第52話 受付嬢の怒り
「…ん?あ、おいテメェは!?」
龍巳の顔を見た男のうちの1人が声を荒げた。
冒険者の1人がとったその様子に、ギルドの受付嬢であるミラも困惑しているようだ。
「あの、ガルドさん?こちらの方とはお知り合いなんですか?」
睨み合って動かない龍巳と男たちが作り出す空気に耐え切れなくなったのか、ミラが男たちのリーダー格の男に尋ねる。
ミラにガルドと呼ばれたその男は、彼女の質問に明らかな嫌悪感を表しながら返答した。
「はっ!冗談を言わねぇでくれよ、ミラさん。こいつはこの前、俺たちの邪魔をしてすぐに逃げた臆病者ってだけだ」
龍巳を小馬鹿にしたようなガルドの口調は、明らかに龍巳を見下していることがわかるものだった。
しかし、好き放題言われているだけの龍巳ではなく、ガルドの言葉に食って掛かった。
「まあ、間違ってはいません。でもそんな臆病者に逃げられてる時点で、あなたたちの実力はその程度ってことですよね」
あくまで冷静な口調で発した龍巳の言葉は、ガルドたちの神経を的確に逆なでしたようで彼らはすぐに顔を険しくして龍巳に絡み始める。
「てめえ!」
「何ですか?そうやって俺にも暴力で言うことを聞かせようって言うんですか?ミアの時の同じように?」
「っ!あ、あれは…!」
龍巳がミアに関しての話題に話の方向を持って行った途端、ガルドたちは明らかに動揺した。
龍巳が攻撃的な態度で言い返したのは、ミアの話をこの場に持ち出すためだった。ついさっきまでは「ミアを助けた」と自ら言いだすのが気恥ずかしかったために躊躇していたが、その当事者のうちの一部がこの場に来たことでその話題を出す機会ができた。それを生かすため、わざと挑発的な態度でガルドたちをあおったのだった。
しかし、そうして龍巳の思惑通り出た話題に最も強い反応をしたのは彼らではなかった。
話の途中から置いてきぼりにされていたミラが、険しい顔をしてガルドたちを見据え、言葉を放つ。
「ガルドさん…?どういうことですか…?ミアちゃんにも暴力を振るったと聞こえましたが、私の気のせいですか?」
「いや、待ってくれ!俺たちはまだやっていなかった!」
「へぇ、そうですか。ところで、『まだ』とはどういうことですか?」
「っ!そ、それは、だな…」
ミラが醸し出す迫力に
彼らとミラの間での問答がひと段落すると、今度はミラが龍巳に向かい合って質問を始めた。
しかしその口調はガルドたちへの強いものとは異なり、あくまで事実確認をしたいという気持ちが表れていた。
「タツミさん、何があったかお聞きしても?」
「はい、構いません」
そして龍巳はミラに全て話した。
―今日この街にきて、宿を探すために街をぶらついていたらミアが彼らに絡まれているところに遭遇したこと。
―ミアを助けるために彼らとミアの間にはいり、彼女を抱えて走ったこと。
―そしてそのお礼をしたいと言われ、彼女の店に行く約束をしたが彼女の店の場所を聞きそびれたことも。
龍巳の話を聞いたミラは、まず龍巳に向かって頭を下げた。
「ミアちゃんを助けてくださったのに、疑うような真似をして申し訳ありません!」
「いえいえ、俺も最初から全部説明すればよかったんです。ここはお互い様、ということでどうでしょうか?」
龍巳の言葉に少し驚くようなそぶりを見せたミラは、ありがとうございます!ともう一度頭を下げながらお礼を言った。
龍巳は知らないことだが、このギルドに所属している冒険者はある程度の粗雑さがないとすぐに精神的に参ってしまうため、ほとんどの者たちが謙虚さとは無縁の者たちだ。
そんな彼らと日常的に会話するミラは、「丁寧な冒険者」という人物に全くなじみがなかった。
そんな彼女から見て、自らの非を認めて他人を許すことができる龍巳は新鮮に映った。だからこその驚いた表情なのだが、そんな事情を知らない龍巳は少し疑問に思っただけですぐに思考を切り替えた。
ミラも龍巳に感心しているばかりではいられない。すぐにガルドに目を向けて彼を責める態度をとった。
「タツミさんの言ったことが事実なら、ガルドさんのCランク降格は確定的です。これらは本当のことですか?」
ミラはギルドの受付嬢だ。あくまで中立の立場でいようとする彼女は、例え態度はガルドを責めるものでも、表面上はガルドにも確認を取った。
が、そんなものにガルドたちが素直に頷くはずがなかった。
「ち、違う!」
「俺らはそんなことやってねえ!全部そいつの出まかせだ!」
「そうだそうだ!」
「そいつが嘘つきなんだ」
口々に「自分たちはやっていない」と繰り返す彼らの矛先は、最終的に龍巳へと向かった。
立場上は中立でも、心情的には龍巳側なミラがそんなことを許すはずもなく、ガルドたちへと伝家の宝刀を突き付ける。
「では、ミアちゃんに確認しましょうか?」
「「「…」」」
ミラにこう言われたら、本当はやってしまっている彼らは押し黙るしかない。
龍巳も、これで決着だと確信したのだが。
「ちょっと待てよ」
突然、ガルドが声を上げた。
まだみっともない言い訳でも続けるのか、と思った龍巳がガルドに顔を向けると、その目がわずかに見開かれる。
ガルドは、笑っていた。
その笑みは勇者の一人である宗太が浮かべるような爽やかな、あるいは明るい雰囲気のものなどでは断じてなく、その表情にはある種の
ここで龍巳は、ある種の既視感に襲われる。
これは、この雰囲気は、王都で味わったことのあるものだ、と。
龍巳の脳裏に浮かんでくるのは広い大広間。王城の一室で、勇者のお披露目会をやっていた時のことだ。
そう、まるでユーゴ侯爵が決闘を申し込んできたときのような―――。
そこまで龍巳の思考が至ったところで、まさかの言葉がガルドから発せられる。
「なあ、タツミとやら。―俺と、決闘しないか?」
「は?」
龍巳はこの世界に渡ってから、2度目の決闘の申し込みを受けたのだった。
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