第51話 冒険者登録

「ここが、冒険者ギルド…」


 龍巳は今、ダリアに勧められた冒険者ギルドの建物の前にいた。

 ギルドは宿からあまり離れていない場所に建っていたためにわずか数分で着いてしまったのだが、龍巳はその建造物を見上げて感嘆の声を上げた。

 そう、見上げていたのだ。

 この世界は魔物という危険にさらされているため、建築技術というものがあまり発展しなかった。

 例外として各国の王城や帝城はすさまじい様相を誇るが、それを建てるための技術が国民たちに還元されるというのはほとんどない。

 なぜなら、その技術があまりにも高価すぎるからだ。

 そんなことに技術を使うぐらいならば、魔物除けを少しでも充実させたいというのが国民たちの素直な気持ちであるからだ。

 現に龍巳が泊まったダリアの宿も、ここに来るまでに龍巳の目に入った建物も、どちらも最大で3階建てがせいぜいだった。

 しかし今龍巳の見上げている冒険者ギルドの高さは優に10メートルを超え、20メートルはあるのではないかと思わせるほどだ。

 外側にある窓の様子からして5階建てのように見えるその建物からは、様々な格好をした、様々な種族が出てきていた。

 頭にフードを深くかぶった尻尾が揺れている人や、鎧を全身にまとった小柄な人、明らかに軽装であるのに大剣を背負っている人、魔法を主軸に置いているのだと一目でわかる、大きな杖を持ってコートをまとった人など、彼らの戦い方がその格好に表れていた。

 そんな人々を観察しながら一歩ずつギルドに近づく龍巳は、ついに冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。


 冒険者ギルドの中は非常に雑音が多く、金属のこすれる音、木でできた床を踏みしめる足音、そして男女が入り乱れて依頼を取り合う光景などはまさに「混沌カオス」という言葉がぴったりハマるような気さえする。

 しかし、そんな様々な情報が襲ってくる「煩い」状況であるにもかかわらず、龍巳は特に不快には思わなかった。

 それもこれも、その場にいるほとんどの人が日々を全力で生きていると感じさせる気力に満ち溢れていたからだ。

 そこで会話している人の間に無駄な迫害や差別はなく、魔法師と戦士の間にも、ヒトと亜人の間にも、笑顔や対等な立場で競う好敵手としてしての顔があった。

 そんな雰囲気に気分が高揚するのを抑えられない龍巳は、少し口角を釣り上げながらギルドの受付に足を向けた。


 そしてカウンターに到着すると、そこで笑顔を振りまいている受付嬢の一人に話しかけた。


「すいません」


 その龍巳の呼びかけに、受付嬢は即座に反応する。


「はい!何か御用でしょうか?」

「初めてここに来たんですが、冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。では……、こちらの紙に必要事項の記入をお願いいたします」


 そういってカウンターの向こう側から取り出したのは、「冒険者登録書」と書かれた紙だった。

 パッと見た限りでは地球にいた頃に見る書類と大きな構成の違いはなく、名前、年齢、性別、職業などを記入する欄と、「冒険者になるにあたって」と銘打った同意事項が何項目か設置されているようだ。

 名前、年齢、性別までは何の問題もなく記入できたのだが、「職業」の欄にペンが置かれる直前で龍巳の手が止まった。


「どうかされましたか?」


 その様子を見ていた受付嬢に訊かれる。


「ええと、この職業の欄にはどのようなことを書けばいいんですか?」

「ああ、そこにはご自身が得意としている戦闘スタイルに見合った職業を記入してください。素材買取だけが目的であれば空欄でも構いませんが、職業が分からないとパーティーの斡旋などができませんし、ご自身でパーティーを組むのも難しくなると思います」


 受付嬢の説明を聞いて、龍巳はどうしようかを非常に迷うことになった。

 なぜなら、龍巳は特に伸ばしている戦闘スタイルというものが存在せず、全てを満遍なく、しかし妥協はせずに伸ばしてきたからだ。


 そんな龍巳には「これだ!」と自信を持って押し出せる職業などなく、結局は空欄にすることにして、同意事項は要約すると「すべて自己責任でヨロシク」ということだったので同意しておき、登録書を提出した。

 すると案の定というべきか、職業欄の空欄を見て取った受付嬢はそこに目をつけて龍巳に確認を取った。


「では、タツミ…さんですね。申し遅れました、私はミラといいます。タツミさんは素材買取のみのご利用ということでよろしいですか?」

「はい。特にパーティーを組む予定もないので…」

「わかりました。ではこれで登録をさせていただきますね。登録内容の確認と変更はいつでもできますから、したくなったら声をかけてください。そして…」


 そこで一度言葉を止めた受付嬢改めミラは、手をカウンターの下に伸ばすと鉄のプレートが付いた首飾りをその手に持って龍巳へと差し出してきた。


「こちらが冒険者であることを証明するプレートにです。登録した直後ですので、タツミさんはFランク冒険者からのスタートとなります。冒険者ギルドについて、改めて説明しますか?」


 ミラにそう聞かれ、龍巳は大まかなことしかダリアから聞いていないうえ、そのダリア本人に詳しい説明を受付で聞くように言い聞かされていたため、そのまま説明を促すことにした。


「お願いします」

「はい。まず、この冒険者ギルドは『冒険者』と呼ばれる人たちに仕事を斡旋すると同時に、その人たちを管理しています。あ、管理といっても特に行動を縛るようなことはありませんよ?ただ、周りの迷惑になるような行動を取った人を裁く権限というものを冒険者ギルドが保管、および行使できるだけです。なので迷惑をかけなければ何をしていただいても構いません」


 ここまで聞いて、龍巳の頭の中には「派遣会社のようなものだろうか?」という冒険者ギルドへのイメージがつき始めていた。

 だが、さらに説明を聞く限りではそれは正確には違うらしいということもわかってきた。


「彼らへ斡旋する仕事というのは、町ごとに設定されている支部へと舞い込んできた依頼が主です。それは雑事だったり魔物討伐だったり薬草の採取だったりと多岐に渡りますが、この町では雑事以外の仕事場というのがほとんど一定しています」


 そこで、龍巳はこの町の肩書を思い出す。


「迷宮都市…」


その龍巳の独り言が聞こえたのか、ミラがかすかに笑い声を漏らす。


「ふふ、そうです。地下迷宮ダンジョンがそれらの仕事場です。なのでこの町の冒険者のほとんどは、ほぼ毎日ダンジョンに潜って生計を立てているというわけです」


 ここまでの説明で、龍巳の中の冒険者ギルドへのイメージ、というか冒険者そのものイメージが更新された。

 龍巳の中では冒険者はいわゆる「何でも屋」、そして冒険者ギルドはさしずめ仲介所であるという認識が定着した。

 龍巳が自分の中で新たな情報を整理している間も、ミラの説明は続く。


「さて、ここからは冒険者のランク制度について話しますね。冒険者はFランクから始まり、E、D、C、B、A、Sランクの順に昇格していきます。これらは…」


 しかしランク制度に関してはほとんどダリアから聞いた内容そのままだったので、ほとんどを聞き流していた。その中で初耳の情報をまとめると、「冒険者は自分のランク以下の字が書かれた依頼書の依頼しか受けられない」、「Dランクまではすべて鉄のプレートで、Cは銅、Bは銀、Aは金、Sは希少魔道金属の1つであるアダマンタイトを用いた黒のプレートを授与される」、「Dランクまでは勝手に上がるが、Cランクからは昇格するのに試験があり、冒険者としての知識を答える筆記と、そのランクにふさわしい戦闘力があるかの実戦形式の試験、そしてランクに伴った対人能力の有無を確かめる面接がある」の3つだ。


「以上が冒険者ギルドについての説明になります。何か質問はございますか?」


 ここまでの説明をすべて頭の中で整理した龍巳は、特に聞きたいことがないことを


(何もないよな?…何もないな)


という自問自答形式で確認してからその首を横に振り、「特にありません」というアピールを取った。


「はい、ではこれで登録は終了です。今日からさっそく依頼を受けますか?」

「いえ、今日は準備にてる予定なので、これで失礼します」

「そうでしたか!冒険者は準備を怠った人から亡くなってしまう職業ですから、準備はしっかりしてくださいね。武器屋などはわかりますか?」


 ミラの言葉で、つい昨日助けた少女のことを思い出した。


「あ、そうでした。ミアって子の親御さんが営んでいる武器屋を知りませんか?」


 するとミラは突然の龍巳の言葉に目を見開いた。

 それも当然だろう。明らかにこの街にきて間もない男が、ミアというをなぜか知っているのだから。

 ミラは少し険しくなった表情で、


「知っていますけど…なんの用なんですか?」


とあからさまに疑っている様子で聞いてきた。

 龍巳も自分から「彼女を助けた」とは言いにくいため、


「ちょっとご縁がありまして…」


と少しはぐらかして何とか伝えようとするのだが、そのあやふやな答えがミラの表情をさらに険しくしていくという悪循環。

 それから何言か言葉の応酬を繰り広げた末、龍巳が正直に言おうかと検討したところで、突然ギルドの中が騒がしくなった。

 もちろんもともと騒がしい場所ではあるのだが、それとは別の、何というかこちらを騒々しさが混ざり始めたのだ。

 龍巳がふとその騒々しさの発生源に目を向けると…


「あいつは…」

「ギャハハハ!!…ん?あ、おいテメェは!?」


ミアに絡んでいた冒険者の男たちが、大声で会話しながら周りの他の冒険者を威圧して歩いていたのだった。

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