報酬
「ワタルさん、敵大将の討伐おめでとうございます」
「ありがとうございます。でも、偶然というか、相手の運が悪かっただけで……」
魔族討伐から帰ったワタルは、報酬を受け取るべくギルドにやって来ていた。
「あの、リナさん。なにか怒ってます?」
「いいえ、私は怒ってなんていません。ただ少し気になることがあるので、冒険者カードを見せてもらっていいですか?」
何やらいつもと違う雰囲気のリナに気圧され、ワタルはおずおずと冒険者カードを渡す。
「……ワタルさん、最後にこのカードを見たのはいつですか?」
「確か、最初に貰った時からずっと見てなかったと思います」
「だからですか。ワタルさん、少し話があるのでこちらへ来てください」
何やら勝手に納得したリナは、他の職員に少し席を外すことを伝え、ワタルを手招きする。
その先はギルドの奥、リナは扉を開けると中へ入っていく。もちろんワタルもあとに続く。
そこは客室、という表現が正しいだろう。高級そうなソファーが2つとテーブルがあり、そのソファーにはいつまに呼んだのか、ギルドマスターが座っていた。
このギルドのギルドマスターは元冒険者で、初老となった今こそ優しげな雰囲気を放っているが、現役の頃はかなり問題児だったという噂だ。
「初めまして、君がワタル君だね。とにかく腰掛けて話そうじゃないか」
「は、はあ」
「ワタルさん、この冒険者カードをヨナスさんに見せてもいいですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
ギルドマスターの名前はヨナスというらしい。
突然の出来事に、ワタルは軽く混乱しながら言われるがままにソファーに腰掛ける。
リナもヨナスの横に腰掛けると、冒険者カードをヨナスに見せる。
ヨナスはカードを見るなり、信じられないものを見たような表情をし、カードとワタルの顔を見比べる。
「あの、話ってなんですか?」
「ああ、すまない。まずは自分の冒険者カードを見てみてくれ」
ワタルの一言でヨナスは我に戻ったらしく、ワタルにカードを差し出してくる
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ワタル Lv.246
ステータス
筋力:723
技量:468
敏捷:522
耐久:637
魔力:259
スキル
女神の加護
召喚【デスペリアスライム】
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「……どういうことですかね?」
「それはこっちのセリフです! こんな数字はありえませんよ!」
意味がわからず、リナにそう聞くもすぐに言い返される。
「原因はわかっているのだろう?」
「一応、予測ですが。ワタルさん、この1週間森に行って魔物を倒しましたね?」
「倒しました」
ヨナスの言葉で冷静さを取り戻したリナの質問に、嘘をついても無駄だと思い素直に答える。
「希な話ですが、特定の魔物をずっと討伐しているとその魔物を召喚できるようになると聞いたことがあります。ワタルさん、デスペリアスライムを討伐しましたね?」
「いや、それは本当に覚えがないんですよ。確かに赤黒いスライムは倒しましたけど、普通に剣で斬ったら倒せましたよ」
「しかし、見た目の特徴はデスペリアスライムそのものだからな。それに、君のスキルが何よりの証拠だろう」
召喚【デスペリアスライム】
このスキルは、なによりもワタルがデスペリアスライムを討伐したという証拠になる。
「だがまあ、今はそんな話はいいんだ。本題は別だからな。さて、ワタル君。君には頼みがある」
「頼み、ですか?」
「君には、今から私たちが用意した冒険者カードを使ってもらいたい。このカードには細工がしてあってね。こちらでステータスを決めることが出来るんだ」
ヨナスの手から渡されたのは、何の情報も書かれていない冒険者カードだった。
「今の君のステータスを他の冒険者が知れば、危険など度外視でデスペリアスライムを討伐しようとするだろう。君は簡単に討伐したのかもしれないが、デスペリアスライムは、生き物の血を枯れるまで吸い続ける。冒険者の被害も甚大になるはずだ」
「初耳なんですけど?」
「いや、その、デスペリアスライムは森から出てくることはないので、近づかないように言えば大丈夫かなって……」
仕事は完璧そうなリナさんにもミスはあるんだな、とワタルは怒るようなこともせずそう考える。
過ぎたことであり、別に怪我があったわけでもない。それに、森に近づいたワタルに責任はあるのだから。
「リサ君には後で話が必要だな」
「うう、わかりました」
しかしヨナスは説教をする気らしく、そんな2人のやり取りをみてワタルは苦笑する。
「それでワタル君、この冒険者カードを使ってくれるか? ステータスはLv.10程度になってしまう。その代わり協力してくれた感謝といってはなんだが、今回の報酬に追加でそれなりのお金を渡させてもらう」
ワタルはしばし考える。が、すぐに結論は出た。目立つようなことはしたくないワタルにとって、ヨナスのこの提案はむしろありがたい。
それに、薬草集めだけではお金にも余裕がなく、道具や新しい武器も買えなかった。
お金も貰えるというのなら、受け入れる以外の選択肢はなかった。
「わかりました。俺も目立つのは避けたいので、喜んでそのカードを使います」
「そうか、ありがとうございます。それでは、報酬もここで渡すことにしよう」
話はどんどん進み、すぐに手続きをした偽造の冒険者カードを渡される。
それと同時に報酬も渡されるようで、ズッシリと重そうな皮袋がテーブルに置かれる。
薬草集めで貰える金額の何十倍あるか想像もつかない。
「それと、これは君の戦利品だ」
そうして皮袋の隣に置かれたのは、真ん中で折れた槍だった。
「その槍は……」
「そうだ、君が倒した魚人の魔族が使っていたものだ。鍛冶屋に持っていって金を払えば、加工して新しい武器にしてくれるだろう」
「回収してくれてたんですね。ありがとうございます」
「呼び出してしまったからな。その礼のようなものだ。さて、話はこれで終わりだ。時間を取って悪かったな」
「ワタルさん、決して本気は出さないでくださいね。すぐにバレますから」
「はい、気を付けます。ありがとうございました」
リナに釘を刺され、2人にそう言うと皮袋と折れた槍を持ってワタルは客室を出ていく。
「……いいんですか? もう1つのスキルの詳細は聞かなくても」
「我々は公平な立場のギルド職員だ。必要以上に個人の詮索をしてはいけない」
「それもそうですけど、ちょっと気になりますよね。女神の加護なんて」
ワタルが去ったあと、リナとヨナスはお互いに聞こえる程度の声でそんな会話をする。
女神の加護、そんなスキルがこの世界に存在しないのだということを、ワタルは知らなかった。
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