ガルシア&プレア 下

 灯台に突入しようとしているリヴィの子供達。

 リーダー役の獅子人族が大剣を持って先頭を行く。

 キングクラブを殺せずとも弾き飛ばし、しっかりと先頭の役割をこなしている。

 

 すぐ後ろには犬人族の双短剣持ち。

 狭い場所ならこっちの方が活躍するだろう。

 リーダーのサポート役でもあるようで、後続に指示を飛ばしている。

 

 そこから少し遅れて、剣と盾を持った人族の子が続く。

 前二人が仕損じた獲物を狩るのだろう。

 最終防波堤の役割もあるようだ。

 少々気負い過ぎな感じがしないでもないが、油断するよりはマシだ。


 人族の子から三歩ほど後ろには、弓で灯台の回廊にいる見張り役のマーマンを牽制している猫人族がいる。

 本当は仕留めたいのだろうが、高低差と残りの矢の数を考えて牽制に留めているようだ。


 弓兵のすぐ後ろには魔法士と治癒士が並ぶようにして続いている。

 今のところ目立った負傷もなく、敵も先頭の三人が退けているため役目がなくて手持無沙汰のようだ。



 六人が灯台に突入したのを見届けて、プレアは灯台を背にキングクラブと対峙した。ガルシアは坂の下で崖を登ってくるキングクラブとマーマンを海の水を利用して叩き落としていた。水棲生物でも陸に上がれば水魔法にやられる。増援は今のところ気にしなくてよさそうだ。

 



 今、戦場となっているここは切り立った崖の上に灯台があり、灯台までは細い一本の坂道があるだけだ。

 崖になっているため魔物たちの増援は崖を登って来るしかなく、登りきる前に攻撃して落としてしまえば脅威にならない。

 俺としては、マーマンとキングクラブを唆したヤツがいると考えていたんだが、考え過ぎだったようだ。

 このまま滞りなく進めば、一時間と経たずに任務は終了しそうだな。


「団長、物足りないんだけど……」

「それが今の仕事だ。しっかりとやり切れ。プレアも雑魚散しを終えて灯台に突入したようだし、もう少しで終わるはずだ。それまでは我慢しろ」

「…………」


 ガルシアが顎に手を当てて考え始めた。

 増援の対処は変わらず続けているが、少し油断し過ぎじゃないかね?

 おっと、こっちを見てきたぞ。何か言いたそうだ。


「……団長、少々簡単すぎるとは思わない?これなら私達がいなくても、多少人数を増やした彼女達で済んでいたと思うのだけど」

「まあ、それは俺も考えた。だが、ここの住人は俺達の力を必要としたんだ。ちゃんと仕事をこなせば問題ないし、お手軽な依頼だったと思えばいいだろう」

「団長……直感的に一筋縄では終わらないと思っているんじゃない?」


 ちっ、無駄に鋭いな。

 ……いや、俺が表情と声に出してしまっただけか。

 こういうところは夢魔族の血を引いてるからこそなのだろうな。

 人の感情の機微に敏い。

 他の団員にはまず気付かれないような些細な変化も、ガルシアには敏感に感じ取られる。

 だから、彼女には嘘を吐けないし、誤魔化すことも出来ない。


「はぁ……こういう時、お前が相手だと面倒だ。本当に面倒な女だ」

「さ、さすがにそれは言い過ぎじゃないかしら…?そんなに言われると本気で傷付くんだけど」

「出来る女は嘘だと分かっていても流すもんだぞ。……まあ、お前の言うことは間違いじゃない。俺はこの程度で終わるとは思ってない。コイツらを唆した黒幕がいると考えているが、それらしい気配がないから拍子抜けな感じだ」

「……海から来る、という可能性はどうかしら?」

「ふむ…………なるほど、その可能性が高そうだ。というか、微かにだが気配があるから確定だな。機を待っているようだ。ガルシア、引っ張り揚げろ」

「ふふっ、了解。………見つけたわ、逃がさない!『波連錨ばつびょう』」


 

 水で出来た錨を投擲したかと思うと、瞬時に目標を拘束して引っ張り揚げた。

 海中から出てきたのは、なんと人魚だった。

 一切何もまとっていない、つまり全裸でのご登場。

 下半身は魚だが、胴体は人間だから胸は当然バッチリ見えてしまっている。

 目の前に降り立った時に豊かな胸が揺れてそれを見てしまったのは不可抗力。

 

 そう、これは仕方ない事。相手を見てないと不意打ちを食らってしまうかもしれないからな。決してやましい気持ちで見ているわけではない。戦う者としてこれは当然の行為だ。

 

「グッ……まさかアノ場所を捕捉してくるトワッ!!」

「団長、イヤらしい目で見ちゃダメよ?見たら後でその両目を抉るから」


 え?俺?この場面で文句言われるの俺なの?

 ガルシアの方を見ると、目が笑っていなかった。

 ヤバい、本気の目だ。大人しくしてよう。


「下がってて。こいつは私が仕留めるから」

「舐めたマネを…っ!!」

「あなたの相手は私で十分よ。『流麗なる清水』」


 ガルシアが魔法を発動すると、持っている剣に水が纏わりついた。

 純度の高い水なため、目を凝らさないと見えない程に透明だ。

 剣だけでなく、ガルシア自身にも水が纏わりついていた。

 攻防一体の魔法だ。

 ただ、それだけではないがな。


「水でワタシに勝テルと思うナッ!!」


 人魚の方も水が周囲に浮いていた。

 海水をそのまま引っ張ってきたから量がガルシアよりも多い。


「まとめて海ニ引き摺り込んでヤルッ!!」


 諸共に海の中に引き摺り込み、自らの土俵で戦うつもりなのだろう。

 その方針は正しかった。

 相手がガルシアでなければ、という条件付きで。


「こっちこそ舐められたものね」


 ガルシアの周りにある透明な水が壁となって海水の波を防いだ。

 一応俺も守ってくれるんだな。

 人魚は見るからに不愉快という感じだ。


「グッ……ならば、コレはどうダッ!!」


 今度は海水を槍の形状へと変化させて投擲してきた。

 貫通力を優先したのだろうが……そもそも実力差がありすぎたな。


「この程度?なら、もう終わらせるわ」


 槍でもガルシアの水の壁は貫けなかった。

 水に付与している魔力量の差が、明確な実力の差を表している。

 同じモノならば、より質の高い方が勝つのは自明の理。

 魔力の量も、込められている質も桁違いなのだから、この結果は当然だ。



「ワ、ワタシが負けるダトッ!?」

「所詮その程度だったということよ。それじゃあ、さよなら」


 ガルシアが人魚へと肉薄し、持っている剣でその心臓を貫こうとしたその時、人魚が突然大声を出した。

 いや、大声じゃなくて歌か!


「ガルシア! 今すぐそいつの喉を斬り裂け!」

「っ! ハァッ!」


 人魚の歌で一瞬攻撃が遅滞したが、俺の言葉で即座に再度攻撃して人魚を仕留めることは出来た。

 出来たのだが……


「マズいな。完全に忘れてた」

「どういうことか説明してくれる?」

「人魚の特殊能力として、歌声で魔物を操るというモノがあるんだ。これは人間にも影響を与えると言われているが、魔法を使える者には効かない」

「魔力を持たない人間には致命的な能力ね。それで、何がマズいの?今の説明だと、今回の参加メンバーには特に支障はないと思うけど」

「歌声の第二の能力、こっちの方が厄介だ。死に瀕した人魚の歌には祈りが込められていると言われ、近くにいる魔物を無条件で大幅に強化するらしい。ただし、狂化とも言われ、一度歌を聴いた魔物は命尽き果てるまで暴れ続けるんだとか」

「……まさかっ!」

「歌声は向こうにまで聴こえたと考えるべきだろうな………はぁ、雑魚散しの再開だ。ここは俺がやる。お前は灯台に向かえ」

「わかったわ」


 ガルシアは魔物どもが道を塞ぐ前に灯台へと駆けて行った。

 物分かりが良いのは、イイ女の証だ。

 さて、ああ言った手前、教え子よりも後れを取るわけにはいかないな。

 久しぶりだが、コレを使うか。

 まずは鎌からだな……




 ガルシアは下の入口から入ろうと一瞬考えて、どうせなら上からの方が早いかしら、と考えて跳躍して灯台の回廊部分に跳び乗り、見張り役を全て斬り捨てて中へと突入した。

 中に入ると、螺旋階段が延々と下まで続いていて、プレア達はまだ真ん中より少し下付近にいるのが確認できた。狭い階段と、魔物の密集陣形のせいでなかなか進められなかったようだ。

 状況を確認すると、ガルシアは階段の欄干から飛び降りて一気にプレア達の所まで移動した。自由落下に身を任せ、プレア達の近くまで来たら水を足場にして着地するという常人離れした行動をとった。いきなりの登場に、リヴリティアの子供達は目を見開いて驚いていた。


「プレア、無事かしら?」

「ガルシア! 私は問題なかったけど、犬の子がちょっと肩をやられちゃって今は休んでるとこ。それにしても、急に魔物の動きが変わったんだけど、何か聞いてる?」

「魔物たちの行動の変化は、外で私達が相手にした人魚のせいよ。だから責任取って団長は外で雑魚を狩ってる。私はあなた達の援護よ」

「救援感謝する。だが、ここは我々だけで十分だ。外の対処を……」

「言ったでしょ?私達の団長が一人で受け持っているって。だから心配無用よ。それに、さっさとこっちを終わらせないと団長が暴れ過ぎちゃうかもしれないし」


 言いながらも、ガルシアは水を様々な形状に変えて次々と上からやって来るマーマンを仕留めていく。


「ガルシアばかり活躍すると私が役立たずだったみたいに言われそうだから、ここからは私にやらせて」

「どうぞ、御自由に」

「……でも、足場は貸してくれない?」

「はぁ……貸し一よ?」

「ありがとっ。じゃあ、行きますかっ!」


 ガルシアに借りた足場を踏み台にして跳躍したプレアは、天井付近まで跳び上がると、今度はそのまま落下し始めた。


「『炎舞・逆赤龍さかさせきりゅう』」


 炎を纏った斧を振り回すと階段に沿って下降する炎の龍が生まれた。

 マーマンは次々と灰になって散っていく。

 龍はガルシアが地面スレスレに展開していた水の壁に接触すると消滅した。

 魔物の全滅を確認したプレアは、再度水の足場に着地して腕組をした。 


「完璧っ!」

「私がいなかったらこの子達は消し炭よ?」

「あんたがいるから使ったのよ」


 二人は睨み合ってから少しして、どちらからともなく階段を降り始めた。

 一触即発の事態か、と緊張していたリヴリティアの子供達はほっとしたのもつかの間、慌てて二人を追いかけた。

 八人が外に出ると、団長は木陰でのんびり腰掛けていた。


「やっとか。仕事は終わりだ。帰るぞ~」


 八人が無事に出てくるのを確認すると、団長は立ち上がって町へと歩き出した。

 八人は急いでその後に続くのだった。




 任務の日から三日後のとある食堂―――


「お疲れ様。私のところの子達が迷惑かけなかった?」

「問題なかった。というか、ウチの子達よりも礼儀正しかったよ」

「あら、褒められるとは思わなかったわ。帰ったらあの子達に伝えておくわ。それで、首尾はどうだった?」

「予想通りだが予定外の敵とやりあった。報告することはそれだけだな」

「予定外?どんなの?」

「人魚」

「……変態」

「え!?お前にも罵られるの!!?俺何もしてないのに??」


 対面に座るリヴリティアに蔑んだ目で見られた。

 ヒドい言い掛かりだよ……


「まあいいわ。それで、何が予定外だったの?人魚相手なら一方的でしょ?」


 とりあえず葡萄酒飲もう……。


「死体は検分してみたが、比較する素体がないからまだ正確には分かっていないものの、人魚の特異種であると俺は考えている。魔力量が異常だった。だが、それにしては魔力の扱いが雑だったから、おそらく変異して日が浅かったんだと思う。魔力を扱えていたら、ガルシアといい勝負だっただろう」

「……それって、例の男の実験のせいで?」


 おっと、目つきが鋭くなったぞ。

 ついでに周囲の温度も若干下がってきたな。


「だろうな。じゃないと説明がつかない。陸に上がっても戦える人魚なんて、聞いたことがないだろう?」

「そうね。……また会議かしら?」

「だな。おっと、そろそろ帰る時間だ」

「私はまだいるわ」

「飲み過ぎるなよ?」

「わかってるわよ~」




 一時間後に気になって戻ってくると、酔い潰れた状態で魔法を発動させ、寝ているテーブルとその周囲を氷漬けにした彼女がいた。

 周囲は零下30度。誰も近付けずにいるため放置されていたようだ。

 店長に謝りつつ、彼女を背負ってギルドまで送り届けた。

 後日、謝罪文とともにちょっとした品物が送られてきたのはここだけの話だ。

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