決戦は第二会議室

 こぽこぽこぽ


 いちごがお茶を淹れているようです。呼び出されたきなこもやってきて支度を手伝っております。お菓子は甘味司パティシエ甘介の作った抹茶パフェですわね。抹茶味のスポンジとアイスに生クリームでデコレーションしてホワイトチョコをあしらいます。つぶあんと白玉団子を添えて、仕上げに玉露のシロップをとろろんとかけます。お客さまのだいやは会議室の上座に座っております。被告人の管一は几帳を隔てた向こうで正座をしております。


 かっこ――ん


 庭の鹿威しの乾いた音が法廷の開廷を告げているようでございます。お茶とお菓子をふるまったいちごときなこはだいやのところ検察側に座ります。


「まあ、美味しそうだこと」

「宮中のお菓子には適いませんわ」

「こちらのパティシエもご優秀だと聞いていますよ」

「お口汚しにならなければいいのですけれど」

「お茶もいい香りですこと」

「高級女官さまのお口に合いますかしら」

 果てしなく続くお世辞ラリーでございます。どんな球も拾い、打ち返します。

 几帳の向こうの管一は声のする方向に顔を向けるのみでございます。検察側の内部分裂、右のだいや後宮側と左のいちごときなこパレス六条側の攻防ですわね。


「あのさ、みんな可愛いし、みんなのことが好きだよ? それじゃダメなの?」

 おお、管一がラリーを断ち切りました。いさぎよく自分から証言台に立つようですわね。


「まぁ、なんのお呼び出しかと思えば、うふふふふ」

 きなこはとても楽しそうに笑います。

「本当に。でも私恋人には困ってないのよ。こういう揉め事もメンドくさいわ。 でもオフィシャル仕事でのお付き合いは続くわねぇ。なんてったっていまだになご用がそちらの殿にはお有りでしょう?」

 だいやはビジネスを強調します。後宮女官と言えば職場の華、声をかけてくる皇族や貴族など枚挙にいとまがないことでしょう。

 えっ? あ? いっ?? やはりあ行しか発しない管一でございます。


「あら、じゃあだいやさまに管ちゃんのお守りはお願いしようかしら」

 いちごがそんな提案をだいやにします。

「いちごちゃんまで?!」

 ラリー観戦中のあ行管一がうろたえています。

「いちごちゃんまでってどういう意味? あたしをなんだと思ってるの?」

「ちがっ、そうじゃなくて!」

 管一はいきなりピンチでございます。

「お守りなんて今までもしていないわ」

 だいやもたたみかけます。

「ちょっ! だいやちゃん!! お守りって俺っ」


「なんだか面白いわね」

 きなこはひとり別世界でお茶をすすります。

「きなこちゃん、なんでそんなにヒトゴト感満載なの?」

 せめてきなこだけでも自分の味方についてくれればいいのに、と管一は焦ります。いちごは管一の指摘ときなこの様子にひとつのギモンを抱いたようでございます。



「ちょっと待ってよ。きなこさんとは付き合ってるの?」

 湧き上がったギモンをいちごはきなこにぶつけてみます。

「そこがよくわからなくて……」

 にっこりときなこが微笑みます。

「なんでだよ!  付き合ってんじゃん!」

 いちごやだいやもいるというのに声高らかに管一は宣言してしまいます。直後に息をのみましたが、放ってしまった言葉は回収できませんわね。


「いつから?」

 だいや審議官は管一を問い詰めます。

「確か1年くらい前」

 管一は素直に尋問に答えます。

「どんな風に?」

 いちご審議官も取り調べに参加します。

「花子さまのお使いに行ったときに御簾ごしに目があって」

 この期に及んでそのときのことを思い出しているのか管一は若干笑みを浮かべます。

「それから?」

 だいや審議官。

「それだけよ」

 きなこが答えます。


「「はぁぁぁぁ?」」

 いちごとだいやの反応がハモリます。

「しゃべったこともあるじゃん。それに瞳は口よりも真実を語るぜ。きなこちゃんの瞳は俺のことが好きな瞳だろ?」


 かっこ――ん


 鹿威し、絶妙のタイミングでございます。


 自称モテモテチャラ男の管一ですが、確認しておいた方がいい点が出てきたようですわね。

 

「アナタが勝手に好きなだけじゃない」

 だいやが呆れながらそう言います。

「いやいや、お互い好きなら付き合ってるんだろ?」

 威風堂々たる管一の態度とセリフでございます。

「あら、私はあなたを好きなの? 面白いわね」

 きなこはころころと笑います。


「ちなみに聞いておくわ。いちごさんとは?」

 だいやが管一に問いかけます。

「告ったよ」

 管一は背筋をのばしてきっぱり断言します。

「なんて?」

 きなこのころころ笑いがいっそう転がります。


「月が綺麗だねって言ったらホントねって。あれってオッケーって意味じゃん」

 どうだといわんばかりの管一でございます。

「それで付き合っていると?」

 だいやも口の端から笑みがこぼれて溢れております。

「女の子に告る時に『月が綺麗』は使えるって殿が言ってたんだ。その告白に応えてくれたんだから両想いじゃん」

 管一は恥ずかしいほどに自信満々でございます。

「アナタが勝手に好きなのね。ふふふ」

 きなこの判決が下ります。いちごも管一のカンチガイを正します。

「単にお月さまがきれいだって話しただけでしょ? まさかあの程度で俺の彼女とでも思ってたの? 管ちゃんがあたしのファンなんでしょ?」


 かっこ――ん


 まるで意思を持っているかのような鹿威し。


 まあ、人によって恋人の境界線には見解の相違が見られるようですわね。


「ではだいやさまとは?」

 ここまで来たら聞いておかねばなりませんね。

「手を握ったことがある」

 こちらが恥ずかしくなるほどの管一ドヤ顔、でございます。

「握ってなんかいないわよ。人聞きの悪い。少し触れた程度でしょっ!」

 だいやがあわてて否定します。

「月子さまへのお手紙を渡す時にさ、手が少しね。その時のだいやちゃんの恥じらう感じがあー可愛らしいなぁって。俺が行くといつも応対してくれるのはだいやちゃんだし」

 管一はある種の達成感、征服感すら漂わせています。

「それで俺の彼女……」

 色よい言葉で言い寄ってくるオトコのひとりとは思っていても、まさかそのような誤認識になっていたとはだいやも呆れたようでございます。

「あなたってキトクな人だわ」

 きなこがきなこらしくプラス志向に讃えます。

「幸せな人だわね」

 いちごもそれに倣います。


 かっこ――ん


 鹿威し、それは日本古来の最高の効果音。今は閉廷を知らせる音。


 この調子では袖触れ合えば夫婦の仲、なんてことになりそうです。

 3人は管一が不憫に思えてきたようで憐みの眼差しでございます。


「美味しいわ。この抹茶パフェ」

 気分を変えるかのようにだいやは出されたパフェを口にします。

「お口に合ってよかったわ。お茶淹れかえますね」

 いちごもきなこも話題を変えしばしのティータイムのようですわね。


「さてと、史上最高に無駄な話し合いだったけど今後のことを思えば有意義だったわ」

 だいやはそう言って席を立ちます。

「でもなんかある意味面白かったわ」

 いちごもそれに続きます。

「楽しめましたわね」

 最初から最後までころころ楽しそうに笑うきなこです。


 オンナ3人で彼氏を取り合うなどという見苦しい地獄絵図にはなりませんでした。


「ちょ、待ってよ。んで結局俺のカノジョは誰なの?」

 几帳の向こうに取り残された管一が3人の背中に問いかけます。


「「「元々誰もそうじゃなかったってことよ」」」


 そういうことらしゅうございますよ。


「えええええっ?」


「ウソだろぉ?マジ?!」


「3人とも待ってよ! ねぇっ!」




本日もパレス六条おおむね平安なり、でございます。

管一は平安ではないかも……、しれませんわね。でもどんまいですわよ。ぐっどらっく、ですわね。



♬BGM

【開廷中】リベルタンゴ    弦三郎のチェロソロ

【閉廷後】What Do You Mean?    Justin Bieber


✨『げんこいっ!』トピックス

実はだいやは宮中でつきあいたい女官人気ナンバーワン(『週刊平安』調べ)


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