仁義なき 戦も裁きも 平安なり?

犬猿の仲は恋煩い?

 パレス六条はあいもかわらずのどかでございます。光る君が春夏秋冬四季の町をお造りになったので、いつでもどこかの庭が季節の盛りを迎え、花や樹木が見ごろとなります。

 お屋敷内にも花が飾られ、どこに居ても季節を感じることができます。季節と言えば衣類もでございます。光る君やプリンセスがたのお衣装はもちろんのこと、従者である源ちゃんズやSKJも季節に応じた色味や重ねの衣装を着て立ち動いているので、邸宅内を見渡せばその華やかさにうっとりでございます。

 

「あの、あさりちゃんはいますか?」

 ヴィレッジういんたーの明子さまへのお使いのために源ちゃんズの弦四郎がやってきたようですわね。明子さま付きのSKJに取次を願い出ております。

 

 きぃぃぃぃぃ!

 対応しているのはチームういんたーの女官長さざえでございます。

 上記の奇怪な効果音はさざえの金切り声でございます。


「あなたバカなの?」

 弦四郎とさざえ、このふたり犬猿の仲でございます。 

「あ……」

 チームういんたーのあさりに片想い中の弦四郎なので、明子さまへのお使いはあさりに会えるかもしれないと毎回淡い期待を抱いてやってくるのですが、かなりの確率でさざえが弦四郎の応対をしているのです。


「わたしが応対しているってことはどういうことかしら?」

 以前、「あさりちゃんはいるか」とさざえに何度も訪ねて弦四郎はさざえのカミナリを食らいました。そのときはあまりの迫力に簀子縁からきざはしを転げ落ちました。

「ああ、あさりちゃんは明子さまの御用ですね」

 あさりがいないからわたしが対応してやってるんでしょ! とあのとき怒鳴られました。さざえと弦四郎のこのやりとりはもはやヴィレッジういんたーの風物詩でございます。


「今日はお休みをいただいて実家に帰っています」

 今日もあさりの不在をさざえが告げます。 

「あああ、そうでしたか……」

 弦四郎はあからさまに落胆してため息をつきます。 

「進歩がないわねぇ」

 ヨコシマな理由で仕事しているからそんなことになるのよ、とさざえは説教しようとします。

「おじゃましました……」

 そんなさざえの小言は弦四郎の耳に入ることはないようで、もう退出するようですわね。

「ちょっと、こらっ! 殿の御文を置いていきなさい! こらっ!!」

 本来の目的である光る君の御文を明子さまに届けるという役目すら果たさずに弦四郎は帰っていこうとしているようでございます。


「ったく色ボケ男子はしょうがないわね」

 肩を落としてヴィレッジういんたーを出て行こうとしている弦四郎からさざえは奪う様に御文を取ってきました。今宵殿が明子さまのところに御渡りになるとのことで、さざえやほたては準備に追われます。


 さざえは独身でございます。明石のお屋敷で明子さまや明子さまのご両親に長年お仕えしており、SKJとしてのキャリアは長く、仕事のできる頼れるキャリアウーマンでございます。ただ、仕事一筋で来ましたので若干プライベートがスッキリしているようでございます。私的なスケジュール帳は隙間風どころかすっからかんの空欄が仲良く並んでいる状態でございます。

 ですのでさざえは惚れたはれたの恋バナが大嫌いでございます。職場恋愛なんぞ親の仇ほどに憎んでおります。


 ……のはずでございました。

 それがあの日あの場所での運命の出会いでございます。


 ――あのときわたしは悩み、立ちすくみ、彷徨っていたんだわ

 

 単なる迷子ですわね。


 ――訪れた突然の衝撃、運命の交差点


 何もスクランブル交差点ではございません。単なる建物の角でございます。


 ――あの波間に浮かぶような、夢見るようなあのメロディ


 寝ていたんですから、単なる夢ですわね。


 ――くれないに輝き、咲き香る桃の園で目覚めたんだわ


 要はお庭に桃の花が咲いていたということですわね。


 ――あの愛の歌


 さざえが諳んじた万葉集ですわね。


 ――下照る道に 出でたつ少女おとめ


 桃の木の下にいる少女も輝いて見えます、そんな意味ですわね。


 ――おとっ、おとめですって……きゃああ

 

 それは万葉集の引用ですからね。


 ――そしてあのバリトンボイス


 確かに低い男性の声でした。


 ――心に響く麗しのバリトンボイス


 さざえの心を揺らしたのですね?


 ――お怪我はございませんか?


 心配しておりましたわね。


 ――申し訳ありませんでした


 女性に気を失わせたと反省していましたわ。


 ――お詫びにお食事などいかがですか?


 そんなこと言ってましたっけ?


 ――あなたはわたしの探していた人だ


 それは言ってません。


 ――わたしの恋人になってくださいませんか?


 断じて言ってません。絶対に。



「はぁぁぁ」

 今日もぽっかーんとひとりごちているさざえです。殿をお迎えする準備の手が完全に止まっております。


 ――あの方は一体誰?

 ――このパレスのどこかにいらっしゃるのかしら?

 ――王子様はまた現れてくださらないかしら?

 ――わたしを迎えに来てくださらないかしら?


 ――また……逢えるかしら



 花ってこんなに綺麗に咲いていたかしら?

 月ってこんなに美しかったかしら?

 世界って……こんなにキラキラしていたかしら?


 なんとも幸せなさざえでございます。

「ちょっ、さざえさん? せっかく整えた室礼しつらい(インテリア)を乱さないでくださいね?」

 几帳の布を手に右に左に身体をよじるので、いつの間にやらカーテンでぐるぐる巻きになっております。


「みだす? まっ! なんて破廉恥な言葉なの?」

 きゃ、わたしまでそんな言葉を使ってしまって、と慌てふためるさざえです。

 ほたてはやれやれとまた几帳の位置を正します。


 そんな風に夢見がちに日々は過ぎてゆきます。

 ヴィレッジういんたーのいたって平安なる日常でございます。



「あの、あさりちゃんはいますか?」

「きっ! あっ……」

 またある日のこと、天敵のおどおどした声に条件反射のように奇声を発しようとしたさざえがはた、と一息つきます。


「そうね、今はいないけれど伝言でも伺いましょうか?」

 あなたも会いたいのね、恋しい人に。

「はぁぁぁぁ?」

 いつもの奇声の代わりの信じられないようなさざえの言葉に弦四郎の脳が固まります。


「なによ。伝言か手紙でも預かりましょうか?」

 人は恋をすると、他人にも優しくなるようでございます。

「えええええ? どうしたんですか? さざえさま」

 いつものように罵詈雑言が降ってくるのを想定してとっていた防御態勢を弦四郎は解きます。


「どうもしないわよ。なに言ってるのよ」

 今までの゛反職場恋愛派゛のポリシーなぞ燃えるゴミと一緒に処分したさざえでございます。

「なにか悪いモノでも食べたんですか? それとも頭でもぶつけたんですか?」

 いつものさざえさんじゃない。きっとさざえさんは病気だ、弦四郎が心配します。

「いたって健康よ。それでどうするの?」

 ゛職場恋愛推進派゛のさざえとしては想い人への伝言くらいお茶の子さいさい朝飯前、でございます。


「いえ、やめときます。出直してきます」

 何かおかしい、絶対おかしい、きっとこれはワナだ、伝言なんぞ頼もうものならエライ目に遭う。弦四郎はさざえの申し出を断るようですわね。

「そうなの? ヘンなコねぇ。ってほらまた御文を置いていかない! あなたの手紙はどっちでもいいけど殿からの御文があるでしょうが!」


 さざえの言葉もそこそこにしか聞かず、弦四郎は一礼をして退室してゆきます。

「失礼します……」

 簀子縁(外廊下)から渡殿(渡り廊下)へと歩いていきます。

「だから待ちなさいってば! こらっ! 御文置いてけ――」

 さざえの声が御簾内のひさし(内廊下)からこだましております。


 ええええええ?


 ヴィレッジういんたーを辞してきた弦四郎は首をひねります。


 どうしたんだ? さざえさん

 なにかよくないものでも食べた?

 なんか病気?


 


 それにしても……


 さらに弦四郎は首をひねります。


 なんでこんなにあさりちゃんに会えないんだろ?


 弦四郎は源ちゃんズ最年少です。当然チームの皆のいじられキャラでございます。まだ少年のあどけなさの残る瞳の大きな可愛い系年下イケメンですわね。


 光る君が明子さまとデートする際には源ちゃんズとしてBGMの演奏をする中、明子さまのSKJチームミュージックがコーラスとして加わることもよくありました。弦四郎はそのときにひとりのハスキーボイスに恋をしたのです。

 姿もまだ見ていなかったころでしたが、自分達の演奏するジャズにのせてくるアンニュイな歌声に一目ぼれならぬ一聴きぼれしたのです。


 その後も光る君のお使いに行くたびにあさりに取り次いでもらえるよう、少しでも話ができるよう試みるのですが、どうしたことかなかなかスムーズにあさりに会うことはできないのでございます。


 いつぞやのクリスマスにも光る君のパーティーを終えてからあさりの元へと花束を抱えて駆け付けたのですが、あさりたちはSKJの女子会にでかけたあとでございました。


 個別の対面はかなわないふたりですが、光る君のデートの際の源ちゃんズとしての演奏にはあさりがボーカルとして参加するので、やはり弦四郎はあさりの歌声にますます恋心を募らせているのでございます。


 いつかぼくのコントラバスウッドベースの演奏で一緒にセッションがしてみたい。そんな夢を弦四郎が抱くようになったのも当然のなりゆきかもしれませんわね。


 ―― あさりちゃんと話してみたいな

 ―― 歌うときとは違う声なのかな

 ―― あさりちゃん、どんなコなのかな


 ―― 逢いたいな……


「あいつ、病んでる?」

 管一が通りかかる弦三郎に話しかけます。

 楽器のメンテナンスをしている弦四郎はコントラバスを抱きしめ頬ずりまでしております。



 犬猿の仲は仲良く恋煩い中ですわね。


 本日もパレス六条平安なり、でございます。



 ♬BGM

 恋とはどんなものかしら (歌劇「フィガロの結婚」より)


 ✨『パレス六条』登場人物紹介

 弦四郎 源ちゃんズメンバー わんこ系年下イケメン、あさりに片想い中


 ✨『げんこいっ!』トピックス

 あさりの両親は光る君の父親である桐の帝の侍従と女官。帝から五条に小さな屋敷を賜った。


 さざえと弦四郎の犬猿の仲の話は番外編『ジングルベルを鳴らそう』にて

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884320907/episodes/1177354054884346365


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