ダリア

「ちっ! 今日の相手も雑魚だったじゃねえか」

「仕方ないだろう?お前が強すぎるんだよ。」

「なら、もっと歯応えのあるヤツを用意しろよ。最近は消化不良で仕方ねえ」

「今も探し回ってるから、まあもう少し待ってくれや。」


 ちっ!いつもそう言って連れて来るのが雑魚じゃねえか。今日は見てくれだけの大男、昨日は武術を修めたじじい。一昨日は……槍使いだったか?弱すぎて話にならねえ。



 ダリア・ナルスラム。辺境にある大きな街の闘技場にて、女でありながら頂点に立つ最強のアマゾネス。武器を持たず、拳で全てを粉砕する彼女を人々は、『闘神』と呼んでいた。彼女が闘技場にいた理由はただ一つ、強い者と闘うためだけあって、彼女はデビューしてから無敗だった。無敗であるが故に、日を追うごとに彼女の渇きは増していった。いつしか闘技場の主催者は彼女のために獲物を探すようになった。西へ東へ。毎日探し続けた。



「もう無理だ。ここら一帯は探し回ったからもう見つからないだろう。いっそ王都にでも飛ばした方がいいんじゃないか?」

「あっちにはあっちの縄張りがある。連れて行けば高値で買われるか、追い出されるかだ。」

「ヒデえ話だ。でも、じゃあどうするんだ?いつまでも雑魚ばかりじゃそのうちキレて俺等を絞め上げるかもよ?」

「………もう十分稼がせてもらった。誰かに奪われるのは勘弁だ。」

「……まさか、殺すのか?」

「さすがのあいつも猛獣複数を相手に闘えはしないだろう。」

「なるほどな。決行はいつだ?」

「四日後だ。それまでは獲物探しに集中しろ。猛獣は俺が手に入れて来る。」

「わかった。頼むぞ。」

「ふんっ。お前の方こそ、先に噛みつかれるなよ?」



――翌日――


「今日の相手も弱かった。なんだ?あの武器。臆病者が使う武器じゃねえか。男なら拳で語り合うくらいの度胸を持ちやがれってんだ!」

「……あれでも物足りないか。次は拳の男を連れて来る。それで納得してくれ。」

「なんなら猛獣でもいいんだぜ?まだやり合った事がねえからな」

「連れて来るのに一苦労だからな。勘弁してくれ。」

「そうかい。まあ、期待しないで待っておくよ。じゃあな」



「―――次は猛獣がいい?なら、御望み通り猛獣の相手をしてもらおうじゃねえか。三日後が楽しみだ。」



――三日後――


「今日は珍しく猛獣だったな。虎だっけ?気を利かせてくれたのか?」

「……人間よりも確実に手に入るからな。」

「そうか。また頼むよ。人間よりも愉しめるからな」

「そうだ。今日の夕方空いているか?」

「あ?空いてるが、それがどうした?」

「少し話がある。日が沈んだくらいにここに来てくれ。」

「なんだ、デートじゃねえのか。まあ……あまり愉快な話ではなさそうだな」

「……来てくれたらわかる。」

「そうかい。じゃあ、それまでは暇つぶししてる。じゃあな」





「――さて、これはどういう状況だ?」

「お前は強過ぎた。それじゃあ興行が成り立たない。実際、お前への挑戦者は日に日に減っている。分かるか?強過ぎたら対戦相手がいなくなっちまうんだよ。」

「闘う前から逃げてる臆病者なんか相手にするだけ無駄だ。あたしは強いヤツにしか興味がないからな」

「分からねえか?それじゃあ俺達が食っていけなくなるんだよ! お前の対戦相手を探しに行くことも出来なくなるんだよ!!」

「それは困るな。だが、手加減しろ、なんて言われても困る。まして、負けろ、なんて言われた暴れるだろうな」

「だと思ったよ。だから、お前を今日、処分する。」

「ははっ! この程度の連中に後れを取ると思ってんのか?舐められたもんだな!」

「お前の力量を見誤るわけないだろう? 何年お前を飼っていたと思う。」

「…………」

「おい、連れて来い。」

「――――へえ、今日の昼間に珍しく出てきたと思ったら、こういうことだったのか。大盤振る舞いだな!!」



 今日の獲物だった虎が、なんと4頭も。それに加えて熊が2頭。あとは――見たこともない大きな人型の、けれで明らかに人では無い気配を放つ3mは越えていそうな怪物が一体。

 さらに普通の人間が二十人ほど。ほとんどが護身用の鉈を持っている程度の軽装。猛獣を放って自分たちは高みの見物のつもりなのだろう。臆病者どもめ。



 まず、跳びかかってきた若そうな虎を殴り飛ばした。なんだ、軽いじゃないか。


 次に二頭が並んで駆けて来た。遅い。遅すぎる!

 左側の顔面を右拳で打ち抜き、少し遅れてきた右側を左アッパーで打ち上げた。


 最後の一頭は直後の光景を見て尻込みしたようだ。方向を変え、近くで待機していたテイマーに襲い掛かった。ざまあみろ。



 次に熊が一頭、突進してきた。これはさすがに正面からやり合うのはバカだ。

 熊なんぞを相手にするのはさすがに初めてだが、やることは変わらない。殴って殴って殴り倒すだけだ!!

 ただ……図体がデカいとこんなにもやりにくいもんなのか。下手に爪に当たればあたしでも無傷ではすまないだろうな。

 

 こっちが悩んでると先に向こうが動いた。立ち上がり咆哮してきた。随分と気性が荒いヤツを連れて来たみたいだ。

 右腕を振るって鉤爪で攻撃。今度は左。そして噛みつき。からの突進。単純だが、膂力と防御力があるからこその闘い方。嫌いじゃない!


 今度はこっちの番さ!再度の突進を避けた直後に後ろから飛びつき、思いっきり頭を肘打ちしてやった後、すぐに離れた。さすがにその一撃で決めることは出来なかったが、頭を揺さぶられて動きが止まったところに追撃で顔面に飛び膝蹴りをお見舞いした。頭蓋骨を粉砕することに成功したようだ。

 

 残りの一頭は静かに見守っていたが、仲間?の一頭がやられたのを見届けて突進してきた。さすがに獣では動きがワンパターンになりがちかと失望した時、突然突進してきた熊が吹き飛んだ。微動だにしていなかった人型の怪物が腕を振って薙ぎ払ったらしい………随分と馬鹿力みたいだな。


「なあ、喋れんのか?お前」

「…………」

「無視かよ。つまんねえの」

「…………ぁ」

「あ?」

「あああああああ!」

「ちっ! 喋ったかと思ったらいきなり攻撃かよ」

「はははははっ!! そいつはな、巨人族の血を引く怪物さ! 高い買い物だったがお前を処分出来るなら安いものだ! これからはこいつがこの闘技場の英雄だ!!」


 あたしの次はこいつが英雄ね。くだらねえ。所詮あたしらは金を稼ぐための道具だって言いたいのか?なら、テメエらの夢、ブチ壊してやるよ!!


「久々だからミスしそうだが、まあいいか。精々愉しませろよ!!」

「ブルズ! さっさとあの女を殺せ!!」

「いくぞ――『磁雷源』」

「なに?」

「う……あぁぁ」 

「踏ん張れよ」


 あたしは右拳を引き絞り、


「――――今、何をした?」

「答える義理はねえ。おい、デカブツ。いつまで寝てるつもりだ。これくらいじゃまだ終わらねえだろ?」

「――うぅぅ……あああああ!」

「そうだ! あたしを愉しませろ!!」


 巨人が握った拳を振り下ろしてくるが避け、薙ぎ払ってくるが跳んで回避。両手で掴もうとしてくるのを懐に入って避け、隙だらけの胴体に右の膝蹴りをブチ込む! 身体が浮いたところに回し蹴りの要領で左足で巨体を蹴り上げる。そして無防備の頭を踵落としで地面に沈めた。


「なんだよ、この程度なのか?巨人族って言っても純粋じゃなければこんなに弱いんだな」

「ぐぅ………」

「これで!」

「今だ!」


 その時、遠くから見ていただけの男たちが銃で巨人ごと銃弾を浴びせてきた。あたしはギリギリで回避できたが、巨人はまともに喰らってしまっていた。まだ死んではいないが、時間の問題だろう。


「随分と汚ねえことすんじゃねえか」

「汚い?俺達は剣闘士ではないから関係ない! それに、お前を殺せば全て終わるんだ。絶好の機会を逃すはずがないだろう?」

「クズがっ」

「なんとでも言え―――今だ!」

「なにをっ――くそっ!鎖が!」


 上の観客席にいる連中ばかり警戒していたところ、いつのまにかフィールドに降りてきていた手下が投げつけた鎖に雁字搦めになって倒れてしまった。いったいどこから―――死体の陰に隠れてやがったのか。


「はははっ! これでお前も終わりだ!!」 


 くそっ。こんなところで、こんな奴らに殺されんのか。情けねえ。


「殺れっ!!――――は?」


 銃が撃たれた音が確かに聞えたのに、いまだに身体を突き抜ける痛みも

死へ近づく時間も来ない。顔を上げると―――


「まだまだ上を目指せる才能溢れる若者を殺そうとするなんてな」

「この若さでこれだけの力を持っているのなら、将来は私達と同格くらいにはなれるんじゃないかな?」

「かもな。まあ、それに関しては彼女と師匠次第だろう」

「じゃあ、私が貰う!」

「御自由に。その前にこいつらの排除が先だ」

「了解っ!――ちょっと待っててね?」


 そこにいたのは二人の外套を纏う男女だった。あたしを守るようにして立つ二人は世間話でもするかのように構えることもなく場違いな話をしていた。


「あ、あんたたちは……?」

「ただの通りすがりの旅の者だ。この街で有名な闘技場を見に来たら、たまたま見かけたんで助けただけさ」

「団長、終わったよ。殺してない。どうする?」

「まあ、待て。――ダリア、だったか?これから俺達と旅をしないか?」

「旅…?」

「旅をしながら色々な物を見て、時には闘ったりする旅だ」

「だが……」

「強者に出会えるかもな?」

「っ!」

「強いヤツらと闘いたいんだろう?なら、俺達と旅をするのはうってつけだ。なにせ、仲間がそもそも強者揃いだからな。お前にとって最高の環境だろう。どうする?」

「……そんなの、決まってる。行くさ。あたしの望む物がそこにあるんだから!」

「そうか。じゃあ、要望通りザハールの弟子になってもらうとしよう」

「あんたがあたしの師匠?」

「見た目に惑わされるなよ。力だけなら仲間の中では最強だ」



 こうして、あたしは辺境の街の闘技場から解き放たれ、団長の旅に加わった。師匠は……想像以上に強かった。手加減を知らないから何度死にかけたことか。それのおかげもあって、今では反射神経がギルド随一にまでなってしまった。怖い。

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