第45話 記念すべき日
「さて、タツミ殿はどうする?」
アルフォードがにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら龍巳に問いかける。
今、龍巳にはいくつかの選択肢が用意されていた。
アルセリア、美奈のどちらかに交際を申し込む。
二人の両方に交際を申し込む。
どちらにも交際を申し込まない、の三つだ。
この龍巳に与えられた「交際を申し込める権利」は、アルフォードが騎士団長トッマーソと魔法師団長ソフィアに美奈とアルセリアの気持ちについて相談される前から、息子のジュールと共に考えていた一つの案であった。
まず、アルセリアの気持ちを叶えるためにはいくら異世界人といえど立場が低すぎる。立派な王族の一人であるアルセリアと結ばれるには、平民相当の身分しか持たない龍巳は他の人間が納得しないのだ。イグニス王国の貴族たちしかり、他国のアルセリアを狙っている人々しかり。
だが、龍巳は今では国中から認められてもおかしくないほどの功績を立てている。
アルフォードは、それらを利用して龍巳の立場そのものを上げてしまおうと言うのだ。
それが「三人目の勇者」という肩書きであり、それに付加するように「交際を申し込む権利」を作ったのだ。
しかし、この案には大きな落とし穴が存在している。
龍巳がその権利を使うかどうか、だ。
あくまでこれは「権利」であり、龍巳は「使わない」という選択肢も持っている。が、それでもアルフォードはこの方法をとった。それはこの可能性に気づかなかったからではなく、逆に気づいていたからこその選択だった。
「俺は......」
「ああ、そうだ。タツミ殿少し待ってくれ」
龍巳が言いかけた答えを、アルフォードが止める。
龍巳は「何だよ?」とでも言いたげな表情で玉座に座っているアルフォードを見上げるが、そんなことはお構いなしに話し続けるアルフォード。
「タツミ殿、始めに言っておくぞ。あくまでこれは「申し込む権利」であり、受け入れるか断るかを決めるのはアルセリアとミナ殿二人だ」
「ええ、分かっています」
貴族たちの前で話しているため、丁寧な言葉遣いで応答する龍巳。
「つまりだ。君は、自分に素直になればいい。それをどうするのかは、二人が決めることなのだから」
「......っ!」
龍巳は驚いた。アルフォードに心を読まれた、と感じたからだ。
龍巳は最初、この権利を放棄するつもりでいた。
正直、アルセリアも美奈も魅力的であるとは思う。しかし、それで二人に交際を申し込むのは二人に対して不誠実ではないかという考えが龍巳の中に浮かんでしまうのだ。
そこにアルフォードの注意が入り、龍巳はどうするのかをさらに迷うことになった。
すると、さらにアルフォードが龍巳の背中を押す発言をする。
「それとも、君の中で生まれた想いは、そんな簡単に諦めきれるようなものなのか?」
「......」
アルフォードのこの言葉こそ、アルフォードがこの「申し込む権利」の落とし穴に気づいた上で採用した理由だ。
簡単に言えば、アルフォードも龍巳の想いとその大きさを察していたのだ。
その一方で龍巳はさらに深い思考の海に潜る。
今頭に浮かんでいるのは、地球にいた頃から自分に話しかけてきてくれた美奈の笑顔や、この世界に来てからずっと誠実に対応してくれたアルセリアの姿だ。
それから龍巳は一度玉座の横にたっているアルセリアと美奈を見上げた。龍巳が謁見の間に入ったときにはそこにいなかった美奈も、いつのまにかそこに立っており、二人は龍巳のことを期待と不安の混じった目で見つめていた。
そんな彼女たちを見て、龍巳は答えを出した。
「......分かったよ。俺は、自分のしたいようにする。それでいいんだな?」
貴族の前では丁寧な言葉遣いをしていた龍巳の口調が崩れる。だが、貴族たちはそれを止めることもしない。
今までであれば重箱の隅をつつくかのように龍巳を責め立てていただろうが、この場の真剣な雰囲気に押されて声をあげることが出来なかったのだった。
一方でアルフォードも、いつも龍巳と二人で話すときの口調に戻して返事をする。
「ああ、もちろんだ、タツミ」
アルフォードの言葉に背中を押され、龍巳は玉座の前の階段の下まで歩く。
そして美奈とアルセリアの二人を見つめ......
「セリア、美奈。俺は、二人のことが好きだ。本当はこの権利は放棄しようと思った。けど、情けないことにアルフォードに言われて気づいたんだ。それを使って告白することで、二人との関係が変わるのが怖かったじゃないかって。そして、俺はどちらかを選ぶことは出来なかった。二人とも俺にとっては大切で、無くしたくない存在なんだ。だからこそ、諦める選択をしようとも思った。でも、もし叶うなら。俺は二人を堂々と守れる立場がほしい。だから、俺と付き合ってくれ!」
そんな、長い告白をした。
今の龍巳は頭を下げているため、二人の表情は見えない。
だが、二人の返事は大して時間を置かずに発せられた。
「「はい、喜んで!」」
二人とも、龍巳を射止めるためにライバル発言をしていたこともあったが、逆にその過程を踏むことでお互いの龍巳に対する想いの大きさに気づいた。それが二人とも恋人になることへの抵抗をなくし、龍巳の理想が叶ったのだ。
そしてこの場にいるのは彼女たち三人とアルフォードだけではない。騎士団の面々や魔法師団の人々など、多くの人たちが彼らの一幕を目にしていた。
「「おめでとう!!」」
龍巳たちのことをよく知る彼らが、そんな祝福の言葉を送ったのは当然と言えるだろう。その中には貴族たちの子供たちの声も混ざっていたりもしたが、純粋な子供たちからしたらこれほど心動かされる場面には遭遇したこともなかったのだろう。
だが意外なことに、彼らの親である貴族も龍巳たち三人に拍手を送って祝福していた。
泣きながら笑って玉座の前の階段を下りていくアルセリアと美奈、そして彼女たちを笑顔で抱き留める龍巳の様子が、今では他人の隙に付け入って利益を得ようとする自分達の姿とは正反対で眩しく、「こういうのも悪くない」と思えたからこその行動だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからしばらく、龍巳たちを祝福する空気が流れ続けたものの、アルフォードが咳払いをして三人に問いかけた。
「っんん!それで、めでたく三人は結ばれた訳だが、何か言っておきたいことはあるか?」
ここで龍巳は、この場に新たな風を巻き起こす発言をぶちかました。
「ああ、俺、『迷宮都市』に行ってもいいか?」
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