迷宮都市編 その1

第47話 異世界遠征

「それで、異世界で初めての遠出の調子はどう?」


 現在、龍巳はアルフォードに用意された馬車に乗って迷宮都市に向かっている。

 しかしその中には、ともに世界を渡った同級生の姿もこの世界で知り合った人たちの姿もほぼない。

 いるのは龍巳と、馬車の運転を国王から任された御者の二人だけだ。この御者は王都を出発する直前にアルフォードに紹介された男であり、その技術は申し分ない。舗装もあまりされておらず、土が丸出しの状態で草原の真ん中に敷かれている道を走っているはずなのだが、その巧みな技術によって可能な限り揺れの少ない部分を選んで進むため、龍巳は特に苦も無く旅路を続けている。

 そんな二人だけの空間に、若い少女の声が響いていた。

 この世界を「異世界」と呼ぶ様子から、龍巳の事情を知っているのは明白である。

 それもそのはず、声の主は龍巳が交際を開始した『知の勇者』伊敷美奈その人なのだから。

 では馬車にいない彼女の声が聞こえてくるのはなぜなのか。それは龍巳の首に下げているネックレスが原因だ。

 そのネックレスの見た目は、「シンプル」の一言に尽きる。首に直接かかっているのはありふれた紐であり、その先についている装飾も、一般人が見ればただの青白い光を放つただの宝石にしか見えない。人によっては、その宝石にお金をかけすぎて紐にまで装飾が出来なかった貧乏人のアクセサリーだと予想するかもしれない。

 だがそのネックレスが真価を発揮するのはアクセサリーとしての機能ではなく、「魔道具」としての機能である。

 龍巳が作ったこの魔道具は、地球の携帯電話を基にして作ったオリジナルであり、値段をつけるならそれは小さい国の国家予算にも相当する。

 しかし、この魔道具で会話ができる人はそこまで多くはない。

 美奈、アルセリア、宗太、アルフォード、トッマーソ、ソフィアの6人だけだ。

 美奈とアルセリアには同じタイプだがきちんと装飾されたチェーンつきのネックレスを。宗太、トッマーソの武闘派2人には壊れにくさを考えて太めの腕輪を。ソフィアにはイヤリングとして贈り、アルフォードには目立たない指輪として贈った。

 この人数分を用意するために時間を割き過ぎたせいで、自分のモノに取り掛かる時間が少なくなってしまったのだ。上の6人それぞれがそれなりの地位にいるため(2人が勇者、そして騎士団と魔法師団の団長、極めつけに王族である)、やはりそれなりにしっかりしたものにしなければ身に着けることすらままならないのだ。

 龍巳は一応、環境が落ち着いたのなら自分のネックレスにも手を加え、6人が持っている品に並ぶものとして恥ずかしくないレベルまでは仕上げるつもりではあるのだが、それもこれも迷宮都市に到着してからである。

 その迷宮都市に行くまでには2週間という日数が必要であり、その間は2~3日に一度、現在は恋人関係になった美奈、およびアルセリアと連絡を取るのが決まりだった。今はその連絡の真っ最中で、美奈とのお話しタイムというわけだ。


「まあ特に問題はないよ。御者さんの腕がいいから体が痛いということもないしね」

「そう?それはよかったわ。でも、現代科学の産物に慣れ親しんだ私たちに苦痛を感じさせないって、結構すごいんじゃないかしら」

「確かに。さすがはアルフォードが紹介しただけはあるってところかな」

「そのアルフォードさんだけど、近々貴族たちとの話し合いを開くらしいわ」

「へえ、あいつも頑張ってるなぁ」

「そうね。国をより良くしようとしてるところを見ると、改めて王様なんだなって実感しちゃうわ」

「あいつ、俺たちの前だと愚痴ばっかりだしな」

「あはは!そうね、そのとおりだわ!」


 そんな世間話をはさみながらも2人は会話を続けていく。


「そういえば、教会の子たちってどんな感じだ?一応王都を出る前にあいさつには行ったんだけど……」

「ちょくちょく私とセリアで訪ねるけど、特に変わったことはないわよ?強いて言うならシルちゃんにじっと見られることがあるくらいね」


 美奈の報告に龍巳が首をかしげる。


「シルが?まああの年頃はいろいろと多感だからなぁ。あの子も反抗期に入ったのかもな」


冗談めかして笑いながらそう言う龍巳だが、一方で美奈は彼とシルに対し複雑な感情を抱いていた。


(ここまで鈍感な人だったっけ?もしアルフォードさんの後押しがなかったら、私とセリアが龍巳君の恋人になるのにどれだけかかっていたのやら……)


 今さらな気もしなくもないが、改めてアルフォードに感謝の念を送りつつ、龍巳との会話は絶やさぬまま話し込んでいると、そろそろ通話を切ったほうがいい時間になってきた。

 今使っている魔道具は魔力で動くため、常に非常用の魔力を残さなければならない龍巳には時間制限があるのだ。


「じゃあ龍巳君、またね」

「おう、またな」


 最近10日と少しでお決まりになった別れの言葉を告げ、魔道具は少しづつ光を失っていく。それと同時に龍巳は何とも言えない寂寥感に包まれるが、それを美奈やアルセリアがいないための寂しさであると理解している彼は、少し表情を苦笑いさせただけで特に大きな反応はしなかった。

 現在の時刻は夕方。もうじき日が暮れ、馬車から降りて野営の準備をしなければならない。

 そんな龍巳と同じ考えが頭に浮かんだのか、御者の彼も馬車の速度を少しずつ落とし始めた。もともと龍巳から旅について任せると言われていたために、特に許可をとることもせずに野営地の決定をするのだが、はじめはいくらかの気遣いというか遠慮というか、ともかくいちいち許可を求めてきていたのだ。

 しかしそれも1週間続けば、お互いの領分というものがはっきりしてくる。今では馬車を停めることの許可はおろか、龍巳に許しを貰ってからは敬語も抜きで会話をしている。

 そんな御者との関係に良い距離感であると微笑が漏れたのだが、


「……っ!ロバートさん!すぐに止めろ!」


龍巳の「魔力感知」にが反応したことでそんな緩い空気は霧散した。

 それまではゆっくりと減速していた御者ことロバートだったが、すでに10日以上の付き合いである龍巳の言葉を疑うことなく馬車を急停止させる。

 そして、龍巳はが目視できる位置まで近づいてきたことを確認すると、馬車の中から身を乗り出した。

 龍巳が声を荒らげてまで馬車を止めた理由。それは襲撃だった。

 しかし、ただの盗賊ぐらいの襲撃であれば馬車を走らせたままでも撃退できるし、いざというときにそのまま逃げられるため馬車をわざわざ止めるのはむしろ危険だ。

 つまりそうせざるを得ない理由があるのだ。


「……来た、か」


 その理由が、「魔物」という普通の生物よりも遥かに身体能力が高く攻撃性の強い化物たちだった。

 一般的な動物であれば、馬を酷使すれば振り切れるし、回復魔法で馬を治癒させれば損失はゼロに抑えられる。

 それをしなかったのは馬ごときでは逃げられないのと、馬上戦では龍巳がろくに動けないためにロバートと馬を守りきれない可能性があるからだ。


「グルルルゥゥゥ……」

「そんな威嚇するなって。ちゃんと戦ってやるから」


 今、龍巳の目の前にいるのは「アッシュ・ドッグ」と呼ばれる犬型の魔物の群れだ。その名にあるとおり、灰のようなくすんだグレーの毛に前進を覆われている。

 瞳は赤く、明らかに殺意を持って自分たちに接触したことが目の奥の昏い炎から理解できた。

 そこまで相対する敵を観察したところで、龍巳は落ち着いた声で目の前の怪物に話しかけた。


「じゃあ、るか」


 その声を発したと同時に、龍巳の顔にも戦意が滲み出たのかアッシュ・ドッグたちも咆哮をあげながら龍巳にむかって駆け出した。


「「「グルァァアァ!!!」」」


 その化物たちの凄まじいスピードに、龍巳は全くひるむことなく短剣を懐から抜いた。王都で修行を始めてから使い続けた短剣は、完全に龍巳の手に馴染み龍巳の思う通りの軌跡を描く。

 龍巳は『身体強化』のスキルで筋力を一瞬で底上げし、アッシュ・ドッグに肉迫した。

 一方でアッシュ・ドッグはその速度が想定外だったのか、少しの動揺が生まれた。そのせいで一度バランスを崩しかけるものの、その程度問題ないと判断して攻撃は続行する。

 これまではそれでも狩れていたのだろうが、今彼らの目の前にいる男は新たな「勇者」として認められる程の実力を身に着けている龍巳だ。

 そんな明らかな隙をつくことができないはずもなく、一体は短剣で切り伏せ、更に一体は蹴りで空中へと放り出し、最後の一体はその尾を掴んで地面に叩きつけた。

 斬られた個体は一瞬で絶命し、地面に叩きつけられた一体も少し痙攣したのちにその意識を暗闇に落とした。

 そして空中に放り出された一体は、龍巳の蹴りの衝撃で少し硬直したあと、足をバタバタさせながら落下を始めていた。


「あ〜、ずいぶんと上に飛んだな。まあ苦しませて殺す趣味もないし、早めに決着と行こうか」


 龍巳はそう言うと魔力を手のひらに集め始めた。

 それは魔法を発動させるための手順であり、『魔力操作』のスキルを持っている龍巳にとっては造作もないことだった。

 そして発動するのは、属性魔法の中でも最も火力の高い『火』の魔法。その中でも基礎の基礎にして、気軽に使える魔力効率の良さが売りの魔法を、龍巳は使った。


「ファイアー・ボール」


 その魔法は、龍巳が召喚されたイグニス王国の魔法師団員なら誰もが使える魔法。魔法の才がある者なら、特別な訓練を受けていない一般人も見様見真似で発動はできるほどの初歩的な魔法である。

 しかし龍巳の放った炎の威力は、明らかにそれらと一線を画すものだった。

 『魔力操作』を用いることで本来の必要な量よりも過剰に魔力を動員した「ファイアー・ボール」は、アッシュ・ドッグの全身を跡形もなく焼き尽くした。

 その灰は風によって空を舞い、霧散していった。

 アッシュ・ドッグが灰になって死ぬのは皮肉になってしまうのか?とふと思った龍巳だが、すぐに切り替えて他のアッシュ・ドッグの死体のもとに向かう。

 そしてそれらにもファイアー・ボールを放ち、灰にする。

 龍巳は何も、襲われた腹いせにこのような死体に鞭打つ所業を行っているのではない。


(こうしないと、ゾンビとかのアンデッド系モンスターとして動き出す、だっけ?)


 そう。この世界では人間でも動物でも魔物でも、そのまま死体を放置すると勝手に動き出してしまうのだ。理由は特にわかっていないが、厄介なことにアンデッド系のモンスターは他の生物を何であろうと襲う習性がある。そうして襲われた生物は、噛まれると同じアンデッド系モンスターとして行動し始める。

 過去、魔物の大移動に巻き込まれた国がそれらを倒すことにかかりきりでろくに死体の処理ができず、結局はその魔物たちのアンデッド化した者たちに滅ぼされたという話すらある。

 その国の民たちはほぼすべてがアンデッド化し、周りの国が総出で対処することでようやく収集できたらしい。

 そんなことが二度と怒らないように、死体の処理はしっかりとこなすのがこの世界の常識なのだ、と龍巳がこの旅で最初に魔物を倒したときにロバートから教わった。

 そして死体の処理を苦もなくこなした龍巳は馬車に戻り、これからどうするかをロバートと話すことにした。


「さて、一応危機は去ったわけだが、これからどうしようか」

「そうだな……、もうあたりは真っ暗だし、ここから少し離れてから野営しよう。ここだと血と焦げた匂いで何かをおびき寄せかねない」

「なるほど。確かに臭いな……」

「だろう?というわけで一度馬車に乗ってくれ。少し移動する」

「了解」


 それから馬車に乗り込んだ龍巳たちは会話が途切れないまま次に馬車が止まるまで話を続けた。


「それにしても、これでもう7回目か……」


 ロバートが表情を曇らせながら、この度のことを反芻するかのようにつぶやいた。


「何か変なのか?」

「ああ。一年前にもこの道を通ったんだが、そのときは2回ぐらいしか魔物に襲われなかったんだ」

「確かに、ひどい差だな」

「だろう?やっぱり魔物の数がすごい勢いで増えているみたいだ」


 龍巳はロバートのその考察に何も言えない。

 自分、というか宗太と美奈がの2人がこの世界に呼ばれた理由が、まさにそれだからだ。

 龍巳もこの世界のために戦うことを決めた以上、無関心でいられるわけがない。

 龍巳はこの世界で自分がなすべきことを改めて実感しながら、ロバートがいい野営地を見つけるまで彼と話を続けるのだった。

 




 

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