魔族の行進

「薬草集めてきたので、換金お願いします」

「はい、お疲れ様でした。薬草集めということは森へ行ったと思うのですが、お怪我はありませんか?」


 薬草集めとスライムの戦闘から戻ってきたワタルは、ギルドに戻り集めた薬草を換金していた。


「怪我ですか? 目立ったものはありませんけど」

「それなら良かったです。実は今、ワタルさんの行った森でデスペリアスライムという、凶悪な魔物が発生しているんです。ワタルさんが行ったあとにわかった事でしたので、心配で……」

「え、そうだったんですか。でも、森は静かで凶悪な魔物なんて見ませんでしたけど」

「そうでしたか。誤情報ということはないと思うので、しばらく森の近くには近づかない方がいいですよ」

「ありがとうございます。気を付けますね」


 デスペリアスライム、という名前からワタルは森で戦ったスライムを思い出す。しかし、凶悪とまで言われるような魔物だ。あんな弱い魔物が凶悪と言われるわけがない。


「デスペリアスライムの特徴ですが、色は赤黒く大きさは様々ですが人間の膝ほどの大きさがほとんどらしいです。この魔物が凶悪と呼ばれる理由なんですけど、このスライムは触れた武器を一瞬で溶かして破壊するんです。魔法への耐性も異常に高くて、ダメージを与えられません。寿命は短いらしく1ヶ月ほどで溶けて死ぬらしいので、それまで待つのがこのスライムへの対処の仕方となっています。」


 受付のお姉さんの説明を受けても、やはりあのスライムとは別の魔物のようだった。

 色こそ似ているが、ワタルは普通に盾で防ぎ剣で攻撃できた。やはり、あのスライムはただのざこだったのだ、とワタルは結論付ける。


「そういえばワタルさん、今夜泊まる宿はお決まりですか?」


 考え込んで黙っていたワタルは、受付のお姉さんのその言葉で我に返る。


「いや、実はまだ何も決まってないんです」

「そうだと思ってました。ですので、王都で安くておすすめの宿をいくつか選んでおきましたので、実際に見てワタルさんが気に入った場所を選んでください」

「本当ですか。ありがとうございます。えっと……」

「あ、すみません。私の名前はリナです」

「リナさん、ありがとうございます」


 受付のお姉さん改め、リナにお礼を言うと、宿の書かれた紙を受け取りギルドを出る。

 既に辺りは暗くなっており、ワタルはとりあえずここから1番近い宿に行くことにした。


 着いた宿は低価格で食事付き、少し清潔感には欠けるが泊まるには十分だった。

 その宿の主人にお金を払い鍵を受け取り、食事を済ませるとワタルは布団に入った。

 異世界生活初日、未経験のことばかりだったが、ワタルは満足して眠りについた。


***


 次の日からワタルは、森に行って薬草を集めスライムを倒し、宿で軽い筋トレをして就寝、という生活を続けた。

 危険は承知だったが、他に楽な依頼もなく薬草集めが1番安定していたのと、あの森でのスライムは戦闘の練習にうってつけだったため、森へ足を運ぶ毎日だった。

 剣をある程度振れるようになるためにも、宿で庭を借りて素振りも欠かさなかった。

 現実世界ではランニングなど始めても三日坊主だったが、この世界では成果がスライム相手に確実に見えていたため、素振りや筋トレが楽しかった。


 そんな生活から1週間、いつものように掲示板を見ようとギルドに行くと、普段よりもガヤガヤとギルド内が騒がしかった。

 冒険者は1箇所にあつまっており、中心には掲示板があった。

 気になったワタルは人混みをかき分け、掲示板を見る。


《王都に魔族の集団が接近中。規模が大きく王都の兵士だけでは対処が困難なため、緊急の依頼として冒険者の皆様も前線に加わってください》


「あの、リナさん。あの掲示板はどういうことですか?」

「緊急の依頼のことですね。ここ王都では希にあのように王都の兵士だけでは対処が無理だとさせる敵が現れると、冒険者にも依頼として増援をお願いするんです。報酬も普通の依頼とは比べ物になりませんから、ワタルさんも参加してみてください」


 掲示板から戻ったワタルは、リナにそう説明を受けた。

 魔族は魔物と違って知性があり、魔王の部下もほとんどが魔族で構成されているという。その魔族がかなりの規模の集団で王都に向かってきているらしく、既に王都の兵士と衝突しているらしい。

 依頼内容としてはその前線での魔族の討伐数によるらしく、冒険者は我先にと前線に向かっているという。

 あまりお金に余裕のないワタルも、急いで前線へと向かう準備をする。

 前線までは馬車が出ていて冒険者は無料で乗れることをリナから教えてもらい、王都の入口へと向かう。

 ワタルの他にもパーティを組んでいるとらしき冒険者がいて、ワタルはその冒険者たちと一緒に馬車で前線へと向かった。


***


 前線は鉄と鉄がぶつかり合う音や、魔法によるものと思われる爆発音に包まれていた。

 ワタルは前線に着くと、すぐに近くの兵士と思われる人物に状況を確認する。


「今はどんな状況ですか?」

「王都から来た冒険者か。魔族は数が多くて劣勢だ。冒険者たちが来てくれたおかげで前線を下げられることはなくなったが、押し上げることも出来ていない。特に、敵の大将が前線で戦っているんだが、その魔族がかなりの使い手でな。何人も仲間がやられた」


 その言葉を聞いて前線を見てみれば、確かに兵士と冒険者が他よりも集中している場所があった。


「ありがとうございます」

「ああ、気を付けてな」


 兵士と短いやり取りで別れると、ワタルは敵の大将がいるであろう場所と反対の場所へ向かっていく。

 大将で前線に出てくるなど、余程腕に自信があるのだろう。そんな相手と戦って命を落とすのはゴメンだ。


「まだこの世界で何もやってないし」


 そう思っていたのだが、女神はとことんワタルを嫌っているようだった。

 前線に着いたところで、兵士と冒険者の集団がこちらへと向かってきていた。どうやら、戦っていた敵がこちらに向かって移動しているらしい。


「ええ……」


 その敵はワタルが逃げるよりも先にこちらへ辿り着くと、ようやくその全貌が見える。

 その魔族は二足歩行で姿は人間に似ていたが、魚のような鱗と魚人という表現の正しい魚と人間が混ざった顔をしていた。

 腕や足にはヒレがあり、手には槍を持っている。


「オマエ、オレノキライナイロシテル、コロス」


 片言だったが、確かに人間の言葉を喋ったその魚人は、殺意をみなぎらせこちらへ槍を振るってきた。


「色とか知らないし!」


 そう叫び咄嗟に盾を前に出すも、敵はこの大量の魔族の大将。

 死んだ、そう思ったワタルは思わずぎゅっと目を閉じた。

ーーガキンッ


「え」


 金属同士がぶつかる音と左手への軽い衝撃で、ワタルは恐る恐る目を開ける。

 そこには、槍を突き出したはずの魚人が大きく体制を崩していた。

 状況が飲み込めなかったワタルだったが、スライムとの戦闘で身についた癖からか、右手が剣を引き抜き魚人へ右上から袈裟懸けに振り下ろす。

 驚いていたためそれほど力を込めることは出来ていなかったが、魚人は豆腐のように簡単に斬れ、ドチャリと地面へと倒れる。


「えっと……倒した、のかな?」


 地面にひれ伏した魚人は、それ以上動く気配もなく、灰となって崩れていった。

 困惑するワタルと地面にひれ伏す魚人をしばらく交互に見ていた周囲の人間たちは、次の瞬間ワッと沸き立つ。


 その後、大将を失い統率のとれなくなった魔族の大軍を、士気の上がった人間が各個撃破し、この戦闘は終了となった。

 ワタルは魚人との戦闘以降、驚きからあまり動けず目立った戦果はなかった。

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