第7話 地上

「これは……どうしたもんかな」

 リコル・ノーマンズフィールドが馬上にて背後を振り返りつつ、ぼやく。

「どうもこうも! ないわよ!」

 ベルベック・ノーマンズフィールドは数百メートル離れた場所から、リコルを叱咤する。

 リコルとベルの義兄妹は、馬で砂漠を駆けている。

 背後から攻撃を喰らわないよう、やわらかい砂地のうえを複雑な軌道を描き、屹立した大砂蟲を翻弄する。

 いまのところは順調だった。

 馬を疲れさせないよう、リコルが休めばひょうが大砂蟲の視覚を奪い、ベルが休めば炎熱の壁が大砂蟲の進行を阻んだ。

 村に近づけさせないように、山を越えさせないようにふたりは緩急をつけ、大砂蟲をその場にとどめるための努力を続けていた。

 この連携が密に行えているのはふたりの長い付き合いも当然あるのだが、なによりも雷精霊トニトルスのおかげだった。雷精霊より渡された通信機のおかげだ。

 ただ、その通信機のもうひとつ――ゲルダからの合図は、いまだない。

 ふたりは時間を稼いでいる。圧倒的に巨大な存在の前で、それでもゲルダを信じて待っている。持てる技術を費やし、手のかかる末っ子の帰還を待っているのだ。

「泣き言のまえに、ほら! いま!」

「了解了解! ほんとベルは人使いが――」

「なんですって!」

 リコルのぼやきに、ベルの意識がそれた。

 その時だった。

「まずい! ――ベル!」

 砂岩弾が至近で炸裂し、ベルの体勢が崩れ、移動速度が落ちる。

 追撃の砂岩弾が炸裂し、あたりはすっかり砂埃包まれる。

 視界が奪われ、ベルの姿が見えない。

火精霊アグニ!」

 リコルが叫び、炎熱が大砂蟲を舐める。一時しのぎだ。

「ベル、ベル?」

 返事がない。通信機に向かって再度呼びかける。

「大丈夫? 聞こえてる?」

「はッッ!!」

 気合一閃。水精霊アクアの氷塊弾が砂埃を破って、大砂蟲に次々に突き刺さる。

 グオオオオオ――。

 大砂蟲が苦悶に身をよじる。

 間髪入れず、リコルは氷塊弾が突き刺さった場所目がけ、特大の火球を放った。

 ――命中、閃光が弾け、急激な温度差に大砂蟲の躯体が砕けて、ばらばらと崩壊する。

 三日月のように欠けた大砂蟲の向こうに、空が、日の落ち始めた空が見える。

 一瞬の弛緩――ふたりは視線を交わし、気を休める。

 だがどうだ、すぐに再生が始まる。大砂蟲は砂に埋まった足元から砂漠を吸い上げ、欠けた躯体を補っていく。そこに、祈りの尖塔オベリスクや、かつて東にあって砂に飲まれたという、巨大集合住宅や高層ビル群が泡立つように生まれては消え、たわみ波打ち折りたたまれ、大砂蟲の外皮を形成していく。

 大砂蟲がいままで喰ってきた都市の記憶――リコルとベルが攻撃するたびに、砕けたはしから浮かび上がる。群生し繁茂する植物のように。

 炎熱が舐める。

 氷雪が襲う。

 砂が飛び、都市が砕け、剥離する。

「これ、ほんときりがないわね」

 さきほどの落下でひたいから流れる血をぬぐって、ベルがぼやく。

「ベル」

「なによ、そうよ! さっきと言ってること違うけど、もうこれ! なんなのこれ!」

「やばいよ、あれ」

 都市の一部、祈りの尖塔オベリスクが狙いをつけるようにふたりに向き――即座に発射された。

 噴射炎を後方にまとい、祈りの尖塔オベリスクがふたりに迫ってくる。

 ――その時だった。

 閃光が走り、雷が落ちた。

 発射された祈りの尖塔オベリスク・ミサイルが砕け、砂に変わる。

「おまたせ、ふたりとも!」

 ゲルダの声が耳を打つ。

 ふたりは、同時に空を見上げる。

 赤く染まった空をふたつに割るように、白い軌跡ヴェイパートレイルがまっすぐに走る。

 空中でいくつもの花火が弾け、腹に響く轟音が鳴り続けている。

 黒い躯体――ゲルダを載せた雷精霊が、一直線に大砂蟲の目がけ、飛翔する。

 閃光をまとった雷精霊が、大砂蟲の口腔に吸い込まれ――周囲の音が不意にやんだ。

 同時に、大砂蟲が完全に静止する。

 耳が痛くなるような静寂が砂漠を支配し、状況がゲルダの、手のかかる末っ子の手に移ったことを、ふたりは理解した。

 祈るように、ベルとリコルは大砂蟲を見上げた。

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