ギルド『秘密の花園』
蒼朱紫翠
第一章
プロローグ
「ひっ、ヒィィィ!」
「ああ、神よ。救いは無いのか……」
『つまらんつまらんつまらん!この程度か。もっと強いヤツはおらんのか!!』
町に魔人が現れたという報せを受けた。
報せを受けてからすでに一時間。町には甚大な被害が出ていた。
魔人は民家を燃やしながら救援が来るのを待っていたため、幸いにも町の住民に被害はほとんどない。
魔人とは、強靭な肉体を持ちながら、一つの魔法に特化した下位悪魔だ。
正しくは、“ 元 ” 人間だ。悪魔に魂を売り渡す代わりに、普通の人間では到底手に入れられない程に強力な力を貰った者、それが魔人だ。
だが、この場には魔人を意に介さない者達もいた。
「ねえねえ、あの燃えてるの?」
「レーネ、捕まえるんすか?」
尻尾を左右に振る猫族の少女と屋根の上で寝そべる赤毛で褐色の少女が、背後にいる青髪の少女――レーネに尋ねる。
「今回は抹殺対象よ、リリー、カルマ。シャルネ、起きなさい」
「――了解」
瞼を閉じて屋根の縁に腰掛けている、シャルネと呼ばれた桃色の髪の少女はゆっくりと瞼を開けた。
「フルじゃなくてよかっただろ」
「……文句は団長に、ダリア」
「じょ、冗談に決まってるだろ、ネルファ」
フードを目深に被っている少女――ネルファは、言葉少なにダリアと呼ばれた灰色の髪の少女に促す。
独り言のつもりが予想外の言葉が返ってきて、ダリアの顔は引き攣っている。
「まだまだ未熟な魔人ですね」
背筋をピンッと伸ばして立っている白金色の髪の女騎士は、顎に指を添えながら冷静に魔人を見ている。
すると、会話を聞いていた魔人は心底失望した目で彼女達に言い放つ。
『……女ばかり。男はいないのか。女なぞどれだけ殺しても面白くない』
魔人は興味がなくなったようで、少女たちを一瞥して歩き始めた。
眼中にないとはこのことだろう。
対して七には焦る様子はない。
「私達じゃ相手にならないってさ」
「は?舐めてんのか。あたしが殺るよ」
カルマのわざとらしい挑発に、ダリアはさっさと降りてしまう。
それに続くようにシャルネも降りる。
「リリーも!」
リリーも元気よく二人に続く。
振り返った魔人は三対一になっても、余裕の態度を崩していない。
「ネルファ、ぼうっとしてないで鎮火を手伝いなさい。カルマとクリスは人命救助。戦わないなら拒否権はないわ」
ネルファはゆっくり立ち上がると、火の手が上がっている場所へ移動した。
カルマも渋々立ち上がると、魔人がいない側の路地に降り立って辺りを散策し始めた。クリスと呼ばれた騎士もその後に続いた。
一方その頃、魔人と対峙する三人は、誰が相手をするかで揉めていたのだが――
「リリーがいっちばーん!」
「あっ、おい! 待て、リリー!」
「――じゃあ、私も」
『まとめてかかってこい。一蹴してやる!』
うずうずしていたリリーが抜け駆けしたため、他の二人もその後に続いた。
炎を身に纏った魔人は泰然と立ち、三人を迎え撃とうと見据えていた。
初撃はダリアの斧投擲。
雷を纏った斧は狙い違わず魔人に迫り、魔人は瞬間的に危機を悟って回避した。
追撃はリリー。
風を纏った双剣で、回避直後の魔人を間断なく攻めたてて致命傷とまではいかずとも、大なり小なりの傷を与えて後退させた。
続くはシャルネ。武器は己の拳と篭手のみ。炎を纏っていても構わず攻める。
避けきれず一撃もらった魔人は、受けた左腕がひしゃげて使い物にならなくってしまったため、即座に大きく距離を取った。
『ハァ、ハァ……なんだその力は! 腕が治らん!』
「――腕一本もらったと思ったのに」
「やっぱ拳じゃ仕留めきれねえんだよ」
「むー! じゃあリリーが右腕をもらうっ!」
言うや否や、リリーが全身に風を纏って駆け出す。
一気に魔人との距離を詰めたリリーは、先程よりも早い連撃を繰り出していく。
苛烈とはこのことを言うのだろう。
嵐のような怒涛の攻めに魔人は為すすべがなかった。
驚異的な再生能力で傷を修復しても、治ったそばから傷を負っているため焼け石に水で、それどころか少しずつ傷跡が増えていっている。
しかし、突如そこにダリアが割って入る。
「仕留めきれてねえぞ、リリー! あたしが手本を見せてやる!」
「邪魔しないでよーっ!!」
「――早い者勝ち」
ダリアは斧は拾わず拳一つで魔人に迫った。
正面からはリリー、左からはダリア、背後からはシャルネ。
三人に三方向から同時に攻められ、魔人はこれまでの余裕をかなぐり捨てていよいよ本気を見せた。
『グッ……舐めるなあああ!!』
怒った魔人はこれまで以上の炎を放出して三人を弾き飛ばす。
「――これはビックリ」
「なんだよ、まだ力を隠してやがったのか」
「あとちょっとだったのにー!!」
飛ばされた三人は怪我よりも仕留めきれなかったことに怒っていた。
『クソッ! 女如きにこの力を使おうとは! 死をもって詫びよっ!!』
「ヤダよ。てか、その程度であたしらを殺せるつもりか?」
「――舐められてる」
「リリーはまだ真化を残してるもんねっ!」
「――なにをやっているのよ。その程度の相手に時間を掛け過ぎ。『氷華』」
『なんだ、これは…?なっ!?』
突如、魔人の周囲に雪が舞い始めた。それは段々と吹雪に変わっていく。
魔人の体に少しずつ雪がまとわりつき、やがて氷の華へ。
華から白い蔓が伸びて魔人の体に巻き付いていくため、魔人は身動き一つ出来ないでいた。
炎をもってしても融けない華は、段々と魔人を締め上げていく。
『か、体が……寒い。なぜだ、炎を纏っているのに寒さを感じる……』
「シャルネ、終わらせなさい」
「――嫌な女。でも、わかった」
ゆっくりと近付くシャルネに、魔人は怯えた表情を浮かべるしかなかった。
炎が消え、白く染まった魔人の肉体をシャルネが一発殴ると、氷のように砕け散って風にさらわれていった。
「――つまんねえ。手ぇ出すなよ、レーネ」
「たーりーなーいっ!!」
「――終了」
篭手を取り外しながら不満気なシャルネ。消化不良のダリアとリリー。
ダリアは不満をぶつけるように家を殴り、一撃で崩壊させてしまった。
リリーは尻尾を左右に激しく振り回して不満を表していた。
「……やっと帰れる」
「討伐完了っすね」
「時間が掛かり過ぎたわね」
「任務完了。帰りましょうか」
戦っていた四人が武器を仕舞った後、七人は揃って町を離れた。
町の人々はただ茫然と見送ることしか出来ず、御礼を言う事も叶わなかった。
意気揚々と帰って来た七人を迎えたのは、無表情の団長であった。
彼女達が所属するギルドの長。その人は感情のない顔で報告を聞いていた。
「任務完了です。御褒美をください」
御褒美を貰えることを信じて疑わない七人に、苦々しい表情を浮かべながら呆れた声で団長は無慈悲な宣告を下す。
「町への被害甚大に、ダリアは故意に民家を壊した。お前ら当分メシ抜きだ。あと、任務も簡単なモノだけな」
『そんなー!!!!!!!』
彼女達七人は、団長より賜った名で一括りに『魔女』と呼ばれている。
理由は団長しか知らない。
彼女達『魔女』がこの物語の主人公たちだ。
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