第57話 リセット

 ガルドの声によって体を一瞬強張らせた辺りの観衆たちを何とか誤魔化し、龍巳とガルドは会話を続けた。


「つまり、お前はある事情でスキルを習得するのが恐ろしく早い、ってことか?」

「まあそういうことだな」


 今、龍巳はガルドの疑問に答えていた。今までは知りもしなかった『縮地』というスキルを、なぜすぐに覚えていたのかという疑問についてだ。その『縮地』を使ってガルドを追い詰め、それを使えるようになったのだ今だと言われたのだから、その疑問が出てきて当然だ。


「しかし、そんなことを俺に言ってもよかったのか?自分で言うのもなんだが、正直信用できるような奴じゃないだろ?」


 一部をぼかしながらとはいえ、明らかに秘密にしているであろう事柄を伝えられたガルドが龍巳に聞く。実際にその予想は当たっていて、異世界召喚の件を知っているアルフォードを始めとした王都の一部のもの以外は龍巳が勇者であることはおろか、スキルを次々に覚えられることも知らない。

 ガルドは仲間とともにミアという武器屋の娘に詰め寄り、そこを龍巳に邪魔されたところから龍巳との縁ができた。それから冒険者ギルドで再会して決闘を挑まれたのだから、いくら金銭という見返りがあって負けてもデメリットがないとは言え、ガルドを信用することにはつながらないだろう。


「まあ今までの行動の結果だけを見れば、あんたにこんなことを話そうとは間違っても考えないさ。ただ、色々と思うところがあったというか、違和感があってな。それの意味を考えた結果、こうして俺の話をしたというわけさ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 龍巳が最初に感じた違和感は、決闘直前のガルドのセリフだ。そのセリフは


『まあ、俺みたいなやつでもB級冒険者なんだ。そんな奴が新人と決闘なんかするんだから、そりゃ格好の話のネタってやつだろ』


というものだった。

 ここで感じた違和感はガルドの自分を指すときに使う言葉だ。「俺みたいなやつでも」、「そんな奴が」という言葉は、自分を下に見ているものの口からしか出ない。このような言葉が、自尊心の強いと思われるガルドから出たことにより、龍巳の中に”違和感”という形で印象付けられたのだ。


 次の違和感は『ウォーター・ピラー』でガルドの体勢を崩した際に見られた、ガルドの神がかり的な対応とそこから予想できる努力と経験値だ。

 左足を浮かされた瞬間に右足で飛び、そのまま右足で回し蹴りを放つ、などというのは、磨き上げたボディ・コントロール、すなわち自らの体を制御する力と、不測の事態に冷静でいられる経験があってこそのものだ。

 ボディ・コントロールの向上は一朝一夕でできるものではない。もちろんどこにでも天才はいて、龍巳とともに召喚された”武の勇者”香山宗太はそういう人種だ。しかしその天才と常に競い合っていた龍巳は、その『天才』の動きには特有のクセというものがにじみ出ることを経験則で理解していた。

 しかしガルドのそのようなクセはなく、「この場面ではこのように攻撃を繰り出す」というある種のパターンを感じていた。それも長年の努力で複雑化され、それをやすやすと分析されるほどあからさまなものでもないが。そして動きそのものも、こぶしの出し方、蹴るときの上半身の体勢などが、可能な限り無駄を省いた理想的なものだった。その動きが体に染みついているからこそ、不測の事態でもその体の動かし方を応用することで切り抜けられるというわけだ。

 そして不測の事態において、どの動きが最善かを選択するのには多くの経験が必要だ。「予測は常に裏切られるもの」という心構えは、長さと密度の伴った経験によってしか形成されない。しかしガルドの歳は見るからに20代。龍巳の感覚としてはまだまだ若いし、この世界出身の者からしてもガルドはその歳に不相応な実力の持ち主だ。そんな彼がそこまでの判断力を備えるには、並々ならぬ密度の経験が必要になるだろう。

 そしてそんな経験をして、凄まじい努力をしていたからには、ただならぬ過去と意志があることは想像に難くない。


 そこに考えが至った時、龍巳はガルドの人物像を見直したほうがいいと思った。そしてそれにはガルドの過去を知るのが一番であり、そのためには自分もある程度の情報を明かさなければならないとも思ったのだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まあ、俺が考えたのはこんな感じだ。どうだ?」

「……どうだ、とは?」

「俺の考えはどこまで合っているか、ってことだ。合っていなければお前の過去を聞く意味もなくなるからな」

「……はぁ、分かったよ。お前の考えの通りだ。俺は村を盗賊に襲われてな。その復讐のために鍛えて、高難度の依頼を受け続けた。……最終的に、復讐は成功したよ」


 掻い摘んでだが、ガルドは自らの過去を話した。今まで手下にも話さなかった話だが、不思議とこの新人冒険者には話してもいいかと思ったのだ。それまでの印象をリセットして、人を新しい視点で見直すことの出来るこの男になら、と。

 しかし、龍巳の追及はそこで終わらなかった。


「それだけか?」

「……なに?」

「その話だと、この街で荒くれ者として認識される理由がないだろ。盗賊を処理するのは喜ばれることだしな。この街で荒れた理由があるんだろ?」


 ガルドは龍巳の頭の回転の速さに思わず呆然とした。ガルドの過去を聞いて、それをすでに持っている情報と結びつけ、無関係な情報をすぐにはじき出したのだから。


「お見通し、ってか。……分かったよ。その話もしてやる。今さらそれだけ隠すのもおかしな話だしな。だがここではだめだ。あとで、あの受付嬢が居ないところでな」


 そう言ってミラを指さしたガルドは、龍巳に約束の金貨一枚(価値としては日本での百万円に近い)を渡し、この場を離れた。


 ガルドが離れた後、審判を務めたミラが勝者である龍巳に近づいてきた。



「おめでとうございます!タツミさん!」

「ありがとうございます。審判、お疲れさまでした」

「いえ、ギルド職員として当然です。うちに所属する冒険者が申し訳ございません。何かありましたら、何でも聞いてくださいね。ギルドはそれぐらいしかできないので……」


 そう言って沈んだ顔をするミラに、龍巳は励ますように声をかける。


「気にしないでください。別に悪いのはギルドではないんですから」

「そう言っていただけると助かります。では、これからどうしますか?」

「今日は一度宿に戻ろうと思います。予定外の出来事が続いたので……」

「そう、ですよね……」


 また沈んだ顔になるミラに、龍巳はどう声をかけたものかと悩んだ。しかし、ミラは自力で立ち直り、龍巳をできるだけ明るい顔で送り出そうと顔を上げた。


「分かりました。では、お気をつけて!それと、ギルドとして新たな冒険者様にて期待しております!頑張ってくださいね!」



 後半はギルドのマニュアル通りの言葉であるが、ミラ、そしてこの場で決闘を見ていた全員の本心でもある。B級冒険者を一対一で下したのだから当然ともいえるが。


「ありがとうございます。では。俺はこれで」

「はい!お疲れさまでした!」


 ミラに得笑顔で送り出され、龍巳は冒険者ギルドを後にするのだった。

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万能者もどきの異世界録 中山龍二 @Ryudy

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