リリー

 リリーが初めて御師匠さんと出会ったとき、リリーは一人でいたの。森の奥深くで、たった一人。


 周りにはたくさんの人が寝そべっていたのを覚えてる。その中にはカカ様もいた。あの時が最後かな、大泣きしたのは。



――――――――――――――――――



 リリーはツインテールで翡翠色の綺麗な髪の猫人族のまだ4歳の少女でした。ただし、瞳の色が左右で違う、普通の子と異なる部分がある子供でした。

 猫人族の間ではリリーのような子供は不幸を呼ぶ子――鬼子として扱われていました。そのため、慣例としてそういった子供はすぐに親に殺される決まりでした。

 しかし、リリーの母親は殺すことが出来ず、一人で山奥にて育てていました。

 そんな彼女たちを許容できない者達は彼女たちを殺すために動いていました。




 なぜリリーのように見た目が一般的でない子が鬼子として扱われるのか。それは猫人族の過去にあります。

 見た目の差はほんの少しであることがほとんどです。瞳の色が左右で違う、耳が尖っている(普通は丸まっている)、尻尾が二股といった程度です。

 鬼子でなくとも稀にこのような子供は生まれるため、すぐに騒ぎになったりはしません。そう、見た目は……


 では、鬼子かどうかの差は何か、と言われると答えは中身です。存在感、と呼んでもいいです。鬼子に共通することは、子供でありながら圧倒的な存在感を放つということ。極々稀に大人になってから発覚することもありますが、大体は4歳の時点で判断がつきます。



 ならばなぜリリーは殺されなかったのか。それには二つの理由があります。一つはいわゆる王族であったこと。もう一つは、先祖返りであったことが挙げられます。


 リリーは族長の娘である母親の元に生まれました。族長の側近はすぐに殺すべきだと進言しましたが、族長とリリーの母親、その夫は渋りました。


 族長が渋った理由はもう一つの方にありました。

 先祖返りと一口に言ってもいくつかのパターンがあります。先祖の力が使える、先祖に似ている、先祖の特性を持っている、など強く発現することもあれば見た目だけの者もいたりとそれぞれに程度の差があります。


 そして、リリーはかつて英雄と呼ばれた伝説の存在と違わぬ特徴を持っていました。力、特性、見た目、その全てを持っていたのです。

 翡翠色の髪、左の瞳は真紅、右の瞳は黄金色。尖った耳。三股の尾。



 そして、瞳の奥に隠れた



 かつて歴代最強と謳われ、英雄とまで呼ばれた存在は、今では忌まわしき過去として一族のなかでは語ることを禁じられています。その凶暴性のために一族が危機に晒されたことがあるからです。

 それゆえに、リリーの存在は危険な存在としか見られなかったのです。

 しかし、族長は新たな長の誕生として受け入れようとしていました。



 自らの血を引く子供ゆえに捨てることを躊躇う族長とその娘。過去の例があるからこそ、排除すべきとする側近たち。 

 過去の例で言えば、己の能力に呑まれ一族に叛旗を翻した者がいたらしい。結果、一族の優秀な雄がたくさん犠牲となったものの、五日がかりで鬼子を討伐したという。

 そんなこともあり、リリーのことで三日三晩会議が続き、結果として族長の娘が一族を離れるという事態にまで発展しました。




 そして運命の夜が訪れる。その夜は満月だった。

 リリーとその母親が里を離れて一年が経っていた。その夜も何事もなく過ぎるはずだった。


「カカ様?」 

「リリー、隠れていなさい」

「――うん」



“姫、もう満足でしょう?里に御戻りください。族長が心配しております。アレの処分は我々に御任せください。”


「リリーは私の大切な子よ。誰にも奪わせはしないわ。それに私はもう族長の娘ではないわ。これからはもうここに来ないで頂戴」


“――あなたには失望しました。残念です。”


「なんとでも言って。私はリリーと静かに暮らせればそれで十分だわ。だから帰って、父に伝えて。もう関わらないで、と」


“戻らないのであれば死んで頂きます。”


「っ!……そう、そういうことなのね。別の場所で万が一でも新たに種族を繁栄してもらっては困るから。こっちは静かに暮らしたいだけなのに!」


“そうならない保証がないですから。戻らない場合は殺すようにと命令されております。非常に残念ですが、死んでください。”


「死ねるわけないでしょ!娘を一人残してなんて!!」


“安心してください。娘諸共死んでもらいますから。”


「ならますます死ねなくなるじゃない! 行くわよ、リリー!!」



 そこから始まったのは逃走劇でした。逃げる母親と抱きかかえられているリリー、追う猫人族の精鋭。追いつかれるのも時間の問題だった。



「カカ様、怖い」

「安心しなさい、リリー。私があなたを何としても守ってあげるから!」


 しかし、逃走も長くは続きません。とうとう追いつかれてしまいました。


「くっ! こうなったら…っ!」


“今ならまだ間に合います。後ろの崖からソレを放り投げれば全て済みます。”


「そんなことをするくらいなら一緒に落ちてやるわよ!」


“――貴女は本当に馬鹿ですね。”


「え?――うぐっ!?」

「カカ様!」


“我々にとっては崖など障害でもなんでもありませんよ。――さて、死んでもらいます。無能な貴女はただ黙って娘が殺されるのを見ているのが相応しい。”


「待ちなさい! リリーに罪は無いでしょう!!」


“生きているだけで罪なんですよ。だから殺すのです。”


「―――ああああああああっ!!!!」


“何をしている! ちゃんと拘束していろ!!”


「リリーーーー!!!!」


“化け猫め! もういい、そいつから殺せ!!”


「が、はっ………り、りー……逃げ…て―――」

「カカ様?……カカ様?」


“最後まで手間を掛けさせよってからに。まあいい。こいつを殺してさっさと帰る……ぞ?”


「カカ様………ううううううううううわあああああああああ!!!!!」


“ちっ! さっさと黙らせろ。耳障りだ。”

“悪いな、嬢ちゃん。これも仕事なんでな―――”

“おい、どうした?――は?”


「カカ様を殺した。悪いヤツ。リリーとカカ様を傷つける者――排除!!」


“くそっ!なんてすばしっこいんだ!!目で追えんぞ!!!”

“覚醒してしまったのか!?”

“ヤベえ、ここから離れるぞ!!”


 覚醒したリリーは並大抵の者では相手にもなりません。彼ら精鋭部隊は一方的に惨殺されてしまいました。

 こうしてリリーはついに、かつて英雄を謳われた存在と同等の力を手に入れる覚醒を果たしました……母親の死をきっかけにして。


 覚醒してから三日三晩、リリーは泣きながら暴れ続けました。さすがに危機感を覚えた猫人族の族長は鎮圧部隊を差し向けますが、全滅させられました。

 手が無くなった族長は最後の頼みの綱として団長に依頼し、部下を派遣してもらうことになりました。派遣されたのは後にリリーの師匠となる人でした。



「この先にいるの?」


“そうだ。我々ではもはや手に負えん。すぐにでも排除してくれ。”


「そう。誰も付いて来ないでね」




「あなたがリリー?」

「……………」

「……その人がお母さん?」

「……カカ様」

「そう。大変だったみたいね。もう大丈夫。里の者達はあなたがここから離れてくれさえすればそれでいいって」

「カカ様を殺した人達なんて死んでしまえばいいのに!!」

「その人達はもう貴女に関わらないと決めたみたい。――私と一緒に来ない?」

「――カカ様は?」

「もう十分頑張ったから、そろそろ眠らせてあげないと」

「ここに置いて行けない」

「――その気持ちは分かる。でも、このままだと一生安らかに眠れないわよ?」

「どうするの?」

「貴女が望む場所で埋めてあげましょう」

「なら―――」



 こうしてリリーは私達と共に行動することになりました。今でも定期的に母親の墓参りをしているそうです。その場所はリリーと団長、リリーの師匠であるシルヴィアさんだけが知っています。我々でも知りません。



―――――――――――――



「む~、ウジャウジャうざい!!」

「それくらいパパっと倒せないとシルヴィアには追いつけないぞ」

「う~!! ……使っちゃダメ?」

「ダメ。何のために剣術を鍛えていると思っているんだ」


 今どこにいるのかと言うと、依頼でやって来ている森の中。依頼内容は、繁殖している『ホワイトモンキー』の討伐である。難易度も高くないので鍛錬ついでにリリーと俺の二人だけで来たわけだけど。


「――♪」

「おい。魔法を使ってるのはバレバレだからな?」

「っ!……だって面倒くさいんだもん」

「それじゃあ鍛錬にならんだろう?」

「でも!こんなのつまんない!!」

「はぁ~、わかった。今いる分を倒したら後は使っても構わん」

「やった! 頑張る!!」



 いつも集中力が続かないからやる気を出させるのに苦労させられるんだよなー。才能はピカイチなのになー。やっぱり子供っぽいせいなのかねー。こればっかりはどうしようもないか。


「終わったよ!!」

「そうかそうか。じゃあ帰ってメシでも食うか」

「食べて帰る!?」

「軽くな。じゃないと色々とうるさい奴らが多いからな」

「コロッケ食べたい! あと串焼きも!!」

「あ~、はいはい。わかったから。みんなには内緒だぞ?」

「うん、内緒!!」



 今度からはメシで釣るのもありか………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る