クリスは温厚、ネルファは慎重 下
「二人とも、あの剣に触れるなよ。傷口が出来るだけで呪詛が流れ込むからな」
「団長が対応……というのが一番いいと思うんですけど」
「実戦部隊のお前達が戦わないと意味が無いだろうが」
「……周りは私が抑えるから、クリスがアレと戦ってね」
「それが妥当な判断ですよね。団長、呪われたらキスで救ってくださいね?」
「そんな冗談が言えるなら問題ないな」
お願いを一蹴するとクリスは思いっきりショックを受けていた。
誰がそんなことをするか。そもそも自己回復できるだろ。
緊張感のない会話をしていたら、少女は少し困惑したのか、理解出来ないという顔で話し始めた。
「どうして焦らないの?ねえ、どうして逃げないの?今までのみんなは怖がって逃げ惑ったのに。どうしてお姉ちゃんたちは逃げないの?」
「なぜ逃げなければならない?」
「なぜって、この剣で斬られたら死んじゃうんだよ?掠っただけでも。怖くないの?嘘でしょう?だって、怖くない人なんていないんだから!!」
この子は一体どういう風に育てられたんだ?
性格もそうだが、考え方まで歪んでいる。
意図していなければここまで狂った少女は生まれなかったはずだ。
殺すことをなんとも思わず、魂を集めることを、普通の少女が花を摘む行為と同義のように語る。人は、命は、魂はあのバケモノを動かすための道具であり、バケモノを動かすためならば平気で人を殺せてしまう感情、道徳、倫理観の欠如。
殺人するためだけに育てられた少女。
あの時見た少女とは異なるが、あいつの影がチラつく。
とても不愉快だ。
「クリス、あの剣を破壊することに集中しろ。ネルファは発言通り周りに潜伏しているだろう死体どもの排除に専念しろ」
「了解です。団長は?」
「あの子と話してみる」
「……食べちゃダメだよ?」
「帰ったら覚えてろよ……」
ここで話を打ち切り、それぞれのすべきことに専念した。
クリスはバケモノへと駆けて行き、ネルファは再び「影法師」を大量に召喚して周りの探索を再開、俺は屋根の上へと移動していた少女の元へ。
「剣に触れずに折れ、なんて難しい命令をするなんて」
「……交代する?」
「誰が! 団長の期待に応えられない者が『魔女』にいると?」
「……みんな命に代えても成し遂げるだろうね。もちろん『戦乙女』も」
「当然、私も成し遂げますよ。ネルファも頑張ってくださいね?」
「……この程度、片手間で十分」
敵と剣を交えたクリスがネルファのところへと移動し、会話を交わした後、クリスは再度バケモノへと駆け、ネルファは相手にしながら町の端へと誘導するために行動を開始した。
「来ないで」
「可哀想に。親も、友達も、遊びも知らずに今まで生きてきたのか」
「知ってるもん! ママはいないけど……パパはいるもん! お友達だって、あそこにいるもの!」
「でも、遊びは知らないんだろう?君くらいの年頃の少女なら、一日中友達と遊んでいるのが普通だ。だが、君はそれを知らない。普通じゃないんだよ」
「け、剣で人を斬るのはあ、遊びだもん! ほら、おかしくないでしょ?」
「いいや、それは遊びじゃない。遊びであってはならないんだよ。人を殺せば罪になる。罪を犯せば罰を与えられる。遊びじゃ済まないんだよ」
「……ぱ、パパは間違ってないもん!!」
ここにきて間が空いた?……もう少し話せばもしかしたら。
「君のパパは、人形を連れていなかったか?」
「っ! ど、どうして、それを…?」
「覚えている限り、一度だけ会ったことがある。そして、君と似たようなことを言っていた。人の命を軽く見ている発言をしていたよ、今の君のようにね」
「ほらっ! マナは間違ってないわ!!」
マナ、という名前なのか。見た目は明らかに少女。しかも、リリーよりも年下。
10歳になったばかりと言われてもおかしくないくらい背が低く、痩せている。
いや、痩せている、ではないな。痩せ細っている。栄養が足りてない証拠だ。
ロクな環境で育ってないのだろう。
「君の全てはパパによって形作られたのか。しかし、その考えは間違っている」
「ま、間違ってないわ! パパの言葉が全てだもん! みんなも一緒よ!!」
みんな?……他にも似た子供がいるのか、はたまたあの人形の量産型か?
さっきは人形を否定していなかったことを考えると、アレは人形で間違いないようだな。
「君のパパは君達を利用しようとしているだけだ。自分の実験のためなら、彼は君達を使い潰すことも厭わない」
「そ、そんなことはないわ! いつも笑顔で優しく接してくれるもの!」
「彼は君達を見ていたんじゃない。君達の行動の結果を求めて君達を利用しやすくするために優しく接していただけだ」
「そ、そんなこと……ううん! それでも構わないわ! パパのためになるなら!」
徹底的な洗脳か。他にも同じ状況の子供は多いのだろうな。
ただ、命を救われてこうなったのならば、俺にはどうしようもないだろう。
ウチの弟子たちも似たようなものだからな。
それでも、救った後に自分の実験用のモルモットとして育てたのならば、許容は出来ない。それは救いではない、逃げ場のない選択肢だ。
「君は君自信の幸せを見つけなければならない。パパに言われてやることではなく、君が心からやりたいと思う事が本当の幸せだ」
「パパから託されたシゴトがわたしの生きがいだわ!」
「それは他人への依存だ。自分を捨てているのと変わらない。それではいつか必ず立ち尽くす。それじゃあダメなんだ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!! あなたなんかに何が分かるのよ!! わたしたちにはパパがいないとダメなの!!!」
語り掛け続けたが、ついに駄々をこね始めた。
これでは説得など不可能だろうな。
だが、どうにかしてこの子を救いたいという思いが捨てきれない。
どうすれば………
「団長、その子のことは任せてください」
下を見ると、バケモノが倒れていた。
その傍には刀身の半ばから真っ二つにされた剣が転がっていた。
命令通り武器を破壊したようだ。
ネルファを探してみると、数十メートル離れた屋根の上で佇んでいた。
おそらく残り少ない死体どもの相手をしているんだろう。
「貴女は昔の私に似てます。人の命令に従順で、逆らおうとしない。それが自分のすべきことだと無理矢理飲み下して実行する。楽でいいですよね」
「パパの言葉は絶対だもの。当然よ」
「でもね、それは生きているとは言わないのです。それではただの魔導人形と同じです。命令されたことしかできない」
「それの何が悪いの! パパの言うことを聞いていればそれで十分でしょ!?」
最初は揺さぶることが出来たが、今は意固地になっているから説得は不可能だな。もう捕らえるしかない。
「クリス――」
「マナ、と言いましたね?貴女は考えることを放棄しています。少しでいいから、自分のやってみたいことを想像してみてください」
「そ、そんなこと、決まって……」
「パパの言うことじゃないの、貴女がいつかしたいと思うことを思い浮かべてみて。何でもいいから」
クリスの戦意のない、温かな笑顔を向けられて、マナは考え始めた。
クリスからの目配せを受け、俺は静観することに決めた。
「………この町の子が、歌ってた。歌を…歌ってみたい……」
俯きながらもマナは確かに自分のしたいことを口にした。
怪しさ全開の俺よりも、優しそうで誠実そうなクリスの方が警戒されないのだろうな。……普通に考えて誰だって警戒するわな、そりゃあ。
「なら、歌いましょう。私が教えます」
「……でも!」
「やりたいことがある。なら、それをやらせてあげるのが大人の務めです。貴女のような少女は、歌い、踊り、遊ぶ。そうして過ごすのが当たり前なのです」
「………いいの?そんなことをして。わたしもいいの?」
「当然です。少女とは、そうして生きるものなのです。さあ、歌いましょう?」
クリスはマナに近付きながら手を差し出した。
マナはそれでもまだ、迷っているようだ。あと一押しが必要だな。
「歌を歌うことは何も悪いことではないのです。歌は自由ですから」
「歌は…自由……」
「ええ、そうです。歌に主義主張は関係ありません。男女の違いも、大人も子供も。必要なのは歌いたいと思う事。それだけです」
「………わたし、歌いたい。教えて……くれる?」
「ええ、いいですよ」
クリスの差し出した手を握ったマナは、その場でクリスから歌を教えてもらっていた。俺では救えなかった命を、クリスが救った。救えただけで十分な成果だ。
「さあ、歌いましょう」
「う、うん……」
互いに向かい合って歌おうとしていた。
マナは緊張しているようだが、同時に少し嬉しそうにしている。
クリスの澄んだ声と、マナの緊張しながらも歌うことへの喜びに震える声が聞こえ始めた―――
「団長! それはまだ生きてる!!」
歌を聞こうと耳を傾けようとした瞬間、ネルファの大声が響いた。
声が聞えた直後に下を見ると、転がっていたバケモノが呪詛剣の刀身を握りしめてクリスたちの方へと跳躍していた。
歌に夢中の二人はまだ気付いていない。まずいっ!!
バケモノの凶刃がクリスに届こうしたその時、クリスの背後に迫るバケモノを見たマナは、クリスを守るためにクリスを突き飛ばした。
「あっ……マナ!!」
「消えろ、『破砕』」
「ああ……マナ! しっかりして!!」
クリスを助けたことで代わりに傷を負い、呪詛を刻まれてしまったマナは少しずつ生気を失い始めている。刃が半分だったおかげで呪詛のまわりは遅いが、呪詛が完全に回りきるまであと二分といったところだろう。
「……歌、歌えて…よかった。少し…だけど、ね。楽しい…なんて思ったの、は、初めて…だった」
「まだ間に合うわ! 生きてこれからも歌を歌うんでしょう!?諦めないで!!」
「持って、たから…わかっ、てる。珍しい、分…解呪は、できない、って……」
確かにその通りだ。
『魂奪の呪詛』は極めて珍しいがゆえに、解呪できる者はいない。
構成要素が分からなければ解呪のしようがないのだ。
「……団長、どうにか出来ないの?」
「不可能だ、今はな」
「……そっか」
「おにい、ちゃん……」
「なんだ?」
「パパは…間違って、ない。でも…正しくも、ない。今なら、わかる……」
「………」
「パパを…救って。わたし、みたいに……」
「マナっ!!!」
少女は最後まで父親を信じた。
そして、自分を救ってくれた俺に、父親を正してほしいと願った。
……とても尊い願いだ。
「――――あれ?ここは………」
目覚めた者は見た事もない、青い天井を見て驚いた。
「ベッドよ。私達のギルドのね」
少女は大層驚いた。
自分が寝ているベッドの傍らには、歌を教えてくれた女性がいるのだから。
「驚いた?生きてるの。まだまだ、歌を歌えるのよ」
「生き…てる?わたし、死んだはずじゃ……」
「団長のおかげよ。後で御礼を言いに行かないとね。でも、今はゆっくりしていなさい。あれからまだ二日しか経っていないんだから。ちゃんと休まないとね」
マナと呼ばれた少女は、大粒の涙を流しながらクリスに抱き着いた。
クリスもまた、マナをしっかりと抱きしめるのだった。
遡ること二日前―――
「ネルファ、クリスを頼む」
「……了解」
「まだ間に合うな。《時喰みの蛇 因果に巻き付きて 流れを止めよ》『時戒』」
「団長……何を?」
「呪詛の流れを一時的に止めた。猶予は一日だ。急いでギルドに戻るぞ」
この発言を受け、二人は大急ぎで準備をして、マナは団長が運んだ。
その後、急いで戻ってギルドの医務室へと向かった。
すでに報告を受けていた団員たちは、団長から要求された物を急いで用意して待ってくれていた。
戻って来た団長は、マナを医務室へと運び入れ、一人で解呪の儀式を開始。
儀式から八時間後、マナは安定した呼吸の状態で寝ていた。
その姿を見たクリスは泣きながら喜んで団長に抱き着いたので、他の団員が引きはがしたのは言うまでもない。
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