第49話 旨い食事と恒例行事

 迷宮都市に入ってから早々にいざこざに首を突っ込んだ結果、助けることができた少女、ミアの案内で宿へと到着した龍巳。

 そのミアは、宿に龍巳を連れてきた時点で自分の家に帰った。なんでもまだお店でやることが残っているらしい

 その時、


「タツミさん、今度ぜひうちのお店に来てください!ここの近くにありますので、私を見かけたら声をかけてくださいね!」


と言われた。

 彼女の親の店が何を売っているのか聞きそびれる形となったわけだが、「きっと会えるだろう」という楽観的な考えが龍巳の中にあった。理由は定かではないが、彼女の陽気な雰囲気の影響で色々と前向きになっているのかもしれない。

 そんな不思議な気持ちになっている龍巳が宿に入ると、目の前に広がったのは木組みの落ち着いた雰囲気の造りの中に設けられたカウンターと、食堂と思わしきテーブルと椅子がいくつも並んでいる光景だった。

 お客であろう人が2組ほどテーブルに並べられた椅子にそれぞれ座り、雑談を交わしつつ夕食を取っている。

 彼らの安らいでいる様子から見ても、この宿はとてもいい場所のように龍巳には思えた。

 さて、龍巳が宿の中の観察から意識を外してカウンターに目を向けると、恰幅のいい40代ぐらいの女性がこちらを見ながら胡乱な目を向けてきていた。

 察するに、10代半ばの若者が1人で宿に来たということで少しばかり何があったのかを深く考えすぎているのだろう。

 それでも龍巳がイグニス王国の勇者の1人であることには、さすがに考え付きもしないだろうが、将来ある若者が迷宮都市に来ている時点で何かあったと考えるのは当然なのかもしれない。

 そんな視線を送られた龍巳は少しカウンターに近づきづらい思いを感じながらも、足を動かして彼女のもとへと向かった。


「すいません。この宿にお世話になりたいんですけど、部屋って空いてますか?」


 龍巳がそう問う一方、女性はひとまずお客に対しての態度をとろうと思ったのか、笑顔で「空いてるよ」と返した。

 実はその笑顔も少し龍巳には違和感があったのだが、そんなことはおくびも出さずに会話を続行する龍巳。


「じゃあ、とりあえず1週間お願いします」

「わかったよ。部屋は2階の右側、手前から5番目だ。で、これが鍵。失くすんじゃないよ?」

「はい、ありがとうございます」


そこまで会話が進んだところで、龍巳はミアからの伝言を彼女に伝えた。


「ああ、そうでした。ミアって子から伝言で、『数日中にまた来ます。おばちゃんのお菓子、楽しみです』だそうです」


 突然龍巳の口から飛び出たミアの名前に、受付の女性が目を見開く。


「ちょっと待ちな!あんた、ミアの知り合いなのかい?」

「ええ、まあ。ついさっき会ったばかりですが」


 それから女性にミアとの出会いを聞かれ、暴漢から走って逃げたことを話した。

 はじめはミアが男に絡まれていたと聞いてそわそわし始めたその女性だが、龍巳が助け出したことを話すと途端に笑顔になった。


「いやぁ、よくやってくれたね!あの子はいい子なんだけど、いざというときに少し臆病になっちまう癖があるんだ。私からもお礼を言っておくよ。ありがとう」

「いえ、通りがかっただけなので……」

「それでもだよ。あの子とはもう何年も付き合いがあるんだ。言わずにはいられないのさ」


 そこまで口にした女性は、「しまった」という顔をした。


「そういえば、まだ名前を言ってなかったね」


そう言うと、女性はカウンターの向こう側で仁王立ちすると、自らの胸を叩いて名乗りを上げた。


「私の名前はダリア。この宿の女将なんてものをやってる。私はここで受付と客の世話をして、旦那が厨房で食事を作ってる。ミアは自分の店がお休みの時に手伝いに来てくれる、うちの看板娘になりつつある子さ。改めて、ミアを助けてくれてありがとうね」


 この宿の女将、ダリアが自己紹介を始めたので、龍巳も後に続く。


「俺の名前はタツミと言います。この迷宮都市には修業のために来ました。ミアの件は本当に気にしなくていいですよ。放っておけなかっただけなので」

「そういわれてもねぇ……。なら、今日の夕飯はサービスさせとくれ!うちの旦那には全力で腕を振るうように言っておくからさ」


 龍巳は本当にお礼はいらないと思っているのだが、ダリアがそれに納得できないのか食い下がってきた。

 このままでは平行線だと察した龍巳は、


(まあまだ夕食は食べられていないし、ここまで言うからには旨いんだろう)


という思いも込めて、こう返すのだった。


「わかりました。今日はごちそうさせていただきます」


 龍巳の返事にダリアは笑顔を深め、今にも走り出しそうな空気を醸しだしながら口を開いた。


「じゃあ部屋に荷物を置いたらここの食堂に来ておくれ。旦那にはすぐに作るように言っておくから、食べるなら時間を置かずに食べられるよ?」


 そのいかにも「すぐに食べるんだろう?」とでも言いたげな顔を見た龍巳は、「確かに、すごく腹が減っているような?」という思いが湧いてきたため、


「じゃあ、すぐにお願いします」


という返事がほぼ無意識に口から出た。

 それを聞いたダリアは「よし来た!」とばかりに、厨房があるのであろう方向に駆け出した。


 それから、龍巳が部屋に荷物を置いて1階に下りてくるとダリアが食堂の前で今か今かと待っていた。


「よし、来たね?じゃあこれからうちの自慢の料理を持ってくるから、あそこの席で待ってな」


 そういってダリアが指さしたのは、ほかのテーブルよりも明らかに造りがしっかりしているテーブルと椅子だった。

 そこを龍巳にすすめた途端、ほかの客が「女将!なんでそこにその若造を座らせるんだ?」「そこって、来もしない貴族様のためにいつも空けている席だろう?」などと騒ぎ始めた。が、ダリアの


「うるさいよ、お前たち!こいつはミアの恩人なんだよ!」


という言葉を聞いた瞬間、「ミアちゃんの!?」「なら妥当だな」「確かに」という肯定的な意見に早変わりした。

 その様子に、ミアの人心掌握の巧みさを感じた龍巳は


(ミア、恐ろしい子……!)


などと心の中で言ってみたりして遊んだ。意外と楽しかったらしい。


 それから龍巳は、ダリアの旦那さん渾身の作というスープや肉のステーキ、自家製のライ麦パンなども食べたのだが、一言でいうなら「至福のひと時」であったらしい。

 スープは野菜の旨味がすさまじい濃度で凝縮された代物であり、肉は柔らかくかつ適度にジューシーな、「これぞ、肉!」と言いたくなるようなものであったらしい。ライ麦パンは、単体ではあまりおいしくはなかったものの、スープに浸して口に入れるとスープにはなかった歯ごたえが加わり、最後まで飽きさせない夕食だったそうな。

 そんな現代日本に負けず劣らずの食事をいただいた龍巳は、この宿に来た時に見た他の客の様子に今さらながら納得していた。


(こんな食事が出る宿で、夕食時に険悪な空気になるはずもないよなぁ)


 そうして旨かった夕食の余韻に浸っていると、女将のダリアが話しかけてきた。


「どうだった、うちの味は?」

「もう、最高でした。これからもお世話になります」

「そう言ってくれると嬉しいよ。特にあのスープは、うちの旦那が試行錯誤の末にたどり着いた自慢の逸品だからね」


 そう聞いて、龍巳はさらに納得した。

 確かにあのスープはいくら口に入れても飽きないほどに旨かったからだ。

 最後のライ麦パンはそのスープを十全に楽しむための配慮であったのだと、今さらながらに気付いた龍巳は、改めてダリアにお礼を言った。


「おいしいご馳走を、ありがとうございました」

「いいよ、礼なんて。これが、ミアを助けてくれたことへのお礼なんだからね」


 そういってほほ笑むダリアとこの宿の雰囲気に、龍巳の顔も綻ぶ。

 旨いものを食べた後の人々が不機嫌になることなど、例え世界を超えてもあり得ないのかもしれない。


 それからダリアと話をしているうちに、ミアに絡んでいた「冒険者」の話になった。


「そういえば、あの『冒険者』ってなんですか?」

「ああ、それはね。地下迷宮ダンジョンに挑む奴らの互助団体みたいなのがあって、そこに登録している奴らのことを『冒険者』と呼ぶんだ」

「互助団体、ですか?」

「ああ。その名も『冒険者ギルド』。迷宮攻略を生業とする者たちのために作られた、この街のかなめだよ」

「迷宮都市の、かなめ……」


 龍巳がその言葉を範唱していると、ダリアが何か気になったのか龍巳にある問いを投げかけてきた。


「なあ、タツミ。あんた、ずっとこの街のことを迷宮都市って言ってるけど、ここにもちゃんと名前があることを知っているかい?」


 ダリアのその言葉に、驚きをあらわにする龍巳。目を見開き、何も言えないでいるその様子に、ダリアは嘆息した。


「はぁ……。やっぱり外では『迷宮都市』っていう肩書だけが広まっているのかねぇ。ここにいる他の客たちも、最初にここに来たときはこの街の名前なんて聞いたこともなかったんだよ」


 ダリアはこの街で生を受け、この街で育ったらしい。だからこそ、この街の名前が知られていないことに少し憤っているのだとか。

 そんな話がダリアの口から出ると、周りの客たちがざわざわとし始めた。


「おいおい、またあの話をしてるぜ」

「ええ、始まったわね」

「ってことは、いつものか!」

「そうだな。じゃあ俺らもいっちまうか」


 この世界に来てから妙によくなった五感のうちの聴覚で拾い上げた周りの声に、龍巳は首を傾げる。

 そして、ダリアの話がいよいよ佳境に差し掛かったらしい。ダリアの声がだんだんと大きくなっていくのが分かる。


「だから、私はいつも新顔にはこの言葉を贈ってやってんのさ」


 ダリアがそういったタイミングで、周りの客たちも酒を手に取り、腰に差した剣を抜いて、とそれぞれの構えを取りながら龍巳のほうに顔を向けた。

 そしてダリアが口を開くと同時に、周りの客たちも口々に同じ台詞を口にする。


「「「「「「ようこそ!迷宮都市、ラータへ!!!!」」」」」」


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