第7話 肉体言語で語らうお姉ちゃん

 さて、マーゾン空間の小さな丘にて……。


 みんな、見つからないように身を伏せている。

 何故かというと、この空間で唯一の「何か」を発見したのだ。


 丘の向こうには拗くれられた木? のようなのが一本生えて? いる。

 アジトなんだろうか?


 マーゾックは樹上生活者だったんだろうか?

 気持ちの良い風が木の方へながれている。……鼻のきく魔獣がいたら一発でバレるな。


「気持ち悪いほど静かね」

 妹が小鳥のように身を震わせるしぐさも可愛い。


「敵はまだこっちに気づいとらんのかな?」

「そんな事ないでしょうね。とっくに察知されているわ。わたし達はこの世界だと異物なのだから」

 何を言ってるノカナ? 的なレッドと、あたりめーじゃん、的なブルーの会話だ。


 そこはかとない不安を感じたので、念を押しておく。

「確認しておくが、全員纏まって一気に敵アジトへ雪崩れ込むんだぞ。連中のアタマ、ショタノ? サタノダーク? を潰して初めて色んなのに手を出すんだぞ!」


「解ってんがな!」

「作戦とは効率よく敵を排除するシステムの一つに過ぎないわ」

「お姉ちゃん! あたし頑張る!」 


 不安要素は晴れないが、とりあえず妹は可愛いから良しとする。


「おや?」

 ダークマター的な揺らぎを感じた。

 遠くではないし近くでもない。攻撃できる間合いのすぐ外。


「先手を取られたニュ!」

 UMAの感性じゃ、そうとしか捉えられなかったろう。


 ブラックスーツの幹部3人が、静かに立っていた。金髪ショタはいない。

 何を画策しているのだろうか?


 あー、これはアレだな……。


 まず、サソリンダが動いた。

「レッド、あんたと一対一で戦いたいんだけど、どうかしら? いわゆる決闘ね」


 ここはサソリンダ達の本拠地。いつものように追い込まれたとしても逃げ場はない。

 確実にどちらかが死……もとい、倒れる。


 あたしがレッドなら受けない。どうにかして集団戦に持ち込む。


「いつも卑怯な手を使うあんたにはウンザリしとったところやわ。叩きつぶしてあげる!」


 ……なるほど、サソリンダにフラストレーション溜まってたんだ。

 サソリンダは、それを見越して誘ったのか。一生懸命考えたな。


「私はそうですね――」

 カゲールが色っぽい目で残りのキューティ達を1人ずつなめ回す。


 UMAを選べ! 穴だぞ、こいつ!

 まかり間違っても妹を選ぶなよ。アブソリュート・ゼロ・マイナスを瞬時に叩き込むぞ。


「ブルー、あなたとご一緒願えませんか?」  

「敵を分散させるのにちょうど良いわ。喜んでお相手いたしましょう」


 ほーら……。よい子大好き各個撃破。はい! 作戦崩壊しました!

 サソリンダとレッド、カゲールとブルーが左右に走った。

 各個撃破されるんじゃないぞ。


 でもそうなるとだな、……世話が焼けるなぁ。


 妹に小声でお願いをする。

「すぐにここを抜けてあの2人のフォローに回って頂戴。お姉ちゃんは、あいつの相手をするから」

「わかった!」

 子鹿のようにピョンと跳ねる妹。すぐにレッドの後を追う。


「お姉ちゃんと二人きりにしないでほしいニュ! もとい、僕はブルーのフォローに回るニュ!」


 UMAはブルーの後をすごいスピードで追った。あいつ本気になれば、あれだけ速く飛べるんだ。


「お姉ちゃん、あんたは俺とだぜ!」

 ゴーランダーが犬歯を剥き出しにして口を上方向へ歪める。

 おお、目が座ってるな。なかなか良い面構えだ。


「あなたとは、人間同士なら、仲の良い友達になれたでしょうね。現実は、光の戦士と闇の戦士。相容れぬ敵同士」

「運命は非情ね」

「全くだぜ、このやろう!」


 ゴーランダーが吠える。闇の力が増大したと思ったら、背後に大型の魔獣ネクライマーが現れた。


 捻れて逆立つ青黒い剛毛。爛々と光を放つ赤い目。黄色い牙がガチガチと噛み合わされた。

 狼型のネクライマーだ。


「ここは俺たちの世界だぜ。魔獣召還は息をするより簡単だぜ!」

 こいつ、楽しそうな目をする時もあるんだな。


「驚くのはこの後だ!」


 吸い込まれるような音がした。

 ゴーランダーと狼が溶けて交わる。


 もう次の瞬間には二本足の魔獣が立っていた。合体したのか?

 全身剛毛。身長は二倍。張り裂けそうな胸筋。のたうつ尻尾。腕は酒樽。推定体重は1トン。それくらいの質量感。

 魔獣と言うより魔人か? 魔人ゴーランダー!


「こうなっちまったらもう元へは戻れねぇ! 殴り合いに合ってもらうぜ!」


 構える魔人ゴーランダー

 こいつら捨て身か?

 ヤバげな超能力もってるのかな? 今までのデーターが使えないぞ!


 ……って事は、他の二人もパワーアップ型の幹部と戦うのか。

 

「おおおお! 食らえ! この拳!」

 大ぶりで繰り出すパンチ。トラックが突っ込んでくるイメージ。


  顔面に食らった。


 勢い余ってのけぞって……元に戻る。

「今のは利いた」


 身体をしならせてからの蹴り!

 膝だ!


「ぬぐぅお!」

 魔人ゴーランダーは、腰が砕けそうになったところを踏ん張って耐えている。


「くくく、そう来なくてはなっ!」

 低い構えから、拳が繰り出される!

 それを腹筋で受ける!


 今度はあたしのターン。

 拳を顔の高さで構えてからのー、パンチ!

 魔人ゴーランダーの鼻骨に突き刺さる。


「むうぅん!」

 やつはメリメリと音を立て、拳から岩のような顔面を剥がした。

 鼻血だけですんだらしい。


「まだまだ!」

 魔人ゴーランダーのドラム缶みたいな足が振り回された。


 腰の入った回転回し蹴りを首筋で受ける!


 こちらのターン! 正面蹴り! 回転を加えて!

 みぞおちにヒット!

 くの字に折れた魔人ゴーランダーの身体が、水平に飛ぶ。


「ゴホォ!」

 背中から着地した地面にヒビが入る。


 すぐに立ち上がってファイティングポーズ。


 むーん……。思ったよりタフだな。

 可否なし縛りによる殴り合いも飽きた。

 右足を一歩下げ、腰を軽く落とし、腕を上げつつ力を抜く。


 じっと睨み合い。


 と、出し抜けに魔人ゴーランダーが構えを解いた。


「勝てる気がしねぇぜ」

 大きなため息を一つつく。あれだけ漲らせていた闘志と殺気が小さくなる。


「なあ、姉ちゃん、あんた何の為に戦ってんだ?」

「あたしは『何かの為』には戦わない。手段として戦っているだけだ」


 じっとあたしを見つめるゴーランダーの目。子供のような目だ。


「俺は強いぜ。世界一だ!」

 分厚い胸を張る。

 張ったけど、すぐに萎れた。なんだこりゃ?


「――と、思っていた。何故俺が負ける? 俺はダメージを蓄積しているのに、お姉ちゃんは平気だ。息一つ乱れていない」


 ……あ、ああ、そうか。解った。

 こいつガキなんだ。

 強さに憧れ、単純に強さを追いかける子供だったんだ。


「あんたの敗因は組織に属した事。たぶんそれ!」

「そういうお姉ちゃんも、光の園に属してるぜ?」


「そりゃ勘違いだね」


 妹と一緒にいられる時間が長くなる。それ以外に何か必要だろうか?

 わかんないなー。


「お姉ちゃんさー……」

 ゴーランダーの雰囲気はすっかり賢者モードだ。

 一暴れしてスッキリしたか?


「マーゾックが滅されたら、次に光の勢力は、お前を敵と見なすぜ!」

「そりゃそうでしょうとも」


 闇の中の闇、黒水晶を取り込んだのだから。

 闇の園が全滅したら、光の園の者にとって、次の敵はあたしになる。

 真理だ!


「じゃぁ、そん時、お姉ちゃんはどうするんだよ?」

「光の園を叩きつぶす」

「え?」


 何キョトンとした顔してるかな?


「争う相手は全て叩きつぶす。光の精霊女王ヒカリーナを殺せば、争う元がなくなる。全て解決。そうでしょう?」


「そこに行き着く思考過程が分からんのだが?」


「なに、簡単な推理だよ。物事は単純化して考えさえすれば、正しい道筋ってのが見えてくるのよ。1を潰してから2を潰す。いいかしら? ポイントは一つずつ当たるって事よ。二兎を追う者は一兎も獲ず、って諺を聞いた事あるでしょ?」


 教養溢れる説教に、感心したのだろう。ゴーランダーは腕を組んで考えに耽っている。

 やがて、組んでいた腕をほどき、全身をダラリとさせた。

 ほほう、力を抜いたか。


「ふふ。俺とした事が。いつの間にか他人の力を自分の力と思い込んでいたみたいだぜ!」


 息を吐いて、息を吸う。


「拳と拳の叩き合いに付き合ってもらって、礼を言う」


 ドン!


 いましがた、ゴーランダーが立っていた地面がえぐれた。

 えらいスピードで迫ってくる。その速度はワンカット分。

 速度と体重と瞬発力を乗せた拳が突き出されようとしていた。


 攻撃に転じる事は読めていたよ。

 その時には、あたしも拳を突き出していたからね。


 岩のような拳を撥ね除ける軌道で繰り出された私の拳は、ゴーランダーの中心に吸い込まれていく。







「左とか右とか、正義とか悪とか、平和とか宗教とか。大層立派なお題目並べても、尖ってしまえばゴールは一緒。共産主義しかりナチズムしかり、個の独裁による言論と自由の規制。あたしの生き方はあたしの物。誰の物でも無いし、誰から奪われる物では無いの」


 身体の中心部がスプラッタになった状態で転がっているゴーランダー。

 彼を前にして、説教タイムが続いている。


 たまたま妹がマジカルキューティになった。だから応援する。

 マーゾックの戦士になっていたらマーゾックに手を貸す。

 なに、単純な判断基準だよ。

 わたしは、妹の望む事に手を貸し見守り、けっして嫌がる事をしない。


 そう、毎月、妹の成長を調査する為、陰毛のコレクション、もとい……サンプルを集めているのも、健康管理の為。ばれなきゃ嫌がられることもない。


 妹は可愛い!

 これが真理だ!


「ところで、姉ちゃん、あんた『何者』だ?」

「乙女の秘密!」


 片目をつむり、人差し指を唇に触れるしぐさはとても可愛いと自負している。


 結局、それがゴーランダーの最後の言葉となった。

 煙か霧か、あるいは闇の粒子か。そんなのに変化するゴーランダーの身体。

 風も無いのに黒い霞となり、風に乗って飛んでいく。






 さて、残りの二人はどうなったかな?

 戦いに勝て、とは言いたくないけど、ベストを尽くせ、と言っておきたかったわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る