第6話 マーゾン空間に潜む乙女達


 この時代に銭湯なんかで食べていけるのかしら? と思いつつ、路地を抜ける。


 途中、変な音色の弦楽器が聞こえてきたり、やたら背の高いお嬢様の背を見たりしたが、特に気になることでは無いので先を急いだ。


 そして、目的地。上空、5メートルのところに、空間のゆがみが視認できた。


「早速進入するニュ!」

「「「はい!」」」

 三人が声を揃える。


「まあ、待ちたまえ」

「痛いニュ! 首をけして曲がってはいけない方向へ曲げようとするんじゃないニュ!」


 どうしてこいつらは短絡的なんだろう? この先何が起こる可能性とか、考えた事は無いのか?

 争いごとを暴力で片付けようとするし。

 所詮、光の精霊は光の園原理主義者にすぎんのか?


「先に変身しておこう。あの先は敵の本拠地だ。マジカルキューティーの変身能力を阻害する罠が仕掛けられていても、おかしくない」

「な、なんて悪どい考えニュ! さすが闇の力を宿せし悪の――痛いニュ! 身体が焼けるニュ!」

「正義の戦士にして、マジカルキューティ4番目の戦士、ブラック・キューティな!」

 ちょっと目に力を込めてUMAを睨んでやったら、ブスブスと黒い煙を吹き出し始めた。



 

「みんな! マジカルキューティに変身だニュ!」


 UMAのかけ声により、レッドがブラッドレッドの水晶球を掲げて叫ぶ。

「キューティ!マジカル・エクストリームリー!」


 ブルーが、エボニーブルーの水晶球を掲げて叫ぶ。

「キューティ!マジカル・プリティー!」


 妹が可愛いピンク♪ の水晶球を掲げて聖なる祝詞を上げる!

「キューティ!マジカル・スイートリー!」


 光とリボンの洪水が、空き地を占拠しだした。


 あたしは妹たちの変身が済む間に、風呂屋の角の自販機で抹茶ミルクを購入し、喉を潤してから戻ってきた。


「レッドキューティ! 過激に登場!」

「ブルーキューティ! 華麗に登場!」

「ピンクキューティ! 可愛く登場!」

「「「マジカルキューティ! 変身完了! 悪い子は、お尻ペンペンよ!」」」


 あ、済んだのか? じゃあ、あたしも「変身」!

「ブラックキューティ! 可愛く登場! よし、行くか!」

「……お姉ちゃん、淡泊すぎるニュ。変身は様式美n痛いニュ! 痛いニュ!」


「中へ入ったら、打ち合わせ通りの作戦で戦うわよ!」

 痛がるUMAを尻目に、レッドは盛んにリーダーシップを取ろうとしていた。


 一応言っておきますが、あたしが立てた作戦をブルーがブラッシュアップという名のゴミみたいなのに変えたんだからね。


 なによ、敵戦力分断・各個撃破って? 個人の戦闘力頼りは作戦って呼ばないのよ!

 ブルーは、お利口さんポジションを死守するつもりなのだろう。あたしが知的な提案をすると悉く噛みついてくる様になっていた。こいつ、昔からそうなんだよね。可愛くないの。


 特異点の中心を見上げる、我等マジカルキューティ。

 あたし達、伝説の光の戦士は戦いを恐れない!

 むしろ、愉悦に浸っているッ!


「あの高さやったら、ひとっ飛びやねんけどなー」

「お姉ちゃん! 玄関が開いてないよぅ!」

「問題はどうやって、玄関を開けるかですね?」


 UMAの惨状に目をつむり、平然と話が続けられていた。

 UMAの頭骨(柔らかい)を握りつぶす所行は、いつもの事と認識されているのか、あたしとUMAのコミュニケーションと思われているのか、みんなが普通の光景と思うようになってしまったようだ。


「ここはお姉ちゃんに任せろ」

 闇に属する者の出入り口なんだろうから、同じく闇に属す……もとい、光の戦士にして、伝説の守り人たるブラックキューティーのスーパープリティーパワーを持ってすれば、解決は簡単。――のはず。



 という事で、軽く念ずるだけで、同族を迎え入れるかのように穴は開き始めたが……小難しい顔で唸りながら、かつ、汗を少々垂らしてからのぉ――。


「キエェェエエエィ!」

 はい、開きました。


「お姉ちゃんすごい!」

 ふふふふ。妹からの、その一言が聞きたかった。

 もっと褒めて!


「はいはい、急ぐで。置いてくで!」

 レッド。てめぇは助けてと言われても助けないからな。




「中は、……暗いニュ」


 暗い? 暗いのかな?


 夜明け前の暗い空。青系の色彩。光源たる太陽が無いのに、物の形は視力で確認できる。

 そんくらいの暗さであり、明るさである。

 むしろ、夜明け前の清々しさすら感じる。


「禍々しい空間ね」

 ブルーが両腕を抱えている。


 えーと……後ろから吹いているそよ風が気持ちいいかな?


「それに、なんやこの風。身体から体温を奪っていくみたいで気持ち悪いわ」

 レッドが背中を丸めた。


「光の戦士なら、一般人より余計に邪な空気を感じるんだニュ」


 ……うん、そう。あたしも禍々しさを感じるわ。むしろこれは妖気ね。


 あれ? ちょっと待てよ?


「みんな、何ともないの?」

「何がだニュ?」

 UMAが小首をかしげている。いや、おかしいでしょう?


「あたしが光の園に侵入……もとい、お邪魔したときは、ずいぶんと体力を削られたけど、光の園に所属するタイプのマジカルキューティ達は、闇の先であるマーゾン空間へ入っても、何ともないの?」


「ああ、それは、彼女たちが持ってる光の精霊球のおかげだニュ。物理攻撃や特殊攻撃がキャンセルされる特殊な障壁を張ってるニュ」


 なるほど! あの異常なまでの撃たれ強さは、それが働いていたからか!

 だとすると、防御も攻撃も自腹で対応しているあたしはなんだ? 損してる?


 どっかに精霊球、落ちてないかな? ここ、闇の世界だし。

 ってことで、あたりを捜査していたら――、


 む? あれは?


 集団から離れ、気になった場所へと近づいた。


 濃紺一色の中、闇とは異なる色が目に入ったのだ。

 所々顔を覗かしている鮮やかなイエローに。


 「それ」は茶色に変色した……。


「それ、なんですか?」

 あざとく目を付けたのは、ブルー。聡い子は損するよ。


 あちゃー、とばかりに手を額に当て、立ち位置を変更。

 小走りに走ってきたブルーは、棒きれを拾い上げた。


 焦げて、折れた――、


「キューティバトン……」

 それは、イエロー・キューティバトン。


「壊れてる」

 先端部が折れている。ギザギザになった破損部が、持ち主の身に起こった不幸を語っているようだった。


「ずっと昔、一人で戦っていたマジカルキューティがいたって聞いた事があるニュ!」

「それが、イエローキューティ……」

 昔、このあたりで姿を消したJKなのだろうか。


「あっちにお姉ちゃん以外の闇の気配を感じるニュ」

「よし! 行こう! 先輩の敵討ちだ!」

 無理矢理、気持ちを奮い立たせているのはレッドか。無理するなと言うのが無理な話なのだろう。


 妹みたいに、素直に怖がっていれば可愛げがあるというのに。

 不安なんだろうね。

 みんな肩に力が入っている。

 三人と一匹が歩き出す後ろで、あたしは「それ」をこっそりと拾い上げた。






 茶色く変色した人間の骨を。 


 この戦いが終わったら、丁寧に弔ってあげなければ。

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