都市防衛戦 上

 クロエさんの方じゃなくてよかったです。

 あっちは自由な人が多すぎて、手綱を握るのに苦労しそうですからね。

 こっちはまだ常識人が――


「今日は防衛がメインですから、あまり前に出すぎないようにしてくださいね?」

「ガンガン攻めなくていいから楽だわ~」


 ――アルマさんが早速サボるつもりのようです。

 勘弁してください。怒られるのは監督役の私なんですからね!?


「サボり魔が早速サボろうとしてる」


 スーリヤさん、貴女も言えないでしょう?

 まったくもってやる気が感じられないんですけど。


「あなたたちのせいで私達の評価が下がってしまうのよ。理解してる?」


 さすが、レーネさんはしっかりしてます。

 そうです、もっと言ってあげてください。私の代わりに。


「――敵は倒す」

「シロさんは前に出ないでくださいね?」

「――なぜ?」

「一人で殲滅してしまいますから……」


 シロさんは魔物であれば周りを気にせず倒してしまうので要注意です。

 一度戦闘で町の一角を瓦礫の山にした前科持ちですからね。

 団長からも要監視とキツく言われてますから、しっかり見張っておかないと。


「それで、私達はそれぞれ別々の場所に配置されるの?」

「そういうことになっています。この北門は私とシロさん、南門はレーネさん、東門はアルマさん、西門はスーリヤさんでお願いします」

「クシュリナも大変っすね~」

「御愁傷様」

「頑張ってね」


 アルマさん、スーリヤさん、レーネさんの順に労いの言葉を掛けてきました。

 他人事だと思って…! 大変なんですよ、制御するの!!


「うぅ……今から胃が痛いです」

「――薬飲む?」

「ありがとうございます……」

「私は先に行くわね」

「めんどくせえけど今回は仕方ないっすね~」

「サボるなよ?」

「今回は獲物を独り占めできる数少ない機会だから頑張りますよ~」


 それなりにやる気があるようでよかったです。

 これでサボられたら……うぅ、また胃が……。

 これで問題でも起ころうものなら、確実に胃に穴が空きそうです。




――南門のレーネ――


「ここが最初ね。さて、どんな魔物が出てくるかしら?」


 レーネは建物の上から戦場を俯瞰中。

 戦場では男たちが侵入してきた魔物を片っ端から殺して回っていた。

 とても秩序だっているようには見えない、連携など皆無の戦い方だ。


『はっ!雑魚ばっかでつまんねえ!これじゃあ「花園」の出番はねえな!!』

『はははっ!報酬は全部俺等のモンだな!』

「斥候程度で調子に乗りすぎ、足元を掬われるわよ」


 レーネの言葉を聞き入れる者はその場にいなかった。


『これなら今日のクエストは楽勝だな!』

『ボロ儲けだぜ!』

『はははっ!この雑魚が!テメエらなんかに負けるかよ!もっと強いヤツでも連れて来るんだな!!』

『連れて来れたら、だがな!ははは――あがっ』

『あ?……な、どこから――がっ』

「お手本のような死に方ね。三文芝居を見ていた気分。――さて、ここからは私の出番ね」


 レーネの目の前では、男達が尾に吹き飛ばされたり、飲み込まれたり、体に絞め上げられる光景が広がっていた。




――東門のアルマ――


「はあ……どこも雑魚がわんさか。雑魚が群れてるようにしか見えねー」


 建物の屋上にて、アルマは頬杖を突きながら戦況を見守り中。

 こちらも男たちが侵入してきた魔物を駆除していた。

 先程よりはまだ連携している。


『ちっ!「花園」は一人見物かよ』

『気にするな。見物してる分、俺達が稼げるんだからな』

『大物狙いってか?テメエにはやらねえよ』


「いいよ!頑張ってどんどん雑魚を狩ってねー」


『おい!「バーサークベアー」が出たぞ!』

『行け! 特異種だろうが、所詮熊だ! やってやれ!』


「あーあー。あれをただの熊と認識するとは……とんだアホっすね。これは自分の出番が来ちゃうな。はぁ……仕方ない、行きますか」




――西門のスーリヤ――


「雑魚ばっかりでつまらない」


 建物の縁に腰かけながら下の戦場を観察中。

 時折矢を放ってはいるものの、致命傷になるわけでもなく、それどころか当たりもしていなかった。


『なんだあいつ?一人だけ高みの見物しやがって』

『あれは「花園」のモンだよ』

『あれが?フード目深にかぶった奴らの集団なのか?』

『フードをかぶってるのはあいつくらいだ。弓兵だからな、前線に出てくることはない。気にする暇があるなら一体でも多く狩れ』

『わかったよ』


「なんか近付いて来てる。……楔に反応した。そろそろ出番かな」


 スーリヤが敵の存在を感知できたのは、無造作に放っていた矢のおかげだった。

 考え無しに撃っていたわけではなかったのだ。


『おいおい、冗談だろ…?なんでここに「ベオウルフ」がいんだよ!』

『武器を構えろ!目を離すなよ!!』


「あれじゃあ絶対勝てないでしょ。まったく、情けないものだね」




――北門のクシュリナとシロ――


「さて、出番までは待機。いいですね?」

「――寝てていい?」

「どうぞ――ってもう寝ちゃってますね」


 建物屋上の縁にて、シロを膝枕しながら街全体を監視中。


『あいつ寝てやがる。ふざけてんのか?』

『放っとけ。「花園」メンバーだ。手柄取られる前に狩りつくすぞ』


「勇ましいですね。私達に仕事が回ってこないに越したことはありませんから、頑張ってください」


『いつまでも自分たちが一番でいられると思うなよ』

『油断して足元を掬われても知らねえからな』


「――来た」

「そうですか。私の指示には従ってくださいね?」

「――了解」

 

 シロは起き上がって武器を顕現させるとすぐに降りて行ってしまった。

 クシュリナはシロの姿を目で追いながらも、他の団員のことも心配していた。




――南門――


「『ヴェノムサーペント』がここまで巨大化するとは。団長の言っていたことは本当だったということね」


 南門では阿鼻叫喚の地獄が出来ていた。

 人の身長ほどの太さがある大蛇が、時には人を丸呑みにし、時には毒牙で一瞬で溶かしていく。

 鱗は鋼の如く硬いため並の武器ではまったく歯が立たず、息巻いていた男達が一方的に狩られていた。


『矢を射掛けろ!火を焚け!』

「邪魔よ。下がって」


 必死に攻撃している中、レーネが男たちの前に立って大蛇に立ちはだかる。


『なんだと!?』

「邪魔と言ったの。私一人で対処するから全員下がらせて」

『手柄を渡すものか!』

「手柄なんてどうでもいいから、邪魔をしないで」


 はじめこそ男は激高していたが、レーネの冷めた態度のおかげか段々と冷静さを取り戻し始めていた。

 その様子を横目で見ていたレーネは、知らず口の端を上げていた。


『任せていいんだな?』

「交渉成立のようね。じゃあ、さっさと下がらせて」

『……全員撤退!「花園」が動くぞ!!』

「ようやくか。やっぱり、私達だけでやるのが一番効率がいいわね」




――東門――


「へえー面白いね~。熊のクセに機敏とかウケる」

『おい、邪魔すんじゃねえ!そいつは俺らの獲物だぞ!!』

「あんたらで倒せそうにないから自分が出張ってきたんすよ。わかります?」

『俺らじゃ相手にならねえだと!?ふざけるなっ!!』

「邪魔なんでどっか行ってくれます?マジで」


 「ベアー」へ牽制しつつ、アルマは苛立ち交じりの殺気が宿った目で男たちのリーダーを睨み付ける。


『コケにしてくれおって…!!』

「はあ…そのままだと死ぬよ?ほら、雑魚に目がいってる」


 アルマの挑発につい大声を発してしまった男を、「ベアー」はジッと見ていた。

 そのことに気付いた男はそそくさと逃げ出すのだった。


『なっ……あ、あとは任せた!』

「……最初からそうしてればよかったのに、みっともないっすよ。さて……始めますかっ!!」

 



――西門――


「やっぱり役に立たない。足手纏いのエサでしかないから退いて」

『なにを!!』

「エサになりたい?なりたいならそこで突っ立ってていいよ」


 スーリヤから告げられた言葉に男たちは閉口する。

 冗談を言っているわけではないと理解したからだ。


『うぐっ……わかった。下がらせる』

「さっさとやれよな。さて、街を壊さない程度に使わせてもらうかな」




――北門――


「――どいて」

『は?いきなり出てきて何言いやがる!テメエの方こそ退いてろ!!』

「――邪魔」


 男が怒声を上げてもシロは気にせず、真っ直ぐに来る魔物を見据えている。


「シロさん待って。――皆さん、ここに大型の魔物が近付いています。我々でなければ対処できないので引き上げてください」

『後からやって来てデケエツラすんじゃねえよ!そんなに代わってほしかったら後で労ってくれよ、その体でな』

「――最低」

「今の発言は聞き流します。もう一度だけ言いますね。じきに大型の魔物が来るので退いてください。戦いの邪魔になりますので」

『嫌だね。さっきの条件が飲めねえなら却下だ』

「――消す?」

「ダメです。団長から御叱りを受けますよ?」

「――それはイヤ」

「でしょう?仕方ないので待機してましょう。彼らの後に出番です」


 『団長』と『御叱り』という単語に、シロはすぐに大人しくなる。

 クシュリナは不快な感情を表には出さず、シロを連れて男達から少し離れた位置に待機することに。


「――あと三分」

『ちっ。「花園」の女を抱くチャンスだったのによ。――あ?』

『 だ、ダンナ!敵が…!とにかくデケエのが来た!』

『は?………はあ!!?』

『あ、あれです!蛇が尻尾で獅子の……うわーっ!!!!』


 シロが見据える先――街角の一角を崩して現れたのはキマイラだった。

 ただの人間が挑むにはあまりにも大きい。


『さ、さっきは悪かった。だから力を――』

「随分と虫のいい話ですね」

『 悪かったからあんたらで――』

「先程申し上げた通りです。あなた方が動きます」


 先程とは打って変わったように冷たいクシュリナの取り付く島もない言葉に、男は絶望で膝から崩れ落ちた。

 顔を上げると、恨めし気な目でクシュリナを睨む。


『俺達を見捨てるのか…っ!』

「はあ……土下座して謝罪するなら許しましょう」

『ぐっ……!』

「嫌ですか?では、死んでください」

『―――先程の発言を撤回、謝罪する。不快な思いをさせて申し訳なかった。この通りだ』


 男の無様な土下座姿を興味無さげに見届けると、クシュリナはシロのもとへと歩いて行った。


「シロさん、行っていいですよ」

「――殲滅?」

「ええ、殲滅です。ただし周りの建物は壊さないでくださいね?壊した分だけおやつが無くなりますから」

「――無くなるのはイヤ。努力する」



 シロは一度気合を入れると、すぐに駆け出して行った。

 その姿を見送ったクシュリナはこっそりと溜め息を吐いた。その溜め息は色々なモノが混じっているからか、とても重く感じられるのだった。

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