第三章

 緊急会議

「今日はどうした?急に呼び出されたが。」

 王城の会議場へとやってきて早々、ベレスはそう愚痴た。


「知らないわよ。今朝封書が来て急いで支度して来たんだから。」

 十分な身支度が出来なかったとリヴリティアが少しイラついていた。


「ですが、封書が来れば何よりも優先されますから。仕方ないですよ。」

 仕方ない、とは言うものの、ファルティナもまた少し不機嫌そうだ。


「しかし、用件はなんでしょうか?急を要する事件は起きてないはずですが……」

 穏やかな表情をしているキルガスは、二人の機嫌をこれ以上悪くしないように気を遣いながら話を戻した。


「まもなく陛下が来られます! 皆さん、席についてください!」


 伝令役を担う近衛兵士が、会議場に集まった面々に着席を促した。この場に集まったのは前回の会議と同じ者達だ。




「皆、よくぞ集まってくれた。急な参集を詫びる。しかし、ガーデナーより重要な話があるとのことで、皆を集めたが――ガーデナーはまだか?」

「――遅れて申し訳ない。私用に予想以上の時間がかかってしまった」

「よい。お前のことだ、必要だったのだろう。して、話とは何だ?」

「三つ、報告することがある。これはこの国だけでなく、他の国も巻き込む案件だ。心して聞いて欲しい」

「それほどかっ! わかった。話してくれ。皆も静かに聞け。」


 ガーデナーと王の言葉を受け、この場に居合わせた者全員が姿勢を正した。ガーデナーは円卓に着かず、扉から入ってすぐの場所で立ったまま話し始めた。


「まず最初に、最近目撃されている巨大化、あるいは凶暴化、またはその両方の特徴が見られる魔物を作り出している者を特定した。ただし、あくまでどういう人物かというだけで、素性はわかっていない」

「どんな奴なんだ?」


 真っ先に質問したのは腕組みをしたベレスだった。


「性別は男、年は50を超えているだろう。傍には人形が控えている。最も留意しなければならない点は、人が死ぬことを厭わないことだ。実験のためならば味方が死んでも構わないと思っているクズだ」

「これまでの騒動も、全部そいつのせい?」


 次に口を開いたのは不機嫌そうに髪をいじっているリヴリティア。


「確認したところ、事も無げに言った。全ては実験のためとな。人の命を何とも思っていない、自身の夢が実現することだけを考えている。そういう奴が一番タチが悪い」

「その人が黒幕というのはわかりました。まず、と言ったということは他にもあるのですよね?続きをお願いします。」


 報告の続きを促したのは綺麗な姿勢のファルティナ。


「次に、先程話した変異体の話だ。あれらは無理矢理成長を促されていたことがわかった。そのため、普通ならば襲わない、人のいる町や村を襲撃し、渇き続ける飢えのために捕食していたと考えられる。薬のせいでありとあらゆるタガが外れ、己の生存本能に従って行動するだけの怪物と化した」

「ここ最近の大型魔獣はその薬が使われていることが確認できたのかい?」


 キルガスはこちらに興味があるのか、少し前のめりに訊ねた。


「いや、確認できたのは俺達が管轄した魔物だけだ。他がどうなっているかは調べてみないと分からないが、おそらく同じだろう」

「それで、最後はどんな話が待ってるんだ?」


 ベレスが歯を見せながら笑った。面白い話を期待しているのがその表情からは丸分かりだったため、ファルティナは少し顔を引き攣らせていた。


「最後に、三日ほど前に依頼された失踪者の件だ」

「おおっ、どうじゃった!何か収穫はあったか?」


 この話題には国王の側近にして軍事顧問のブルズアークも興奮が隠しきれなかったようだ。


「失踪者は例外なく死んでいた。犯人は無力化したため、あそこの交通は再開できる。死体もない」

「無力化?」

「犯人は、先程の黒幕――ドクターとでも呼称しよう。ドクターに命を救われた少女だった。ただ、少女本人と言うよりも、少女が操っていた呪詛人形が人々を襲っていた」

「なんと! 少女が犯人だったのか!」

「俺達は少女の人形が持っていた呪詛剣を破壊し、少女を無力化した。少女は今、ウチのギルドで預かっていて、団員が世話をしている」

「して、いつ頃引き渡すのだ?」


 軍事顧問とはいえ部下が殺されたとあって、犯人は是が非でも裁きたいのだろう。例え少女であろうと。彼の声、表情には隠しきれない怒りの感情が見え隠れしていた。


「少女はドクターに利用されていたにすぎず、少女本人には戦闘能力がないことから、俺達は少女を保護することにした。それに、少女から情報を聞き出したりしたが黒幕に繋がる情報は得られなかった」

「だからどうした! 王国の騎士や民が殺されたのだ! ここで犯人を晒し、罰を受けさせねば誰も納得などせんっ!!」

「……俺は部下に調べさせた」

「何をだっ! 今はそれどころではないだろう! 少女を引き渡せ!」

「ある村で、軍人が幅を利かせて村人を支配していたことが確認された」


 怒り心頭だったブルズアークは、話を聞いて意気消沈したかと思ったら、今度は顔面蒼白になった。


「そこではありとあらゆる行為が黙認されていたそうだ。強姦、奴隷、暴行。さらには忌避するような遊びという名の拷問までしていたらしい。当然、死者が出ても隠蔽された」

「どこの話だ?俺は初耳なんだが。」


 ベレスが不快な表情をしながら顔をガーデナーに向けた。


「知らないのも無理はない。その村は軍に属する者しか知らない場所だったからな。軍人以外にはほとんど知りえない情報だ」

「それで、どうしてその村の話を?」


 リヴリティアは顎に手を当てながら、話の続きを促した。


「三年ほど前、その村は消えた。町にいた軍人だけでなく、住民もいなくなった。軍はこの事を隠蔽した。バレればどんな処分が下るか分かったものじゃなかったからだろうな」

「聞く限りでも、その村に関わった者達は死刑相当かと。」


 ファルティナは眉間を険しくしながらも、自身の記憶を辿って意見を加えた。


「そして、俺がその村を調べさせた理由は、少女の血を検査したからだ」

「血を?何か関係が?」


 キルガスは、ここで新たに出てきた情報に首を傾げた。


「彼女の体を解析し、ドクターの爆弾がないかと探った時に、ついでに血液も検査したんだ。何か分かるかと思ってな」

「それで?どうだったんだよ。」


 疑問符が解消されないベレスは、さっさと答えが知りたくて急かした。それをガーデナーは穏やかな目で見て、話を続けた。


「少女の母親はその村の出身だった。そして、父親はマールシャス、この国の現准将だ」

「なんですって?」


 話の核心に触れた瞬間、リヴリティアは静かな怒りを湛えた低い声を出した。


「少女の村を壊滅させたのはドクターで確定している。さて、今回の犯人である少女が生まれるそもそもの原因は誰にある?この時に適切に対処出来ていれば、今回の事件は起きなかったのでは?少女の人生を狂わせたのは誰だ?」


 睨まれたブルズアークは顔面蒼白になりながらも言い訳をし始めた。


「わ、私は知らない。その当時は、皇国への対処に頭を悩ませていたんだ……」

「知らない?そんなわけがないだろう。あの村は、准将以上ならば知っていたのだから! お前も行ったことは分かっている!!」


 ブルズアークの顔は蒼白を通り越して土気色になってしまった。開いた口が塞がらないようで、何度もパクパクさせていた。


「――残念だ。」

「へっ、陛下!? 弁解の機会をください! これには訳が…!」

「今すぐ拘束し、牢へと連れて行け。それから、将官を今すぐ呼び出せ。退役した者も含めてだ。すぐにかかれっ!!」

「「「 はっ!! 」」」


 国王からの命令を受けた近衛騎士たちはすぐさま行動に移った。一人はブルズアークを拘束して連れて行った。残りの二人は走って会議場を後にした。


「……はぁ。すまないな、ガーデナー。貴殿がいなければこの事は闇に葬られ、人生を奪われた少女を処刑にするところだった。本当にすまなかった…!!」


 国王が玉座にありながらも頭を下げたため、会議場にどよめきが起きた。ガーデナーただ一人は黙って国王を見ていた。


「同じことが起きているのは一つではない。他にもいくつか存在する。今もな。それらをどうするかは国王、貴方次第だ。だが、万が一にも俺達がその場所に近付いた場合、問答無用で軍人を殺す。例外なくな。構わないか?」

「ガーデナーが手を下す前に我々で処分することを誓おう。」

「そうか。少女は引き続き俺のところで保護しても構わないか?」

「ああ、その方がいいだろう。人生を狂わされ続けたのだ、今は平和を享受するべきだ。それと、私にも償わせてくれ。」


 国王は再度、ガーデナーに頭を下げた。本来ならば国王ではなく、その部下がすべきことだが、国王は躊躇わなかった。自らの不甲斐なさが招いた事態だと悔やんでいるからだ、とガーデナーは感じたようだ。


「気にするな。それよりも、少女の人生を本当の意味で狂わせたのはドクターだ。奴にも相応の報いを受けさせないといけない」

「我々では対処できないだろう。ガーデナー、ドクターに関しては全てを一任する。貴殿の判断で殺すも良し、生かして罰を与えるも良し。」

「感謝する。俺はここらで退出させてもらう。すぐに調査に取り掛からないといけないからな。一日でも早くヤツを捕まえないといけない」

「頼んだ。」


 ガーデナーは国王に頭を下げると、足早に会議場を去って行った。彼の退室をもって会議は終了した。



 後日、呼び出された将官たちの内、実に八割以上が認知していたことがわかり、その三割に当たる実際に行っていた者達には死刑が言い渡された。一方、知っていたが行ってはおらず、されど国王に報告しなかった者達のうち、現役の将官は三階級降格処分、退役した将官には社会奉仕が命じられた。

 

 この一件を受け、軍は自浄作用を試される形で問題の町や村へと派遣された。仲間を捕縛することに忌避感を覚える者もいたが、新たに昇進した指揮官の命令をしっかりと遂行した。捕縛者は合計で千人にも上った。


 このことは国中だけでなく、大陸全土にまで広まった。





「お、おにいちゃん! その……この前は、ありがとう。」

「気にするな。それよりも、歌は楽しいか?」

「うん! 今日はクロエって人に教えてもらった!!」


 マナは嬉しそうに今日あったことを話してくれた。食事もちゃんととっているようで、夜八時にもかかわらずまだまだ元気だ。よほど今の生活が楽しいのだろう。


 この姿を見ると、幼い命を救えて良かったと思える。


「おにいちゃんも歌おっ! ねっ?」


 ……娘が出来た気分だ。いないけどな、妻も子供も。

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