恋絵巻 壁ドンあごクイ ときめいて

出会い頭の衝撃は恋の予感?

「まあ、なんて広いんでしょうねぇ」

 明子さまのSKJ、チームういんたーのさざえが渡殿わたどの(渡り廊下)を歩いております。


 これはパレス六条に引っ越して間もないころのお話でございます。

 さざえと言えば、チームさまーの女官長、バリバリキャリアウーマンでございます。ちなみに独身。部下の恋愛やリア充が羨ましくも妬ましくもあるさざえでございます。


「明石のお屋敷だって豪華なお屋敷だと思っていたけれど、ここは桁違いだわ」

 御殿の見取り図パレスマップを眺めながら歩いております。自分がどこを歩いているのかわからないようでございます。さざえは明子さまのご実家である明石のお屋敷の頃から明子さまにお仕えしております。


「ひょっとしてわたしったら迷子? あらら?」

 みやこでも敷地面積ダントツ一位のパレス六条の全体概要はおろか、明子さまのヴィレッジういんたー内のお部屋の配置すらまだ把握できていないさざえなのです。

「どうしましょ、どうやって戻ったらいいんでしょ、どう、あっっ」


 ぽすっ、どすん!


 広大な御殿の建物の角でさざえはどなたかとぶつかったようでございます。下を向いていたばかりでなく、迷ったことで、慌てふためいて歩いておりましたのでかなりの衝撃だったようですね。さざえはそのまま倒れてしまいました。




 贅をつくした御殿の花の終わった梅の木に杜鵑が飛んでまいります。

 ほ、ほけきょ、と遠慮がちに啼いております。

 ちゅん、ちゅん、ちゅんと小雀もどこかでさえずっております。

 今は桃の花が見ごろでございますね。わずかな風にも甘酸っぱい香りが運ばれてまいります。


  どこからか聞こえてくる音色

  白い砂浜に打ち寄せるさざ波のよう

  寄せては返す

  そしてそれはいつまでも絶えることなく

  穏やかに囁くように

  緩やかに撫でるように


「この音色は……」

 さざえが目を覚ましたようですね。

「お気づきになられましたか?」

 声だけが聞こえます。見慣れない部屋にさざえは寝かされているようでございます。


「わたしは、あの……」

 何が起きて自分はこの見知らぬところにいるのかさざえにはわからないようです。

「突然ぶつかってしまい申し訳ありませんでした。お怪我はございませんか?」

 落ち着きのあるバリトンボイスが聞こえてきます。


「はあ……」

 さざえは身体を動かしてみます。特に痛いところもないようですね。

「具合が悪いところはございませんか?」

 几帳の向こうの御簾を隔てたその向こうから声はしているようです。


「大丈夫のようでございます」

 さざえは起き上がり床の上で姿勢を正します。

「それはよかった」

 ほうっとバリトンボイスが安堵のため息をもらしました。


「桃の花が綺麗ですこと」

 まだぼうっとした意識の中で目に見えているそのままのことをさざえは口にします。


「春のその くれないにほふ 桃の花」

 庭を眺めながらふとそんな歌をさざえは口にします。


「下照る道に 出でたつ少女おとめ

 御簾の向こうの男性バリトンが即座に下の句を返します。万葉集の歌でございます。「桃の花で紅く輝いている春の園で、そこにいる少女も輝いて見えます」そんな歌でございます。


「ひえっ! 失礼いたしました!!」

 思わず和歌を口ずさんだことにさざえは動揺します。バリトンはフッと微笑んだ様子でございます。


「あの、えっと、えーー、ここって、あの」

 さざえは必死で記憶を掻き集めます。そしてはた、と気づいたことがあるようです。


「まさかと思いますが、もしかして、ひょっとして、わたしは殿方とぶつかったのでございますか?」

 少しずつ記憶が戻ってきたようでございます。確かに自分より背丈のある、しかも男性の装束オトコものの服にあたったことを思い出したようです。


「私の注意が足らず申し訳ございませんでした。か弱い女性にぶつかり、気を失わせてしまうなど痛恨の極みでございます」


 ひぃぃぃぃっ、とさざえが息をのみました。

「わた、わたっ、わたっくし、と、と、殿方と……。ぶつっ、触れっ……」


 ぱたん


「もし? もしもし? あの? いかがなされましたか。もし?」

 さざえはめまいを覚えてふたたび倒れてしまいました。



「さざえさん? さざえさん?」

 ところ変わってこちらはヴィレッジういんたーでございます。

「へ?」

 さざえは揺り起こされます。

「起きてください。どうしたんですか、こんなところで」

 さざえと同じチームうぃんたーのほたてがさざえを起こします。

「はぁ?」


 ヴィレッジうぃんたーの主人である明子さまのお部屋に面する簀子縁バルコニー(外廊下)でさざえは眠っておりました。

「お昼寝ならつぼねでしてくださいね。こんな簀子縁で眠りこけて誰かに見られたらタイヘンでしょう?」


 明子さまのお屋敷とはいえ、お部屋に面する簀子縁はパレス六条の従者やSKJなども使者として訪れたり、可能性としては他のヴィレッジの奥さまがたや光る君の来訪だって有り得るお屋敷としては言わばオフィシャルな場所でございます。キャリアウーマンのお昼寝の場所としては違和感オオアリでございます。


「誰か! そう!! 誰かにぶつかったの!!!」

 ほたてには何のことなのかわかりません。

「バルコニーで居眠りして夢まで見てたんですか?」

 仕事中の居眠りでさえ考えられないのに、きょうのさざえは異様でございます。

「夢じゃないわよ。あら夢? 夢かも? ええ? でもあの方……」

 自分でも夢かうつつか判別がつかないようなさざえです。


「具合が悪いんなら、もう少し寝ますか? ほら局に行きましょう?」

 局とはSKJたちに与えられている個室プライベートスペースです。

「あの、ここはどこ?」

 普段の仕事のできる上司とはあきらかに違う様子にほたては呆れます。

「ものすごい寝ぼけっぷりですね。ヴィレッジういんたーに決まってるじゃないですか」


 庭には雪景色が美しいようにと光る君がデザインした松の庭。さきほどの桃の園とは違います。

「ここにバリトンボイスはいる?」

 頭でもぶつけたんだろうか、ほたては心配になります。

「相当疲れてたんですね。さざえさん、今日はわたしたちでカバーするので休んでください。ほら、立てますか?」


 あのさざなみのような音色はなんだったのかしら?

 ココロに染み入るようなあのバリトンボイスは一体どなた?

 くれないに輝く桃の園。

 全部夢の中の出来事だったの?


 さざえの頭の中をさまざまな想いがよぎります。それこそ寄せては返す波のように。

 あの音色。

 あの声。

 あの出来事。


 夢だったのかもしれないわ。

 夢だったのよね。

 わたしが殿方とぶつかるなんて、そんなこと……。

 あんな見知らぬ部屋で眠っていたなんて、そんなこと……。

 え? わたしはどうやってあの部屋へ?

 まさか、まさか、あそこまで運んでくださったのは……。


 そしてわたしはどうしてヴィレッジうぃんたーの簀子縁で寝ていたの?

 どなたかがわたしを運んでくださったの?

 え? よもや? まさか? えええええ?

 



 ひぃぃぃぃっ!


 ぱたん


「あ、あさり。さざえさんどうしてる?」

 ほたてがもうひとりのSKJのあさりに声をかけます。

「よく寝てるみたいですよ。なんだかお布団とは違うところでしたけど」

 よく寝てますよ、とあさりが話します。

「さざえさん、今日はなんかおかしいのよ」

 あんなさざえさん、見たことないわ、とほたてが言います。

「お疲れなんじゃないですか?」

 とあさり。

「そうね。今日は休ませてあげましょ」

 とほたて。



 本日もパレス六条平安なり(たぶん)、でございます。


♬BGM♬

渚のアデリーヌ   リチャード・クレイダーマン



✨『げんこいっ!』トピックス

パレス六条に勤める従者、SKJ向けに局とは別に社員寮ハイツ六条も完備。もちろん社食もあり。




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