シロの手綱を握るセレナ

 晴れわたる空。

 悠々と空を舞う鳥。

 春を感じさせる草花の彩り。

 時に、木にとまった鳥の歌声が聞こえてくる。


 優しく穏やかな風が血の匂いを運び、木の根元には何かの骨が転がっている。

 そんな場所に現れた彼らの視線の先には、遠くからでもはっきりと視認出来るほど大きく威圧感のある砦が建っていた。



「団長、ここが新種が確認された砦か?」

「そうだ。紫色のオーク、緑色のオーガ、そして黒色の巨人。偶然近くを通りかかった冒険者からの情報が始まりらしい。それから徐々に目撃情報が集まり、先日ついにクエストが張り出されたって流れだ」

「――死臭」

「ん?……確かに。ここらの動物はほぼ全てエサになったんだろうな」

「――弔う?」

「後でな。セレナ、探知魔法で周囲を確認してくれ」

「自分でやった方が早くて正確だろうに……周りに魔物はいない。この先の砦入口に門番がいるな」

「俺が先行しよう。お前達は砦の周辺を探索してきてくれ」

「珍しい。団長自ら戦闘に参加するなんて。どういう風の吹き回し?」

「……お前らだと潜入出来ないだろう?」

「………………」


 鋭い指摘に顔を逸らすセレナ。

 シロは話を聞かずに周りの景色に目を向けていた。


「はぁ……」



 残された二人は、言われた通り砦の周辺探索を開始した――のだが、やっていることはただの散歩だった。

 セレナは砦を見分しながら歩き、シロは空を飛ぶ鳥や実がなっている木を眺めていた。

 歩き回ること一時間、砦の正面へと戻ると団長が既に立って待っていた。


「その様子だと何もなかったようだな」

「残念ながら。反対側にあった橋は上げられてて出入りできそうになかった」

「こっちは中の偵察を可能な範囲でやって来た。情報通り、見た事もない魔物どもがわんさかいた。今回は生息圏を増やさせないためにも殲滅する」

「――全力?」

「そうだ。俺が合図したらシロがここから突貫してもらう。後ろからセレナが支援だ。俺は外の警戒をする。万が一危機的な状況になったら助けてやるから、思い切りやってこい。最近全力でやれてないだろう?」

「いいのか?二人で全力だとこの砦が――」

「構わん。既に廃墟となっていたんだ。崩れたところで問題はない」

「よしっ! 行くぞ、シロ!!」

「――準備は出来てる」

「いいな?――行け」


 合図とともに、大槍と大盾を展開したシロが全力疾走で砦内へと突入。

 セレナはその後ろから数本の光の剣を展開して続いた。




 砦の中は広かった。

 入口から突入すると、左右に上へと続く階段のある長い廊下が続く。

 二人が少し走ると大きな扉が目の前に現れる。

 シロが大盾で扉を吹き飛ばすと、中には情報通りの魔物たちが部屋いっぱいに居座っていた。

 大扉が吹き飛ばして中に入って来た二人を見た魔物たちは、焦ったように武器を構えて臨戦態勢に入った。


『ニンゲン……潰スッ!!』

「――〈干渉し 弾く鎧〉『爆裂装甲』」

「あちゃー。これはちょっとマズいかな?」


 侵入者に最初に襲い掛かったのは、黒い肌の巨人。

 武器を持たず、大樹のように太く逞しい、岩を想起させるような豪腕を振り上げ、味方が周囲にいるのも構わず地面に振り下ろす。

 その一撃で床は砕けて周囲に石の破片を飛び散らせた。周りにいた魔物たちの中にはその破片で負傷するモノもいた。

 対して、シロは気にせず突貫して巨人に肉薄。

 魔法で表面から棘が生えた大盾を構えて跳躍してそのまま巨人に勢いよくぶつけると、体長6mはあろうかという巨人が爆発と共に弾き飛ばされた。

 巨人の後ろで待機していたオークたちは、予想外の事態に身動きが取れずそのまま巨人に圧し潰されてしまった。


「ああっ、もう! 〈光よ 彼の者に 害意を弾く 光の衣を〉『聖鎧輝』!」

「――ヤァァアアアーーー!!!!!!!」

「一度火が点くともう止まらない。あらゆるものを轢き潰すまで走り続ける『戦車』………団長め、こうなると分かってて私に放り投げたなー!!」


 先陣を切った巨人は心の臓を穿たれて絶命した。

 予期せぬ事態に混乱しているオークとは異なり、壁際にて武器を構えながら様子を窺っていたオーガは、シロではなくセレナに標的を替えたようだ。

 目で合図して三体で一気にセレナに接近。


「シロが駄目なら私をって?それは少々短絡的だ。相手の実力も分からぬうちに攻めるのは賢い選択ではなかったな。まあ、魔物に言っても仕方ないか――飛べ、《聖剣》よ」


 戦斧、大槌、棍棒。それぞれを持って駆けて来たオーガに、セレナが展開していた九本の光の剣が襲い掛かった。

 一体につき三本。一本を弾いても、残りの二本が腕や脚に突き刺さる。

 しかし、オーガが止まって光の剣を抜くと、たちまち傷口が塞がっていった。

 それを見たセレナは、即座に険しい表情になって魔法の詠唱を開始した。




 これまで赤しか観測されていないオーガが、緑色の体皮をしている。

 しかも、他の魔物なら致命的な攻撃も即座に修復。

 高速再生の能力を持った変異種?

 それともこれも団長の言ってた例の……って、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。

 高速で再生するのなら、再生できないくらいに切り刻んでしまえばいい!!


「〈破魔の矢 邪払の聖剣 迷える者を救うかいな 魔を退けし光輝を我が手に〉『輝ける退魔の聖印』」



 魔法を唱えると、彼女の剣と盾と鎧の胸元に光る十字の聖印が浮かび上がった。

 聖印から光の波紋が生まれてそれぞれを覆う。

 生まれたのは十字の聖印だけではない。

 セレナの背中からは白い腕が四本生えていた。

 それぞれの手には剣、斧、槍、槌が握られていた。

 それだけではない。

 彼女の周りにも、光魔法で出来た剣、斧、槍、槌、薙刀が浮いていた。

 それも何十本もだ。


「これくらいで足りるだろう。さて、それじゃあこちらも始めようかっ!!」


 セレナの掛け声とともに周囲に浮いていた得物が、三体のオーガに殺到。

 一体は地面を転がることで足を少し負傷する程度で済んだが、残りの二体は避けることもままならずに斬り刻まれて絶命した。


「……こんなにあっさりと死ぬならもう少し手加減するべきだったか?いや、生き残った一体に期待するとしよう。愉しませてくれよ?」





 砦内での喧騒が止んだので、団長は重い足を精一杯動かして中の様子を見に行くことにしたのだが――


「おいおい、この惨状はなんだ?床や壁が所々溶けてるし。巨人が、一体は地面に寝転がってるわ、もう一体は壁に叩きつけられてるわ。よっ、と……変色オーガは体中が斬り刻まれてるし……って、一体だけ両腕両足が無いのは……訊かないでおく。他は……オークの死体のとこだけ床が溶けてるってことは、こいつの体液なり唾液が酸だったのか?」 


 砦内は血の匂いと酸の匂いで満たされていた。

 武器をしまって目を閉じたまま立っているシロ。

 団長の到着を待ちつつ、転がる屍を注意深く検分しつつ手帳に書き込むセレナ。

 団長はセレナの元へと移動しつつ、自分で見分しながらセレナに尋ねた。


「体液だ。《聖剣》で体を貫いたら、噴き出した体液で床が溶けた。知らずに愛剣で斬ってたら、憂さ晴らしにバラバラにしてたかもしれないな」

「そうか。シロは無事か?」

「――問題なし」


 本人が言った通り、彼女の体には傷どころか汚れの痕すら見当たらなかった。

 巨人二体と殴り合い、オークを轢き潰したにもかかわらず、彼女の装いに乱れは見られなかった。


「よっし。なら撤収だ。帰り道で少しメシでも食って帰るぞ」

「――いいの!?」

「クロエに小言を言われても知らないからな?」

「何言ってんだ。お前も食うだろ?だったら当然、怒られる時も一緒だ」

「私は団長に無理矢理、あーん、されたって証言するつもりだが?」

「ひ、卑怯な……お前は鬼か…?」

「――団長、早くっ!」


 一人興奮しているシロは、団長の袖を摘まんで急かした。

 そんな、普段は無表情のシロが時折見せる可愛い仕草に頬が緩んだ団長は、彼女の頭を撫でる。

 それが嬉しいのか、シロは目を細めて為すがままだ。


「わかったわかった。焦らなくても絶対行くから。ほらっ、セレナも行くぞ」

「はぁ……団長はシロとリリーにはとことん甘いな」

「可愛い子供は甘やかす主義だからなっ!!」

「やれやれ……クロエ達だけでなく師匠たちにも色々と小言を言われるぞ?」

「言わせておけばいいんだよ。子供を可愛がるのは親の特権だ」

「親、ではないんだがな」

「親も同然だよ。まあ、育ての、が頭に付くがな」




 今回も無事任務を終えて、シロとセレナを餌付けして帰ると、頭に角が生えたクロエと、今回は珍しく彼女に味方するクシュリナ、カルネが執務室で待っていた。

 仁王立ちで。

 逃走しようとしたものの、即座に他の副団長たちに取り押さえられて椅子に固定されたのは自業自得。

 書類仕事をほっぽり出して弟子たちと一緒に任務に行く団長についに我慢の限界を迎えたらしく、目が笑っていない三人にお説教される団長であった。

 シロとセレナの追加情報で一日追加で説教されたことは、他の団長たちにも知れ渡ってしまったとか。

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