第8話 大変なジタイ



 愚かな人間の子供は、こちらの言う事を聞いて水を汲みに行ったようだ。


「行ったか」


 これで、頼んでおいた殺し屋があの邪魔な人間を始末してくれるはずだ。


 ケルベロスまでついて行ってしまったのは予想外だが、不意をついて奇襲をかけさえすれば、首をはねる事は造作もない事だろう。


 貴重な魔王軍の戦力が減ってしまうのが痛いが、魔王が人間に懐柔されると言う最悪の事態だけはこれで免れるはずだ。


「……そこにいるのはだれだ。」


 だが。

 周囲に感じた気配に視線を向ければ、人間の方にいるはずの殺し屋たちが立っていた。


「どういうつもりだ。頼んだ対象が違うぞ」

「へっへっへ、いい機会だから数年前の目撃者の口を封じておこうと思ってな」

「数年前だと?」


 記憶にあるのは、魔王であり主であるアイリスの両親が人間に殺された時の事だった。

 尊敬する先代を殺した人間への憎悪は、今思い出しても胸を胸の内で燃え続けている。


 主であるアイリスも当時その場にいたはずだが、ショックで覚えていない。 しかしギューブは知っているのだ、逃走犯の目撃者は人間だったという情報が複数寄せられている。奴らの犯行は明らかだった。


 だが……。


「実は先代を殺したのは俺達なんだぜ。それなのに、人間がいたって情報を流すだけで、偽物の犯人を信じ込んじまうなんてね。おかげで依頼主からたんまりと報酬を出してもらえたぜ」

「何だと……」

「ディルラント家より、ジークフリード家の方が王としてはよっぽどふさわしい。人間との和平を唱えていた先代なんか死んで当然だったんだ。おまけに近代の魔王も人間なんかを拾ってきやがって」

「騙していたのか、貴様等っ」

「はっ、騙される方が悪いんだ」


 殺し屋たちは、それぞれの得物を手にしてこちらへにじり寄って来る。

 相手は複数。こちらには未だ眠っている、守らなければならない主がいる。形成は絶望的なほどこちらに不利だった。


 それでも、とギューブは真実を知って動揺していた心臓をなだめすかす。

 主だけは何としてでも守らねばならない。


「魔王様、起きてください」

「……む? 後五分……なのじゃ。……ふぎゃ!」


 寝ぼけた魔王の頬を引っ張って乱暴に起こすと、ギューブは手短に事態を説明し始めた。

 そして、頼るのはつい先程まで殺そうとしていた少年だ。


「彼と合流してここからできるだけ離れてください。いいですね」


 ……頼んだぞ、ノゾミ。







 泉を探して向かったはいいけど、それらしいものはどこにもなかった。

 もしかして迷ったのかな。

 しばらく辺りをウロウロしていると、後ろからなんとアイリスちゃんがやって来た。


 とっても急いできたみたいで、顔は真っ赤。呼吸も大変だ。


「の、ノゾミ、大変なのじゃ、助けてくれ!」

「アイリスちゃん、どうしたの」


 話を聞くに、敷物を引いた所で大暴れしている人達がいて、ギューブさんが怪我をしちゃったみたいなんだ。

 それで、そのギューブさんに逃がしてもらったアイリスちゃんは、助けてを呼びにここまで慌てて来たみたい。


「分かった。もう大丈夫だよ」


 安心させるように笑って、へたり込んだアイリスちゃんに手を差し伸べる。

 そんな大変な事になってたら、放っておくわけにはいかないもんね。

 ギューブさんにはたくさんお世話になったから恩返しをしなくちゃ。


「一緒にギューブさんを助けに行こう」


 ポチの大きな背中に一緒にまたがって急いで逆戻りだ。間に合うといいな。


「それでなノゾミ、あのな……。童は聞いてしまったのじゃ。寝たふりをしていたのだが、ギューブの話を聞いてしまったのじゃ」


 背中にいるアイリスちゃんはちょっとだけ躊躇った後、ギューブさんがしようとしていた事を教えてくれた。

 正直難しい事ばかりで、よく分からなかったけど。でも、これだけは言えるよ。


「大丈夫、僕はギューブさんの事嫌いじゃないよ。だってギューブさん、とっても優しい人だから」


 いつも厳しいけど、アイリスちゃんを見てる時はすごく優しい顔をしてるし、怒ってるや叱ってる時も大好きだから心配してるんだなって分かるから。そんなギューブさんを嫌いになるんなんてできないよ。


 それに僕の事だって、お仕事をくれたし聞いた事はちゃんと教えてくれるもん。


「そうか、許してくれるのか。ありがとうノゾミ。本当にありがとう」


 うーん、ちょっとだけ何か会話が繋がってないような気がしたけど良いよね。

 それよりこのままだとちょっと時間がかかっちゃうかも、もっと急がなくっちゃ。


「ポチ、もっと早く走れる?」

「バウッ!」


 ポチにお願いして全力で走ってもらったら、きっとすぐだ。


「グルルル……。ワオーン!」


 大きな口で唸って遠吠えをした後は、景色がびゅんびゅんでグングンだ。


「な、これは古の書物に伝わる奇跡、瞬間移動と言う奴ではないか。明らかに景色が後ろと前とで繋がっておらぬぞ! というか、キラービーの蜂の巣が、ああっ、踏んでしもうた。……えぇえっ、今度はポチの姿が百匹くらい増えよったぞ、ま……幻? 他にも口から何だかよく分からん光みたいなのを吐き出しておるんじゃが……」

「わー、ポチ凄いね! 蜂さんごめんね。僕たち急いでるんだ」

「凄いね! どころじゃないわっ。何じゃこのケルベロス、それにお主も。もうしっちゃかめっちゃかで、めちゃくちゃではないか」


 こういうの芸達者って言うんだよね。

 ケルベロスって色んな事が出来るんだねー。知らなかったや


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