第2話 軌道降下



 猟兵イェーガーは軌道を離脱し、地表に向かって降下をはじめた。

 最高の気分だった。

 狭い侵入鞘イントルード・ポッドのなかで身をよじり、表情を浮かべることができれば、にたにたと笑っていただろう。その代わりに、赤色単眼が興奮にまたたく。

 主観時間で三十年ぶりの地表だ。

 ほんの三十六時間前、イェーガーに惑星探査の先遣隊としての任務が下された。

 どうやら播種船ゴリアテ長命者委員会エルダーズは、今回こそは、と期待しているらしい。

 イェーガーは決して評価の高い船員クルーではなかったが、彼まで駆り出されたのだ。

 長命者委員会の思惑など知ったことではなかった。解像度の低いVR空間で生活するにはもう飽き飽きだった。

 一ヶ月ある調査期間をめいっぱい消費してやる――。

 イェーガーはそう心に決めていた。

 ばつん、とふいに侵入鞘の電源が切れた。一方向に躯体からだを押さえつけていた降下の衝撃が弱まる。侵入鞘の電装エイヴィオニクスが死んだのだ。

 自由落下――高度計の数字がみるみるうちに減っていく。

 EMP砲火バラージ? そんなまさか、こんな高高度の、電子的にも光学的にもしこたま迷彩をかけた侵入鞘をわざわざ狙って当てられるのか――。

 おもしろくなってきた。

 躯体のマニュピレーターを侵入鞘の壁にぶっ刺し、有線で中枢制御に強制アクセス。

 鞘下部の地表掃討機銃マン・イーターをマウントし直し、弾種を掩蔽壕破壊弾バンカーバスターに変更。起爆時間は着弾後○・五秒、地表との距離を逆算して、三、二、一、マーク

 鞘下部から振動が伝わり、十秒で全弾撃ち尽くし、直後、地表は泥沼化する。

 その中心に向かってまっすぐに、イエェーガーは突撃する。

 落下傘ドラッグシュートは開かない/開けない。

 ――衝撃。

 〇・二秒の演算停止ブラックアウト

 再起動。

 侵入鞘の脱出シークエンスが連動して起動する。上部が爆砕して外れ、斜めに落ちる。音はない。躯体に内蔵されている音響迷彩ブラックホール・オカリナが正常に動作していることを確かめ、イェーガーはふちに手をかけ、上体を起こす。

 周囲の索敵――生体反応。

 にやり、と赤色単眼がまたたく。

 そらきた現地人だ――イェーガーは予備動作なしで跳躍。

 色鮮やかな刺繍が施された衣装を着た、日に焼けた少女――彼女の眼前に仁王だつ。

 さあどう出る――少女は決して目をそらさなかった。

「あなた、もしかして――雷精霊トニトルス?」

 この日のためにと、更新したばかりの翻訳エンジンヴィルヌーヴが全力稼働。

 おもしろくなってきた。

 この娘の、従僕サーヴァントとして、いまから自分は役割を担うのだ。

《我理解。汝我新主》

 即席の文章で、イェーガーは応える。

 名も知らない少女は、みるみるうちに両目に涙をあふれさせる。飛びあがってその場で地団駄を踏む。

 少女の感情表現の多様さに、イェーガーはにやにやがとまらない。最高の気分だった。

《我問汝名》

 彼女は目を見開き、きれいな衣装の袖で乱暴に涙をぬぐうと、言った。

「あたしはゲルダ。ゲルダ・ノーマンズフィールド。よろしくね、雷精霊トニトルス

 ゲルダが手をさしだす。

 猟兵トニトルスは赤色単眼をまたたかせ、その手を壊してしまわないように、そっとにぎりかえした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る