もう1つのプロローグ
かつて栄えていた王城も魔物の侵略で廃墟と化して久しく、今では何かしらのヌシの住処になっていることもしばしば。
今、そんな廃城とでも呼ぶべき場所で、一体の大きな魔物と一人の女剣士が戦っていた。
一方、玉座を舞台にしたその戦闘を、少し離れた場所から見ている六人がいた。
「あちらは魔人でしたっけ。一体を相手に過剰戦力では?」
「保険らしい。本当に一体だけとは限らないからな。まあ、過剰って言うなら我々もだが」
「そう?アークデーモン相手だから、一応七人全員を派遣してもおかしくはないでしょう?」
「と言いながら、全部アカネに押し付けて談笑してるガルシアとセレナであった」
「お前も言えんぞ。スーリヤ」
スーリヤと呼ばれた黒い外套を纏った少女は肩を竦める。
ガルシアと呼ばれた魔導士はその態度に特に何も言わず、傍らで舟を漕いでいた、少しくすんだ金髪褐色の少女に話し掛ける。
「でも、一人でやらせてあげた方がいいでしょ?見なさい、あの嬉々とした表情。邪魔したら私達に向けられるかもしれないわよ。ねえ、カルマ?」
「……ん、確かに……あり得る、ね。アカネなら……」
「笑えない冗談を言ってないで、誰か手助けしたら?魔法のせいで近付けなくなってるわよ?」
「なら、プレアの炎で焼いちゃえば?」
「じゃあ、誰か変わってくれる?」
無責任な発言を皮肉で返す、茜色の髪をした狐人族の少女プレアに四人は視線を合わせようとしない。
「私は無理ね」
「ボクも無理」
「……私はそこまで上手に出来んからな。遠慮しておく」
「シロはスヤスヤ~」
プレアは薄情な四人に呆れた視線を送りながらも灯りを燈し続ける。
彼女の膝を枕にして寝ている白髪の少女――シロを寝かしつけるために。
「さすがは団長直伝のシロを寝かしつける魔法ね」
「すぐそこで戦闘しているのに起きないって、ある意味凄いですけどね……」
「さて、私は少し席を外させてもらう」
「じゃあ、ボクも一緒に行くよ。ここはガルシアがいれば大丈夫そうだし」
「同じく~」
「あら、さっきまで寝てたカルマも?」
「ぷ、プレア……ちょっと、ほんのちょっと寝てただけだから」
居眠りを報告されると思ったのか、カルマは焦った様子でプレアに弁明し始めた。それを見ていたガルシア、セレナ、スーリヤは笑いを堪えきれなかった。
「まあ、別に報告することでもないし、気にしなくていいわよ。それで、ここに残るのは私とシロ、ガルシアにアカネってことでいいの?」
「では、少々暇を貰う」
「行ってきま~す」
「後はよろしく」
アカネの戦闘をチラッと見てからセレナ、カルマ、スーリヤの三人は玉座の間を出て行った。
『面白イ。モットダ!』
「はははっ! もっと滾らせてくれっ!!」
戦いの最中に笑い声を上げる仲間に、プレアはドン引きしていた。
隣で優雅に立つガルシアもまた、呆れた表情を浮かべている。
「……戦闘狂同士の戦いとか、迷惑以外の何物でもないわね」
「優雅に戦おうという意識がないのかしら?」
「無いでしょうね――ヤバっ」
「え?――ああ……そういうことね」
プレアの膝で可愛い寝息を立てていたシロが、突如目を覚まして立ち上がる。
プレアの声を聞いて振り向いたガルシアは左手で顔を覆う。
「シロ、何をしようとしているの?」
「――仲間を守る」
「アカネは助力を必要としていないわよ?」
「――見て見ぬふりはしない」
「そう。なら、勝手にしなさい」
ガルシアが予想外にも許可を出してプレアが慌てる。
「ちょっ!?ガルシア!」
「何を言っても無駄よ。シロの行動を諫められるのは団長か師匠方でしか不可能。だから、好きにさせるの」
「むっ………はぁ、それもそうね。ただしシロ、この建物を壊しちゃダメだからね。団長が気に入ってるんだから」
「――了解」
プレアの諫言を聞き入れると、シロは武装を展開してアカネのもとまで走る。
プレアの咄嗟の方便にガルシアは感心した目を向けた。
「ちゃんと釘は刺すのね」
「一応団長から教えられたからね。まあ、予想してたんでしょうけど」
「仕方ないわよ。どうあっても直しようのない、彼女の根幹部分なのだから。私としては、よく今まで寝かしつけられた、と褒めておくわ」
「ありがと。でも、まだまだね。あの灯り一つで団長はシロを寝かしつけられたのに、私は出来なかったわ」
心の底から悔しそうにしているプレアを見て、ガルシアは嘆息する。
団長と比べること自体間違っていると思ったが、口にするのは憚られたからだ。
「慣れてないから仕方ないわ。貴女もすぐに出来るようになるわよ」
「だといいけど。……外が少し騒がしくなってきたわね。どうする?」
「それはここに残るかどうかということ?それとも、さっさと終わらせるべきかどうかということかしら?」
「どっちも。あまり時間を掛けすぎると、帰ったら団長から小言を貰うかもしれないわよ?」
「それは嫌ね。じゃあ、私が外に行くから中はお願い」
「了解。さっさと終わらせてきてね。多分外は今頃お祭り騒ぎだから」
「分かったわ」
部屋を出て行くガルシアの顔は、呆れていることを隠していなかった。
残ったプレアは埃を払いながら立ち上がると、近くの壁に立て掛けてあった大斧を手に取る。
アーク・デーモンは、シロによる不意の突進を受けて壁に激突していた。
右腕は受け止めた衝撃で千切れて床に転がっている。
右脇腹には穴が開いており、そこから夥しい量の魔物特有のどす黒い血が流れ出ていた。
「はぁ……どうして私ばっかりこんな役回りなのかしら。『炎舞』」
『今の一撃は効いたぞ……』
「シロ! どうして私の邪魔をする!!」
「――仲間の命が最優先」
シロの猪突猛進とアカネの戦闘狂に頭を痛めながら、プレアはさっさと終わらせたい一心でアカネを諫める。
「アカネ、決闘はおしまいよ。シロは別に間違ったことをしてないから責めないであげて。シロ、盾を使った攻撃で攻め立てて」
「くっ……了解した。自分は右から攻撃する」
「――了解」
「さっさと終わらせるわよ」
『コノ程度ノ損傷デ優勢ニナッタト勘違イシテモラッテハ困ル!』
アーク・デーモンは魔力を漲らせて三人に立ちはだかった―――
「おおっ、建物がちゃんと残ってる~。珍しいことがあるもんだね~」
「プレアがしっかりと監督した証拠ね」
「加勢は必要なかったな」
「ボクはさっさと帰って早く寝たいよ。ふぁ~」
外での用事を終えて戻って来た四人の目にまず入って来たのは、憮然とした顔で仁王立ちしているアカネと、玉座で寝ているシロだった。
周囲に目を向けると、プレアがアーク・デーモンの死体の一部らしき腕を検分していた。他には何も見当たらない。
「アカネ、シロ、プレア。こちらも終わった。帰るぞ」
「ちょっと待ってて。団長の依頼があったのを思い出して今作業中だから」
プレアはセレナに応えながらも、ポーチから小瓶を取り出しナイフを使って死体を切り取っていた。
「何してんの~?」
「魔物の一部の回収。調査するんだって」
「団長も大変ね。こういうのは国の人間にでも適当に依頼しておけばいいのに」
「そうもいかないでしょ?ここはそう簡単に来れる場所じゃないんだから。……よしっ! 作業は終わったから帰りましょ。アカネ、シロをおんぶしてあげて」
「……了解」
アカネは渋々シロをおんぶする。おんぶされたシロは全く目覚める気配が無い。
任務が完了した七人は、玉座の間を出て長い廊下を歩き、廃城を後にした。
彼女達が廃城を出るまでに通った道には、血を流したり肉片となった人のようで人でないモノたち数千体が転がっていた。
「さっきの倒れてたアレ、何なの?」
「アレはアーク・デーモンの力で変質させられた人間や魔物よ。おそらくだけど、ここに何かしらの用事があって訪れた時に運悪く遭遇してヤラれちゃったんじゃないかしら?」
「そう。ならいいけど」
アーク・デーモン――魔法に長けた悪魔。長けているというだけで近接戦闘が苦手なわけではない。強靭な肉体と、状況に適した魔法を使う知性を併せ持つ中級悪魔。高名な冒険者であっても油断ならない強敵。
団長曰く、悪魔が最近目撃されることが増えてきているらしく、目撃情報は毎日国内から大量に押し寄せてきているんだとか。
ある情報では、怪しい集団が森に入って行くのを見かけた、とか。
また違う話では、悪魔が人を食べてるところを見た、なんてのもあるらしい。
本当かどうかは分からないけど。
というのを、ギルドに戻ってきて早々に団長の執務室に赴くと聞かされたプレア達七人。
メンバーの半分以上が話半分で聞いていることがバレバレだったため、団長の目が途中から三人――プレアとセレナ、ガルシアしか見ていなかった。
「『魔女』が帰って来てから会議だ。お前らも『天使』が集めた情報には一応目を通しておけ」
「「「了解」」」
「……スーリヤ、カルマ、アカネ。お前らにも言ってるんだぞ?」
「どうしてボクらだけ?シロは?」
「寝てるからだ」
『えーー』
「喧しい。文句があるなら働け。それから聞いてやる」
不満そうな表情を見せるスーリヤ、カルマ、アカネと、それを軽くあしらう団長。そんなやりとりを見守るプレア、セレナ、ガルシア。一人ソファでこっくりこっくりと頭を揺らしているシロ。
『戦乙女』と呼ばれる彼女達の日常はいつもこうである。
彼女達『戦乙女』もまた、この物語の主人公たちである。
『戦乙女』と『魔女』を含めた組織、ギルド『秘密の花園』の活動をこれから御覧にいれるとしよう。ギルドの由来はまた追々。
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