小さな恋の物語①幼い空 淡い夕暮れ

 少し前に紫子さま、明子さま、花子さまのマダム茶話会のお話をいたしました。後半特別ゲストもいらして盛り上がりましたわね。

 そこで気になる話題が出ましたでしょう?

 そう、夕さまのお話でございます。ここで一度きちんとお話させていただきますわね。


 夕さまは光る君と亡き葵子さまとのお子さまでございます。葵子さまを亡くされて悲しんでいるご両親の元で夕さまはお育ちになります。光る君が例の月子さまとの密会事件、いわゆるロミジュリスキャンダルで明石に行かれてこれまた別のプリンセスをかき口説いている間も祖父母のお屋敷三条邸でお暮らしでいらっしゃいました。

 生まれてまもなくお母さまを亡くし、お父さまは京を離れておりましたが、優しいおじいさまとおばあさまからたっぷりの愛情を注がれ、夕さまはお健やかにお育ちでした。


 そして、三条邸にはもうひとりおじいさまとおばあさまがお育てになっていらっしゃるお孫さまがいらっしゃいました。雲子さまとおっしゃいます。

 雲子さまのお父さまは頭中将さまでございます。葵子さまのお兄さまですから雲子さまと夕さまは従姉弟どうしということになります。頭中将さまは雲子さまのお母さまと離婚なさり、ご自宅には他の奥さまやその方たちとのお子さま達が多くいらっしゃるので、雲子さまの養育をご両親にお願いしていたのです。


 雲子さまが夕さまより2歳年上でしたが、おふたりともご両親が近くにいらっしゃらないという似かよった境遇で、従姉弟同士ということで三条邸でとても仲良くお過ごしになるようになりました。


 性別は違いましたが、まだ幼いのでおじいさまとおばあさまはふたりを一緒に育てていらっしゃいました。


「はい、雲ちゃん。れんげの花かんむりできたよ」

「ありがとう、夕くん」

 春の庭でれんげを摘んでかんむりや首飾りを作りました。


「雲ちゃん、食べ過ぎたらお腹いたくなるよ?」

「大丈夫よ、早く食べないと夕くんのも食べちゃうわよ?」

 夏には庭の小川で冷やした西瓜をふたりで食べました。

「やっぱり、お腹痛い……」

「痛くなくなるまでついててあげるね」

 夜中にお腹が痛くなった雲子さまの看病も夕さまがなさいました。


「「わぁぁぁぁ」」

 ふたりでかき集めた落ち葉の山にふたりで飛び込みます。

「気持ちいいね」

「空きれいね」

 仰向けになって秋を仰ぎ見ます。

「あ、夕くん、柿がなってる」

「雲ちゃん危ないよ。僕がとってあげるよ」

 庭から聞こえてくるふたりのはしゃぎ声におじいさまとおばあさまは目を細めていらっしゃいます。


「ふう、できたよ、雲ちゃん」

「じゃあね、こっちの雪の玉をこっちの玉の上にのせて」

 一面雪景色となった冬もふたりは仲よく遊びます。

「雪だるまが2こできたね」

「こっちに帽子をかぶせて夕くん雪だるま。こっちの雪だるまに扇子を持たせてわたしね」

「雪だるまも仲よしだね」

 純白の庭に作った2個の雪だるま。ふたりは温かいお部屋から眺めます。


 

 おふたりはとても仲良しでした。

 何をするのもご一緒でした。



「大きくなったらけっこんしようね」

「私たちふたりとおじいちゃんとおばあちゃんと一緒にくらすの」

 れんげで作った指輪を夕さまが雲子さまにお渡しになります。雲子さまは嬉しそうにその指輪をはめられます。



 そんな約束もとても自然なことでした。

 祖父母の左大臣さまも大宮さまもお屋敷にお仕えしている女房や従者たちも皆がおふたりのことを優しく見守っておりました。



 くる年もくる年も

 おふたりは仲良く一緒に過ごし

 雲子さまの髪が背丈を覆うほど長くなり

 夕さまの背丈は雲子さまを追い越しました。



 春には薄紅香る桜の樹をふたりで見上げ


 夏には儚く消えゆく線香花火をふたりで見つめ


 秋には緋に染まった紅葉の庭をふたりで歩き


 しんしんと降り積もる雪景色に冬のふたりは寄り添い


 幼かった従姉弟同士はごく自然に淡い恋心を抱くようになりました。


 元服(男子の成人式)や裳着もぎ(女子の成人式)を迎える十代のお年頃になり、異性である夕さまと雲子さまは別々に生活をした方がよいのでは、とも周囲は思ったのですが、今までがいつもご一緒のおふたりでとても仲がよかったので突然離すこともできないでおりました。


 それは夏を迎える少し前のことでした。

 夕陽が庭を淡い橙色に染めます。

「元服したらおじさんに挨拶に行く」

「うん」


 夕さまと雲子さまはお互いの手をとりあい見つめ合います。

「僕と結婚してくれる?」

「はい」


 夕陽に照らされるおふたりのお顔も紅く染まっております。

「大好きだよ、雲ちゃん」

「私も夕くんのことが大好きよ」

 

 夕さまが少し身をかがめて優しく雲子さまの頬に口づけられます。

「ずっと一緒にいようね」

「うん」


 照れているおふたりを茜色の空が祝福します。 

 夕陽が別れを告げて空が紺色の天蓋になってもおふたりは寄り添っていらっしゃいました。


 生まれてからほとんどの時間を共有してきたおふたりです。一緒にいるのが自然で普通のことでございました。快活な雲子さまに優しい夕さま。ふたりで過ごす時間は自然体でいつも心地よくて。

 それぞれがお互いの存在はなくてはならないと感じていたことでしょう。それは感覚としてでございましょう。必要だと思うとか大事だと考えているなどというのではなく、パートナー魂のかたわれととらえていたのでは、と思われます。


「ずっと、一緒だよね」

「うん。ずっとよね」

 雲子さまは夕さまの肩にもたれ、夕さまはご自分の頭を雲子さまの額に寄せられます。温かい安堵感。優しく重ねられたふたりの手と手。ふふっと漏れる幸せ。



 夕さまと雲子さまとのまさに平安なるお暮らしぶりでございました。


本日のBGM♬ 

メヌエット ト長調     バッハ


✨『パレス六条』登場人物紹介

頭中将さま 光る君の永遠のライバル、こちらも恋多きモテ男

雲子さま 頭中将の娘、明るく元気な姫君


✨『げんこいっ!』トピックス

「桃太郎、浦島太郎、金太郎。雲ちゃんの本棚って勇ましいね」

「正義の味方ってカッコいいでしょ?」

「まあね」

「夕くんはどれが好き?」

「僕はこんなに強くないからなぁ。雲ちゃんは誰が好きなの?」

「教えな――い。ふふ」


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