シャルネ

 団長に迎えられる以前、私は山奥にいた。物心ついた頃から一人で生きてきた。周りに誰もおらず、全て一人で何でもこなした。狩りも家事も水汲みも。毎日がその繰り返し。退屈だとは思わなかった。

 これから先もこの生活をずっと続けていくのだと思っていた。外の世界に興味は湧かなかった。


 そんな平穏な日常が奪われたのは突然だった。


―――――――――――――――


 これで十分………ん?今日はなんだか森が騒がしい。何かあったのか?とりあえず確認しに行くか。



 この行動が間違いだったと、あの時は後悔した。いつも通り家に帰っていればあんな思いをすることもなかったと。

 だけど、あの時があるから師匠たちに会うことが出来た、今では幸運だったと思っている。



 この先か。確か水場だったような………


“ おい、早くしろ。こいつの親が来るかもしれねえんだ。とっとと縛って戻るぞ。”

“ そういうなら手伝え!”

“ 俺は見張ってんだ。それより早くしろ。”

“ ちっ! テメエの取り分は少ねえからな!”

“ いいから早くしろ!”


 あいつらは……なっ! ユニコーンの子供を捕まえたのか!?

 そんなことをすれば森の怒りを買うぞ! 今すぐ止めさせなければ!


「おい! その子を解放しろ! 森の怒りを買うぞ!」

“ なんだお前は、って角が生えてやがるぞ! 鬼だ! 全員武器を取れ!”

「なっ!」


 ユニコーンを捕獲していた男たち5人は、見張りの声で武器を取って攻撃してきた。さすがに身の危険を感じた私は、対話ではなく応戦という選択肢を選んだ。


“ 弾が当たんねえ! なんなんだこいつは!”

“ とにかく撃ちまくれ! 近付かせんじゃねえぞ!”


 男たちは、とにかく撃てるだけの弾丸を私に浴びせてきた。

 しかし、狩りで鍛えていた私にはかすりもしなかった。


「無駄だ。どれだけ攻撃してきても私には当たらない。ユニコーンの子供を置いて帰れ。」


“ くっ! 戻るぞ! 報告だ!”


 男たちは撃つのを止めてそそくさと退散していった。私はそのあと、ユニコーンの子供を解放して家に戻った。

 それから一週間は平穏な日々が続いたが、また、あの男たちが現れた。

 今度は20人近い数の仲間を連れて。私の家を探したのか……?



“ おい! ここにいるのは分かってるんだ! 出てこい!!”


「なに?」

「出てきたか。この前はよくも邪魔してくれたな」

「ユニコーンは森の守り神。守るのは当然」

「こっちは生活が懸かってるんだ。知ったこっちゃねえ」

「ユニコーンの恩恵なくして森は維持できない。森と生きる者として見過ごすことは出来ない」

「そうかよ。じゃあ、悪いな……やれ!」

「……そんなことだろうと思ってた」


 目の前にいる男を含めて全員が猟銃を持っていた。

 でも、私には当たらないという自信があった。


「くっ! どんどん撃て!!」

「無駄だということがまだ分からない?」

「くそっ………まだか?」

「……まだ?」

「ちっ……ん?よし! 全員ズラかるぞ!!」

「なんだ、急に………まさか!!」


 男たちは二手に分かれていたのだ。20人のうちほとんどは私の足止め。残りの数人でユニコーンの捕獲に行っていたのだ。

 私の家から水場までは300mほど離れているから、保険を掛けたのだろう。


「またか! そこまでして森の怒りを買いたいか!!」

「はっ! 森の怒り?そんなもんあるわけねえだろう! これまでにも捕獲してたからな! 今まで一度も森の怒りとやらを買ったことはない!!」

「貴様らは知らんのだろう! 森が徐々に衰退していっていることを! 動物たちが住む場所を追われていることを!!」

「そんなことは知ったことじゃない! 弱いから淘汰されてるだけだ!!」


 くっ!こうもたくさん撃たれてはまともに近づくことも出来ない!!


「一気に坂を下れ! それで今日の仕事はおしまいだ!!」

 

 このまま逃がしてはますます森の衰退を進ませてしまうだけではないか!

 話し合いでは解決しないのならば実力行使しかないか……母上、すまない。母上との約束を破ってしまうかもしれないが、これも森を、住処を守るため!


「うぉぉ!!」

「加速しやがった! 急げ!!」

「追いついた!」

「……残念でした。」

「は?……うっ――――」




「目が覚めたか?鬼の子」

「ん……ここは………」

「俺の家の納屋だ」

「なに?……くっ、手が」

「鬼族だからな。枷くらいはするさ」

「これからどうするつもりだ?」

「さて……どうしたものかね?」


 迂闊だった。ユニコーンを捕まえた後、私が追いかけて来ると予想して罠を準備していたのか。こいつらの罠にまんまと引っ掛かってしまったということか。


「お?来た来た」

「なに?」


“ おい、もう始めてたりはしねえよな?”

“ みんなで楽しむって約束しただろう?”

“ ならいい。なんだ?これから何をされるのか分かってないのか?”

“ 森の奥で1人で暮らしてたら経験出来ないだろ?”

“ それもそうか。じゃあ、俺達が初めてってことか。ワハハ!”


 こいつらは何を言っているんだ?経験?初めて?


「おうおう、そんなに警戒しなくていいぞ。これからするのは気持ちいいことなんだからな!」

「誰が最初だ?」

「俺がやる」

「しょっぱなから壊さないでくださいよ!」

「俺は加減を知らんから無理だな」


 何を言っているんだ?何をしようとしているんだ?


「はははっ、コレを見るのは初めてか?なに、たんと可愛がってやるから安心しろ。病みつきになるぞ」

「ひっ!?こ、来ないで!!」

「おい、お前ら。押さえつけろ」

「さ、触らないで!!」

「くっくっく。鬼族の女なんぞ初めてだ。愉しませろよ?」

「いやーーーーーっ!!!!!」

「うるさ――――」

「汚らわしい」

「――は?」

「団長、いい?」

「いいぞ」

「待ってく―――」


 襲われた、と思った瞬間、襲おうとした男が凍り付いていた。

 周りを見回すと、黒い外套を纏った男の人と女の人がいた。

 女の人は

 そして、その刀で次々とこの場にいた男たちを斬り殺していった。



「そ、そこまでしなくても……」

「今まさに襲おうとしていた者達を庇うのか?」

「――それでも、殺す必要はないのでは?」

「彼らは、この近くの森の守り神であるユニコーンを狩っては死体を売り払って大金を得ていた。金儲けのためだけにな。守り神が減ることで森が衰退して行っていることも知らず、金が尽きては狩ることを繰り返した」

「今回だけじゃなかったんだ……」

「王国は散々通告したが、改善されることはなかった。この南方地域は比較的平和ゆえに軍が少なく、対応が遅れていたのもある。だから今回、俺達が来たんだ」

「あ、えっと…助けていただいてありがとうございました」

「……見たところ一人のようだな」

「母上は3年前に亡くなり、それからは一人で森の中で暮らしてきました。まさか、こんな事態になっているなんて思わなかった……」

「これからどうするんだ?」


 そうだ。これからどうしようか……森は衰退の一途を辿ってる。

 母上と共に過ごした大切な場所だけど………


「別の場所に移ろうかと。ここは育ててくれた場所だけど、この村の近くにはいたくないので……」

「俺達と来るか?」

「え?……なぜ?」

「見たところ鬼族だろう?普通の人々の中で生活するのは難しいはず」

「そうですけど……」

「俺は今、仲間を集めている。来る時に備えてな。お前は見込みがある。どうだ、一緒に来ないか?」


 嘘をついていないことだけは分かる――真意は見えないけど。


「――私は強くなれる?」

「それは」

「それはあなた次第」

「トリシア、もう終わったのか?」

「雑魚じゃ相手にならない」

「……ちょうどいいか。トリシア、お前の弟子にしてみないか?」

「弟子?………………ギリギリ合格?」

「だ、そうだ。来るか?」


 誰かを守るための力。母上との二つ目の約束を果たすためには今はこの人達と一緒にいる方が都合がいいか。


「わかった。一緒に行く」

「そうか。トリシア、指導はお前に一任する。徹底的にやれ」

「勿論」



 このときから、私は師匠の弟子になった。どんな時でも厳しく、泣き言を言おうものならより厳しさを増した。

 でも、実戦の後だけはとても優しかったし、褒めてもくれた。師匠のおかげで、どんな状況でも仲間を守る力を手に入れられた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「シャルネ、今日は一段と気合が入ってるじゃねえか。どうした?団長にお菓子でも貰ったか?」

「――違う。もうすぐ師匠が戻って来るから」

「ああ、なるほど。あんたのとこもスパルタだったね。てことは、怒られないようにするために今から真面目にやってるフリかい?」

「――フリじゃない。毎日鍛錬は欠かしてない」

「それはみんなそうさ。だけど、あんたとあたしのところはこの程度じゃ満足してくれないだろう?」

「――団長に頼もうかな?」

「それはいいね! 久しぶりに戦ってみようじゃないか!」

「――冗談。クロエが凄い形相で睨んでるからやらない」

「あん?――ああ、使いっ走りか。あいつは気にしなくてもいいのに」

「――あれでも副団長だから。揉めると厄介」

「そういえばそうだったね。じゃあ、今日は大人しく二人で組手でもやるかい?」

「――うん。今日は、ね」



 今の日常を守れるだけの力は手に入れた。あとは、あの時に言ってた『来る時』までに戦える力をつけないと。―――あと、師匠に怒られないために。

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