アカネとスーリヤは無駄口を叩かない
「まさか、こんな所で奇襲されるとは思ってもみなかったな」
「――それはボケ?それとも本気?」
「二人とも、無駄口を叩く前に対処を」
「とは言ってもな。数が多い割に雑魚だからな」
「――喋ってないとやってられない」
“貴様ら何をやっている! たかが三人を相手に時間を掛け過ぎだ!!”
「――だって。ちょっと本気出していい?」
「ふぅ……仕方ない。時間を掛け過ぎて予定を大幅に変更したくはないからな。アカネも技までなら出していいぞ」
「では、そのように。『一刀龍』」
「――影を広げていいの?」
「う~ん……二人でちゃんと分けろよ」
「――よし。なら問題なし。『
二人が本気を出してから三分後……
「滅茶苦茶じゃねえか」
「自分はあのような地形変化はしておりませんよ!」
自分が担当した敵――軽く百人以上――を一人一刀で斬って捨てたアカネは、俺のところに戻ってくると胸を張っている。彼女がこうしている時は頭を撫でてもらいたい時だ。案外可愛い所があるもんだ。
「――アカネだけズルい。僕も」
「わかったわかった。後で撫でてやるから、まずはあの地形をどうにかしろ」
敵は全員沈黙。
アカネは斬殺、スーリヤは敵を圧殺したり刺殺したりした。
アカネはいい。だが、スーリヤが問題を引き起こした。
スーリヤの得意魔法は影魔法。地面一帯に自分の影を広げ、侵食した領域を支配して自分の意のままに操ることが出来る。
木を侵食すれば、葉を刃のように飛ばしたり、枝を伸ばして刺したりすることが出来る。
大地を侵食すれば、隆起させたり、地割れを起こして圧殺したり。洞窟ならば鍾乳石を利用した攻撃が出来る。
汎用性が高い魔法ではあるのだが、あくまで影があればの魔法なため、光魔法を使う者との相性は最悪だ。光が強すぎては影は存在を広げられないのだ。
そんなことは置いておこう。
今の問題は、その影のせいで少し前まで森だった場所が、今では木々は大地に飲み込まれ、丘を作り出していることだ。早い話、地形を滅茶苦茶にしたせいで色んなところで悪影響が出るはずだから、早急に戻してもらいたいのだが――
「――どうしよう。元の地形がわかんない」
「頭が痛くなってきました……」
「俺もだ……」
俺の小言を聞きたくないスーリヤは、急いで元の――自分の記憶の中での――地形に戻そうとして、一層酷い状況にしてしまった。
丘がなかったはずなのに、いつの間にか丘が二つも三つも出来上がっていた。鬱蒼としていた森が、今では先が見通せるくらい禿げあがってしまった。
「スーリヤ……もう何もするな」
「――うぅ……はい」
「わ、私は何も見ていない」
「はぁ……もう行くぞ。元々ここに用はなかったんだ。時間を無駄にしている場合じゃない」
「――はい……」
珍しく落ち込んでいるが、今回は擁護できない。
反省のためにも放置だ。
「それで、今日の標的は何でした?」
「今日は山奥に身を隠す妖だったから二人を選んだ。ギルド一の追跡能力を持つスーリヤと、初見の相手でも物怖じせずに切り込めるアカネ。最適だろう?」
「――つまり、敵は逃げる相手ってことかな?」
「スーリヤが索敵を行い、私が狩る。その役割分担でいいですね?」
「ああ。スーリヤは逃がさないように影で周りを包囲してくれ」
「――了解」
「もうじき目撃地点だ。行け」
俺が合図を出すと、スーリヤはすぐに影に溶けて消えていった。
アカネは竜体化して感覚を研ぎ澄ませた。
今はまだ身体的な変化は見られない程度だが、それでも人間の50倍にまで感覚は高められている。
「……スーリヤが怪我を負わせました」
「なら追跡できるな?」
「問題なく」
「行け」
「はっ!」
アカネにも命令を出すと、一瞬で森の中を駆けて行った。一歩で30メートル以上の距離を詰められる今のアカネは完全な捕食者状態だ。血の匂いで獲物の位置を完璧に把握し、音で必要な情報を分析し、研ぎ澄まされた目で獲物を決して見逃さない。そうして全感覚により相手の状態を完璧に限りなく近いレベルで解析する。
竜体化したアカネから逃れるのは至難の業だ。迎撃しようとしても、膂力も桁違いに強化されているし、速度も普通の人間には目で追えない程だ。
「あれに追いかけられる獲物は可哀想だな」
『ギャーーッ』
「捕食者と狩人に追い駆けられて、果たして何分もつかな?」
結果は、一分もしないうちに終わってしまった。
左側から音がしたため目を向けると、獲物を持ったアカネが歩いて来ていた。その背後には物足りなそうなスーリヤも。
「これがメデューサですか?あまりにも歯応えが無さ過ぎたのですが」
「スーリヤの目潰しのおかげだろう。こいつの真価は魔眼にこそある。魔眼が無ければただの雑魚だ」
「――余裕だよ」
「さて、こいつを使って親を誘い出すぞ」
「――……え?」
「これは子供だ。親はもっと大きく、かつ強力だ。眼も簡単には射抜けない」
「なるほど。では、私はこのままの方がよろしいですか?」
「そうだな。最低限でいいから維持してくれ。スーリヤ、この先に洞窟があるはずだ。索敵をしろ」
「――……なでなでがまだ」
「撫でたら頑張れるか?」
「――うん」
「……はぁ。よしよし、もうひと頑張りだ。やれるな?」
「――行ってくる!」
頭を撫でられたスーリヤは即座に影へと溶けて消えた。
気配から察するに既に300メートル以上移動していた。
凄いな、なでなで。
「私はどうすれば?」
「場合によりけりだ。スーリヤが上手い事誘き出せたら、そこにお前が奇襲をかける。出てこないなら俺も加わって炙り出す。狩るのはお前だ」
「了解」
そのまま現状を確認しようと知覚範囲を広げた瞬間、スーリヤがやらかしたことを悟ってしまった。
ああ、これは………
「あいつ、無理矢理洞窟から追い出したな…?」
「追い駆けられてますね。行ってきても?」
「ああ、行ってこい。あのバカの回収も忘れずにな」
アカネは再度全開状態になって駆け出した。
飛び移った太い木の枝が粉々になるほどの脚力で一気に跳躍していった。
やっぱ身体能力の面ではアカネが最高だな。
周囲一帯で最も高い樹の上から戦況を確認すると、面白いことになっていた。
メデューサの目を見ないように必死に駆けながら影魔法で挑発するスーリヤ。
それを血眼で追い縋るメデューサ。
親を追走する子供メデューサを屠りながら追跡するアカネ。
スーリヤは逃げることに必死だから魔法がいまいちメデューサへの有効打になっていなかった。
そしてメデューサもまた、すばしっこく逃げ回るスーリヤを捉えきれずにいた。
アカネは子供メデューサの殲滅に忙しく、なかなか親を攻撃出来ないでいた。
「やれやれ、仕方ない……『三日月の弓』。煌け『綺羅星』」
手に月の光の如く淡く銀色に輝く弓を生み出す。
そして、弦を引き絞ってから離すと、一条の光が闇夜の空へと軌跡を残した。
軌道の頂点に達した矢は、花火のように方々へと散って地面に降り注いだ。
「――これってまさか…っ!」
「逃げるぞ、スーリヤ!!」
「――分かってるよっ!!」
空に突如生まれた光を見た二人は、直感で危険と判断して一心不乱に走った。
向かう場所は勿論、俺のいる樹の根元。
何が起こったのか理解出来ないでいたメデューサの子供たちは降ってきた光に焼かれた。
親の方は、生き物に生来備わっている本能で危険と判断して逃走したようだが、俺はそれを許さない。
「奔れ『彗星』」
光の速さで駆け抜けた矢は、寸分違わず親メデューサの頭部を貫いた。
だが、頭部を貫かれても生きていられる程に生命力を持っていたメデューサは、のろのろとではあるがまだ逃げようとしていた。
「アカネ、トドメを刺してこい」
「団長がやった方が早いでしょう?」
「いいから行ってこい。行かなきゃメシ抜きだ」
「横暴ですっ!!」
「俺がルールだ」
「……ドロシーさんに言い付けてやるっ」
「何か言ったか?」
「いいえ! 行って参りますっ!!」
アカネは大急ぎで親メデューサの元へと駆けて行った。
振り返ると、スーリヤはジトっとした目でこちらを見ていた。
助けてやったのに酷い扱いだ。
「なんだ、文句でもあるのか?」
「――あれって、広域殲滅魔法でしょ?」
「だから?」
「――僕達諸共殺す気だったでしょ!!」
「お前達の能力を信じた。というか、お前達ならあの程度、逃げおおせて当然だと思ったんだが、見込み違いだったか?」
「――……団長は卑怯だ」
「お前達を信頼しているんだよ。さて、アカネも戻って来たみたいだし帰るか」
「――なでなでを所望する」
「帰ってからな」
今回の任務はメデューサの群れ。
生息場所が山奥であり、村が近くになかったため被害はほとんど出ずに済んだ。
ただ、メデューサは本来人も近寄らない樹海の中に住んでいる魔物だ。
生息域を追い出した魔物に注意しなくては。あいつらのせいかもしれないな。
「――なでなで」
「はいはい……これで満足か?」
「――まだまだ」
「はぁ……アカネはいつになったら膝枕をやめさせてくれるんだ?」
「まだまだ、です」
「はぁ……」
ギルドに帰って早々執務室の長椅子に座らされ、なでなでと膝枕を強要された。
断ることも出来たが、機嫌を損ねて今後の活動に支障をきたしたくないと考えて、渋々受け入れたが……失策だったかもしれないな。
他の団員に見られたら厄介事になるのは確実。いつになったら満足するのやら。
今回はまあ……俺にも非はあったから仕方ないが、今後はもう少し自粛しよう。
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