第53話 ガルドという人間の話
男は幼少期、純粋な人間だった。
その子供の名はガルドと言い、貴族でないがゆえに姓はなかった。
彼は普通の子供だった。普通に笑い、普通に楽しみ、普通に泣き、普通に友達と過ごし、普通に喧嘩をし、普通に仲直りをして、また笑う。そんな日常を謳歌する普通の子供だった。
彼の両親は農民で、村の中では働き盛りの二人としてよく頼りにされていた。
彼自身そのことが誇らしく、自分もそんな両親のようになるのだと毎日
そこには農民として普通の、そして確かな幸せがあった。
そんな農業に傾倒していた彼だったが、十歳の時に恋に落ちた。
彼女は彼の幼馴染というやつで、彼は十歳の時に自らの気持ちに気付いたのだ。だから「恋に落ちた」というよりも「落ちていたことに気付いた」という方が正確かもしれない。
彼が自身の恋心に気付いてから一年が経ち、とうとう二人は結ばれた。その時の彼は幸せの絶頂にいたと言っても過言ではないだろう。
あれほど笑顔に満ち溢れた日々が送れたのは、現在の彼の年齢である二五年間で他にないと彼自身思っている。
では、なぜ現在は冒険者などという荒事を生業とすることになっているのか?
それは、十四歳の時のことだ。
その日はその幼馴染の誕生日で、コツコツと貯めたお金で買った髪飾りを贈った。青のコントラストが非常にきれいで、本来ならガルド少年の稼ぎでは買えないようなものだったが、一部が欠けていたために安く手に入れることができたものだった。
彼とその幼馴染は、十五歳で結婚することを誓っていた。彼の住む村では十四~十六歳で結婚するのが当たり前であり、彼の人生はやはり「普通」を全うするものだったのだろう。
しかしそう思っていた彼らを襲ったのはこの世界で、この「人の命が軽い」世界では「普通」に起きる出来事で、彼らにとってはこれ以上にない「異常」な出来事だった。
村が、盗賊に襲われた。
その盗賊は国中を回って村を襲っては食料と資源を確保しては別の場所に移り、襲った村では”女”までも自分たちの手で汚すことを繰り返していた外道であった。
彼らがガルド少年の村へときて、真っ先に狙われたのはガルド少年の幼馴染の少女だった。
彼女は良くも悪くも自分の思ったことをすぐ口にしてしまう性格で、今回はそれが盛大に裏目に出てしまった。
ガルド少年は彼女の口を必死に塞ごうとしたが、自分の村を蹂躙された少女は止まらなかった。少年は本当に必死であったため彼女が何を言っていたのかよく覚えていない。「あなたたちは恥ずかしくないの!」だとか「死んじゃえ!」だとか、温厚な少女の口からは今まで聞いたことのない乱暴な言葉が飛び出ていたような気もするし、いつも通りの相手を諭すような口調で言っていた気もする。
普通に考えれば前者なのだろうが、つい
「彼女なら、あるいは…」
という考えがいつも頭に浮かんでくる。
だがそんな推測は全くの無意味であり、彼女が盗賊たちに目をつけられてしまったことに変わりはない。
はじめは彼女を守ろうと、扱い慣れていた鍬で応戦しようともした。しかし彼はただの農民で、荒くれ者の集団である盗賊に敵うはずもなかった。
一撃で気を失ってしまった彼が目が覚めた時には、村はなくなっていた。村は焼け、人の死体が多数存在し、そして――両親と、最愛の幼馴染の姿はなかった。
何人か生き残っていた村の人に話を聞くと、気絶した自分を庇うために幼馴染の少女は自らを差し出して彼を生かすよう懇願したのだという。
それを聞き入れた盗賊たちは、彼を生かした。いや、彼だけを生かした。
幼馴染の少女を縄で縛った彼らは、彼女の意識を奪うとすぐに行動を開始した。
当初の予定通り食料を奪い、資源を調達し、女を犯してからこの村に火を放ち去っていった。それは、ガルド少年の両親も例外ではなった。
生き残った村人は、盗賊たちが来てからずっと身を隠しながら聞き耳を立てていた者たちであり、ガルド少年は彼らを責めた。
なぜ戦わなかったのか。なぜ抵抗しなかったのか。なぜ武器を手にしなかったのか。
そんな言葉がガルド少年の口から次々と放たれ、そしてその言葉は彼自身の心をも抉っていた。
彼も分かってはいるのだ。力のない者が何をしようと無意味であり、そしてその「力のない者」というのは自分も一緒であると。彼も盗賊のたったの一撃で意識を奪われ、守りたいものを守れなかった一人であるのだから。
生き残った者たちは彼に反論することもなく、そして彼自身も結局は自らの言葉で心を折られ、目から流れる涙と喉の奥から漏れる嗚咽を我慢して一夜を越した。
そして、ガルド少年を含む生き残った者たちはそれぞれの道を歩き始めた。
親類を頼って別の村へ行く人もいた。この村を捨てられず、できる限りこの地で生きていたいという人もいた。
一方でガルド少年は、「冒険者」になった。
理由の一つは日銭を稼ぐ方法として手っ取り早かったことだが、彼の目的は日銭を稼ぐことではなかった。
――復讐
彼が胸に抱いていたのはその黒い想いだけだった。
冒険者は荒くれ稼業であるがために、戦闘技術を磨くための人脈を築くのにもっとも効率が良かった。
村の話をすれば同情心から指導をしてくれる人は多くいたし、彼も復讐のためならとその話をすることを
そしてガルドが二一歳になった時、それは成った。
冒険者ギルドの依頼をこなしながら各地を転々として、いつの間にかC級の冒険者になっているにも関わらず、情報収集を続けていた彼は偶然その現場を目撃した。
あの日、自分に一撃を加えて意識を刈り取った男がとある街を我が物顔で闊歩していたのだ。
一瞬で猛り狂った黒い炎が胸の内を焦がすのを覚えながら、彼は盗賊たちのねぐらを探った。
そして彼らがいる場所を突き止めた彼は、仲間を招集した。
情報収集を続けている中で出会った、ガルドと同じ境遇の者たちだ。
そして夜襲をかけた彼らは、何人かの犠牲を出しながらも盗賊を殲滅。見事に復讐は成し遂げられた。
だが、この時ガルドの中で新たな目的が生まれていた。
ガルドが捕らえた盗賊の頭目が発した言葉が原因だ。
ガルドが聞いたのは一つの情報。そして、願ってもいなかった最高の情報だった。
盗賊の頭目はこう言った。
「そうか、お前はあん時の…。あん時のアマ、あいつは生きてるぜ。何だか知らんが、刃物の代わりになるもので縄を切って脱走したんだよ。周りに青い欠片が落ちてたから、多分髪飾りなんじゃねえか?」
そしてガルドが思い出したのは、彼女の誕生日に贈った髪飾りだった。あれは一部が欠けていて、その部分を使えば粗い縄であれば切れないことはない。
そうして新たな目標を見つけたガルドは、仲間にこれからの行動を相談したうえで結婚の約束をした少女――ミラを探すために仲間とともに旅を続けることになったのだった。
――その三年後。二四歳のガルドは迷宮都市にてついにミラと再会を果たした。
――ガルドの記憶を喪っていた、ミラと。
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