第9話 ケットーに突撃



 それで、ポチのおかげであっという間に元の場所に戻って来れちゃった。とっても偉いや。後でしっかり誉めてあげなくちゃ


 前の方では、ギューブさんと知らない人たちがケンカしてるのが見えた。

 あ、危ない。他の人は何だか怖い顔して、ギューブさんを追いかけてるみたいだ。それで傷だらけのギューブさんは逃げ回ってる。


 こういうの、何て言うんだっけ。

 そうだ、命をかけた戦い「ケットー」って言うんだよね。

 男と男のイジとタマシイをかけた戦いで手出しはムヨーらしい。


 でも、相手の方は夢中になってるみたいで、ギューブさんが大変になってる事に気づいてないみたいだ。

 止めてあげなくっちゃ。


「ギューブ、助けに来たぞ、死んではならん!」

「魔王様! なぜここに! ……っ」


 心配のあまりアイリスチャンが声をかけたんだけど、そのせいでギューブさんの意識がそれちゃったみたいだ。

 足がもつれて転んじゃった。

 それを見たケンカ相手の人が、何かキラキラ光るものをギョーブさんめがけて振り下ろそうとしてる。

 何とかしなくちゃ!


「ポチ!」

「グルルッ!」


 こっちの事は気づいてないみたいだったから、僕はポチにお願いしてそのまま突撃してもらった。


「な、なんだ、あれは……ぎゃああっ」


 どーんってかなりいい音がして、ギューブさんに何かしようとしていた人は吹っ飛ばしちゃった。ごめんなさい。目前で止まって注意するつもりだったけど、やっぱり大きいから急には止まれないんだね。


 ポチも謝ってるみたいで、グルルって鳴いて首を振ってる。

 歯を見せて、時々口の中から炎みたいなものをちょっと出してるけど、面白い芸をして許してもらおうって思ってるのかな。


「何だ、ケルベロスが戻って来たぞ」

「どうする、予定が変わっちまった」

「逃げるしかない」


 でもその人達は、ポチを見てびっくりしたのは、ぴゅーっと逃げて行っちゃった。こういうのを、「クモのコを散らすように」って言うんだよね。


 怖がらなくてもいいのにな。


 そういえば、僕もアイリスちゃんの所に来るちょっと前は、大きな乗り物に跳ね飛ばされたような気がする。覚えてないけどきっと、僕すごく痛かっただろうな。

 あの人達もたぶんきっと痛かったと思うから、後で会ったらポチと一緒にしっかり謝らなくっちゃ。


 アイリスちゃんはポチから降りてギョーブさんの具合を心配してる。

 ちょっと涙目だ。心配になっちゃうのも当然だよね。凄く痛そうだもん。


「なぜだ、なぜ戻ってきた。なぜ私を助けたのだ」


 話しかけて来たギョーブさんの声は固い。

 あ、やっぱり男同士のシンセイでスウコウなケットーに手を出しちゃったこと怒ってるんだ。


「私は貴様を嵌め様としたのだぞ」


 えーっと、嵌めるってたしか意地悪するって事だよね。

 うーん確かに、アイリスちゃんには優しいギューブさんだけど、僕にはちょっと厳しいからなあ。態度を冷たくしちゃったことを気にしてるのかも。


「邪魔しちゃったのはごめんなさい。でもギューブさんが怪我するのは嫌だったんだ」


 機嫌なおしてくれると良いな。


「主を、アイリス様を逃がせと言っただろう」

「え、そうだったの?」

「あ……でも、ギューブの事が心配じゃったし」

「魔王様……」


 そっか、アイリスちゃんを連れてきちゃった事怒ってるんだ。

 ギューブさんは僕と一緒にアイリスちゃんが怪我しちゃわないように、遠くに行ってて欲しかったのかもしれない。

 でも、アイリスちゃんはその事を忘れてたみたいだ。 


「なら猶更、お前は戻って来る理由が無かっただろう。なのに、なぜここに来た。貴様は本当ならあの者達によって、シャレでは済まない怪我を負うところだったのだぞ、いいや間違いなく死んでいただろう」


 えっ、そんなにひどい意地悪されてたの?

 一体いつだろう。

 あの者ってさっきの人たちだよね。友達なのかな。他の人に言って意地悪しようとしてたのかもしれない。

 全然気づかなかったや。


 でも、ただの意地悪なんだから、それじゃあ仕方ないよね。

 死んでたって言うけど、真面目なギューブさんの事だからきっと大げさに言ってるんだ。


「僕は怒ってないよ。きっと仕方ない事だったんだよね。ギューブさんは一生懸命だもん」


 そうやって笑いかけると、ギューブさんはあっけにとられたような表情になった。


「だから、ギューブさんが大変な事になっちゃわなくて良かったよ」

「……」


 あれ、無言になっちゃった。


 何か、変な事言ったかな。

 黙っちゃったギューブさんの代わりに今度はアイリスちゃんが口を開いだ。


「ノゾミ、助けてくれてありがとう。童は……えっと、私は感謝してるよ」

「アイリスちゃん……。えっと、うん。どういたしまして」


 いつものちょっと背伸びしたのじゃない口調で改めってお礼を言われると、何だか照れくさくなっちゃうな。


 そんな風に思ってると、アイリスちゃんが近づいてきて、何かほっぺに柔らかい物がくっつく感触がした。


「?」


 何だろ。


「こ、これはそのお礼じゃ。労働量に見合った正当な報酬なのじゃ、深い意味はないぞ。勘違いするでない」


 何かくれたみたいだけど、何だったんだろう。目には見えない感謝の気持ちっていうのかな。


 でも、真っ赤になって離れていくアイリちゃんが何だかとっても可愛らしくて、そしてちょっとおかしくて、僕は笑ってしまった。


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