第46話 新たな始まり
「ああ、俺、『迷宮都市』に行ってもいいか?」
龍巳の言葉に謁見の間がしん、と静まり返る。
つい先程までのめでたい雰囲気はどこへ行ったのかという静寂に包まれたこの部屋で、最初に口を開いたのはやはりと言うべきかアルフォードだった。
「め、迷宮都市、だと......?それはまた、どうして?」
アルフォードの当然の問いかけに、龍巳は昨日オリバーと訓練場で話した内容をほとんどそのまま伝えた。
それを聞いたアルフォードが眉に皺を寄せ、さらに問いかける。
「むう......『スキルを増やす』、『実戦経験を積む』という二つを同時に、効率よく行うには確かに『迷宮都市』は最適かも知れん。だが、やはりまだこの王都の中にも知らないスキルはあるとも思う。なぜこのタイミングなのだ?」
アルフォードの中では、せっかくアルセリア、美奈の二人と結ばれたこのタイミングでなぜ王都を離れようとするのかが大きな疑問として横たわっていた。
アルフォードから見るに、龍巳が二人に向ける感情はもはや『好き』を通り越して『愛』にまで発展しているように感じていた。これは今まで、様々な者を王として見届けてきたからこその推測であり、ほぼ間違いないと言っていい。にもかかわらず、龍巳がこの王都を離れようとしている意図が読めなかったのだ。
すると、龍巳がさらに詳しい説明をするために口を開いた。
「まず、『迷宮都市』に行くのは今すぐじゃない。そうだな......早くて一週間ってところか。その間に、俺はソフィアさんの『空間魔法』を覚える」
「その理由は?」
アルフォードの再三の問いに、龍巳は一度自分の傍らにいるアルセリアと美奈に視線を移してから答えた。
「二人を守るためだ。『空間魔法』を使えば二人のもとにいつでも駆けつけることができる。そして、連絡手段にも宛があるんだ」
「......その宛というのは、何を指しているのかしら?」
ここで、二人の会話の間に魔法師団長であるソフィアが割って入った。自分の非属性魔法の名前が出たことで、龍巳とアルフォードの間で交わされていたやり取りに入り込む機会ができたからかも知れない。
「魔道具です。この前の件で使われた魔道具について教えてもらったとき、『魔法を封じ込めたもの』と聞きました。なら、あとは魔法の使い方を明確にイメージしながら何かしらの触媒に魔法を封じ込めれば魔道具ができると思います」
「そんな簡単に言うけれど、あれは息のあった二人以上の人数をかけて『魔法を発動させる役割』と『魔法を封じ込める役割』に別れて行うことで初めて作れるのよ?」
「それなら、なおさら問題なさそうですね」
「それはどういう......って、ああ!あのスキルを使えば出来るってことね?」
そう言うソフィアの脳裏にはアルセリア・美奈が誘拐された件で龍巳が発現させたスキル、『並列思考』を思い出していた。確かにそれを使えば、同時に二人で魔道具を作る必要はない。自分でどちらの役割も出来るのだから、タイミングを合わせるという難関はスルー出来るからだ。
「......なんというか、あなたが得たスキルは、本当に規格外よね」
「そうかも知れませんね。でもこれならばセリアと美奈とも連絡をとれるし、この国が危機に陥ってもすぐに駆けつけることができるでしょう?」
龍巳がそう言ったところで、またこの場に沈黙が訪れた。皆、龍巳が言ったことを考慮して龍巳の案が実現可能かを考えているからだ。その雰囲気を感じ取ったのか、貴族の子供たちまで不用意に声をあげることはしなかった。どんなに小さくて純粋でも、やはり貴族と言うことなのだろうか。
「......いいんじゃないか?」
そう言ったのはこの国の騎士団長、トッマーソだった。
「龍巳のいうことにも一理あるし、龍巳がそうしたいのならばさせればいい。こいつはもう『勇者』で、俺たちが縛り付けていい奴じゃないからな」
そう言っていつも通りの快活な笑みの中には、嫌みや諦めなどの負の感情は一切なく、本心からそう思い、龍巳の意見を尊重していることが感じられた。
トッマーソの言葉を聞いた他の者たちも同じような考えに行き着いたのか、頷いてトッマーソの意見に同意する。
晴れて龍巳の恋人になったアルセリアも、自分たちの為の案であることや龍巳の考えに先日の誘拐事件が影響していることも分かるため、特に反対意見をあげることはしなかった。
だが、同じように龍巳と交際することになった美奈だけは、そんな簡単に諦めることなど出来なかった。地球にいた頃から友人として龍巳と共に行動することが多かったためか、アルセリアよりも龍巳と近くにいたいという気持ちが大きかったのかもしれない。
もちろんアルセリアよりも想いが大きいというわけではないが、『好き』の方向性の違いとでも言えばいいのか、龍巳と離れたくないという感情が心の多くを占め、口を開く。
「待って!」
「ど、どうした?」
迷宮都市の話題に移ってから全く話に参加していなかった美奈の言葉に、少々龍巳が動揺する。しかしそんなことはお構いなしに美奈は言葉を続ける。
「私とセリアは一緒に行っちゃダメなの?」
美奈が言ったのは、龍巳も考えたことだった。
龍巳自身、わざわざアルセリアや美奈と離れたいわけではない。出来ることなら一緒に居たいし、共に迷宮都市にいくことも考えないわけではなかった。
だが、それを言わなかった理由も存在した。
「二人には、ここに残ってもらう」
「な、なんで!?」
「俺の今の力量で、迷宮の中で二人を守ることが出来るかわからないからだ。アルセリアは戦う手段を持たないし、美奈、君だってまだまだ発展途上だ。会得したスキルを自在に扱えるレベルまでは至ってないだろう?」
「それは......」
「大丈夫。何かあればすぐに駆けつけるし、いつでも連絡は取れるようにする」
龍巳も龍巳で、出来れば二人と一緒にいるための方法を考えたが思い付けなかった。だからこその『空間魔法』と『魔道具』だということを、出来るだけ真摯に美奈の目を見て伝えた。
「......分かったわよ。頑張ってね、龍巳君」
龍巳の真剣さが伝わったのか、最終的には龍巳の言い分を聞いてくれる美奈であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから一週間の龍巳は凄まじく忙しくなり、迷宮都市に行くための準備を着々と進めていった。
そうして過ごした一週間はあっという間に過ぎ、龍巳は今王都の西の端にある大きな門に来ていた。
「もうすぐ出発ですか?」
「ああ、セリア。見送りに来てくれたのか?」
「もちろんです。タツミ様は私の、その、恋人......ですし......」
未だに照れがあるのか、「恋人」という言葉を発するのにも顔を赤くするアルセリア。
彼女と同じようにタツミの見送りのために後ろから付いてきたアルフォードは、そんな初々しい娘の姿に「こんな箱入り娘に育てたか?」という疑問が沸き起こった。しかし王女としての生を全うしていただけでは見れなかったであろう女の子としての様子に微笑ましいものも覚えていた。
するとアルセリア、アルフォードに続いて美奈、宗太の勇者組も到着した。
「そろそろ、出発みたいね?」
「美奈、宗太!来てくれたのか!」
「当然だろ?仲間なんだからよ」
そして龍巳は、自分の恋人二人が揃ったところで懐からあるものを取り出した。
「美奈、セリアの二人にはこれを貰って欲しい」
そう言って二人のそれぞれに渡したのは、二人に合わせてアルセリアには青、美奈には赤の宝石を中心にきれいに装飾したネックレスだった。
「わあ、とても綺麗です!」
「これが、連絡用の魔道具?」
「そうだ。まあなんだ、これでも一応贈り物だからな。それなりに凝ってみたんだ」
実は龍巳がしたのは多くの手間がかかる魔道具の製作であった。
魔法を封じ込めるだけならば綺麗でなくとも、魔力との親和性が高い鉱石であれば可能だ。
だが、龍巳は親和性が高く、かつ綺麗な宝石を探した。その努力も二人に贈るものを半端にしたくないからだ。
さらにネックレス製作も自分で行うために『細工』というスキルを会得してまでこの魔道具を作ったのだった。
その手間の甲斐あって、龍巳からネックレスを受け取った二人は目を潤ませながら手の中にあるそれに見入っていた。
「ありがとうございます!肌み離さず持っていますね」
「私もそうするわ。ありがとうね、龍巳君」
「どういたしまして。じゃあアルフォードには昨日のうちにもう魔道具を渡したし、そろそろ行くよ」
そう言って門の外に止めてある馬車に乗り込む龍巳。御者はアルフォードが雇った信頼のおける者で、問題なく迷宮都市にはつけるだろう。
「行ってらっしゃいませ、タツミ様」
「行ってらっしゃい、龍巳君」
アルセリアと美奈の他にもトッマーソやオリバーを始めとした騎士団の面々やソフィア、ライリーたち魔法師団の人々がいたが、わざわざ龍巳たち三人の雰囲気を壊す無粋な者もおらず、龍巳に手を振るだけに止めた。
龍巳はそんな人たちに向けて、声が届かなくなっても街道が曲がって木々で皆の姿が隠れるまで手を振り続け、一抹の不安と共に新たな景色や出会いに思いを馳せるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます