残念だとの意思を表示する。


「そこは任せてちょうだい」

 茶封筒が差し出された。


「永田山の温泉旅館のペア招待券です。次の連休にでも、妹さんのご機嫌を取ってちょうだい」

「礼は言わないよ」


 茶封筒はスカートのポケットへと消えていった。






「お姉ちゃん、可愛いね!」

「そうだろう、そうだろう」

「ヒャンヒャン!」


 ご近所のペットショップにて。


 チワワの子犬とじゃれ合う美人姉妹。


 可愛い妹をさらに可愛くするアクセントが、生まれて間もないチワワだ。

 前々から飼いたいとおねだりされていたのだけれど、ちょうど良い機会だと考えた。


 温泉旅館のペアチケットは売り飛ばした。

 あんな怖いモン、使えるか!


 第三勢力にして、やつは最弱の候補者! とされていた漏斗君に生徒会長の椅子が巡る事となった。

 唯一、あたしに接触しなかった生徒会長候補である。

 真正面にしか動けない、将棋の歩のような不器用な子だ。だが反面、ブレる事もない。良き生徒会長となるであろう。


 なんにしろ、計画通り、妹を風紀委員長の席から外す事が出来た。


 あたしが副委員長に就くとはいえ、危ない役職に妹を就任させるわけがなかろう?

 仕込みは上々、結果はこの通り。


「お姉ちゃん、この子欲しい!」

「よしよし、この子にしようかね。ヘイ! 店長! 前髪の長いチワワ一丁、包んで!」

「へいまいど! ごっつうおおきに!」


「お姉ちゃん、この子用のおもちゃが欲しい!」

「はっはっはっ! 遠慮するな」

「お姉ちゃん、幼犬用缶詰も!」

「はっはっはっ! お金はタンマリある。遠慮するな」







 一連の騒動で分かった事がある。


 地球上で、妹の次に可愛いのはチワワの子犬だ。

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