第2話

「では改めまして、私はソフィーヤノヴァと申します」

転生説明会の後、俺は目の前にいるこのソフィーヤと言う女神にお茶に誘われた。

どうやら、あの世にも嗜好品はあるらしい。

「お、俺は結城巧です」

思わず声が上擦った。

その外れた音が余程面白かったのか、ソフィーヤはふわりと笑みを浮かべた。

「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫ですよ」

「はっ、はいっ!大丈夫です!」

何がどう大丈夫なのか。

彼女は俺の緊張をほぐそうとしてくれたのだろうが、完全に逆効果だった。

「転生までは私が結城さんの担当ですから、分からない事や困った事があればいつでも相談して下さいね」

駄目だ!どうしようもねぇ!

これ俺から話題振らないと話せないやつだ!

確かに現状は分からない事だらけだ。

だが、分からない事が多過ぎるとそもそも何が分からないのか、どう質問すれば良いのかが分からない。

加えて、このシチュエーションである。

俺のキャパシティはとっくに限界を超えていた。

このままでは間が持たないと、俺は一度意識を周囲へと向けた。

薄暗い店内を照らすオレンジ色のライト、聞こえてくるジャズ、漂うコーヒーの香り。

この空間はまるで。

「喫茶店、だよな……」

「えぇ、喫茶店です」

俺の漏らす独り言に、ソフィーヤは答えた。

「魂の維持に食事は必要ありませんが、生前の嗜好が忘れられない方は多いんです」

こうした話をするのにも便利ですし、とソフィーヤは付け加える。

「なんか、思ったより俗っぽいですね」

それは目の前の女神に対してか、それともこの世界そのものに対してか。

思わず本音が出た。

「イメージと違いましたか?」

その言葉と共に、笑顔の質が変わった。

それまでの優しい雰囲気から一転、どこか妖艶さを感じさせる眼差しを向けられる。

「い、いや!?喫茶店とか説明会とか、俺の居た世界とあんまり変わらないな、って……」

場の空気を取り繕うため、俺はしどろもどろになりながら、浮かんだ言葉を紡ぐ。

その言葉と様子に、ソフィーヤは再び元の朗らかな笑みへと戻った。

「昔はもっと違ったんですよ……天国や地獄って言えば分かりやすいでしょうか」

いつの間にかテーブルの上には、カップが置かれていた。

琥珀色の液体を一口含むと、ソフィーヤはを続ける。

「少し前までは、魂は天国での休養や地獄での禊の後に元の世界に転生するのが習わしだったんです」

「輪廻転生、か」

「えぇ、元々はそれでバランスが取れていたんですが……」

そう語るソフィーヤの顔が、少し陰った。

「ですが、突然天国での癒しが必要な人が増えたんです」

「えっ?そんなに善人ばかりの世界があるのか?」

「天国は傷ついた魂を癒す為の場所ですから、結城さんが思うのと少し違うと思いますよ」

どうやら天国とは、楽園と言うよりリゾート地みたいな扱いらしい。

「なんでも過労死とか自殺とかで……」

あまりにも聴き慣れた言葉が聞こえてきた。

「いくつかの世界で、一気に増えたんですよ……あ、丁度結城さんの世界もそうでしたね」

いつの間にか、微妙な表情をしていたのだろう。

俺の顔を見て、ソフィーヤはそう付け加えた。

「それから地獄の方も変な魂が増えて……度重なるクレームとかストライキで、担当が病んで機能しなくなっちゃったんですよ」

またよく聞いた言葉が聞こえてきて、俺は頭を抱えたくなった。

「俺の世界の人達がご迷惑をかけてすいません……」

「い、いえ!結城さんの世界だけじゃないですから気にしないで下さい」

遠回しに、俺の世界の先人達が迷惑をかけている事が肯定された。

「それで、機能しなくなった地獄の代わりに、苦労の多い他の世界に生まれ変わって禊をしてもらおうと言うのが、異世界転生の始まりだったんです」

どうやら、異世界転生は地獄の代わりだったらしい。

しかし、それがどうして転職みたいな扱いになっているのだろうか。

腑に落ちない事を確認する前に、俺は目の前に置かれたコーヒーのカップに口をつける事にした。

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