第48話 到着
「タツミ、着いたぞ!……おーい、タツミ?」
アルフォードに紹介された御者、ロバートの声で龍巳は目を覚ました。
どうやら馬車の心地いい振動でうとうとしていたようだ。幸い、意識がはっきりしていない間に魔物から襲撃を受けることはなかったようで、無事に迷宮都市へとたどり着いたらしい。一応、『魔力感知』による警戒は『並列思考』で常に行うようにしていたため、寝ている間でもあたりの様子は感じることができる。しかし、起きているときと全く同じとはいかない。
その幸運に安堵すると同時、龍巳は馬車の前に広がる光景に目を見開いた。
「なんだ…これ…?」
そう呟く龍巳の目の前に広がっているのは、王都を囲んでいたものよりも大きく、王都のものよりも2倍ほどの高さがある壁だった。
王都も壁に囲まれていたが、ここはそれ以上に大きく、そして堅牢そうに見えた。
「これか?これはな、魔物を防ぐために街をぐるっと囲んでるんだ」
「いや、それは知ってる…。王都でアルフォードに聞いたことだからな。俺が驚いているのはこの大きさだよ。いくら迷宮都市とはいえ、あくまで街だろ?王都よりも大きいものはそうそう無いって聞いてたから、面食らったんだ」
王都はその国の首都であり、他国の要人も多く訪れる場所だ。そんな所の壁が中途半端な大きさだと、何かあった時に要人の安全が保障できない。そうなると、その国の技術力、経済力に疑いを持たれかねない。
『魔物への対策も、満足にできないのか?』
という心象は、魔物が人類共通の脅威であるこの世界ではとてつもないマイナス要因だ。
だからこそ、王都の壁はそうそう他の都市に劣ることはないのだが、この迷宮都市の壁はそれらとは一線を画す代物だ。
その大きさは、少なくとも10メートル。見え方によっては15メートルのようにも感じられるが、龍巳はなぜそのような巨大なものを迷宮都市が持っているのかわからなかった。
そんな疑問を口にすると、ロバートが答えを教えてくれた。
「この壁はな、外からの防護だけでなく、中への『封じ込め』も兼ねてるらしいぞ?」
「『封じ込め』?迷宮を攻略する人たちをか?」
「いやいや、わざわざ人を閉じ込めるかっての。封じ込めるのもちゃんと魔物だよ」
そしてロバートはさらに詳しく壁の役割について解説する。
「迷宮は魔物が発生する場所だ。それらは基本的に攻略者たちに駆除されていくんだが、たまに迷宮の外まで出てくる魔物がいるんだよ。そいつらを閉じ込めておくための壁が、これってわけだ」
迷宮都市は普通の都市とは違い、
そうして龍巳が自分の疑問に対する答えを聞けて満足していると、ロバートが咳払いをしてさらに言葉をつないだ。
「まあこんな難しい話はあとにして、今は無事にここまで来られたことをありがたく思っておこうぜ?そんでさっさと都市の中に入っちまおう」
「それもそうだな。じゃあ先に街に入ろうか。どこから入ればいいんだ?」
「……ああ、それならあそこじゃないか?」
そう言ってロバートが指さしたのはまあまあな行列になっている街の入り口兼関所と思しき場所だった。
壁に気を取られてそのことにまで気づかなかった龍巳だが、行列を見たとたんに一気にテンションが下がっていくのを感じた。
「……すぐには入れなさそうだな」
「これも街に入るときの恒例行事みたいなものさ。どこだって得体のしれないものを街に入れたくはないだろう?」
「一応、理解はできるよ。ただ気勢を削がれてうんざりしているだけだから、あまり気にしないでくれ」
「わかった。まあそういう奴がいるのも恒例行事の一部だからな」
「そうかい」
ロバートが笑いをかみ殺しながら言った言葉に素っ気なく返した龍巳は、やはりいくらか気落ちした様子で関所の行列へと向かったのだった。
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それから3時間が経ち、龍巳たちはようやく街に入ることができた。
街の関所を通ったところでロバートとは別れ、今は龍巳一人で宿を探しながら街をぶらついているところだ。
街には普通の人だけでなく、「獣人」と呼ばれる獣の耳と尾を持つ者や耳が地球の者たちよりも長い「エルフ」もいる。それぞれが武器を携帯しており、彼らも迷宮の攻略を生業とする人だろうと推測できる。
そんな地球では見ることのできなかったであろう光景を目に焼き付けながら街を歩いていると、建物と建物の間の道、つまりは路地裏で少女と大の男がもめる声が聞こえた。
いつの間にか人通りの少ない場所にまで来ていたのか、それを止めるような人は存在しない。
龍巳は迷宮都市についた初日にそんな事態に遭遇したことを呪いながらも、放ってはおけないとその声の出所に足を向ける。
(セリアと美奈の恋人として、ここで見捨てるような屑になるわけにもいかないしな)
明らかな厄介事に首を突っ込む言い訳をでっち上げながら、少女と男たちの会話から事態を推測することにした龍巳。その少女の外見は12歳ぐらいで、頭には猫のような形の耳、その下半身にはしっぽが伸びていた。
男たちはどうやら、少女の家族が営む店で邪見にされた腹いせに彼女に突っかかっていたらしい。
実際にどんな扱いをその店から受けたのかはわからないが、「お前んちの店は調子に乗ってるな!」やら、「ったく、あのクソ店主が!」やらの陰口も叩いていてその態度には明らかな問題があるように思える。そして、どんな理由でも年端もいかない少女に絡むのには感心できず、龍巳はその少女と男たちの間に割って入った。
「ああ?誰だ、お前?」
男たちの内の一人が龍巳に突っかかる。
「通りすがりの旅人です」
しかし龍巳はそれを軽く受け流すと、少女のほうに向きなおって微笑みかける。明らかにおびえた様子の彼女を元気づけるためだ。
「大丈夫。すぐにここから連れ出してあげるから」
龍巳の優しそうな笑顔を見て安心したのか、彼女のわずかに震えていた肩は落ち着きを取り戻し、その顔も強張りがいくらか解けたようだ。
一方、そんなほとんど無視と言ってもいい態度をとる龍巳を男たちが快く思うはずもなく、語気を荒らげてさらに龍巳と少女に詰め寄った。
「この状況で、そんな簡単に逃げられると思ってんのか!それともなんだ。俺たちをこの場で倒そうってのか?俺たちは『冒険者』だぞ!」
その言葉を聞いた龍巳は、聞きなれない「冒険者」という言葉に興味をひかれそうになるも、最優先事項である「少女の救出」を成し遂げるべく、すぐに行動を開始した。
「別に倒す必要なんてないさ。ただ、この子をお前たちから引き離せれば俺の勝ちだからな」
そういって魔力を体の中で練り上げ、『身体強化』を発動させる龍巳。同時に『並列思考』も使い、魔法も準備しておく。
使う魔法は『力学魔法』。用途は慣性をゼロにして急加速、急停止の負担とロスを減らすことだ。
この2つのスキルですることと言えば……
「じゃ、そういうことで」
走って逃げるの一択だ。
『身体強化』で増幅させた筋力にものを言わせた上空への急加速は、男たちの不意をつくには十分な効果を発揮する。
『力学魔法』による慣性の無効化も問題なく発動し、少女の体への負担もなく屋根の上に飛びあがることに成功した。
そのまま男たちから距離を取るために屋根から屋根へ飛び移りながら走る龍巳は、チラッと腕に抱える少女の様子を見た。
自分の今の高さにおびえているかと多いきや、意外と楽しそうに目をキラキラとさせて景色が後ろにすっ飛んでいく様子を見ているようだ。
それから数十秒ほど走り、十分な距離を稼いだと判断した龍巳は少女を地面に下ろした。
するとその少女はすぐに龍巳に向かって頭を下げた。
「あの、ありがとうございます!私はミアと言います!何か、このご恩に報いられるようなことはないでしょうか?」
お礼を言ってからすぐに恩返しのことについて話を持っていくその様子に、いい教育を受けているようだと感じた龍巳は微笑ましい気持ちになる。
そんな感情が顔に出ていたのか、その少女は首を傾げながら口を開いた。
「あの、どうかしました?」
「いや、何でもない。でも、俺はこの街に来たばかりで、特にやりたいこととかはないんだよなぁ……」
龍巳がそういうと、その少女は少し考えるそぶりを見せてから話し始めた。
「それなら、いいお宿を紹介しましょうか?私によくしてくれるおばさんがやっているのがあるんですけど、宿だってわかりにくい外見なのであまり人が来ないみたいなんです」
ミアのその提案は実にありがたいもので、龍巳はぜひお願いしたい、と返した。
するとミアは嬉しそうに龍巳の手を引き、その宿に案内してくれる。
その年相応の明るい様子に、龍巳は「助けられてよかった」と改めて感じながら彼女の後を付いていくのだった。
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