小さな恋の物語②夕暮れにかかかる暗雲
やがて夕さまの元服の日がやってきました。おばあさまである大宮さまもお喜びでございます。(おじいさまの左大臣さまはお亡くなりになってしまわれました)
しかしそこで困ったことが起きてしまいます。
元服をすると官位を授かるのですが、夕さまの家柄にしては低い官位だったのです。それはお父さまの光る君のご意思でした。
「若いうちに勉強して、自分の能力で官位を上げていけばいい」
ご自分が帝の皇子として努力をせずとも高い官位についていたので、息子の夕さまには自分で実力をつけてほしいとお考えになったようです。
けれども夕さまはショックでした。こんなに低い官位では雲子さまとは身分違いになってしまうからです。これでは雲子さまとの結婚の申し込みに行けなくなってしまいます。
そして雲子さまも裳着を迎えることになりました。滅多に様子を見に来なかったお父さまの頭中将さまがやってきてこうおっしゃいます。
「裳着がすんだらウチで暮らしなさい。いずれは
入内ということは帝や春宮さまのお妃さまになるということでございます。雲子さまは驚いてしまいます。
「ええっ!!!」
「何をそんなに驚いているんだ。裳着をして結婚するのが普通だろう?」
雲子さまが慌てます。入内? お妃? 突然のことにうろたえる雲子さまでございます。
「待って、おとうさま。困ります」
「何を言ってるんだ。もう決まっていることなんだ」
だって、だって私は、私には好きな人がいるのです、結婚を約束している人がいるのです、他の方との結婚なんて考えられません、と打ち明けてしまいたい雲子さまです。
「ダメなんです。ムリなんです」
「わがままを言うんじゃない。いい加減にしなさい」
雲子さまが何を拒んでいるのかまったく見当もつかない頭中将さまでございます。
「待ってください!」
夕さまがお部屋に駆け込んでいらっしゃいました。
「夕か? 何事だ。若い娘と同席なんて非常識だぞ」
頭中将さまはとっさに近くの几帳で雲子さまを隠されます。
「お話がございます」
夕さまが頭中将さまの正面にお座りになられ、頭を深く下げられます。
「頭中将さま、お嬢さまの雲子さまとの結婚をお許しください」
「はぁぁぁ?」
頭中将さまは持っていた扇子を落とされます。
「雲子さまが好きです。一生大切にします。結婚を認めてください」
「何を言ってるんだ、キミは」
三条のお屋敷には滅多に訪れない頭中将さまは夕さまと雲子さまのことをよく知りません。おふたりが結婚の約束をしているだなんて知るわけがございません。
「おとうさま!」
几帳の向こうの雲子さまも出ていらして夕さまのお隣でお手をつかれます。
「お願いします。私も夕さまが好きなんです」
「お前たち、従姉弟どうしじゃないか。何を言ってるんだ」
信じられん、考えられんという面持ちの頭中将さまでございます。
「ずっと一緒に過ごしてきました。離れ離れなど考えられません」
「私もです。お願いです。おとうさま」
この時代、親が子供の結婚相手を決めることは普通のことです。そもそも男女が出会うきっかけがほぼないのですから、夕さまと雲子さまのようにお互いが好き合って結婚の約束をするという方が珍しいパターンなのでございます。
「こっちにだって予定ってもんがあるんだ。しかもそんな身分の低いお前に娘はやれん」
「おじさん!」
「おとうさま!」
雲子さまの養育をほとんどご両親に任せきりだった頭中将さまは成人を迎えた娘を今度は政治的に利用しようと考えていたのでした。
「そうとなったら雲子は今日にでも自宅に連れて帰ります。こんなところに置いておけない」
「「そんなっ!!」」
頭中将さまはご自分の従者や女房たちを呼びつけて雲子さまの引っ越しの作業を進めさせます。雲子さまは女房たちに連れられてゆきます。
「待ってください。もう一度お話をさせてください」
夕さまは頭中将さまに食い下がりますが、頭中将さまはとりあおうとはなさいません。母親である大宮さまのお部屋に向かわれます。
「どうしたらいいんだ……」
突然の展開に夕さまは呆然自失の状態でございます。
「あんなに想い合っているのだからいいじゃありませんか」
おばあさまの大宮さまが息子の頭中将さまにそうおっしゃいます。
「冗談じゃありませんよ。夕と結婚させたって我が家になんのメリットもないじゃないですか。娘は宮中に嫁いでもらわないと」
貴族の娘として当然ですよ、と頭中将さまはおっしゃられます。まだ成人式もしていない夕さまのことを子供だと思っていたのに油断した、とご立腹でございます。
「でもあの子たちの気持ちも少しは考えて……」
「親として娘の嫁ぎ先を考えてるんです。お母さんはだまっててください」
頭中将さまは大宮さまのお言葉を遮ってしまいます。
「どうしてあのふたりを一緒にしておいたのですか。男女は分けて育てるべきでしょう」
頭中将さまのお怒りが大宮さまへと向けられます。
「小さい頃から仲良く一緒に暮らしていたんですよ。ある日突然に分けられないでしょう? あなただって今までまったく無関心だったではありませんか」
大宮さまにとっては夕さまも雲子さまも可愛いお孫さまです。そのお孫さま同士が仲良く過ごしているのを微笑ましく見守ってきたのです。
「親なら娘の本当の幸せを考えてあげるべきですよ」
大宮さまもなんとかして夕さまと雲子さまの仲を認めてもらえるよう説得を試みます。
「後宮で妃となって高貴な身分になり、皆から敬愛されてこそ最高の女性の幸せじゃないですか。その幸せのレールを敷いてやろうとしているのですよ」
娘を入内させて男子が産まれれば将来の帝になるかもしれない、そうなれば自分は帝の祖父として外戚政治のトップに立てる。そんな思惑は貴族であれば誰もが持っている野望とも言えます。
本日中に雲子さまを頭中将さまのお屋敷に移されるとのことで三条のお屋敷内が急にざわめいてまいりました。お荷物をまとめたり、お仕度を整えたり、あちらこちらに連絡をとったりと大変でございます。雲子さまはお部屋に閉じ込められているようでございます。
本日は三条大宮邸に暗雲が立ち込めてまいりました。
♬BGM
四季「夏」 ヴィヴァルディ
✨『げんこいっ!』トピックス
この頃12~16歳ごろに今の成人式にあたる元服(男子)、裳着(女子)が行われた。
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