クリスは温厚、ネルファは慎重 上
「王都からそれほど離れていない場所での事件ですか」
「……嫌な予感、がする」
今回はクリスとネルファと共に辺境の村に来ていた。
今は俺の乗っている馬にネルファが、もう一頭にはクリスが一人で騎乗している。ちなみに、ネルファは俺の前に座っている。
辺境とは言っても王都から遠いという意味で、孤立しているわけではない。
街道はあるし、日に何度も人が通るくらいには栄えているらしい。
依頼内容は、この村の周辺で人がいなくなるという事件が起きており、その事件解明をお願いしたいとの内容だった。
本来ならば受けないような簡単な依頼だったのだが、一ヵ月以上経過してもなお事件が解決されておらず、急遽俺たちのところに回されたのだ。
「騎士団の者も行方不明なのですよね?」
「ああ、そうだ。四度、10人ほどの小隊を送り込んだが全員行方不明。自分達では手に負えないと早々に判断して俺達に回してきた」
「……他のクランは?」
「他にも似た事例が確認されていて、他のギルドも対応している最中らしい。以前に負傷者を出したため、今では帰って来た遠征組が対応していてなかなか厳しい状況らしいがな」
負傷者で済んで良かったモノばかりらしく、少しでも判断を間違えていれば死者が出たかもしれないほど厳しい事件だったと聞いている。
俺が知り得る情報を伝えてやると、後ろにいるネルファが聞いてきた。
「……どうして負傷で済んだの?」
「遠征組が最低一人は付いて行ってたらしくてな。そのおかげらしい」
「……油断した?」
「油断…かどうかは分からないが、相手は策を使ってきたらしい。魔物が知恵を使って人のように策を練る。それだけでも十分な脅威と言えるが、それに加えて、複数の種族が協力してきたとなれば、油断していなくても負傷するだろう。ウチのあいつらでも同じことが起きたはずだ」
「………団長は最近私達を放置し過ぎ。少しはかまって」
ネルファが頬を膨らませながら袖を引いてきたため、仕方なく頭を撫でた。くすぐったそうに目を細め、上機嫌になったようで鼻歌が聞えてきそうだ。
視線を感じると思って右を見ると、隣の馬に乗っているクリスが物欲しそうな顔をしていた。視線に気づいてすぐに顔を正面に向けていたが、やはり未練があるのか、こっちを見ては前を向く、を繰り返していた。
馬を近付けて、ネルファの頭を撫でていた右手でクリスの頭を撫でてやると、最初こそ驚いたものの、そのあとはされるがままに頭を預けてきた。
たっぷり二分ほど撫でると、クリスは満足したのか自分から離れていった。
「さて、気分は良くなったみたいだな。それじゃあ仕事の時間だ。気を抜くなよ?町は敵の手にあると思え」
「「 了解! 」」
弟子の機嫌取りをしてから30分くらい経った頃、ようやく町が一望出来るところまで来た。町は丘を少し下ったところにあって、来た道の途中が丘になっている。
「……生者の気配がしない」
「人質もなし…か。」
「ここは地元の人間にとっては交通の要所。敵がそれを理解していて襲ったのならば、人質など無くても獲物は常に勝手にやって来るということだ」
「……でも、今はこの周囲は封鎖されてる」
「ならず者くらいしかここを通らないでしょうね」
「とりあえず探索しに行くぞ。馬はここで待機だ」
町から300mほど離れたところにある丘に生えている木に馬を繋ぎ、三人で向かった。ひっそりと静まりかえった町へと。
「ここには本当に人が住んでいたんですか?事件があったにしては死体が一切見られないのですが」
「……死者の魂もない」
師匠との修行の果てに、ネルファは変な能力を身に付けてしまった。その一つが、死者の魂が見えるのだとか。生死の境を彷徨ったから、とは本人の言。
「血の一滴もないのは確かに不自然だな……誰だ!!」
「えっ……あ、あの、えっと………」
自分たちの進行方向に最も近い門から進入し、道なりに進みながら通りにある家屋を魔法を使いながら探索。町の中心部に到着して、これからのことを相談しようと思った矢先に物陰から少女が現れた、という状況だ。怪しいという印象しかないのだが………
「大丈夫?立てる?」
警戒しないはずがないのだが、クリスの生来の性格が表れたのか、少女に手を伸ばそうとしていた。
それは不味いっ!!
「『紅蓮の破魔矢』!!」
「団長!?何を――」
「気を付けろ。周りにもいる。チッ、探査魔法に引っ掛からないわけだ。こいつらは死体だ。魔法で動いているぞ!」
「っ! 団長、少女が!!」
俺達の周りを囲っている死体どもの相手をしていると、物陰に隠れていた少女が一体の死体に襲われようとしていた。助けるべきか!?
「ネルファ、任せるぞ! クリス、排除しろ!」
「「 了解!! 」」
クリスは火属性魔法『
ネルファは、影を生み出して自律的に行動させる『影法師』を使って死体どもを撃退した。
「あ、ありがとう…ございます……」
「どうしてここにいたの?」
「その…ひ、一人で歩いてたら…ここに辿り着いて……」
「見たところ持ち物は何もなさそうだけど、どうしたの?」
「く、来るときに魔物に追いかけられて……その時に落とした…んだと思う……」
俺とネルファは外套を羽織っているため少女を無駄に萎縮させてしまう可能性があったため、クリスに相手を任せている。その間、ネルファの「影法師」と俺の探査魔法で周囲を調べていた。
「お姉ちゃんたちは……どこから、来たの?」
「王都からよ。貴女は?」
「あっちから。名前は…わからない。ごめんなさい……」
「大丈夫よ。それで、どうしてここに来たの?しかも一人で」
「ひ、一人じゃない……よ?」
「え?……ああ、そうよね。お友達がいるものね」
戻ってくると、クリスは少女と打ち解けたのか、少女の抱いている熊の人形の話になったようだ………待てよ、なんだあれは…?
「お友達がいるから心細くないのね」
「うん……この子だけじゃないの」
「へえ~、他には?」
「他に?他にはね……こんな子もいるの!!」
「っ! うわっ!?」
「……クリス、大丈夫?」
「うん。団長が助けてくれたから。ありがとう、団長。団長がいなかったらあの禍々しい剣で殺されてたよ」
「あれ?どうして?どうして気付いたの?完璧なタイミングだったのに」
「完璧?確かにタイミングとしては完璧だっただろうが、演技は赤点だ。もう少し自然な状況なら心配しただろうが、この町の中ではお前は異質以外の何物でもなかったぞ」
クリスを助けれたのはギリギリだった。死体に襲われていたこともあって、警戒レベルを下げようかと思った矢先、ネルファの倒した死体の心臓部に剣で刺されたような痕が残っていた。
しかも、傷口には呪詛が刻まれていた。それが気付くヒントになった。
「あの呪詛は見たことがある。『魂奪の呪詛』だ。極めて稀で、使うものは限られる。呪詛剣の使い手か、人形師だけだ。そして、お前は人形師、そこの人形が呪詛剣使いか」
「そっかー。それはうっかりしてたなー。まさか、死体を燃やさず倒すなんて想定してなかったよ」
正体がバレた途端、少女は演技止めて獰猛な笑みを見せる。
その傍らには、クリスを頭上から刺し殺そうとした背の高い男が控えている。
右手には呪詛剣。刃には呪詛がびっしりと刻まれている。
「その剣でこの町の人間の魂を集めたのか」
「そうよ。この剣で殺すと呪詛で血は流れないし、死体も有効活用できるから便利なのよね」
「最初の死体には糸で仮初の命を与えたのだろう?」
「そこにも気付くのね。そうよ。10体の死体がたった数分動くのに6人分の魂を使わされたのに、作戦は失敗しちゃったけど」
「……人の魂も、肉体も、道具じゃない!!」
「わたしからしたら道具でしかないの。魂も、この子を動かすための道具でしかないから」
「団長、今すぐこいつを殺す許可を!」
ここの住人はたった10人のはずがない。
であれば、まだまだ潜伏させているはずだ。死体の山を。
「あなた達の魂を贄とすれば、この子ももっと強くなるだろうなー。ねえ、あなた達の魂、わたしに頂戴?」
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