国の権力者が集う日

「今日はこれから王城に行くから留守番な」


 と、団長に朝食の最中に言われました。皆一様に不満そうです。そうでしょうね。今日は久しぶりに丸一日休暇という貴重な日なのだから。皆の気持ちを代弁して私が訪ねます。こういう時、話を聞くのは私クロエの役割です。


「王城に行くのはなぜですか?」

「今日は久しぶりの御前会議だからだ」

「今日なんですか?一か月は先だと思っていました」

「俺もそうかなーって思ってたんだが、お前達の報告とかがあって急遽開催することになったらしくてな。当然俺は参加しなくちゃならないってわけだ」

「同行するのは誰ですか?」

「今回は、ガルシア、セレナ、カルネの三人だ」

「わかったわ」

「了解した」

「わかりました」


 どうやら選ばれなかったことに不満があるメンバーがいるみたいですね。……私は別に何とも思っていませんよ?


「どのくらい時間がかかるかわからんから、各自で食事をとれよ」

「依頼が来たときはどうしましょう?」

「受けるだけ受けて置いといてくれ。一応目を通しておく必要があるからな」

「わかりました。では、行ってらっしゃいませ」

「ああ、行ってくる」


 今朝は団長が出て行ってから解散となり、各自の自由時間へと移りました。


※※※


「我々はどこにいればいいですか?」

「会議が終わるまでは暇だろうから、街を散策してきていいぞ。お金は持ってるよな?なかったら渡すが」

「私が持っています。では、時間が来れば御迎えに上がります」

「そうしてくれ」


 王城到着後、付き添いの三人は会議場の外で自由にした。

 会議場に入ると、既に座っていた大男がすぐに歯を見せて話し掛けてきた。


「おう、久しぶりだな」

「久しぶりだな、ベレス。相変わらず大きい」


 獣人族代表のような存在の狼人族の大男。身長は2m以上ある。


「お前さんは相変わらずの黒頭巾か」

「顔を見せる気はさらさらないからな」

「――御二方、久しぶりですね」


 二人で話していると背後から話し掛けられる。振り返るとそこにいたのは、見た目は二十歳前後の少女だが、実年齢は200歳を超えているハイ・エルフ。


「おおっ! 久しぶりだなー、ファルティナ」

「相変わらず若いな」

「……皮肉ですか?」

「――あら、私にはないのかしら?」

「今日も変わらず綺麗だな、リヴリティア」


 ファルティナの背後からやって来たのは、若くしてギルドを立ち上げて大きく成長させた女傑、リヴリティア。40歳を超えているがいまだ独身。


「ありがとう。でも後に言われるとちょっと複雑ね」

「褒められるだけマシだろう。こいつは認めたヤツにしか言わねえんだからな」

「認められているだけマシ……か」

「女として見て欲しいのよ……」


 そんなことを俺に言われても困るんだが………。

 俺の思いなど露知らず、はぁ…とため息を吐きながら頬に手を当てる仕草をするリヴリティア。たったそれだけでも周囲の異性同性関係なく魅了してしまうから困る。

 そしてそんなヤツに、「女として見て欲しい」なんて言われたことが万が一にもウチのギルドメンバーに伝わろうものなら……おおう、寒気が。


「それは無理じゃないかな?彼には彼女がいるんだからね」

「おう、キルガス。最後はお前さんか」


 遅れてやって来たのは、ドワーフと人族のハーフであるキルガス。背は意外と高くて160cmくらいある。人族の特徴が強く出たのだろう。


「そうみたいだね」

「御元気そうですね、キルガしゅ……キルガスさん」

「ふふっ……噛むなんて可愛いわね」

「うるさいです」


“じきに国王陛下が参ります!皆さん席にてお待ちください!”


「だそうだ。それじゃあまた後でな」

「そうですね。ではまた後程」

「あとでたくさん話しましょ?」



 近衛兵の言葉を受け、集まっていた面々がそれぞれの席へと戻って行った。

 国王の玉座から階段を隔て円卓の形で席と机は設けられている。席は事前に決まっているため、ベレス、ファルティナ、リヴリティアはそれぞれの席へ。キルガスは隣だ。


 “国王陛下、御入来!!”


 御年七十を超えていまだ健在の国王。歩いてくる姿は威風堂々としたもので、姿勢も老いを感じさせないほどにピシッとしていた。

 円卓を通り過ぎ、玉座まで来たところで振り返り、座る前に集まった面々によく通る声で労った。


「――今日は突然の要請でありながら集まってもらい感謝している」


 国王が座ったのを見届けてから、控えていた宰相が読み上げ始めた。


「本日は、先日確認された魔物の報告、及び対策についての話し合いをしたく、皆様に集まって頂きました。忌憚のない意見を聞かせてください! では、報告から始めさせていただきます!」



 報告を聞く限り、どうやら他の場所でも特異種の魔物を確認されたようだ。まあ、当然と言えば当然か。他のギルドでは少なくない被害が出たようで、今はどこも治療と対策に時間を割いているとのことだ。被害がなかったのはウチだけだったらしいが。


「ではこれより、『秘密の花園』の団長にも報告してもらいます」

「報告と言われてもな。この前送った資料が全てだ」

「詳細な情報を教えてくれないか?この事態に最も冷静に対処出来ているのは君のところだけだからな」


 俺の態度に目くじらを立てそうになった宰相が声を荒げるよりも先に、国王が話し掛けてきた。


「わかった。まず、サラマンダー。あれは完全に消滅を確認した。だが、あれは魔神の眷属。一時的には消滅したが、あれは炎から生まれる魔物。すぐに蘇るだろう」

「消滅したのにか?」


 対面にいるベレスが代表して疑問を投げ掛けてきた。


「ああ。だが、さっきも言った通り炎から生まれる疑似精霊とでも呼ぶべき存在だ。炎と魔人がいればいくらでも量産できる。ただし、疑似的にでも命を吹き込むものだから、数は多くない。多くて五体といったところだ」


 正直、あんなものが広範囲に放たれていたら、メンバーを総動員して討伐させただろう。俺達には脅威でなくとも、他の者からすれば脅威となり得るのだから。


「その情報の正確性はどうなんですか?」


 今度はファルティナが。不確かな情報は不要な混乱を招く。その事を十分に理解しているからこそ、率先して聞いてきたのだろう。


「ウチの団員が確認した。それだけだ」

「ふむ……では、他の魔物はどうだ?」


 部下は些か頭が固いのに、陛下は柔軟だ。やりやすくて助かる。


「次に中継都市に襲来した〈ヴェノムサーペント〉〈バーサークベアー〉〈ベオウルフ〉〈キマイラ〉について」

「それらが同時に襲来したの?」


 リヴリティアが呆れたように訊ねてきた。

 そこには、よく対処出来たわね、という称賛と、もしも俺達がいなかったらどうなっていたか、という懸念が含まれていた。


「ああ、そうだ。〈ヴェノム〉は二つの点で強力になっていた。一つ目は毒。触れれば爛れ、体内に取り込めば即効で体の自由を奪われて死ぬ。二つ目が体だ。半端な武器では攻撃が通らない。魔法も同じ。中級魔法でもない限り効かない。さらに尻尾による薙ぎ払いは強力で、まともに受けきることは不可能だろう」

「それを退治したのですか…?」

「それくらいが出来ないとウチの幹部にはなれんさ」


 ファルティナは俺の言葉に本気で呆れていた。今度は混じりっけナシだった。


「他の三体はどうだったのだ?」

「〈ベアー〉は、そのままらしい。ただ、対処法は見直す必要があるとか」

「対処法を見直すって言うが、どうするんだ?」


 すかさずベレスから質問が飛んだ。他人事ではないからな。


「単純に人員の増加と対処する人間の変更だな」

「というとなんだ。力技で捻じ伏せるのか?」

「そんなことが出来るのはごく一部だろうさ。そうじゃなくて、軽快に動ける冒険者十人で撹乱しながら時間をかけて倒すのが定石となるかもしれない」

「かなり荷が重くないか?一撃でももらえば即死だろう?」

「だが、強化された〈ベアー〉の一撃、突進を受け止められる者がどれだけいる?下手な戦い方をすれば、町の被害は増大するだけだ」

「……俺のところにはいないな」


 俺の言葉を聞いて、出席している者の半数以上が顔を青褪めさせていた。

 国王陛下はそこに含まれず真剣に対策を考えていた。


「――そうか。それはまた後で対策を考えることにしよう。次は?」

「〈ベオウルフ〉。こちらは俊敏さに加え、爪と牙が硬く鋭くなっていたそうだ。こいつに関しては並の防具では防げないのでは、と報告を受けた」

「速く強靭になっているということですか?」


 今度はファルティナから質問が飛んできた。


「『精霊の里』のメンバーは軽装が多いから強敵になるだろうな」

「一体だけですか?」

「一体のみ確認したと聞いている」

「群れで行動しようものならひとたまりもないわね」


 リヴリティアの皮肉に、俺もファルティナも、他の参加者も笑えなかった。


「最後に〈キマイラ〉。これが今回のボスとでも呼ぶべき存在だった。〈ヴェノム〉を超える体長に〈ベアー〉を超える凶暴さ、〈ベオウルフ〉よりも鋭い牙と爪、さらに火を吹く尾の蛇」

「そんなものまでいたの?」


 次はリヴリティア。そういえば、現場に彼女のところの者が数人いたとか。


「シロに補助魔法をかけてようやく倒せた。正直に言って、こいつがウチの任務範囲から外れた所で出現した場合、その地域は隔離しないといけないレベルだ」

「隔離……つまり見殺しにするってこと?」

「そうだな。ウチ以外で対応しようとしても無駄死にさせるだけだろう」

「『勇者』一行がいればな……」

「彼らは今外に出て行っているでしょう?」

「――遠征組はどうだ?」


 陛下も遠征組の動向は気になるようだ。俺達それぞれに顔を向けて訊ねてきた。


「あいつらはまだ探索中。そのうち戻って来るとは思う」

「俺のところのメンバーは一月後ですな」

「私のところも同じく一月には」

「私のところはまだもう少しかかりますわね」

「自分のところもまだまだですね」

「――それまでは『花園』のメンバーを主力にして対処するしかないか」

「そうみたいだな。俺は良い機会だから幹部候補育成の場にさせてもらう」


 なかなかこういった機会はないからな、存分に利用させてもらうさ。


「まだ鍛えるのか……」

「この人は徹底的ですからね」

「私達も怠けている場合じゃないけどね?」

「そうだね。任せっきりにしていては何のためのギルドなのかわからなくなるから頑張らないと」

「――皆の奮闘に期待する。〈ガーデナー〉はこのあと儂の部屋に」


“ 国王陛下、退室!!”


「そんじゃ、俺は行くよ」

「また後でな」

「待ってるよ」

「ゆっくりでいいわよ?」

「こちらはこちらでゆっくりしてますから」

「わかったよ。行ってくる」


 他の団長たちとは後で情報共有等があるため、いつもの店で合流することになっている。

 さて、俺はこれから国王陛下と一対一の会議だ。

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